七夕ver
※アルエド


「何だこれ?」
軍の入り口で渡されたという細長い紙をアルフォンスから手渡され、、エドワードは顔を顰めた。
「短冊って言うんだって。今日はシンよりも東の国のお祭りで、これに願い事を書いて笹につるすと願い事がかなうんだってよ」
先刻短冊を配っていた係員に教えてもらったことを、アルフォンスは繰り返す。
「馬鹿馬鹿しい。他力本願もいいところだな。誰かに願ってかなえてもらうのを待つだけなんてよ」
「もう、兄さんてば」
エドワードらしいと言えばらしい反応ではあるが。
いつでも、努力を惜しまない人だから。
「ちょっと運が欲しいなとか、そう言うときに願ったっていいじゃない」
「運が無かった、なんていう奴は努力が足りねぇんだよ。運なんか入る余地も無いほどの力を身につけてみろってんだ」
エドワードが短冊を指で弾く。ひらりと舞い落ちたそれを、アルフォンスは拾い上げた。
「祈るって、そういう意味だけじゃないとも思うんだけど。ボクだって科学者の端くれだし、神様なんて居ないと思っているけどね。紙に書いて願うことで、目標を再確認してこれからもがんばろうって、そう思うことは無意味じゃないと思う」
「・・・アル」
「兄さん、こういうのは嫌い?」
「・・・いや。書くよ」
手を差し出したエドワードに、アルフォンスは拾った短冊を手渡した。


「・・・よし!『絶対目標達成!!』っと。アル、お前は何て書いたんだ?」
「えへ。『生身の手で兄さんに触れますように』って」
「・・・・・・。何か、間違っているような気がするんだが・・・」
「そうかなぁ?」

 


七夕ver
※ロイエド


「ふむ、折角の七夕だというのに曇ってしまったな」
執務室の窓から空を見上げたロイに、エドワードは視線を向けた。
「あんた、そんなこと気にするのか?」
「君は、七夕の云われを知っているかい?」
窓枠に寄りかかったロイが振り返る。エドワードはソファに腰を降ろしたまま少し首をかしげた。
「東の国の風習だろ?天の星の川の両岸に引き裂かれた恋人が居るとかなんとか」
「そうだ。今日はその星の川を渡り、1年に1度の逢瀬を恋人たちが楽しむ夜だというわけだ。ロマンチックだと思わないかね?」
「下らん」
きっぱりと言い切るエドワードにロイは苦笑する。
「そう言うな。1年に1度しか逢えないのに、更にその日が曇りや雨で流れてしまったら、と思うと私は同情してしまうのだよ。3ヶ月に1度くらいしか顔を出してくれない、薄情な恋人を持つ身としては身につまされる」
そう言って再び窓から空を見上げたロイに、エドワードは溜息を吐いてソファから立ち上がった。
そのままロイの隣まで歩み寄る。
「馬鹿じゃねーの」
「そうかな。何しろ私の恋人ときたら、こちらから連絡を取る手段が無いのに、手紙ひとつ、電話の1本もくれないからね。逢いたいという想いだけではなく、愛されているのか不安にさえなってくるよ」
エドワードの肩を抱き寄せようとしたロイの手を、エドワードはべしっと叩き落とした。
「・・・目に見えるものが全てじゃねぇだろ」
「ん・・・?」
「曇ってようが雨降ってようが、雲の上には空も星も変わらずあるだろ。見えないだけで。1年逢えなかろうが気持ちが見えなかろうが、自分の気持ちにも相手の気持ちにも自信があれば、見えないものでも信じられる」
ロイが目を見開いてエドワードを見下ろすと、エドワードはきつい眼差しでロイを見上げた。
「見えるものが無いと不安なのは、むしろアンタが自分の気持ちに自信がないからじゃねーの?」
「これは参ったな」
苦笑したロイにエドワードは顔を背けた。頬が少し赤い。
「雲の上には空はある・・・か。では、今頃空の上の恋人たちは、誰にも邪魔されずに二人きりで逢瀬を楽しんでいるのかな」
「さぁな」
「私たちも逢瀬と行かないかね、鋼の?」
「だったら空なんか見てねーでさっさと仕事片付けろよ。アンタの残業のせいで今ここに居るんだろうが」
「ふむ、それもそうだな。善処しよう」
ロイが腰をかがめて顔を近づけると、エドワードはゆっくりと瞳を閉じた。



うわっ、珍しくまともなロイエド書いちゃった。



 


七夕ver
※ハボエド


丁度七夕祭りの日にイースとシティを訪れたエドワードのたっての希望で、ジャンとエドワードは夜店を巡っていた。
「少尉!!次あれ!!」
「あーはいはい。やっぱり大将には色気より食い気か〜」
七夕の祭りに繰り出す前に、ちょっとロマンチックな七夕の由来をファルマンから二人で聞いたのだが、エドワードは全く興味が無いようで、屋台のはしごに夢中になっている。
ジャンを振り切って一人で走り回らないだけマシか。
「あ、少尉も食う?」
「いや、俺は甘いのはいらねぇ」
「そっか。おじちゃん、チョコバナナ1本!」
「あいよ〜」
受け取ったチョコバナナにかぶりつくエドワードに、ジャンはふとあらぬことを妄想し視線を逸らした。目の毒だ。
「次は〜・・・あ、フランクフルトがある。あれも食おうかな?」
目の毒2連発ですか。
「少尉、フランクフルトなら食う?」
「あ?あ〜・・・。つか、まずそのチョコバナナ食い切っちまえよ。両手に持って歩く気かよ」
「あ、そっか」
エドワードが再度チョコバナナにかぶりつく。そのまま視線を巡らせ、ふと一点で視線を止めた。
「なぁ少尉、あれ」
エドワードが指し示したのは閑古鳥が鳴いている射的の屋台。
「やってみたいのか?」
「いや、オレじゃなくてさ。少尉軍人だろ?ああいうの得意?」
「ああ・・・。まぁ、それなりにな」
「見たい!!」
目を輝かせたエドワードに、ならちょっとかっこいいところ見せてやるか、とジャンは笑った。
「いいぜ」
「あ・・・でも、ここじゃないほうがいいのかな」
「ん?何でよ」
「だって、誰も居ないじゃん。人が居ないってことは、落としにくいんじゃねーの?射的の屋台他にもあったし、人が居る所のほうが・・・」
「ああ、いい、いい。屋台なんかどこだって大して変わんねーって」
ジャンはエドワードの頭に手を乗せ、射的の屋台に向かった。
「おっちゃん、1回」
「あいよ。500センズな」
所定の額を払ってコルクの弾を受け取る。
「大将、どれが欲しい?」
「え?じゃあ・・・あの駄菓子の詰め合わせ」
エドワードが指差した商品に、店主が笑った。
「坊や、アレは難しいぜ」
「そ、そうなのか?」
「へーきへーき」
コルクの弾をつめた銃を、駄菓子の詰め合わせに向ける。
弾は見事に命中し、駄菓子の詰め合わせは棚から落ちた。
「おお!?やるな、兄ちゃん!ほれ、坊や」
店主が駄菓子の詰め合わせをエドワードに手渡す。
「大将、次は?」
「えーっと・・・じゃ、あの猫のぬいぐるみ。アルに土産」
「りょーかい」
ぬいぐるみも難なく落とす。すると何人かの客が屋台に立ち寄り始めた。
「大将、他に欲しいものは?」


ジャンが全ての弾を撃ち終える頃には、景品はエドワードの両手にいっぱいになり、店主が大きな袋をくれた。
「おっちゃん、悪いな。取り捲っちゃって」
「いやいや、いい客引きになったよ」
ジャンが景品を落とし捲くっているのを見て次々に客が足を止めるようになり、店主はむしろ上機嫌だ。
当然、他の客は大して景品を落とせては居ないのだが。
「大将、行くか」
「おう。けど少尉、やっぱりこういうの上手いんだな〜」
大きな袋を抱えたエドワードも上機嫌である。
「ま、こんくらいはな。屋台の射的なんてのは、どこでも落としやすさは大して変わらねぇもんなんだけどよ。ああやって、ちょっと上手いヤツが景品落としてると、この店の景品は取れるんだって勘違いした客が集まってくるんだよな〜」
「へぇ〜。そう言うモンなのか」
「でもホークアイ中尉は限度を超えててな。店の看板商品落とし捲くるから、中尉が来ると射的屋が店を畳むって言われてるんだ」
「あはははは!!」
楽しそうなエドワードにジャンは目を細めた。
1年に1度とまでは行かないが、エドワードとはあまり頻繁には会えない。
だからこそ、こうして会っている時には笑顔で居てほしいと思う。
「さて大将、他にリクエストは?今日は気分いいから何でもきいてやるぜ」
「マジで!?じゃぁなぁ〜・・・」



 


七夕ver
※リンエド


「・・・と言う理由デ、織姫ト彦星は1年に1度しか逢えなクなったわけダ。シンの国ノ御伽噺だヨ」
リンの説明にエドワードは足を組んで顎に手を当てた。
「ふぅん。ま、自業自得って気はしないでもないな」
「まぁ、自己責任でハあるけどネ。でも俺なラ1年に1回しか会えないなんテ耐えられないネ」
「お前、我侭だもんなぁ」
キシシ、と笑ったエドワードにリンもニッと笑う。
「そう。だからシンとアメストリスなんテ、長距離の恋愛にハ耐えられなイ」
「ほう」
「といウことデ、エド。シンに来テ皇后にならなイか?」
「・・・ちょっと待て。皇后って、お前それ・・・!」
意味を理解したらしいエドワードが頬を朱に染めた。
「皇帝になル協力ト、なってからノ施政に協力しテくれるなラ、お礼にシン国中ノ錬丹術書をかき集めテ見せよウ」
エドワードがその手の取引に弱いことは百も承知で持ちかける。エドワード・エルリックという人間は、良くも悪くも錬金術バカなのだ。
「ついでニ俺の愛を一生分、おまけにつけルよ」
「・・・いいだろう。ただしおまけはいらねぇ」
赤い顔でリンを睨んだエドワードに、リンは肩を竦めた。
「残念。本当はオマケがメインだっタんだけどネ」





 


七夕ver
※ブラエド


少年は、今は頭を垂れてもいずれ牙を剥く。それは分かっている。
今はただ、確実にこの喉元に食らいつくために息を潜めているだけだ。
自分もその時には迷わず応戦する。
「で、何でオレは今アンタに抱きしめられてるんでしょうね、大総統閣下」
「そうだな、何故君は大人しくこの腕に収まっているのだろうな」
あえて問われた言葉を殆ど変えずに、意味合いだけを変えて問い返してやると、少年は口をつぐんだ。
他に誰も居ない、二人きりの場所で、視線が合ってしまったのがまずかった。
目は、口ほどに物を言うのだ。
「あんたは、敵だ」
「そうだな」
そう言いながら、その瞳はそれが嘘であることを願っていた。
自分の瞳も、嘘に出来たならと思っていることを雄弁に語っただろう。
聡い少年が、それに気づかないはずがない。
だからこそこの時間は、僅かばかりの逢瀬となった。
「だが今日は七夕だからな。今このときくらいは忘れてもいいと思わないかね?」
「七夕?織姫と彦星が1年に1度だけ逢うっていう、アレか」
「そうだ」
1年に1度どころか、今このとき、この手を放せば2度と逢瀬の時間は訪れないだろう。
そして互いに別の道を歩み、敵として相見える。
「七夕だから・・・か。皮肉だな」
少し悲しそうに笑った少年の額に、そっと唇を落とした。



書いちゃった!!ブラエド!!
ブラエドは、自分の中ではなんかロミジュリ調になります。



※ハボエド


「暑い・・・」
「まだ半分も周ってねーぞ?だから司令部で待ってろっつったのに・・・」
「大佐に絡まれるほうが嫌だ。それにアンタ、夜勤だったから巡回終わったらそのまま仕事終わりだって言ってたじゃん」
エルリック兄弟が東方司令部に立ち寄ったその日は、真夏日だった。
丁度市街の巡回に出るところだったジャンについてきたはいいが、巡回となれば炎天下をうろつくことになる。
汗をかきながらもあまりぐったりした様子は見せないジャンとは対照的に、エドワードはだんだん歩くことさえ億劫になってきていた。
「もーダメ・・・」
「そう言う台詞はベッドで言ってくれたら嬉しいんだけどなぁ」
いつもならば「親父ギャグ!」と突っ込みを入れるところだが、今回はそんな元気もない。
視線で文句を言ったエドワードに、ジャンが苦笑した。
「ちょっとそこの公園の木陰で一休みするか?」
「うん・・・」
「じゃ、先行ってろ」
「え、少尉は?」
「ちょっと野暮用〜」
肩越しに手を振って、ジャンがつかつかと歩いていく。エドワードは僅かに数秒その背を見送ったが、じりじりと照りつける太陽に、さっさと日陰へ避難を開始した。
芝生の上、木陰にごろんと寝転がる。
「・・・イーストシティにそう長く居るわけじゃねーもん。1秒だって、長く一緒にいたいじゃねーか・・・」
本人に対しては絶対に素直に言えない、『ついてきた本当の理由』をこっそり呟いて、エドワードは瞳を閉じた。
なのに、あの鈍感少尉は『野暮用』なんて言ってどこかに行ってしまった。
「ちぇっ・・・バーカ・・・」
これでは暑いのを我慢してついてきた意味がない。

「うりゃっ」
「ふぎゃあ!?」
突然頬に冷たいものが触れ、エドワードは飛び上がった。
「あっはっは。お前、猫みてぇ」
「なっ・・・しょ、少尉!?」
ジャンは汗をかいたラムネのビンを手に持っている。
「ここの公園、冷えたラムネ売ってるんだよ。ほら」
翡翠色のラムネのビンを透かして、ジャンの優しい瞳が見える。
「あ・・・ありがとっ」
「ほんとはさ」
エドワードがラムネを受け取ると、ジャンは自分の分のラムネを開けながらエドワードの隣に腰を下ろした。
「お前を涼しいところに置いて、俺が急いで巡回終わらせるのが一番いいんだろうけど。俺は、正直1秒でも長くお前と一緒に居たい。・・・だから、ラムネで我慢してくれよな?」
ジャンの言葉に、エドワードは目を丸くして・・・それから満面の笑みを浮かべた。
「しょーがねーなっ!!ちゃんと最後まで付き合ってやるよ!」


ラムネ越し
透かした瞳は
空の色



※ロイエド

「これ、土産」
執務室を訪れたエドワードが差し出した袋に、ロイは目を丸くした。
「珍しいな。と、言うより初めてじゃないか?君が土産など持ってきたのは」
「すぐそこの道で、行商のおばちゃんが荷車の車輪が壊れて困ってたんだ。直してやったらお礼にって貰った」
「何だ、そう言うことか・・・」
エドワードの手から袋を受け取って中身を覗く。
「トマト?」
「野菜売りのおばちゃんだったんだよ」
「せめてスイカくらいなかったのかね」
「無かった。つか、アンタトマト好きじゃなかったっけ?」
エドワードは袋からトマトを一つ取り出し、手袋をしたままの手でトマトを拭いた。そのまま左手の手袋を外し、トマトにかぶりつく。
「まぁ好きは好きだが、こんなひとつ丸のままでは食べないぞ。カットしてドレッシングを掛けるなり・・・」
「ハッ、カッコつけだね。こういうのはさ、もぎたてを何もつけねーでそのまんま食うのが一番美味いんだよ」
エドワードは齧りかけのトマトをロイに差し出した。
「ほら、食ってみろよ。結構甘いぜ?」
自分の食べかけを平気で自分に渡せるエドワードに、ロイは微笑む。
エドワードはロイがトマトを好きだということを覚えていた。その上でトマトをロイの元に持ってきた。
分かりにくいが、コレはエドワードなりの好意なのだろう。
ロイはエドワードの手の上からトマトを掴んだ。
「へ?」
そのままエドワードの手ごと引き寄せてトマトを齧る。
エドワードの指を伝って滴り落ちたトマトの汁を舌で舐めると、エドワードは頬を赤らめて肩を竦めた。
「なな何やってんだよ!!そんなに食いたいならまだ袋にトマト入ってるだろ!?」
「トマトも好きだけれどね。私は赤いものは割りと何でも好きだよ」
「へ?」
「トマトも赤ピーマンも、リンゴも好きだな。それから赤いコートがトレードマークの人物と」
一瞬きょとんとしたエドワードが、ますます頬を赤く染め上げる。
「なっ・・・」
「ああ、真っ赤に染まった頬なんてのもいいね」
真っ赤な頬をぺろりと舐めると、トマトの味がした。


トマトより
赤く熟れたる
君の頬

※ロイエド

「まーだー終わんねぇのかよーーーーーー」
団扇でパタパタと扇いで涼を取りながら、エドワードがぶーたれた。
「もう少しだ。もう少し・・・」
「もう少しって1時間前も言ったぞアンタ。アンタが晩飯に誘ってきたんだろうがよー?」
ロイの前には中々消えない書類の山がある。コレが消えるまで退勤は不可、とリザに厳命されてしまった。
よりにもよってエドワードが夕食の誘いをOKしてくれたときに限ってこんなことに、というよりも。
今日ならばロイが必死になって書類を片付けるであろうことを、見透かされたようだ。
「はやくー」
「私だって早く終わらせたいんだよ。ああもう、何だってこんなどうでもいいような話まで私のサインが必要なんだ・・・」
「腹減ったー」
「本当にもう少しだから・・・」
1時間前には3つあった書類の山のうち、2つは既に姿を消し、もうひとつも残り半分程度になっている。
がりがりとサインを続ける手をふと止めて、ロイはエドワードを見て微笑んだ。
「君がキスのひとつでもしてくれたら、もっとペースが上がるかも知れないんだが」
「・・・馬鹿じゃねーのアンタ」
冷たい視線を向けたエドワードに、やはり無理か、と内心で呟いて、ロイは肩を竦める。
大人しく書類に再度向かおうとすると、エドワードがつかつかと歩み寄ってきてロイの横に立った。
「鋼の?」
振り返った瞬間に、ロイの顔に団扇が押し付けられる。
「何・・・っ」
その上から唇が押し当てられる感覚に、ロイは目を見開いた。
「・・・そのくらいで我慢しろ!!」
すぐに顔を離したエドワードが、団扇でロイを叩いてそっぽを向いた。その頬は桃色に染まっている。
「・・・そうだな。今はコレで我慢して、書類が終わり次第今度は私からキスを贈らせてもらうよ」
「フン。バーカ」


団扇ごし
触れた唇
柔らかく


※ハボエド


「・・・暑い・・・」
うだるような暑さの中、セミの声がコンクリートの壁に反射して尚更暑さをかもし出しているような午後。
ジャンは陽炎が立ち昇るような軍部の廊下をだらだらと歩いていた。
本日気温は真夏日、雲ひとつ無い快晴。おまけにそよ風すら吹かない。窓を全開にしてもちっとも涼しくなりはしない。
上司達は権力を駆使して扇風機を確保していたが、ジャンにはそれは無理。それに先刻ロイの扇風機に当たってみたが、熱風が吹き付けるばかりで思ったほど涼しくは無かった。
数少ないシャワールームは満員御礼、芋洗い状態で、ひしめきあって水を浴びているが水もぬるい。
外で水撒き用のホースで水をかぶった者は先刻叱られていた。
他に何か涼めそうなもの・・・と暑さで鈍る頭を総動員して働かせても、中々思い当たらない。
肩に軍服の上着を引っ掛け、ちんたら歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。
「少尉!!」
「大将?!」
驚いて振り返れば、国内を放浪して歩く、中々逢えない可愛い恋人が居る。
「いや〜あっちぃな、おわあ!?」
「うわ〜大将だよ〜」
「オイコラ少尉!抱きつくなって!!暑いから!!」
ジャンだって暑いことには暑い。だが。
「今は大将に触る方が大事〜。滅多に逢えないんだからよ」
嫌がって暴れる身体を無理矢理抱きしめる。
「は〜〜〜〜な〜〜〜〜〜せ〜〜〜〜〜〜!!」
じたばた暴れるエドワードに頭を叩かれて、ジャンはしぶしぶ手を放した。
「ちょっとくらいいいじゃねーかよぉ〜〜〜〜。どうせお前、またすぐどっかに篭りはじめるんだろ?あんまり放って置くとすねちまうぞ〜」
「いい大人の癖に自分ですねるとか言ってるんじゃねーよ・・・」
呆れた様子のエドワードにジャンも苦笑する。
「アルは?」
「宿に置いてきた。アイツ鋼鉄だから、こんなに気温高いと蓄熱して大変なんだよ・・・。本人つーより、傍に居るオレが」
「あ、なるほど・・・」
エドワードは汗をぬぐってふーと溜息をついた。
「で、オレは暑いから軍の地下書庫にでも篭ろうかと」
「地下書庫か。いいよなぁ国家錬金術師は・・・」
地下の書庫は国家錬金術師専用の書庫だ。それ以外の者は軍人でもおいそれとは入れない。地下室は夏は涼しいと言うし、頻繁に利用するエドワードがこういう日に篭りたいと言うのだから、実際涼しいのだろう。
「少尉も来れば?」
「へ?でもあそこは国家錬金術師専用・・・」
「今忙しい?」
「や、忙しくは無い。皆クソ暑くてだらけてるからな」
「じゃいいじゃん。ほら、早く」
エドワードがジャンの手を取って引っ張った。
「え、おい大将?」
エドワードに引っ張られるようにして階段を降りる。その先の鉄の扉をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
「確かに涼しい・・・けど、ここ俺が入ったらまずいんじゃ・・・」
「オレと一緒だから平気だよ。国家錬金術師一人につき一人までなら、護衛とかサポート員とか一緒に連れて入っていいことになってる」
「え、でも・・・あ、そうか今日アル居ないのか」
ジャンの手を掴んでいた手を放し、エドワードがジャンに背を向る。
「その、少尉はこういう場所好きじゃないんだろうけどさ!ほら、今日は暑いから、たまにはこういうところに篭ってもいいんじゃねーの?」
「ん・・・?」
少々薄暗いので良くは見えないが、横を向いたエドワードの頬が少し赤いように見えた。
「べっ、別に一緒に居たいからアルを置いてきたとか、そう言うんじゃないからな!!」
「・・・」
正直だが素直ではない言葉に、一瞬呆然とした後、ジャンは思い切りエドワードを抱きしめた。
「うわ!!」
「暑いからくっつきたくなかったんだよな?じゃあ、ここなら涼しいからべたべたしまくっていいんだよな?」
「べ、べたべた、しまくるって・・・」
ぼそぼそと呟いたエドワードの頬に唇を押し当てる。
「ずーっと、こうやってくっついてちゃ駄目か?」
「・・・しょうがねぇなぁ・・・」
ジャンの背に回された手が、口とは裏腹にエドワードもそれを望んでいることを正直に伝えていた。


避暑よりも
逢引したい
地下書庫よ

※アルエド


「あ、兄さん!金魚すくいやってるよ、やろうよ」
「駄目だ」
アルフォンスが指差した金魚すくいの屋台には目もくれず、エドワードは人ごみの中を歩いていく。今日はこの町で夏祭りがあるらしく、屋台の立ち並ぶ路地は混雑していた。
「えー!いいじゃないか、そのくらい」
「金魚すくってどうすんだよ。オレ達飼えないだろ」
それはアルフォンスが猫を拾ったときも毎回エドワードに言われる言葉だ。
「それはほら、近くの川に逃がしてやるとか・・・」
エドワードは赤いコートをひらりと翻して振り返った。
「金魚ってのは、観賞用に人間が掛け合わせて作った種類なんだよ。あんな赤い色してたら天敵にすぐに見つけられるし、尻尾の推進力も弱いから追われたら逃げられない。川なんかに逃がしたらすぐに食われて死んで終わりだぞ。それでもいいのか?」
「う・・・」
再び屋台に背を向けてずかずかと歩いていってしまうエドワードを見ながら、アルフォンスは立ち止まる。
エドワードの言葉は正しい。
持って歩くにしても、猫ならばまだ新しい飼い主を見つけてやれるまでつれて歩くことも出来るだろうが、金魚のような弱い生き物ではすぐに死なせてしまうだろう。
それでも後ろ髪をひかれるような気分で屋台に目をやると、エドワードは振り返って苦笑した。
「少しの我慢だから」
「え?」
「お前の身体を取り戻したら、金魚だろうが猫だろうが犬だろうが飼ってやる。だから、今は少しだけ我慢しろ」
「兄さん・・・」
優しい瞳で笑ったエドワードの頬を、夜風が撫でる。
風にひらひらと踊った赤いコートが、金魚みたいで綺麗だな、とアルフォンスは思った。


赤い服
金魚のように
ひらひらと