ロイ・マスタングを無能化しよう計画



其の6

「ところで・・・中尉・・・」
「まだです」
上司がすべて言い終わる前に返事をしたホークアイ中尉は、チラリ、と書類に埋もれたデスクにで項垂れている上司を見た。
あの兄弟がリオールに旅立って、確かにそろそろ戻ってきてもいい頃なのだが・・・
一時間に一回くらいの割合で聞かれると、さすがにうざったい。
「今頃どこに居るのか・・・・」
ふう、とやたらと愛とかそういうものが無駄にこもった眼差しも、向けられるならともかく、客観視するときは冗談ではないウザさである。
「大佐〜〜ちゃんと仕事してくださいよ」
「うるさい。お前こそ、ちゃんと仕事をしろ」
同じように書類に埋もれたハボックの言葉に冷たく返し、しょうがない、とでもいうように書類に向かおうとしたその時。
ジリリリリ・・・
「ん?」
鳴り始めた電話に、ロイもホークアイも言葉を止める。
「はい。東方司令部、司令室」
『あ、どうも。私、アクロイアの・・・・』
電話に一番近いところに居たハボックが電話を取ると、渋めの男性の声が聞こえてくる。
「何だ・・・男か」
「大佐・・・・」
あまりに正直な上司を、ホークアイが視線で嗜める。
その視線が、次の瞬間にはものすごーく嫌そうに眇められた。
「え?鋼の大将ですか?」
ピク、と上司の耳が動く様子に、彼の考えていることが分かってしまい、ついため息をついてしまう。
「なんか・・・今、錬金術を使う泥棒が出て、それに間違われたって言ってますが」
「貸したまえ」
奪い取るように受話器を取ると、相手口からは恐縮したような声が聞こえてきた。
「ロイ・マスタング大佐だ」
『大佐殿ですか?!私、警部をしております
「君の名前はいいから、要件を言いたまえ」
男には容赦ないなぁ〜〜〜と、受話器を奪われたハボックが顰め面で一歩下がる。
『鋼の錬金術師殿は大佐の管轄下だとお聞きしたのですが』
「ああ。確かに、彼は私の管轄だ」
『それが、そう名乗っているのが、こう・・チビな子供でして』
チビ、という単語に、キーキー騒ぐ様子が思い起こされて、デレデレと顔が崩れる。
「金髪金目の子供で、鎧の弟と一緒ならば間違いない。銀時計も確かめたのだろう?」
『え、ええ。確かに持っておりましたし、鎧の人物と一緒に居ましたが・・・』
「信じられないのは分かるが、恐らく本物だろう」
『は・・・そ、そうですか』
「可愛かっただろう? こう・・・ぎゅっとするのにちょうどいいコンパクトサイズでな。チビ、とか言うと子供っぽく騒ぐところが可愛らしく、気が強いところなどもつい苛めたくなるのだが、そういうところに自覚がなくてね。私も心配でならないのだが・・・」
「確認が取れたからには、彼らへの容疑は晴れたのですね?」
とっくに配線を繋ぎ変えられ、電話が切れてしまっていることに気がつかない上司の横で、淡々と返答するホークアイ。
『そりゃもちろん・・・・本当に、お手数おかけしました』
「いえ」
ガチャン、と受話器を置かれたところで、ようやく途中割り込みされたことに気がついたロイがむっとしていたが、それにはまるで気を止めることなく。
「エドワード君は、現在、観光都市にいるようですね」
「ほぅ・・・」
「大将も息抜きしたかったんでしょう」
正式な任務ではないから、エドワードが途中下車しても咎めることはできないのだが。それでもやっぱり真っ直ぐに自分の元へ戻ってきて欲しいと思うのは自分勝手な大人の意見。
「しかし、鋼のも水臭い。私を誘ってくれれば、観光の一つや二つ、幾らでも付き合ってやったものを」
「「・・・・・・・・・・」」
貴方の顔を見たくないからわざわざ途中下車して報告を先送りにしたんじゃないですか?という意見は、言わないのが大人の嗜みだろう。
この上司の一方通行かつ不器用な親愛表現が相手側には嫌味としか受け取られていないのは周知の事実であるし。
「ところで、鋼のはどこの町に立ち寄ったのかね?」
女性の名前がいっぱいの手帳とは別の、鍵付き革張りの手帳(鋼の錬金術師の好みとかが書き記された虎の巻)を取り出しつつ尋ねる上司に、部下はくたびれたように嘆息した。
「アクロイヤだそうですよ」
とは、最初に電話を受けたハボックの言葉。
アクロイヤ。観光都市にもなっている『水』の都。
一説によると、町中に水路が巡らされていて、よく水しぶきが飛んでいるとか・・・
つまり、雨でなくても発火布が役立たずになる可能性大というか・・・
「・・・・・・ま、マァ。鋼のがどうしても、というなら・・・」
そそくさと手帳を仕舞いこみ、窓外へ視線を向ける焔の錬金術師。
「大佐・・・声、裏返ってます」
「エドワード君と遊ぶにしても、まずは休暇に見合うだけの仕事をなさってください」
そんな言葉と共にドサッとデスクの上に置かれる書類に、ロイの笑顔が引き攣った。
「ちゅ、中尉・・これは・・・・」
「現在、アクロイヤだとすると、数日中にはここに来るでしょう。その時に仕事が残っていたらお困りになるのは大佐なのでは?」
口調は柔らかいがその眼光は、小者なら縮み上がりそうなほどに鋭い。
ついでに、さり気無く愛銃に伸ばされる手に慌てて書類に取り掛かった無能であった。



其の7

「・・・・・・・・・・」
「難しい顔をなさっておいでですね?」
先程、大総統府から送られてきた書類とにらめっこしている顔はいつになく厳格だ。
そんなに難しい任務なのか・・・と目を眇めるホークアイに、ロイは大きく嘆息した。
「ユースウェル炭鉱の件だ」
「あら・・・・」
ユースウェル炭鉱の仕事に関しては、この中佐が自分から願い出たはずだ。
それに対し、こんな顔をするとは・・・・
「何か問題でもあるんですか?」
「いや・・・・」
ホークアイの言葉に何か言いさしてそれを止め、ロイは書類を机に置いた。
「鋼の錬金術師を呼んでくれないか?」
「分かりました。では、いつものようにハボック少尉に・・・」
と、すべて言い終わる前に、バン、と大きく机を叩く音が部屋の中に木霊した。
「ハボックはダメだ!!アイツは危険だ!!」
「・・・・・危険?」
ハボック少尉の何が?と訝る副官に、中佐の地位にある男は拳を握り締めて
力説した。
「この頃、アイツの鋼のを見る目つきがいやらしい!・・・・と、思う」
「・・・・・そうですか」
少なくとも、貴方よりはいやらしくないです。という言葉を呑みこんで、ホークアイは適当に相槌をうった。
「では、別のものを迎えにやります」
「ああ。・・・しかし、本当にこの任務で大丈夫だろうか?」
ロイは、自分の手の中にある書類にもう一度視線を落とし、物憂げにため息をつく。
その乙女っぽい仕草は恐ろしいほど似合っていなかったが、そこはツッコムべきところではないと思い、あえてスルーしつつ、上司に微妙に冷たい視線を送る。
「簡単な任務だとお聞きしましたが?」
「ああ。任務自体は簡単だ。ここの統治者が少々問題のある男でね。視察と銘打ったが、そこらを整理したいと思ったのだが・・・」
何気に思惑をカミングアウトしつつ、そのことにすら気がついていないらしいロイは、さらに言葉を続けた。
「しかし!! 鋼のはまだ十二歳だ。決定的に経験が少ないし、軍と市民の確執にも疎い。しかも、炭鉱の司令官はあまりいい噂がない男だ。あまり汚い世界を見せたくないというのは私の我侭だとは分かっている」
「中佐・・・・・」
「それに加えて何よりもあんな可愛らしい!! あの犯罪的な可愛らしさにそこの司令官が惑わされて間違いが起こったりしたら・・・!!!」
途中まではいい話っぽかったのに、やっぱり脱線して悶え始めた上司を冷ややかに見つめて、声音だけで人を殺せそうなほど冷たい声で告げる。
「エドワード君は男だと認識していますが?」
「それでも、この前から見せる憂いた表情など、そこらのご婦人でも叶わないほどの色気だ。正常な男なら、心擽られて当然というものだよ、少尉」
「そんなに心配ならば、中佐が行かれればいかがですか?」
そんなこと、中央勤務のロイにできるはずもないと分かっていながら言ってみれば、思ったとおり、少し呆れたような声で返答が返って来た。
「そんなこと、できるわけないだろう。
 場所は炭鉱だ!! 炭鉱といえば、むさ苦しい男の巣窟!!私に耐えられると思っているのか??!」
「・・・・・・・・・・・」
「まぁ、鋼のが一緒に行ってくれるというのならばそれでも悪くないが、弟君が一緒に来るのは目に見えているし、なかなか二人きりには・・・・」
一人で照れ始め、妄想の世界へ旅立ってしまった上司から視線を外して、ホークアイは部屋に副え付けの電話のダイヤルを回した。
「ええ。鋼の錬金術師のところへ車を回してちょうだい。・・・・・え? ああ、無能・・いえ、中佐は取り込み中なので、今、詳細は説明できないからとりあえず召集だけ」
彼女の苦労は、まだまだ終わりそうにない・・・



其の8

『でなー、エリシアちゃんったら、オレの顔を書いてくれたわけよ〜〜vv』
「・・・・・・・」
『それがもぅ、そこらの画家なんてペッってなぐらいすごいんだよ、コレが! 顔の大きさといい、手足の長さといい、常識を打ち破った完全芸術っつの?』
「・・・・ヒューズ」
『エリシアちゃんってば、才能がありすぎて何の職につかせばいいのか迷ってんだよな〜〜』
「いい加減にしろ!!」
怒鳴った拍子に少々唾が飛んだが、それはそれ。
『何だよ、いきなり怒鳴りやがって』
「それはこちらのセリフだ。いきなり前触れもなく家族自慢を始めるな」
そう、彼、ロイ・マスタングに電話をかけていたのは、愛妻家の親バカことマース・ヒューズ。一応、ロイの親友。
親友とはいえ、朝から通算三回。無意味な娘自慢を聞かされればいくら温厚なロイとてキレたくもなる。
『だってよ〜〜エリシアちゃんの可愛らしさは、日々増していくんだぜ〜〜』
「とにかく、仕事中・・・いや、家族自慢の電話をかけてくるな」
仕事中、という枠を失くせば、徹夜明けの早朝だろうがかけてくるやつである。
言い直すと、電話の向こうからブーイングが聞こえたが、無視した。
「とにかく、切るぞ」
ガチャン、と、相手の返事も聞かずに受話器を置き、ロイはくたびれて嘆息した。
「まったく・・・鋼のから電話があったらどうする気だ」
ブツブツと呟く文句に、副官が書類から顔も上げずに答えた。
「大佐のお電話中、特に連絡はなかったようです」
「それならいいが・・・・」
そわそわと落ち着きなくデクスに坐る彼の視線は電話。
待っているのは、彼の恋人(思い込み)からの電話である。
滅多に会えないだけに週に一度の電話を義務付けているのだが、それが今日なのである。
「(鋼のから電話!鋼のから電話!)」
肉食獣のような目で電話を凝視している様子はそら恐ろしいが、すでに慣れっこになっている司令部の面々は気にしない。
むしろ、とっとと電話がかかって来てくれればこの状況が改善されるのに・・・と、諦めムードになりつつある。
そんな時、けたたましく鳴り響く電話の音に、ロイは飛びつくようにして受話器を取った。
「鋼の?」
『おう、さっきさぁ、エリシアちゃんがオレのとこにお弁当届けてくれて、我慢できなくなって電話しちまったvvvv』
「・・・・・・ヒューズ・・・・」
『言いたかったのそれだけだから。じゃあな』
そこらを飛んでいる虫くらいなら焼き殺しそうなほど剣呑な声音に、すぐさま電話が切れる。
電話の相手、ヒューズ中佐のモットーは、触らぬ神に祟りなし。危ない橋は避けられるだけ避けろ、である。
そういうところは上手く立ち回っているものだが、家族自慢が玉に瑕。
そのせいでロイの機嫌が悪くなって、煽りを食らう東方司令部の人間にとってはたまったものではない。
と、間髪要れずに、また電話が鳴った。
「はが・・・
「はい、東方司令部・司令室です」
ロイが取る前にホークアイが素早く電話を取った。
回避できる危機ならば、回避するに越したことはない。
重要そうな話ならば上司に回せばいいだけなのだ。
「あら・・・・」
少し意外そうな顔をしたホークアイは、すっと受話器を差し出した。
「大佐に直接、とのことです」
彼女がこのような言い方をする場合、大抵中尉よりも上位の人間だ。
それも、直接口にし難い類の。
「・・・・セントラルか?」
また上司のお小言かと尋ねれば、それには緩く首が左右に振られる。
「いえ、軍法会議所からです」
軍法会議所。ヒューズが勤めている場所である。
鋼のから?と期待をしていただけに、落胆も大きい。
それと同時に、溜まりに溜まった鬱憤も爆発する。これが上司ならばまだよかったかも知れないが、気心知れた存在なのがまた悪い。
ロイはホークアイから受話器を手に取った。
「仕事の邪魔だと言っているだろう!!」
開口一番そう怒鳴りつければ、相手から沈黙が返る。
おや?この程度でへこたれるとは、珍しい・・・とロイが首を捻ったところで、電話口から地の底を這うような声が漏れた。
『ほぅ〜〜〜〜〜』
「!!!!!????」
意図的に低くされているが、ヒューズよりは高い声。
ま、まさか・・・と固まるロイの耳に、静かな・・・けれどもひしひしと怒りを表す声音が染込んでくる。
『オレたちは、大佐様に週一で連絡を入れろと言われたからお電話差し上げたんですけどねぇ?』
「は、鋼の・・・なのか?」
『残念ながらね。でも、オレの電話はお邪魔なようだから、もう切るよ』
「ま、待て!まだ話し始めたばかりじゃないか?!」
『でも、もうオレは話したくないから。それじゃ』

プツン ツー ツー ツー

最期通達のような無常な音に、ロイはガクガクと震えだした。
今の鋼の錬金術師は、非常に怒っていた。
たまたま機嫌が悪かったのか、はたまたそんなに自分の一言が応えてしまったのかは分からないが、ここでフォローを入れなければ今度は何ヶ月行方をくらまさせられるか・・・
「ホークアイ中尉!!逆探知だ!」
「電話が切れていますので、不可能ですね」
怒鳴る上司に、一瞥もくれずに答える部下。
「では、電話管理局に問い合わせ、すぐに回線を繋いでもらってくれ!!」
「それでは、少々お時間がかかってしまいますが」
時間がかかっては、自分の誠意が疑われる。
「は、鋼のにき、きらわれ・・・嫌われたら・・・・」
部下達は一人で悩んだり、納得したり、悶えたり、転がったりしている上司と目を合わせないようにしている。
そうして止めるものも居ないので、暴走は止まらない。
「鋼の〜〜〜〜!!!」
どたどたと彼らしくもなく喧しい足音と共に走り去っていく。
「・・・・大佐、行っちゃいましたね」
上司を見送って、フュリー曹長がほっと息を吐いた。
それを受けて、ホークアイもふぅ・・・と嘆息する。
「・・・・軍法会議所からだと言ったのに」
セントラルに寄ったエルリック兄弟が、ヒューズを尋ねて、ついでに電話をかけた、といったところだろう。あの上司は、走り去ってどこに行く気なのやら。
「もしかしたら、セントラルに行く気でしょうか・・・」
「・・・・有り得ない、と言い切れないのが辛いところね」
あの人なら、本当にやりかねない。
その時のことを考え、ホークアイは重々しくため息を吐いたのだった。


この話のエドは大佐が好きなのか、嫌いなのか。
謎です。 (by visko氏)



其の9

「あのさぁ・・・大佐、一つお願いがあるんだけど?」
上目遣いで可愛い仕草。
鼻血を噴出しそうになりながら、ロイは出来る限りカッコイイ笑みを作って言葉を返した。
「何だね、鋼の?」
笑顔のロイにエドもにっこりと笑顔で返して、けれども口からは死刑宣告にも似た言葉を吐き出す。
「その、『鋼の』って呼び方さぁ、やめてもらえる?」
「・・・・・・え?」
ピシリ、とロイの笑顔が綺麗に凍った。
鋼の、とは言うまでもないが、エドの二つ名、鋼の錬金術師からとった愛称である。
それを止めろとは・・・
「な、何故だ?何か気に障ることでもしたか?」
それでなければ、元となった二つ名を使えなくなる事情でもできたか。
「まさか・・・・国家錬金術師を辞めるとか??!」
「はぁ?まだアルの身体も元に戻してねぇし、やめるワケねーだろ」
そう言ってもらえてほっとするが、そうするとますます理由が分からない。
「じゃあ、どうして(私限定、愛の証でもある)鋼の、という呼び方を止めろなどと・・・」
そう尋ねれば、何故かエドはわずかに頬を染めてロイから視線を外した。
何と言うか・・・・いつにも増して、可愛らしい。
そんなエドの様子に赤くなっているロイの方は見もせずに、エドはボソボソと・・けれど、よく通る声で話す。
「アンタ以外に、オレのこと「鋼」って呼ぶ人が居てさ・・・そいつには一応、世話になったし、何かこう・・・特別っていうか、そういうのがいいから・・・」
言っていることは支離滅裂だが、哀しいことに、ロイに言いたいことは伝わってしまった。
つまり、特別な人が「鋼」と呼ぶから、特別じゃない奴は呼ぶな、と。
「は、鋼の・・・・・」
「とにかく、そんだけ!!頼むな、大佐!!」
頼むな、なんて・・・こんなこと以外で言われれば舞い上がっていただろうに。
こんなことでだけは聞きたくなかった・・・
そんな思いを噛み締めて、ロイはエドが閉める扉を呆然と眺めていたのだった。



スカーさんがエドサイド(味方サイドとは言いません)に来たら、こういうことに。
無能が可哀想だから、そうならないことを願ってあげましょう。(by visko氏)



其の10
現在、ここ、イーストシティではちょっとした事件が生じていた。
よくある街の、よくある強盗事件だ。しかも、突発的で非計画的な軽度なもの。
「あー、君は完全に包囲されている。大人しく出てきなさい」
そう拡声器片手に言っているのは、軍の大佐。
焔の錬金術師とも呼ばれるマスタング大佐だ。
どこかやる気がないのは、これがたまたま外に出た時に遭遇した、まさに降って沸いた事件だからだろう。
この程度、本来ならば大佐の地位にある彼が出向くようなものではない。
そういう意味では、この事件の犯人は幸運であると同時に不幸なのであるが・・・
何しろ、発火布を擦り合わせるだけで相手を消し炭にできる人間兵器が相手だ。
「すまないが、君に割いている時間はあまりない。投降してくれると助かるんだが・・・」
そんなふざけまくった物言いにさすがに犯人もキレた。
「チクショウ!!こっちには人質が居るんだぞ!!」
キレたが、やはり焔の錬金術師は怖いらしく、腰が引けている。
すでに半泣きになりながら片腕で人質の女性の腰を掴んでいる犯人。
「キャアア!!助けて!!」
絹を裂いたような女性の悲鳴。
その悲鳴に、すっ・・・と発火布の手袋がはめられた手が空に浮いた。
「動くな」
空気を凍らせるような冷たい声。
彼が焔を練成するということは、直接見たことはなくても有名だ。
そして、それが人一人くらいは軽く消し炭に変えるとも。
犯人ばかりか、ギャラリーまでもが凍りついたような空気。
そんな空気の中、そう冷静に声をかけたのは、ようやく駆けつけた彼の副官。
「大佐、こんなところで焔を起こさないで下さい」
その登場に一番安堵したのはおそらく犯人であろう。
「ホラホラ、焼き殺されたくなければ無駄な抵抗はすんなよ」
いつの間にか、犯人の後ろに回ったハボックが、犯人の手に手錠をかける。
それでようやく開放された人質は、自分を救ってくれたナイト=焔の錬金術師にキラキラと輝いた視線を向けた。
「助かりましたわ。ありがとうございます」
優雅に一礼するその女性に、相手がびびってくれたおかげで助けることに成功した功労者は、ハハハ、と朗らかに笑った。
「いや、貴方のような美しいご婦人がご無事でよかった」
「まぁ・・・・・」
そう告げられて頬を染める女性。
その様子を、半ば呆れながら眺めている部下達。
「大佐って・・・ホント、見境ないんですね・・・」
「熟女もいける口だったとは・・・・」
「熟女、というよりご老人というべきでしょう」
「ストライクゾーン、広すぎだろ」
そう、大佐が助けた女性の年齢は、一見して七十前後。
日頃言い寄っている相手が相手だけに、年上はダメなのかと思ったら、そういうことは一切ないらしい。
ふー、とくたびれたようにため息を吐く男どもに、ホークアイの鋭い声がかかった。
「それは違うわ」
キッパリと否定する声音に何故、と四対の瞳がそちらを向く。
「アレは、言わば癖ね」
「癖・・・ですか?」
「大佐は、女性であれば誰彼構わずに、自分以外の男性の接触を快く思わないのよ」
つまり、自分以外の男が、女性に抱きついていたりするのが嫌い、と。そういうことだ。
「・・・・・なんスか?それ」
呆れたようなハボックの声に、ホークアイは肩を竦めた。
「悪癖の一種だと思っているわ。それでも、相手の女性の合意のうちは何でもないんだけれど・・・・」
先ほどのように、女性が嫌がっていたりすると、発火布に手が伸びる・・・と。
ちなみに、ロイ・マスタングの対象年齢は揺りかごから墓場まで。
女性でさえあれば、年齢その他はすべて考慮せずに、そういう行動に出るらしい。
それを聞いて、四人の男性陣はげんなりとした顔つきになった。
「大佐の方が、よっぽど性質悪いですよ、それ」
フュリーの尤もな言葉に、うんうんと皆が賛同する。
「だから、皆も気をつけることね」
「それ・・・誰相手でも、ですか?」
「私が知る限りはそうだわ」
でも・・・と口を開いたのは、最も近くで大佐を見ている副官の女性。
「エドワード君の時はどうなるのかは分からないけど」
エドワード・エルリックに、十四も年上の大佐が恋焦がれているのは周知の事実。
たぶん、知らないのは本人であるエドだけであろう。
つまり、大佐にとってエドは本命。
いつもは余裕かまして綺麗なお姉さんを侍らしている男が、あの子供が来たときだけ予定を全部キャンセルして、世話を焼く姿はある意味笑えるのだが・・・
そんなエドに抱きついたりしたら、殺される。
良くて消し炭。悪ければ、生まれてきたことを後悔されられそうだ。
あるいは、想像もつかない反応を返すのか・・・・
「知りたいとは思いますが、リスクが大きすぎますな」
ファルマンの言葉に、ホークアイは小さく首を傾げる。
「でも、エドワード君の目の前で大佐が人死を出すとも思えないんだけど」
「なるほど・・・・」
消し炭の可能性は消せないが、エドが止めてくれるだろう。
そうなると、込み上げてくる好奇心を止めるほうが難しく、ハボックはブレダ始め所謂マスタング大佐の側近の男子ら三人と目を合わせ、にんまりと笑った。

Mission
エドワード・エルリックに抱きつけ

「ちわーす」
何ていいタイミング・・とは別に誰も思わなかった。
前もってホークアイがエドがここに来る日を聞き、この日のことを決めたのだから。
「うっわ・・・酒臭っ!!」
その部屋の匂いに、エドワードは鼻を摘んだ。
部屋中に充満する酒気。もしかしなくても、宴会とかそういうことをしているらしい。
「何で大佐の部屋で・・・・・」
「いや、この部屋以外は書類やら何やらで埋まっていてね」
「そこに、ブレダの奴が実家から酒を送ってもらって」
「それで・・・こんなとこで宴会、ね」
呆れたように部屋の中を見回すと、既に何本かボトルが転がっている。
いつもは椅子にふんぞり返っている(エドワード視点)ロイも、ソファに寛いでグラスを傾けていた。
「これじゃあ、文献は明日にした方がいいかな」
「いや、かまわないよ」
「かまわないっつーか・・・アンタ、酔ってるだろ」
べったりとくっ付いてくるロイを片腕で押し返しつつ、エドはこういう時に助けになるホークアイを探す。
と、彼女はすでに動いてくれていて、エドにまとわりついているロイをべりっと引っぺがした。
「大佐・・・・酔ったふりをしてエドワード君に抱きつくのはどうかと思います」
「何のことかね」
目を泳がせるロイに、エドとホークアイはふぅーと嘆息した。
いつものことなので、詰る気にもならないらしい。
「ホークアイ中尉、悪いけどオレ帰る・・・・」
と、エドが口にしかけた時だ。
「大将〜〜〜、一緒に酒飲んでいこうぜ」
べったり、と腰にくっ付く感触に、ぶるりとエドが身を震わせる。
「な、ハボック少尉・・・・!!」
「なあ、めったに飲めないぜ、この酒」
「いや、オレ未成年だし、酒に興味ないから!!」
慌ててハボックをはがそうとするが、さすが軍人。ビクともしない。
「ホークアイ中尉・・・」
「少しならいいんじゃない? お酒がダメなら、ジュースを用意するわ」
ホークアイに助けを求めるが、さっきは助けてくれた彼女もハボック寄りだ。
他の面々は・・というと、すっかり出来上がっている(ように見える)。
「わ、分かった・・・分かったから、離れろって」
と、言っても離れるはずもない。
何しろ、ハボックに与えられた役目は、『大佐が動くまで離れない』なのだから。
宴会というシチュエーションならば、いきなり抱きついてもおかしくない。
酔った勢いならば、多少は大目に見てもらえるし、翌日「覚えてません」が通用する。
それに、ロイに酒を飲ませ、開放的にして反応しやすくするという二次効果もある。
何故ハボックかというと、エドワードの腕力で離される恐れがないから。
そういうことで、多少強引であるが『大佐の反応見てみよう大作戦』決行中なのである。
「あーもう!!宴会には付き合ってやるから、離せって!!」
「いや、大将のことだから、離したらソッコー逃げそう」
「(ごめんなさい・・・エドワード君)」
フュリーだけが、心の中でこっそり謝るが、他の奴らは見て見ぬフリ。
「ぎゃあ!!どこ触ってんだよ!!」
ついに耐え切れなくなってエドが手を合わせようと両手を離した。
が、そうはさせじと腰に回していない方の腕でエドの片手を掴む。
「ヤダ・・・・離せ・・・!!」
見たこともないそのエドワードの様子に、ゴクリ・・・と誰かが唾を飲む音がした。
と、次の瞬間、ユラリ・・・とロイが二人に近づく。
「ハボック少尉・・・・歯を食いしばりたまえ」
「へ?」
言われた直後、ハボックはけして軽くはない衝撃と共に自分の身体が吹っ飛んだのを悟る。
『殴られた』のだということも。
「大丈夫か?鋼の」
「た、大佐・・・・・」
驚いたように見上げるエドの視界に映る、見たこともないほど厳しい顔のロイ。
「あたた・・・・」
「ハボック少尉、正気に戻ったかね?」
「はぁ・・・・おかげさまで」
正直いえば、最初から正気だったが。
それが知れれば本気で殺されそうだったので、酒に酔った、ということにしておく。
「鋼のも災難だったな。今日はもう帰りなさい」
「いや、別に気にしてないし・・・」
「宿まで送ろう」
有無を言わさぬ口調で言われて、エドも言葉に詰まってうなずいた。
そんなエドワードを促して、退室していくロイ。
そんな上司を眺めつつ、残された部下達は「はぁ〜〜〜」と嘆息した。
発火布で攻撃する間は、まだ冷静。
けれども、唯一恋焦がれている相手にこんなことされて、キレずにいられるか!!?ということらしい。
「本命あいてだと、グーでパンチ、ね」
「発火布の手袋なのに手で殴るあたり、余裕がなかったなー」
新事実にふむふむと頷く部下もいれば。
「でも、少尉を殴ったときの大佐、カッコよかったですよ」
上司に心酔しなおしている部下もあり。
冷静に見ていた部下など、どっちがいいかの論議に入っている。
「男として、見習いたい部分はありますね」
「いや、アレはあの人のルックスだからそこそこ様になっただけだって」
「ルックス云々は置いておいて、どちらにしても後始末が大変なことに変わりはないわ」
「まぁ、消し炭にされなくて良かったよ」
「発火布を使われていたら、今頃少尉はここにいませんね」
「お前、サラリと怖いこと言うな」
「まぁ、それはいいとして、あの脅しって実際効果あんの?」
「いや、ないだろ。怖くないし」
「肉体労働派じゃねーから、殴られても、そんなに痛くないぜ」
「それは・・・・・」
確かに、ちょっとビジュアル的にはカッコイイかもしれない。
が、威力的にはむしろ後退。殴る暇があれば指パッチンの方が、威力としても、威嚇としてもよほど効果があるというものだ。
本命に対するときはこんなへぼへぼだなんて・・・・
「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」


結論
やっぱ無能


書き終わった後で、「そういや、アームストロング少佐ってエド抱きしめてんじゃん」とか自分で気がついて、どうしようってなった。(by visko氏)



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