護る者、護られる者

「護衛なんかいらねぇよ!!」
傷の男によって右腕の機械鎧を破壊され、リゼンブールに向かうことになったエドワード。アルフォンスも身動きできない状態まで破壊され、エドワード自身も錬金術が使えない状態での移動となるため、アームストロング少佐が護衛を申し出た・・・のだが、エドワードがその護衛を拒否しているのだった。
「エドワード君。いつまた傷の男が出るか分からない中をその身体で移動しようと言うのよ。対抗できるだけの護衛をつけるのは当然でしょう?」
こんなとき、宥め役になるのは大抵ホークアイである。
「けど、じゃあ・・・別に少佐じゃなくたって・・・」
『護衛される』という事実ではなく、『護衛がアームストロング少佐である』という点が問題であったらしいエドワードが、すねた表情で当方司令部のメンバーを見渡す。
「俺はすぐ中央に戻らなきゃならん」
「大佐のおもりが大変なのよ」
「あんなヤバイ奴から守りきれる自信ないし」
ヒューズら他のメンバーの返答はにべも無い。
「いいだろう、ならば特別に私が護衛してやろうじゃないか」
「はぁ?!」
「大佐?!」
想定外の人物からの護衛の申し出に、エドワードとホークアイが目を剥いた。
「何を馬鹿なことをおっしゃってるんですか?!大佐が司令部を離れてどうなさるんですか!!」
「少し目を離したらすぐに傷の男に発見されて殺されかかるような、困った国家錬金術師がいるのでね。仕方ないだろう?」
「誰のことだよクソ大佐ッ!!」
ダン!と床を踏み鳴らしたエドワードに、ロイが嫌味な笑顔を浮かべて肩をすくめた。
「自覚があるんじゃないか。・・・いずれにせよ、護衛無しで動くわけにはいかない事くらい君だって分かってはいるのだろう?」
「っ・・・それは・・・分かってるけど・・・」
食って掛かるような表情をしていたエドワードが、ふと動きを止め、左手をあごに当てて考え込む。
「じゃ俺少佐でいいや」
「なっ・・・!?」
「大佐に護衛されるくらいなら少佐の方がマシ。頼むな少佐」
アームストロングを見上げたエドワードの頭の上に、アームストロングの巨大な手が載せられ、わしわしとかき回す。
「うむ!子供は素直なのが一番だ!」
「こっ・・・子供扱いすんなーーー!!」
一瞬にしてアームストロングのペースに巻き込まれたエドワードの視界には、真っ白に燃え尽きたロイの姿は入っていない。
(あっちゃぁ・・・大佐、絶対あんな返事が返ってくると思ってなかったんだぜ、アレ・・・)
(つーか俺もまさか少佐の方が良いって言うとは思わなかったけどな。ヒューズ中佐ならともかく・・・)
ハボックとブレダのヒソヒソ話をバックに、当のロイは目も当てられないほどの落ち込みっぷりを見せている。
「ま、まぁ・・・無事護衛が決まったってコトで、この件は終わりにしようや。な?」
マジへこみモードに突入した親友の肩を苦笑しながら叩いたヒューズの言葉で、その場は解散と相成った。


「エド!」
司令室を出た廊下で、ヒューズに声を掛けられたエドワードが振り返る。
「何?中佐」
「さっきの護衛の件なんだけどよ」
まだ何か?という表情をしたエドワードに、ヒューズは少し困ったように頭を掻いた。
「別に何があるというわけではないんだが・・・。ちょっと聞きたいことがあってよ」
「うん。何?」
「さっき、ロイより少佐の方がいいってロイの護衛を断っただろ?お前が断るとは思わなかったからよ。いつもケンカしてるったって、ありゃじゃれあってるみたいなモンだろ?」
ヒューズの問いに、エドワードは意外そうに目を見開いてヒューズを見つめ返した。
「さっき中尉が言ってたじゃないか。大佐は雨の日は不能だって」
「エド、『不能』じゃなくて『無能』だ。その間違いは場合によっては洒落にならないから気ぃつけろ」
「え?あ、うん。無能な、無能」
ヒューズの迅速な突っ込みにエドワードが頷く。
「それで、それがどうかしたのか?」
「え?だからさぁ・・・仮に大佐が護衛として、俺とアルと大佐で移動するだろ?」
「ああ」
「その状態でまた傷の男が出たとして、その時も雨降ってたらどうすんだよ?」
「あ」
エドワードの指摘に、ようやく思い当たったヒューズがあごに手を当てる。
「言われてみりゃそうだな。護衛が守られなきゃいけないんじゃ意味がねぇ」
「この腕じゃなきゃ俺がやるんだけどな。傷の男相手に片腕で誰か守って戦うのは無理」
「お前ぇがロイを守るのかよ!護衛の立場逆じゃねぇかよ」
苦笑したヒューズに、エドワードが肩をすくめた。
「多分、錬金術無しだったら片腕でも俺のほうが大佐よりマシだぜ?俺いくらなんでもあんな綺麗に足払いひっかかんねーもん」
「ぶひゃひゃひゃひゃ!!確かにあの足払いは見事だった!!」
大笑いするヒューズに一緒にあわせて一緒に笑ったエドワードが、ふと笑いを止めて真剣な表情を浮かべる。
「でも、マシっつってもせいぜい逃げ回って多少の時間稼ぎするくらいだ。それも・・・大佐とアルが確実に安全なトコまで逃げれるだけの時間稼ぎは無理だろうしな。守りきる自信が無いから連れてけない。・・・情けない話だけど、それだけだよ」


「・・・だそうですよ、大佐」
僅かにあけられた司令室のドアの中、顔を押さえたロイにホークアイが静かに話しかける。
ヒューズとエドワードが話している内容は特に声を抑えてもいないため、丸聞こえだ。
「まったく・・・本当に困った国家錬金術師だと思わないかね?中尉」
心なしか赤い頬を隠すように顔を押さえるロイに、ホークアイは少し笑んで視線を向けずに答える。
「何より自分自身のことを心配して欲しい事態であるにも関わらず、自分より他者を優先してしまうという点に置いては非常に困った人物ですね。そんな点も、彼の好ましい点であるのも事実ですが」
ガシガシと頭をかきむしったロイが、急に−ともすればにやけているとも見える表情を−引き締めた。
「鋼のが乗る予定の列車は明後日だったな」
「はい。1430の下り列車です」
「明後日、午後よりE地区の視察に向かう。そのように準備を進めてくれ」
「E地区・・・ですか?駅からは相当離れていますが・・・」
ロイが迷いのない視線をホークアイに向け、不敵な笑みを浮かべる。
「だから、だ。大々的に広めろ。焔の錬金術師・ロイ=マスタングが明後日の午後、E地区に現れる、と。どこかに潜んでいる誰かにも届くようにな」
ロイの意図を理解したホークアイがため息をつく。
「では我々はエドワード君たちの見送りには行けませんね」
「仕方あるまい。そちらはヒューズに頼む。大体私と鋼の、アームストロング少佐が軍部の外で集まることを嗅ぎ付けられるリスクが高すぎる。駅なんて人の多いところにあんなのを呼び込んでみろ。どれだけの被害になるか分かったものではないぞ」
止めても最早聞く気などないであろうロイに、ホークアイは苦笑した。
「大佐、気になる点が1点あります。先ほどのエドワード君の指摘にもあったことですが」
「何だね?」
「明後日に雨が降ったらどうなさるおつもりですか?」
「む・・・。照る照る坊主でも作るか?」
「雨天決行ですか」
「当然だ」
予想通りの返答のロイに、ホークアイがイーストシティの地図を開いた。
「分かりました。炎を使っても問題の無い広さの倉庫をE地区に一箇所押さえます。雨天の場合そこに誘い込める陣容をとりましょう」
「有能な副官で嬉しいよ、ホークアイ中尉」
「恐れ入ります。ところで大佐、『自分自身のことを心配して欲しい事態であるにも関わらず、自分より他者を優先してしまう』国家錬金術師を私はもう一人よく知っているのですが誰のことかお分かりですか?」



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