続・レンアイパーソナルスペース

「・・・で、せっかく大将にも手伝ってもらって仕事を早く片付けたのに、だ」
それはいい。むしろ喜ばしいことだ。
7時には軍部を出ることが出来た。そしてエドワードはハボックの隣にいて、楽しいデートに・・・なるはず、だった。
それなのに・・・
「アンタがたいつまでついてくる気ッスか!!」
振り返って怒鳴ったハボックの視線の先にはロイ・マスタングを筆頭にブレダ・ファルマン・フュリーに果てはホークアイにアルフォンスまでいる。
「ハッハッハ。まぁ気にするな、ハボック」
そう言ってにこやかに笑うロイは後ろを付いてくるのを止めようとする気配はない。
あの後突然高速で書類を片付け始めたロイに、エドワードに振られて書類で現実逃避でもしてるのかと思ったのだが、そんな殊勝な性格はしていなかった。
ハボックが軍を出る時間までの間に書類を全部片付けて、デートを妨害しについてくる魂胆だったらしい。
「アル・・・お前まで・・・」
じと目でエドワードが弟を見やると、アルフォンスは慌てて手を振った。
「あっ、あので、でもボク邪魔しようとか言うんじゃなくて、それにボクがやっぱり帰るって言うと」
「まぁそう言うなアルフォンス。我々は一蓮托生ではないか」
そう言ったロイの手にはアルフォンスのちょんまげ(?)がしっかりと握られていた。
「アルまで巻き込んでんじゃねぇこのクソ大佐!!」
「何のことかな?私は薄情な兄が弟を置いて食事に行くというから、可愛そうな弟を食事に誘っただけだよ?」
「〜〜〜〜〜!!」
「ボク別に食事くらい置いていかれても・・ってわ〜〜〜〜〜引っ張らないで頭が取れる〜〜〜〜〜!!!」
必死で頭を押さえているアルフォンスと何としても妨害する気らしいロイについては半ば諦めて、ハボックはホークアイに視線を向けた。
「中尉も何だってまた・・・」
「私は護衛とお守りです。別に妨害をしようというのではないわ」
「あ、なる・・・」
どちらかといえばロイが暴走し過ぎないようにストッパーとして付いて来てくれたと言う訳だ。
「仕事が終わっていなければ何としても来させたりはしなかったけれど、明日の分の書類まで片付けられては止める理由もなかったのよ。エドワード君、ごめんなさいね」
「えっ・・・あ、ちゅ、中尉は悪くねーよ!!悪いのは全部ソコのアホ大佐だし!!」
「でも、折角のデートでしょう?」
するとエドワードの顔が瞬時に耳まで真っ赤に染まった。
「でででででデート?!ち、ちがっ、その、飯を食いに行くだけでっ・・・!」
初々しい反応にホークアイが微笑む。エドワードのあまりに可愛らしい反応に、ハボックも少々からかいたい衝動に駆られた。
「大将、デートだと思ってくれてなかったわけ?記念すべき初デートとか思って浮かれてたの俺だけかー、なんか寂しいなー」
わざとしょげたような表情を作ってエドワードを覗き込めば、エドワードは目を丸くして尚更うろたえた。
「えぇ?!い、いやそんなことはなくてそのっ」
「あら、じゃぁやっぱりデートなんでしょう?」
「や、あのっ、だからっ・・・」
ホークアイも珍しく悪乗りしている。しどろもどろになったエドワードは、遂に真っ赤になったまま俯いてしまった。
そんな微笑ましい会話の向こうでは、「た、大佐!発火布は駄目ですよぅっ!」「ええい、放せフュリー!ハボックめ燃やして「アル、それ取り上げろっ!!」「は、はいっ!」などと非常に微笑ましくない会話が繰り広げられている。
どうやら仕官学校時代からの親友以下その他ご一行の面々は、出歯がめ半分ロイのお守り半分でついてきているらしい。なんだかんだでロイを抑える方に回ってくれてるのは有難いやら悲しいやら。
どうにも二人きりでのデートは諦めるしかなさそうな状況だが、まぁ今日は見事エドワードのゲットに成功した訳でもあるし少しくらいの妥協はしてもいい。
ハボックがまだ俯いているエドワードの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫で回すとエドワードが上目遣いで見上げてきた。
「うだうだ言ってねーで飯行くかぁ!」
「・・・だな!」
ハボックの笑顔につられて満面の笑みを浮かべたエドワードに、今日は何よりもエドワードと居られる時間をとにかく楽しむことだとハボックは心に決めた。エドワードだって、自分がいらついていたら楽しめないだろう。
「行こうぜ!」
エドワードの左手がハボックの袖口を掴む。
「大将〜、どうせ掴むなら袖じゃなくてさぁ」
「え?」
ハボックはきょとんとしたエドワードの手をしっかりと掴んだ。
「こっちの方が良くない?」
エドワードがハボックの顔と繋いだ手を見比べて、再び顔を赤く染めた。
その瞬間。
「ええい、発火布を取り上げたくらいで私を無力化出来ると思うな!!」
キレたロイが懐から銃を取り出した。
「げ!大佐!!」
「うわ、銃持ってる!?」
しっかりと指を絡めて手を繋いでいたせいで反応が遅れた。ハボックはヤバイ、と一瞬覚悟した。だが。
「どわっ!?」
轟音と共に先に火を噴いたのは、ロイの手にある銃ではなくホークアイの愛銃だった。
「大佐、街中での発砲はお控えください」
「い、いや君が今・・・」
「何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ・・・」
弾痕はロイの鼻先3cmを掠めて壁にめり込んでいる。
「確かに本日分の書類は終了していますが、今日に明日以降の書類をなさっても構わないのですよ?明日以降はまた仕事をサボられるのでしょうし」
「い、いや!ハッハッハ、た、ただの冗談だよ!うん、冗談」
ロイは冷や汗を流しながらホールドアップしている。
「中尉すげー・・・調教師みてーだ」
しみじみと感心しているエドワードの右腕も、既に剣に錬成されていた。こちらも即攻撃態勢に入るあたりどこかホークアイに通じるものがあるようだ。
「ちょうきょ・・・鋼の、君は一体私を何だと思っているのかね?!」
「無能の錬金術師。少尉、早く行こーぜー」
一瞬で右腕を元に戻し、エドワードがハボックを振り返る。
とりあえずデートだか食事会だか分からないが、あまり平和なものは期待できないな、とハボックは内心ため息をついた。

「・・・いたたまれない」
「うん・・・」
バイキングにしたのは失敗だった。
円卓のテーブルは、別のテーブルに座ることは成功した。だが、バイキングと言うことは自由に立って歩いて自分で料理を取りに行くと言う事で。
料理を取りに行く、席に戻る、その度にわざわざハボックたちのテーブルの周りを一周回っていく無能が約1名居るのだ。
特に直接的な妨害をするわけでもない地味な嫌がらせな為、ホークアイも止めることが出来ない。
しかもどうやらわざわざ少量ずつ料理を取っているらしく、頻繁に行き来している。
「いっそ席一緒にした方がこんなにうっとおしくなかったかもな・・・」
「それはそれで違う嫌がらせして来そうなんだけど・・・」
そう言ってる間にもにこやかにテーブルの周りを周って行った。
「少尉、あの行動国軍大佐として・・・って言うか上官の行動としてどうなわけ?」
「今ちょっと軍に入ったこと後悔し始めた・・・」
ハボックとエドワードが席を立って一緒に料理を取りに行けば、今度はその周りをずっとウロウロしている。これでは落ち着いて話も出来やしない。
いっそ店を出て巻いてやりたいところだが、こうもうろちょろされてはその算段をつけるのもままならないのだった。
二人そろって大きなため息をつく。
「・・・オレちょっとジュース取って来る・・・」
「おー。いってらー」
ひらひらと手を振ってエドワードを見送る。飲み物コーナーのエドワードをぼーっと眺めていると、そこにアルフォンスが近づいた。
「・・・?アルって飲み食いしねーんだよな・・・?」
と言うことはエドワードに用があるのだろう。ロイ一人の妨害でもかなりうっとおしいのに、アルフォンスにまで妨害されたら俺ぁ泣くぞ、と内心文句を垂れながら煙草を咥える。
「おう、時化たツラしてんなやっぱ」
「あぁ?」
顔を上げるとブレダが居た。
「何だよ、お前まで邪魔しに来たのか?」
「阿呆。逆だ」
ブレダが予備の分の空いた椅子に腰を下ろして身を乗り出した。
「いいか。10分だけ大佐が動き回らないように足止めしてやる。その間に逃げる算段つけやがれ」
予想だにしなかった申し出にハボックは目を丸くした。
「・・・協力してくれるってのか?何でまた」
「流石にこれじゃ大将が可哀想だって意見で纏まったんでな」
「大将の為、な」
まぁ、特にホークアイなどはエドワードにかなり甘い。同情的にもなるだろう。
「ついでに言えば」
「ん?」
「正直大佐よりなら鋼の大将はお前といる方が良いと思った。だから非常に不本意ではあるが今回は協力してやらぁ」
「・・・サンキュ」
「うるせぇ。ついでにアルから伝言だ。『このくらい自分でどうにかできる人じゃないと兄さんを預けるのは不安なんですけど、今回だけは手伝ってあげます』だそうだ」
「手厳しいなーオイ」
「アイツの大事な兄貴を預かろうってんだ、そんくらい甘んじて受けろ。じゃーな、あと10分だぞ」
言い捨ててブレダはさっさと料理を取りに向かってしまった。入れ替わりにエドワードが戻ってくる。
「・・・聞いた?」
「聞いた。アルはその用だったのか」
「ああ。で、どうするよ?」
「うーん。今すぐ席を立つんじゃあからさま過ぎて気づかれそうだしな。足止めしてくれるとは言ってたが流石にそれをやったら追ってくるだろうな」
点けたばかりだった煙草の火を灰皿に押し付ける。あまりゆっくりしている余裕はなさそうだった。
「じゃ時間差で出る?トイレにでも行く振りすればなんとかならねーかな」
「そーだな。近場だと見つかりそうだからちょっと離れた所で待ち合わせするか・・・大将駅裏の公園の噴水って分かるか?」
「あの変な形してるやつ?」
「そうそう。あそこで待ち合わせようぜ。5分経ったら追いかけるから」
そこでふとエドワードが首をかしげる。
「オレが先に出んのか?」
「お前が一人で長い時間座ってたら大佐に無駄に絡まれるだけだぜ。先行けよ」
「分かった」
ぢゅーーーーと音を立ててエドワードがジュースを一気に飲み干した。
横目でロイを確認すると、立ち上がろうとしたロイの皿に皆で寄って集って料理を載せていた。
「アレなら確かに料理を取りには立てないけどな」
「ああ・・・って、アレ?」
山ほど盛られた料理に眉を顰めていたロイが、その皿を持って立ち上がった。
アレ以上は皿に乗らないだろう・・・と思っているとロイは真っ直ぐハボックたちのテーブルにやってきた。
「やぁ。ご一緒させてもらうよ」
一緒してもいいか、と尋ねるのではなく、一緒するとにこやかに宣言したロイにハボックは唖然とし、エドワードはあからさまに嫌そうな顔をした。
ブレダたちの方に視線を向ければ、こちらを見て拝んでいる。しくじったらしい。
「つーか大佐さっきからすげーウザイ。邪魔。どっか行け」
「つれないねぇ」
「アンタがウザイからだ!昼間っからアンタと食事するのなんかゴメンだって言ってるだろ、大佐が動かないならオレがどっか行くからな!!」
勝手に席についてしまったロイと入れ替わるように、バン!と派手にテーブルを叩いてエドワードが立ち上がった。
「大将っ・・・」
一瞬ハボックも後を追おうかと腰を上げかけたが、ロイからは見えないテーブルの影でエドワードが手を振った。作戦続行、ということか。
ハボックが椅子に座りなおして新しい煙草を取り出すと、ロイが面白そうにテーブルに肘を着いた。
「追わないのか」
「・・・デートが詰まらなかったっつって大将に振られたら大佐のせいッスからね」
「そうなれば万々歳だな」
全く持って嫌な男だ。軍人としてのみなら心酔出来るほどの人物なのに、如何せん私生活には問題がありすぎると思う。
はっきり言ってロイと会話をしたい気分にはなれず、脚を組んで煙草をふかせばロイも無言で食事に手をつけた。
しばしの沈黙。賑やかなバイキングの中で、このテーブルの周囲だけが煙を吐き出す音とフォークが皿にぶつかる音に包み込まれ、隔絶された空気を醸し出していた。
「・・・渡さんぞ」
沈黙を破ったのはロイだった。その言葉になんと答えたものか、ハボックはいくつかの候補を思い浮かべては打ち消した。
もう勝負はついている、と言うのも、それを決めるのはエドワードだと言うのも、何か違うような気がする。無責任すぎる。
暫し逡巡した後、ハボックは煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「受けてたちますよ」
ロイが少し目を見開く。だがハボックはそれ以上何も言わずにテーブルに背を向け、出口へと足を向けた。


店を出るなり、ハボックは全力疾走した。約束はしているものの、不機嫌になって本当に帰っていてもおかしくはない。あんな啖呵切っておいて本当に一日で振られたら情けないどころの話ではないだろう。
必死で走って、約束の公園にたどり着く。ようやく噴水が見えると、その縁に座っていた赤い人影もハボックを見て立ち上がった。
「少尉!」
「わ、ワリ・・・待たせ・・・」
膝に手をついてゼーハーゼーハーと息を整えると、エドワードが心配そうに覗き込んできた。
「そんなに急がないでも良かったのに・・・何か飲み物買ってくるか?」
「い、いや、・・・ハー・・・ハー・・・大丈夫、だから」
何とか身体を起こして襟元を緩め、エドワードに笑いかけるとエドワードは少し困ったように笑って首をかしげた。
「てかさ。あそこにクレープの屋台があって、オレ食べたいんだけど買ってきていい?」
「あ?なら、そんなん俺が買って来」
「いーから少尉はそこ座ってろよ!」
まだ少し息の荒いハボックの胸を軽く指で突いて、エドワードは屋台に向かって走っていった。
猫のように軽やかな足取りで走るエドワードの背を眺めながら、ハボックは言われたとおり噴水の端に腰を下ろした。
一服したいところではあるが、息が切れているときの一服は非常に危険だ。諦めて大きく深呼吸する。日はもう当に暮れ、夜の少し冷えた空気が肺に入ってきた。
エドワードは不機嫌どころかむしろかなり機嫌が良さそうな感じがする。
レストランを出て直ぐに他のものを食べようとしていることから考えても、あまり満足のいく食事ではなかったことは確かだ。ソレが量や味に不満があったわけではないというのは別としても。
「しょーいっ。ほらよっ」
右手にクレープを持ったエドワードが、左手で紙コップを差し出している。
「え?」
「アイスコーヒー。少尉ってコーヒーはいつもブラックだよな?」
「あ・・・ああ、サンキュ。しかし俺がブラックだって知ってたんだな」
「え」
何の気無しにいった言葉だったのに、エドワードはそのまま固まってしまった。
「・・・」
「あ・・・」
考えて見れば、それはそんな細かいところまで実はエドワードが見ていたという明らかな証拠なわけで。
「ちちちち違うからな別にたまたま中尉が皆にコーヒー入れようとしてるのを手伝ったことがあってそん時少尉はブラック派だって聞いたことがあっただけで」
頬を染めて息継ぎ無しで言い訳をするその姿は、逆にそうなのだと言っているも同然なのだが。ハボックは微笑んだ。
「じゃあその時大佐とかブレダのコーヒーの好みも聞いたんだろ?そっちの好みって覚えてるのか?」
ロイなどは軍から支給される安いコーヒーが嫌いで、私費でブルーマウンテンを購入して給湯室に置いている。ブレダは砂糖3杯ミルク3杯の殆どカフェオレのようなものを好む。ハボックの好みなどよりよほど印象に残っていそうなものだ。
「・・・聞いた記憶はある・・・けど内容覚えてねぇ・・・」
「俺のしか覚えてねーんだ」
ニヤニヤ笑って指摘すると、エドワードはあうあうと変な声を出した後アイスコーヒーを振り上げた。
「すす捨ててやるーーーっ!!」
「わわわわちょっと待ったちょっと待った!!もらうから!!」
慌てて振り上げた手を押さえれば、エドワードはふくれっ面でそっぽを向く。
「少尉飯に行く前からオレのことからかってばっかりだ・・・!」
せっかく機嫌が良かったのに、自分でご機嫌斜めにさせてどうするんだ俺、と内心で苦笑してハボックはコーヒーを受け取った。
「だって嬉しいじゃねーか。俺絶対片思いだと思ってたし?」
「それはコッチの台詞・・・」
「へ?」
「だって少尉オレが大佐にうだうだちょっかいかけられてもいつも関係ないって顔してたじゃん!!話してても、大佐が寄ってくると直ぐに切り上げるし・・・」
それは下手にエドワードにちょっかいをかけると、後でエドワードが居ないところで燃やされそうになるからだ。それと、ロイに対するコンプレックスがどうしても先にたった
「大佐って、もてるからさ。それに俺は大佐みたいに錬金術出来るわけじゃないし、権力だってないからお前の役に立ってやれないし。お前に取っちゃ大佐の方が絶対いいだろうって思ってたんだ」
「そんなもん・・・!確かにオレ錬金術の研究は今のオレにとって凄く重要なものだけど、だからって言ってそのために好きでもない奴に好きな振りなんか出来ない!そんなの相手に対してだって失礼な話だろ!?」
「そうだよな。・・・けど、それはそれとしても俺に振り向いてくれるとは思えなかったんだよ」
「・・・」
「でも、ずっと好きだった」
琥珀色の瞳をじっと覗き込むと、瞳が揺らいだ。そして再びそっぽを向いてしまう。
「過去形かよ・・・」
本人は照れ隠しに揚げ足を取ったつもりなのだろうが、言っていることはあまりにも可愛らしくて、ハボックは思わず苦笑した。
「訂正。ずっと好きだったし、今も勿論好きだ。改めてお願いするけど、俺と所謂『お付き合い』をして欲しい」
「・・・オレも・・・少尉の、こと・・・」
そこで、エドワードは止まってしまう。顔はもう火を噴きそうなほどに真っ赤で、口をパクパクさせている。
どうしようもなく抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、手を伸ばしかけてふと今汗をかいたばかりで自分は汗臭いのではないか?と言うことが気になった。
どうしたものかと悩んで手をわきわきさせると、その挙動不審さにエドワードが秀麗な眉を顰めた。
「少尉、何してんだよ・・・?」
「いやその、抱きしめたいなーとか思ったんだけど俺今ちょっと汗臭いかもーなんて・・・」
すると一瞬きょとんとしたエドワードが笑ってハボックの胸に顔を埋めた。
「あー確かに煙草臭いのと汗臭いのが入り混じった匂いするかも・・・っつーかこれって所謂アレ?オッサンの匂いって奴?」
「オッサ・・・!」
確かにエドワードから見ればかなり年上だが、自分ではまだオッサンといわれる年齢ではない・・・と、思っている。ハボックが軽く凹むとエドワードが悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「でもオレ、こういう匂い結構好きだぜ?」
思わず力いっぱい抱きしめると腕の中で悲鳴が上がった。
「うわっ、少尉!!クレープがヤバイ、潰れるって!!」
しぶしぶと腕を解けばエドワードは笑っている。
「大将、少し散歩するか?」
「いいよ」
手を差し出したらあーとかうーとか唸りながら少し悩み、それからエドワードはハボックの小指をきゅっと掴んだ。
「・・・何だよっ」
たまらなくて身悶えしているハボックを少し赤い顔をして不満そうに見上げてくる。
「いやもうなんつーか・・・。お前、昼間はあんなシモいこと平気で言ったくせにやたらと可愛いことするから」
「ししし仕方ねーだろっ!?言うのとやるのは別なんだよっ!!!」
エドワードはもう何も言わないぞとばかりにクレープにかぶりついた。ハボックも苦笑してアイスコーヒーのストローを口に咥え、小指を掴まれていた手をちゃんと繋ぎなおした。
向こうを向いたままのエドワードの耳が赤いのは気のせいではないだろう。
「今日、ゴメンな?」
「へ・・・?何が?」
「いや、あんまり飯楽しくなかっただろうなと思って」
とりあえずそれはどうしても気になる。折角の初デートだったのにかなり台無しになってしまった。
「そんなん別に少尉のせいじゃねーのに」
「でも、大佐の目の前で誘ったのはちょっと迂闊だったかもとか思ってさ」
「んー・・・でもまぁ今はオレ楽しいし、それにその・・・あの、なんつーか、今ちゃんとしたその、で、で、デ・・・」
「・・・デート?」
「う・・・うん、まあそのそれ、してるわけだし」
「つまり食事は散々だったけどデートの本番はこれからで大将は今デートを楽しんでいる、と」
「要約しなくていい!!」
「へへっ、あんがとよ。・・・あっち行ってみないか?石垣に沿ってベンチがあるんだけど、丁度その辺りに花が咲いてて結構綺麗なんだ」
優しく手を引くとエドワードは微笑んできゅっと手を握り返してきた。
「そんなことよく知ってるなぁ」
「この公園俺のランニングコースなんだよ。ま、来るのは大抵朝だけど」
「へぇ・・・結構ちゃんと努力してるんだな」
「ま、身体が資本だしな」
「あ、花ってあれ?うわ、すっげぇ」
白い小さな花をたくさんつけた潅木が群生している様子にエドワードが目を丸くした。ベンチの両脇、さらにベンチの背後の石垣の上からもすだれのようにベンチに覆いかぶさっている。
「座ろうぜ」
「あ、うん」
飲み終わったアイスコーヒーのコップを近くのゴミ箱に放り投げ、ベンチに並んで腰を下ろした。
エドワードも丁度クレープを食べ終わったようだ。
うん。頃合だ。
ハボックは伸びをした・・・いや、正確には伸びをする振りをしてじりじりとエドワードとの距離を詰め、そっと肩を抱き寄せた。
エドワードは抵抗しない。
「こうして見るとよ」
「うん?」
「いつもとはまた違って見えて綺麗だなって思うな」
「ああ・・・いつも朝に見る花だから、月明かりで見ると違う、って?」
「違う違う」
笑いながら首を倒してエドワードの頭に自分の頭を乗せると、エドワードは上目遣いでハボックに視線を向けた。
「惚れた相手と一緒に見ると違うもんだなって」
「なっ・・・バ、バ、バカじゃねーのっ」
「月明かりで印象が違うってのはむしろ大将だな」
「え・・・」
「いつもは可愛いのに、こうして見ると綺麗って言ったほうが似合うなーなんて・・・」
「ほ、ホントにバカだ!!」
真っ赤になって照れているエドワードの頬を指で突っつく。
「バカバカ言うなよ。恋人を可愛いとか綺麗だって思って何が悪ぃんだよ」
「な・・・だ、だって・・・。そ、それに少尉だって違って見えるし!」
「・・・。違って見えるの、嫌か?」
「・・・悪い意味で言ってるんじゃねーよ、バカ・・・」
唇を尖らせて視線を泳がせているエドワードに笑んで、ハボックはそっとその両頬を手のひらで包み込んだ。
「あ・・・」
ぱちぱちと目を瞬かせたエドワードが、ぎゅっと瞳を閉じる。
ハボックはゆっくりと顔を近づけ・・・
「いやああああああ兄さんにはまだ早いーーーーーーーーっ!!!!」
「ハボック貴様それ以上やったら許さんぞーーーーーーーっ!!!!!」
ている途中で非常によく知っている声が聞こえて、ハボックは肩を落とした。エドワードも目を見開いて硬直している。
「わっバカフュリーなんで大佐の口押さえておかねーんだよ」
「でもアルフォンス君の口は押さえても意味がないですから今のはどっちでも結果は同じでしたよ〜」
注意をそちらに向ければぼそぼそ喋っているほかの人間の声も聞き取れた。
全く、どうやって見つけたんだと頭を掻いていると、真横から殺気を感じた。はっとして視線を向ければエドワードが青筋を立てて両の手を合わせている。
「え・・・た、大将?!」
「そこのバカども出て来ーーーーーーいっ!!!!!」
エドワードが石垣に手をつくとそこから大量の矢の雨が声のした方向に降り注いだ。
「どわーーーーーー!!!」
「あわわっわわ」
「ひえぇぇぇぇ」
青色の軍服の人間と大きな鎧が茂みから飛び出し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「酷いや兄さん!ボクにまで攻撃するなんて!!」
「アルお前!!邪魔する気は無いとか言っておいて滅茶苦茶邪魔しに来てるじゃねーか!!」
「だだだだってだってだって!!ただデートするだけとかならともかく、それ以上は兄さんにはまだ早いよっ!!!」
「うっさいバカ、お前が勝手に決めんな!!!」
兄弟喧嘩を始めた二人を尻目に、国軍大佐が地面に這いつくばってそろそろと逃走を図っている。
と、その鼻先に銃弾がめり込んだ。
「大佐、ご自分が巻き起こした騒動はきちんとお片づけになって下さい」
「あ、中尉。あれ、大佐たちと一緒に居たんじゃなかったんスか?」
ロイたちが隠れていた場所とは別の方向からホークアイが歩いてきた。
「別の場所に居る方がいろいろな状況に対応できそうだと思ってブレダたちに任せたのだけど。失敗だったみたいね」
「いや、もう・・・いいっスけど・・・」
なんだかもう疲れてしまってがっくりと肩を落とす。するとロイががばっと起き上がった。
「そ、そうだ!それは兎も角ハボック貴様!!鋼のに不埒なことをするのはこの私が許さんぞ!!!」
「あーはいはい」
「貴様真面目に聞かんか!!」
適当に流したまま煙草に火をつける。可愛い人は少し離れた場所で弟や同僚相手に暴れまわっている。もう今日はまともなデートを続行するのは不可能だろう、とハボックは諦めの境地に達した。
とりあえず次回は、絶対に回りに見つからないようにデートをしよう。そう決心しながらハボックは煙草の煙をくゆらせた。









正に冗長なだけ、なんですが(苦笑)
「レンアイパーソナルスペース」の続きです。
大佐は一度レストランで撒かれてるのですが、その後第六感でエドの居場所を発見した模様です。
うちのハボエドはハボエド←ロイが基本っぽいですね〜(今更?)
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