「ぐあああああ!!マジかーーーーー!!」
東方司令部の一室で、ジャン・ハボックは思いっきり悲鳴を上げてつっぷした。
周囲で見ていたフュリーとファルマンは苦笑している。
そして、そのジャンとチェスで対戦をしていたブレダが、呆れた顔をした。
「ハボ、お前本当にチェス弱ぇなぁ・・・・・・」
「うるせぇ・・・・・・」
「これでハボックのビリが確定したな」
言いだしっぺのロイはニヤニヤしている。
事の起こりは、リザが席をはずした隙に、ロイがサボってチェス大会をしようと言い出したことだった。
初めは、ロイは一人でサボろうとしていたのだが、サボるロイを放置しては、後に他の人間までリザに怒られる羽目になる。よって全員でロイのサボりを阻止しようとしたところ、ならば逆にサボりに全員巻き込んでしまえとばかりに、ロイはチェス大会をやろうなどと言い出した。
当然最初は全員嫌がったが、1位の者には賞金5万を出すとロイが言い出したところで、この手のゲームに自信があるブレダが寝返った。更に実力に応じてハンデをつける、という話になったところで、それなりにチェスが出来るファルマンもフュリーも陥落してしまった。
こうなるとジャン一人ではどうにもならず、強制的に参加させられるハメになったのである。
いくらハンデをつけるとは言え、ジャンはそもそも頭脳を使用することに向いていない。結果、連敗街道を驀進し、あっさりとビリが確定してしまった。
「さて、最下位の者には罰ゲームをしてもらおうか」
ニヤニヤしながら碌でもないことを言い出したロイに、ジャンはガバッと顔を上げる。
「ちょっ、そんなこと始める前に言ってなかったじゃないっスか!!」
「何を言っている、この手のゲームには罰ゲームが付き物だろう?」
「な・・・・・・っ、ズリッ・・・・・・」
「ハボック少尉、ご愁傷様です・・・・・・」
クスクス笑っているフュリーたちも、助け舟を出そうとする様子は無い。そして、1位が確定したブレダも、賞金の提供者のご機嫌を損ねてはいかんとばかりに知らん顔をしている。
「そうだな、ではこうしようか・・・・・・」
指令(罰ゲーム)『錬金術師に【愛】の錬成を依頼せよ』
ろくでもないことばかり言い出すロイに、ジャンはがっくりとうなだれた。
「形は問わないが、必ず錬成してもらうこと。そして当然のことながら、私は対象外だ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよー。俺、錬金術師なんて、数えるほどしか知り合いいませんよ!?」
もうちょっとマシな罰ゲームは無いものか、と交渉を試みるが、ロイには取り付く島も無い。
「別に知り合いでなくてもいいだろう、頼めば錬成してくれるやもしれんぞ? ほら、さっさと行け」
結局、ニヤニヤ笑っているロイに無理矢理司令室を追い出され、ジャンはがっくりと肩を落とした。
確か、今は中央からアームストロング少佐が出張に来ていることは記憶している。
だが、こんなことをあの少佐に頼んだら、その後どんな目に遭うか分かったものでは無い。
しかしだからといって、こんなことを気軽に頼んで、ジョークとして笑って流してくれるような錬金術師も当てが無いのだ。
知らない相手に頼むのも恥ずかしい、いや、知ってる相手だとしても恥ずかしいのは恥ずかしいが。
とぼとぼと廊下を歩くジャンを、10mほど離れて全員がついてきているのがまた腹立たしい。
「れんきん・・・・・・あ」
前方に、赤くてちまっこい人影を見つけ、ジャンは立ち止まった。偶然にも、ジャンがよく知るもう一人の錬金術師が、ちょうど東方司令部に立ち寄っていたらしい。
いつもならすぐに近寄って、『来る前に連絡しろって言ってるだろ!!』と頭を撫で繰り回してやるところなのだが、罰ゲームのことが引っかかって、つい二の足を踏んだ。
エドワードはノリが悪い方ではない・・・・・・が。まだ子どもなこともあり、色恋関係に少々潔癖なところがある。どうも、時間をかけて恋愛をするのはいいが、ナンパだとかそのテの店だとか、それだけを目的とするようなものには、全般的に否定的なようだ。
こういった冗談も好きじゃないだろうし、大体あんな子どもにこんなこと言って、冷たい目で見られたらと、想像するだけで情けなくなってくる。
個人的に、エドワードのことは随分可愛がっているというのもあるし。こんな馬鹿馬鹿しい罰ゲームで、軽蔑されたくは無い。
立ち止まったまま悩んでいると、エドワードが振り返った。
「あれ、ハボック少尉」
振り返った先に、よく見知った図体のでかい軍人を見つけ、エドワードは駆け寄った。
「た、たいしょ・・・・・・」
「?」
いつもなら、自分を見つけるなり、ぐりぐりと頭を撫でてくる男が、変な顔をしておろおろしている。
どうしたんだろう、と思いながらふとジャンの背後に視線を向けると、ジャンの上司を含むご一行が、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
あの上司も、自分を見つけるといつもはすぐに飛んでくる。
それが無い、と言うことは、ジャンに何か理由があるのかもしれない、とエドワードは推測した。
「少尉? どうしたんだよ?」
「いや、あの、その・・・・・・」
「何だよ」
「あ、愛を錬成してくださいっ!!」
その瞬間、ジャンの後ろでこちらを窺っていた集団が、ドッと笑い出した。
「は、はぁ?」
聞き返してもジャンは赤くなってそっぽを向いている。
どうも、状況から察するに、罰ゲームか何かをやっているらしい。まったく、ここの大人たちはいつも馬鹿なことばかりやっている。
説教の一つでもしてやろうか・・・・・・と、一瞬思った。のだが、ジャンがもう今にも憤死しそうなほど赤くなって壁に頭を押し付けているのを見て、何故だか自分が何とかしてやらなきゃ、という気分になった。
ついでに、ちょっとしたイタズラをしてやろうか、なんて。
「いいぜ」
「へ・・・・・・?」
「『愛』な。錬成してやるよ」
「えっ、ま、マジで!?」
ばっと振り返ったジャンに、エドワードは笑う。
「おう、少尉、小銭持ってる?」
「え、ああ」
ジャンはごそごそとポケットを探り、500センズ硬貨を取り出した。
そのコインを受け取って、パンと両の手で挟む。
コインをハート型に錬成して手を開くと、ジャンは不思議そうに首を傾げた。
「これが愛、って……あ」
ジャンがエドワードの手から取ろうとする前に、手を斜めにして床に落とす。これが本命ではないのだ。
「大将、落っこちた・・・・・・」
拾おうと身を屈めたジャンの肩に手を置く。軽くその頬に唇を押し当てると、ジャンは一瞬固まった後、壁際まで飛び退いて尻餅をついた。
「!?!?!?」
「うわ、そんなに嫌がることない・・・・・・」
そこまで言って、ジャンがキスした頬を手で押さえて、耳まで真っ赤になっていることに気がついた。
「・・・・・・そこまで反応すること無いだろ?」
「たっ、たいっ、たいしょっ・・・・・・」
うろたえているジャンには、とても大人の余裕は感じられない。割りといつも飄々としているタイプなだけに、ちょっと珍しいものを見た気分にもなったし、少しだけ『可愛いかも』などと思ってしまった。
「じゃ、依頼どおり、『愛』錬成したからな!!」
床にへたり込んでいるジャンの鼻を、ちょんと指でつつき、エドワードは機嫌よくその場を後にした。
「ハボーーック!! 貴様!!」
つかつかとかなりの早足で歩み寄ってきた上司に蹴りを入れられても、ジャンは立ち上がることが出来なかった。
「大佐、それよりエドのヤツ向こうに行っちまいましたよ」
ブレダに促されて、ロイがはっとしてエドワードを追いかける。
「鋼の〜! 待ちたまえ、私にも・・・・・・」
その後姿を見送りながら、ブレダが呆れたように呟いた。
「ありゃ、自分にも錬成してくれって言う気だな・・・・・・」
「まさか、エドワード君があんな行動に出るなんて思いませんでしたよねぇ」
感心したようなフュリーの横で、ファルマンがジャンの様子を窺う。
「ハボック少尉?」
顔を押さえたまま、微動だにしないジャンに、ブレダが溜息をついた。
「そんなにうろたえるようなことかね。あんなの、ガキが親にするようなレベルのもんだろうが」
「んなこと分かってら!!」
「お、起きたか」
ブレダの言葉に反応しつつも、ジャンは顔を背けた。
分かってはいる。それは分かってはいるのだ。
エドワードには他意は無い、それは分かっているのに。
むしろ分かっているにも関わらず、自分があんな子供のキスにときめいてしまったことが問題なのだ!!
史上最年少で国家錬金術師となった天才少年は、見事に『愛』なんてものを錬成してしまったらしい。
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2007.2.17脱稿