ロイ・マスタングを無能化しよう計画



其の1

「中佐、ヤバいですよ」
戻ってきて、第一声そう告げた部下の言葉に顔を上げたロイは訝りながらハボックの顔をマジマジと見つめる。
「何がだ?」
今現在起こっている連続殺人事件を解決できないことだろうか?と顔を顰める上司に、自分の意図が伝わっていないことを悟ってハボックがため息を吐く。
「大将のことです」
その言葉に、その場に居た数人・・まぁ、所謂ロイの側近の興味が一斉にハボックに向く。
連続殺人事件は大事だが、それはそれ。ずーっとコレにばっかりかかりきりでは疲れるから、ちょっとした息抜きは必要。
「(大将・・・・ってーと、やっぱあのガキ?)」
「(何がヤバいって?)」
視線こそ寄越さないものの、興味津々、と言った様子の部下及び親友に嘆息して、ロイはハボックに視線を移した。
「大将とは?」
大将・中将の上。とかトンチキなことを考えつつ尋ねれば、部下が呆れ顔になった。
「エドワードですよ」
名前で言われて、ロイはああ、と頷いた。
ハボックに諸々の雑用ついでに、エドワードのタッカー邸までの送迎を頼んだことを思い出したのだろう。
「彼に何か?」
「大有り。もう、手遅れかも・・・・」
「(手遅れ?)」
不穏な響きを含む単語に、さすがに興味を引かれたのだろう。ロイの顔つきが変わる。
「どういうことだ?」
「どうもこうも・・・不信感炸裂っていうか・・・やりすぎましたね」
「?」
(自分に都合が悪いことは)理解の遅い上司に、遠まわしに言っても無駄だと思ったか、ハボックは眼を泳がせながら分かりやすく説明する。
「つまり、エドワードは中佐があんまりいい加減で、蔑ろにしてくれちゃったから、不信感が募ってヤバい状態になりつつあるってことですよ!」
「・・・・・・・は?」
間抜け顔で聞き返してくる上司に嘆息しつつ、さらに言葉を続ける。
「あいつらが十二歳のガキンチョだって忘れてません? もうちょっとフォローしなきゃだめですよ。まぁ・・・悪感情抱かれるくらいは覚悟してやってんでしょうけど」
「ちょっと待て・・・悪感情って何だ?」
「中佐が信用されてないってことです」
車の中でのやり取りを言う気は端からないハボックは適当に誤魔化す。
正直、十二歳相手にこの上司の冷たさはどうなんだよ?と、ちょこっと相手に賛同しそうになったことまでバレそうだし。
そんな部下の思惑までは分からなかったらしく、彼の上司はバカバカしい・・と手元の書類に視線を戻した。
「信用など必要ない。彼らが頼れる人間は私しかいないだろう」
だから大丈夫、とよく分からない根拠に基づく自信いっぱいのロイに、今までただ聞いていただけのヒューズが何気なく口を出した。
「そういや、タッカーがどうの・・って『オレのとこに』相談しに来たな」
「な、何でお前のところに行くんだ?!」
ヒューズの言葉に、ロイが眼を剥く。
エドワードを国家錬金術師として推薦したのはロイだ。その成り行きでエドワードはロイの管轄で、ロイの部下ということになるわけで、当然錬金術に関しての資料の請求とかそういうものもロイを通すのが一番早い。しかも、ヒューズは軍の中でそこそこの地位にいるが、錬金術に関しては畑違いだから相談するほうが間違っている。
な、の、に、何故かヒューズ。
「お前のとこに行っても、無駄だって思ったんじゃねぇの?」
そのヒューズの言葉に、うんうん、と頷くハボック。
「何が無駄なんだ?!私だって言われれば・・・」
言われても無碍にした大人の言葉に、ヒューズがハボックの方を見てわざとらしく嘆息した。
「だって・・・なぁ」
「ええ」
意味ありげに目配せし合う二人に、ロイの顔が引き攣る。
「彼は私の管轄にある。部外者がなんと言おうと、それは覆らん」
引き攣った顔でそう言いつつ、ロイは視線を沈黙を守ってきた副官へ向けた。
自分じゃどうしようもないから、彼女にフォローを入れてもらおう、とかそういうことだろう。それを読み取って、ホークアイは表情一つ変えずに言い放つ。
「そうですね・・・彼が中佐の管轄であることは事実です」
その言葉に、上司がほっとする間も与えず。
「ですが、国家錬金術師試験において特別に便宜を図って下さったのはハクロ将軍ですし、任命の際にも書類をただ渡しただけで国家錬金術師の特権利用の詳細等についての説明がありませんでしたから、彼が中佐の管轄下という意識が薄くても仕方ないかと思われます。ヒューズ少佐に相談したのも、中佐に相談するということ自体を思いつかなかったからではないかと」
「・・・・・・・・・・・・」
ホークアイの言葉に、無言になってしまうロイ。
確かに、この頃忙しくておざなりになってたなーとか、思わなくもないのだが・・・・
「職務怠慢と上に報告されれば、管轄の変更も容易に叶いそうですね」
追い討ちをかける副官。
「給料ドロボーとか思われてんじゃないですか?」
むしろ自分が思ってそうなことをいうハボック。
「いやぁ、思うとこまで関心払われてねーだろ」
ハハハ、と実に楽しそうに笑っているヒューズ。
「予め、心構えをなさっていたほうがいいかもしれません」
沈痛な面持ちで宣下する副官に、ロイが狼狽しながら口答えしようとした。
「そ、そんなことは・・・・」
「そんなことは?」
「・・・・・・・・・・」
が反論できない。
「「「(情けなっ・・・・・・!!!)」」」
そんな上司の様子に、部下一同から突き刺さる視線。
彼の呼称が決定する日も・・・そう遠くないのかもしれない。



其の2

「う〜〜〜む」
書類を眺め、難しい顔をしている上司を半眼で眺め、ハボックは視線をその上司の横で報告をまとめている彼の副官へ向けた。
「中佐・・・どうしたんですか?」
「本人に聞いてみればいいわ」
恐ろしいほどの無表情でバリバリ仕事をしている彼女は、どこか現実逃避をしているようにも見える。この場合の現実とは、全然仕事してない上司だろう。
見れば、デクスの上には連続殺人事件関係の書類が山積み。
にも関らず、ヤツが見ているのはエドワード・エルリックの詳細の書かれた書類。
「中佐、仕事しなくていいんですか?」
「別に、サボっているわけではないぞ」
事件にあんまり関係ない書類眺めながら言われても説得力ないけど。
「私は今、非常に重要なことを考えているんだ」
「重要・・・ですか?」
「ああ、重要だ。早急にエドワード・エルリックの呼び方を決めなければならん!」
「・・・・・・・はい?」
「呼び方が決まらないとまともに話もできんというのに、まだ決まらんのだ!」
呆れたような顔になるハボックには視線も向けずに、国家錬金術師になるために提出した書類のコピーひたすら凝視する二十六歳。
「普通に『エドワード』というのはインパクトに欠ける。エドワードの愛称は『エディ』だろうが、それは恋人同士になったときのためにとっておきたい」
「・・・・・・・」
「私を差し置いて、お前やヒューズは『大将』とか『豆』とか親しげな愛称を作り出しているというのに・・・」
「・・・・何でもいいんじゃないですか」
「よくないだろう。名前を知り、呼ぶというのは、親密になるための第一歩だぞ」
女性の名前で埋め尽くされた手帳を持っている男の言葉だけに変な説得力がある。
「まさか、いきなり『お前』とかはヤバいだろう? ついでに『あなた』とか言ってもらいたいなーvとかそういう思惑はあるが、さすがに早すぎる」
また最年少国家錬金術師の調査書を眺めては、でれっと顔を崩したり。
「何か、印象に残り、かつ誰も使っていない呼び方はないものか・・・」
ふぅ・・・と物憂げに嘆息する上司。
それから、まるで見てはいけないものでも見たかのように目を逸らして、ハボックはたまたま目に入った書類を指先で摘んだ。
折りよく、この上司から離れられる任務である。
「じゃあ、この大将への任務はオレが伝えちゃっていいですか?」
「ええ。お願い」
役に立たない上司そっちのけで、勝手に決めちゃっても文句を言われる筋合いではない。
この上司が数少ない接触のチャンスを失おうが、知ったことではないわけだし。

それでも、無理やり接触して空回ってさらに好感度を下げる中佐であった・・・




腐女子的には萌えだけど、エド的にはとんでもないよなー、この人・・ (by visko氏)


其の3

「そういや、お前、こないだリゼンブールの奴はどうなったんだ?」
「ああ、ホーエンハイムの子供達か・・・・そろそろこっちに来てもいいはずなんだが・・・」
「お前、ずいぶん気にしてたもんなー」
「まぁ・・・興味深い存在ではある」
「いやぁ、ついに親友が嫁さん候補見つけてくれて嬉しいぜ」
「ぶっ」
「31歳だっけ?お前が年上好みとは意外だが、お姉サマの色気にしてやられたってとこか?」
「(電話を切りたくなる衝動を必死に堪える)・・・・それは、情報局の間違いで、実際は11歳だった」
「11・・・・・」
「オイ!何を沈黙してる!!」
「いや、いいんじゃねぇの?今は完璧に犯罪だけど、あと5年もすりゃ『犯罪?』ってレベルまで引きあがるだろうし」
「そうか?確かに(国家錬金術師になるのに)若いとは思うが、五年後も今もさして変わりあるまい」
「いや・・・大有りだろ。世間の見方も変わってくるし」
「ならば、世間の方を黙らせてやるさ」
「さすが・・・大総統を狙う男・・・ってことか」
「まぁな」
「ところで、そのガキの名前はなんていうんだ?」
「エドワード・エルリックという。弟はアルフォンス・エルリックだ」
「エドワード・・・ってことは、男か?!」
「何だ?男だと何か問題あるのか?」
「本当の本当に男なんだな?」
「情報局からの書類ではそういうことに・・・(だが、11歳を31歳と間違えていたし、もしかしたらもしかしないってことも・・・いや、だが、あのぺったらな胸は・・・だが、あのくらいの年ではまだ膨らんでいないということも・・・)」
「おい、ロイ?」
「あ、ああ・・・男だ。間違いない(たぶん)」
「そうか・・・大変だろうが、親友として応援してやるからな」
「(大変・・・?子供が国家錬金術師になることか?)そこらは考えている」
「ほう」
「あの子達にも、悪いようにはしないさ」
「・・・・・・・・・・・いや、うん、まぁ・・頑張れよ」
「? ああ」

「・・・・アイツ、なんであんなに動揺してたんだ?」
「中佐が、『嫁候補』という単語を否定なさらなかったからではないかと」
「!!!!」



其の4

「オイ、ヒューズ・・・」
食堂に足を踏み入れた視界に入ったものは、後ちょっとで触れ合いそうにくらいに顔を近づけた親友と恋人(予定)。
「??!☆〒売wΘΦ♯∂Э!??!?」

『あのさ・・・ヒューズ中佐・・・やっぱ、こういうの、迷惑かな・・・?』
『けど、お前にはロイが・・・』
『あの人とは・・・やっぱり駄目だったみたい・・・』
『エド・・・・・・』

「(うわあああぁぁぁ〜〜)」
勝手に脳内で妄想を膨らませて頭を掻き毟る東方司令部の偉い人(たぶん)。
「は、鋼ののバカーーーー!!!」
泣きながら走り去る彼には、グラン准将から話を聞いて怒りで顔色を変える鋼の錬金術師の姿は見えていなかった。
それがまた悲劇を呼び込む未来を、彼は知らない。


鋼の錬金術師こと、エドワード・エルリックから提示された条件に、ロイは思いっきり顔をしかめた。
「鋼のと戦いか・・・・」
→鋼のが勝つ
 彼氏としての立つ瀬なし。もしかしたら軽蔑されちゃったりして。
→私が勝つ
 鋼のに強いとこ見せられる。が、たぶん嫌われる。
「却下!!却下だ!!」
どちらに転んでも、いいことにならないのは確実。
めんどくさい。
痛いのヤダ。
色々理由はあるけれど、やっぱりこれが一番強い理由だった。
「何故、私がそんな面倒なことをしなければならん!」
ここにいるのはエドワードではなく、単に伝えに来たハボックなのだから言っても無駄なのだが、言わずにいられない。
怒鳴られて、ハボックは肩を竦めた。
「鋼の大将がそれ希望してますからねー」
相手はロイに限定。
査定が主目的なのだから、条件云々を飲む義務はない、とか突っぱねてやってもいいのだが・・・
「まったく・・・誰が、そんなことを鋼のに教えたものか・・」
国家錬金術師の規約に書いてある事柄なわけだから、それを渡した焔の錬金術師である。
そこらへんを都合よく忘れているのか。
ブツブツ文句を言うロイに、ハボックはポン、と手を叩いた。
「そういや、ヒューズ中佐に確認取ったとか取らないとか・・・」
「な・・・・・」
蘇る、先ほどの悪夢。
「・・・・大佐?」
「いや、すまない・・・少し、一人にしてくれ・・・」
なんだか分からないが、いきなり涙ぐむ上司にハボックは一歩下がり・・・
お言葉に甘えてとっとと退出したのだった。


「よう!!楽しくヘコんでるって?」
ノックもなしに扉を開けた親友を見やり、ロイは苛立たしげに目を細めた。
「何の用だ?」
私の鋼のを誑かしておいて・・・・
気分はすっかり恋人を寝取られた彼氏。
「は?誑かし?」
訳が分からないといった顔をするヒューズを恨みがましそうに見上げて、ロイはデクスに突っ伏して何かをブツブツ呟いている。
「鋼のも鋼のだ・・・私というものがありながら・・・」
「おーい、聞いてるかー?」
「大体、愛が足りない。いっつもいっつも、情報寄越せ、文献寄越せで・・・少しはこっちのことを考えてくれたって・・・」
全然聞いていないロイに嘆息して、しょうがないので空気に喋るつもりでヒューズは話し出した。
もしかしたら、どっかで意識を取り戻すかもしれないし。
「お前、エドの奴と戦うの渋ってるんだって? 臆病者―、とか言われてんぞ?」
「落ち着いてみないか(=そろそろ一緒に暮らしてくれないか?)と聞いても、全然取り合ってくれないし・・・」
やっぱり聞いていないロイに顔を顰めて、ヒューズはこりゃダメだ、と肩を竦めた。
「そんなにあの豆に構って欲しかったら、勝ったときに条件提示すりゃいいのに」
「・・・・どういうことだ?」
やっと戻ってきた親友の肩をぽんぽん叩いて、ヒューズは安堵のため息を吐いた。
「エドの奴の条件は、勝ったらマルコーの情報&猫を飼え・・・だ。て、ことは、お前も勝ったら何か条件突きつけてもいいんじゃないのか?」
錬金術の基本は等価交換だろ?と笑うヒューズの顔をまじまじと眺めるロイ。
「ヒューズ・・・・・お前は天才か・・・?」
「ハハハ、まあな!」
「思えば、鋼のの条件は私にとってデメリットは一つもないじゃないか・・・」
マルコーのことは、元々教えなければ別の奴から聞いてしまうだろうから、ちょっと焦らして教えてあげるつもりだったし。
猫を飼うのならば、エドワード本人に世話してもらうという面目でいくらでも家に呼べる!!
まさに、狼の巣の中に入り込む子羊!!
「フハハハ!!これで鋼のは名実共に私のものになるということだな!!」
高笑いしながら「だったら、また少し焦らしてみよう・・・」とほそく笑んでいる親友を眺めながらヒューズはふっと見てはいけないものでも見たかのように目をそらした。
「(こういうところが嫌われるんだよな)」
心の声は、彼だけの秘密。



其の5

軍部祭。個人的に時間枠がとても気になります。
コレ、今回の話の直後だったら、

「鋼の・・・すぐに戻ってきてくれるっていったのに!!」
「だぁ!!うるせぇ!!」
「しかも、私に会うのを先延ばしてまで行ったゼノタイムでは、私と同じタイプの切れ長系の美形だからと、あのラッセルとか言う小僧とずいぶん親しげに様子だったな」
「・・・・ちょっと待て。何でアンタが知っている?」
「『オレがいてよかっただろう?』だなど・・私のセリフのパクり如きにときめいて・・・」
「だから!!何で知ってんだよ?!」
「やっぱり若い方がいいというのか!!」
「まぁ、そりゃ・・・・」
「は・・・・・鋼のの浮気ものーーー!!」
「浮気って何だ・・どわっ!! 親しくないし、ときめいてもないから、その焔止めろ!!」


こんな感じの痴話げんかになってしまいますね。
痴話げんかっていうか・・・エド的には恋人でもなんでもないんで、大佐のイタイ勘違いですか。アタタタ・・・(by visko氏)



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