事の発端は、いつも使っていた万年筆のインクが切れたことだった。
エドワードは、いつものようにそのインクを文具屋に買いに行った。
「いつもありがとうね、これおまけよ」
文具屋のおばちゃんがインクのおまけにキャンデーをくれた。
「兄さん、良かったね」
「いや、でもオレ棒つきキャンデーって食わないんだけど・・」
もっとガキの食いもんだろ、とアルフォンスと話していると、目の前で小さな子供が転んだ。
大泣きし始めた子供に、男なら泣くな、とキャンデーを差し出すと、走ってきた母親にお礼に、とサンドイッチを貰った。
「サンドイッチなら食べるでしょ?良かったね」
「おう、ラッキーだった・・・おわぁ!?」
と、突然横から飛びついてきた野良犬にサンドイッチを掻っ攫われた。
「あー!!オイコラ待てっ!!」
走り去る犬を追いかけて路地に入る。
そこには子犬が居て、野良犬が子犬たちの前にサンドイッチを落とした。
子犬が尻尾を振ってサンドイッチを食べ始める。
「・・・お母さん、だったのかな」
ぽつりと呟いたアルフォンスに、エドワードは後ろ頭をガシガシと掻いた。
「・・・別に今ひもじいわけでもねーし、元はただで貰ったもんだし。まぁ、いいか」
「そうだね」
アルフォンスと一緒に路地を後にしようとすると、後ろで犬がワン!と鳴いた。
「ん?」
振り返ると犬が何かを咥えている。エドワードが手を差し出すと、犬はエドワードの手にそれを落とした。
「なんだコリャ。ペンダント?」
「もしかしてお礼のつもりかな」
「さぁな・・・とりあえず受け取っておくか。じゃあな」
犬に手を振って、今度こそ路地から出る。
エドワードがペンダントを指に引っ掛けてくるくる回していると、背後からあーーーー!!と声が上がった。
「ね、ねぇ君!!その手に持ってるペンダント、見せてくれない!?」
「あ、これ?」
必死の形相で駆け寄ってきた女性に、エドワードはペンダントを手渡す。
「やっぱり・・・!これおばあちゃんのペンダントだわ!!」
「あ、知り合いのなのか?じゃあ、返すよ」
「ありがとう!!おじいちゃんの形見のペンダントを無くしてしまったって、おばあちゃん落ち込んで入院してしまっていたのよ!・・・そうだ、お礼にこのケーキをあげるわ。ケーキを持ってお見舞いに行くところだったのだけど、このペンダントが何よりのお見舞いだもの!」
「見つかって良かったですね」
「本当にありがとう!!」
エドワードにケーキの箱を渡すと、女性はあっという間に走っていってしまった。
「アル、インクのおまけがついにケーキになったぞ」
「なんかさっきから凄いよね・・・」
「昔話にこういうのがあったような気がするな」
顔を見合わせて苦笑していると。
「き、君!そのケーキ、譲ってくれないか?!」
今度は若い男に声を掛けられた。
「か、彼女の家に初めて招待されたんだけど、緊張してご両親へのお土産を忘れてしまったんだ!今から買いに行ったら約束の時間に遅刻してしまうし、頼むよ!!」
哀願するようにぺこぺこ頭を下げる男に、エドワードはケーキの箱を差し出した。
「しっかりしろよ、緊張してとか言ってると、家の中に入ってから失敗すんぞ」
「ああ、ありがとう!がんばるよ!!これ、大したものじゃないけど!!」
男がケーキの代わりに紙切れをエドワードに握らせた。
「何だこれ。抽選券?」
「そこの商店街で、今福引をやってるんだよ。ホント大したものじゃなくてごめん!それじゃ!!」
いそいそと去っていく男の背中に、がんばれよーと声を掛けて手を振ると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「大将?」
「あれ?ハボック少尉。なんだってこんな時間に街の中うろうろしてんだよ?」
「市街の巡回中。大将こそ図書館に篭ってないで外出歩いてるなんて珍しいじゃねーか」
「や、それがさ」
インクを買ってからのことをジャンに説明すると、ジャンが苦笑した。
「凄ぇ運の良さだな。分けてもらいてぇくらいだ」
「いや、この辺で終わりだろ〜?いくらなんでも」
「そんでもうらやましいって。俺なんかさ、今月頭に彼女の誕生日があってプレゼント奮発したら、その3日後に振られちまってよ。・・・まー振られたのは仕方ないにしても、プレゼント代が痛かったなー。今月給料日まであと3日、でも俺残金1000センズ。もう飯を取るか煙草を取るかってくらい追い詰められてるんだよ」
「ふ、ふーん」
気の無い返事をしたつもりのエドワードの横で、アルフォンスがクスッと笑った。
この弟には、エドワードが隣を歩いている図体のでかい男に好意を抱いていることが、ばれてしまっている。
彼女が出来たという話を聞くたびに、さっさと振られちまえクソ少尉ーーー!!などとベッドに突っ伏して騒いでいるのだ、振られたと聞いてちょっと嬉しかったのに気づかれないわけがない。
福引所で抽選券を差し出すと、ひげ面の親父が2回引いていいぞ、と言った。
景品の棚に視線を向けても、別にエドワードが欲しいようなものは何も並んでいなかった。
まぁどうせポケットティッシュだろうが、もし当たりが出るならジャンが欲しがるようなものだと良いな、と思いながらエドワードは福引機に手をかけた。
ガラガラガラ。
ぽとりと赤い玉が落ちる。
「おっ、4等だ。煙草1カートン当たり〜〜〜!」
ひげ面の親父ががらんがらんと鐘を鳴らす。
「煙草って・・・。ボクたちが貰ってもしょうがないね、それ」
「少尉にやるよ。煙草、無いんだろ?」
「マジで?!さーんきゅーーーー!!大将、愛してる!!」
「なっ・・・バカ言ってんなよ!」
冗談交じりで言われた言葉でも、正直嬉しい。舞い上がった気分のまま、エドワードはもう一度福引機を回した。
ガラガラガラ。
今度は銀色の玉が出てきた。
「おぉっ!?坊や、やたらと運が良いな!!イーストシティ1のレストランのペアチケットが大当たりだーーーーー!!」
ひげ面の親父がむちゃくちゃに鐘を振り回している。
「えっ」
「お前ホント運強ぇな・・・」
感心したようなジャンの言葉に、エドワードは困って首をかしげた。
「でもオレ、どれも自分で欲しかったわけじゃないんだぜ?」
「欲が無いからじゃない?兄さん、飴は子供にあげて、サンドイッチもまあいいやって犬にあげて、ペンダントもすぐに返してあげて、ケーキもすぐにあげたでしょ?福引だって、別に欲しいもの無いから、少尉にあげるものが当たるといいなーとか思ってたんじゃないの?」
「う」
さすが弟、言っていないことまでばれている。
「・・・っつーことで!!このペアチケットも少尉にやる!!」
「へ?!何でよ、飯食うんだったら大将だって使うだろ?」
「アルは食わないし。ペアのなんか貰っても使い道ない。少尉はコレがあれば1食分食費浮くだろ?誰か誘って食いに行けよ。じゃーな、巡回の途中でつき合わせて悪かったな」
照れくさくてジャンにチケットを押し付けてさっさと福引所を離れると、ジャンが追いかけて来た。
「大将!ちょっと待った!」
「何だよ」
「誘う『誰か』って大将じゃ駄目か?」
「え?お、オレ?」
ジャンが頷く。
「な、何言ってんだよ、それこそ振られた彼女でも誘えば、より戻せるかも・・・しれないだろ・・・」
エドワードは自分で言って少々凹んだ。
「や、無理だろ。『貴方が好きなのは私じゃないでしょう?貴方がくれたものは私に似合うものじゃないもの。貴方は私に好きな相手を重ねてみているだけ』とか言われたし。そこまでばれてたら、誘っても今さらだ」
「だったら!その好きな相手でも誘え!!」
「だから今誘ってるんだけど」
どん底まで気分が落ちそうになったところに、思わぬ言葉が振ってきて、エドワードはジャンを見上げた。
「大将から貰ったチケットで誘うのもかっこ悪いんだけどさ。まずはお食事からお願いできませんかね、大将?」
少し頬を染めて、照れたように頭を掻いているジャンに、エドワードは微笑んだ。
要するに、最後は煙草&お食事券と引き換えにジャン・ハボックまで手に入れましたよ、ってことです(笑)
インクのおまけにハボがついてきたみたいなもんです。
手に入れた恋人とのデートはpricelessですね。
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