「ん・・・」
エドワードが目を開けると、青空をバックにまるで青空を透かしたような瞳が覗き込んでいた。
「・・・?」
「お、起きたか」
大きな手がゆっくりとエドワードの前髪を掻き揚げて優しく撫でる。
「しょ・・・い・・・?」
「ゆっくり眠れたか?」
寝起きの頭はちゃんと回転せず、エドワードは暫し目を瞬かせる。普段よりジャンの顔がやたらと近いとか、そう言えば眠る前はロイが居たはずで、ジャンは居なかったはずとか。一つ一つを把握していき、そしてようやくエドワードは自分がジャンに膝枕されていることに気がついた。
「うわわわっ?!」
慌てて飛び退こうとしたところを、それより素早く伸びてきた太い腕に捕らえられ、しっかりと腕の中に閉じ込められてしまった。
「しょ、少尉?!」
「大佐じゃなくて俺の膝で寝てくれよー」
不貞腐れたようなジャンの言葉に、あんな子供っぽいところを見られたのかと内心で赤面した。
「い、いやあの、あれは丁度良いところに枕があっただけって言うかっ」
「だったらその『丁度良いところ』に俺を呼んでくれよ。いくらでも枕になるから」
正直、そうしたかったけれどプライドが邪魔して出来なかったからああいうことになったわけで。
「俺じゃ嫌か?」
「そんなわけねーだろっ」
「んじゃ今度から俺を呼ぶよーに」
反射的に否定してしまってからハッとしても、今更否定することも出来ず、エドワードは俯いた。頬が熱いのが自分でも分かる。
「やぁ、何だ鋼のもう起きたのか」
声の方に視線を向けると、ロイとリザがやってきた。
「まだ2時間しか経っていないぞ。もう少し寝ていれば良いものを」
「2時間?!オレそんなに寝て・・・あーーーーーーー!!」
予想以上経っていた時間に愕然とする。
「オレ、部隊の訓練サボった・・・!」
「大丈夫よ。エドワード君の隊は大佐の隊と合同訓練ということにしたから」
「え」
「もう訓練は終了済みだ。訓練の報告を聞きがてらお茶でも飲みにきたまえ」
クスクス笑っているロイとリザに少々いたたまれない気分になった。
「クソ。大佐に借りを作るなんて・・・!」
早いうちに返しとかないと後が怖いな、と口の中でぶつぶつ言っていると、ロイがなんだか困ったような笑顔を浮かべた。
「・・・君は与えるばかりで受け取ることをしないんだな」
「は?」
「・・・いや。私の執務室に行こうか、訓練の内容を報告しよう」
「・・・?おう」
首をひねりながら頷く。
「あ。大将、大佐のとこ行くなら一人で行ってくれるッスか?ちょっと大将の執務室模様替えしたいんで」
「は?」
エドワードが妙なことを言い出したジャンを見ると、ロイも少し目を丸くした。
「ハボックお前職務放棄か?」
「違いますって!ホークアイ中尉と一緒なら大丈夫っしょ」
「・・・大佐と一緒なら、じゃねーんだな」
普通そこはロイの名を出すものでは無いだろうか、と突っ込みを入れると、ジャンが少し目をそらす。
「違う意味で信用してないんで」
「それは違うと言っているだろうが!!」
エドワードにはさっぱり意味が分からないのだが、どうも当人たちの間ではそれで話が通じているらしい。クスクス笑っているリザも知っているのかもしれない。
「つーか、模様替えって、何?」
「ソイツは秘密。戻ってからのお楽しみってことで」
「・・・上官の執務室を本人に秘密で模様替えと言うのも気になるところだけど。エドワード君はそれで良いの?」
「んー?でも少尉がオレの為にならないことするわけないし。じゃあオレは報告聞きに言ってくるよ」
「おう。んじゃゆっくり2時間くらいかけて報告聞いてきてください。どうせ今日の書類はほぼ終わってるんだし」
「分かった」
話が纏まるのを見て、ロイが歩き出す。
「鋼の、行くぞ」
「おう」
既に背を向けて歩き出したロイとリザを追って、エドワードが歩き出そうとすると背中から首根っこを捉まれた。
「何・・・っ」
振り返った瞬間、額に何か柔らかいものが押し当てられたのを感じる。
「!?」
何が起きたのか理解できないうちにジャンの顔が離れた。
「じゃ、後でな」
固まってジャンを見上げているいるエドワードの頭を、わしわしと撫でてジャンが走り去る。その背中が見えなくなった頃、ロイが不審そうに振り返った。
「鋼の?どうした?」
だがエドワードは額を押さえたまましばらく硬直していた。
「・・・さて目ぼしい報告も終わったし、模様替えとやらを見に行くか」
「うぇっ!?」
目ぼしい報告も終わり、ロイが執務室のソファから立ち上がるとエドワードが奇妙な声を上げた。
「どうかしたのか?」
「いいいいやそのっ・・・も、もうちょっとゆっくりしないか?!」
「・・・随分と珍しいことを言うものだな。先ほどから妙に態度がおかしいが」
「そっ、そっ、そんなことねーよ!?そんなこと無いからな!!!」
その発言はまるで何かあると自分で白状してしまっているようなもので。ロイはここは問い詰めるべきだと確信した。
「ふむ、もうちょっとゆっくり、と言うあたり執務室に戻りたくないのだな」
「そっ・・・だからっ!!何でもないっつーの!!」
「態度がおかしくなったのは先刻ハボックと別れたあたりからだな。けんかでもしたか?」
エドワードが口を尖らせてそっぽを向く。コレはハズレだ。
「・・・しかし模様替えをするとアイツが言い出したあたりでは全く普通だったな。と言うことはこちらに向かって歩き始めたあたりか・・・そんな短時間にケンカも何もない、では」
「わーーーーっわーーーーーっわーーーーーーーーーっ!!!」
慌てて立ち上がったエドワードが大騒ぎし始める。核心に近づいたのは間違いないが・・・そこでロイは少し困惑した。ロイたちが背を向けてから再度振り返るまでなど相当な短時間だ。そんな時間で出来ることなどおのずと決まってくるわけだが・・・
・・・そんなことでこれほどの反応をするものだろうか?
「・・・ときに鋼の。君たちは一体どこまで進んでるのかな?」
「なっ・・・何でテメェにんなこと報告しなきゃなんねーんだよっ!!」
「いやいや、成就に手を貸した身としては気になるじゃないか」
「手を貸したんじゃなくて茶化しただけだろーがっ!!」
「もう1発くらいはやってるのだろう?」
「するかバカ!!」
打てば響くように返って来た返答に眉を顰める。
エドワードの方は兎も角、ジャンの方はじき20代も後半だと言うのに未だに手を出していないのか。
いや、エドワードとて10代後半なのだから、もう少しそういった事に興味を持っていても良いだろうに。
「その歳でキスのみの付き合いと言うのも中々不健全だと思うぞ。先に進みたいと思わないのかね」
「しっ・・・してねーよっ」
「は?」
回答になっていないエドワードの言葉に問い返せば、エドワードは頬を染めて視線をそらし、唇を尖らせた。
「その・・・さっきデコにキスされたのが初めてだしっ・・・」
「な・・・?!」
想像を絶する進展の遅さに絶句する。
「ふ、二人きりになる機会くらいいくらでもあるだろう!?副官なのだから執務室ではしょっちゅう二人きりになるだろうし、朝夕の送り迎えだって車の中で二人きりになるだろうが!!」
「仕事中にんなことするわけねーだろ!?送り迎えだって朝はアルが家の外まで出て送ってくれるし、帰りは今から帰るって連絡すると家の外で待ってるし・・・」
「君の弟は犬か何かなのかね・・・」
「うるせーな!兎に角オレ達はまだそういうんじゃねーの!!」
キーーーッと怒ったエドワードに、ロイは溜息をついた。
「で、先刻初めて僅かながら進展があって顔が見れないと言うわけだな。成程」
「ほっとけよ・・・」
「いやいやいやコレは放って置くわけには行かないな。考えても見ろ、ようやくちょっとだけ手を出したと言うのに、ここで君がアレを避けたりし始めたら、またアイツは君に触れようとしなくなるぞ」
「う・・・」
ジャン・ハボックという男は本当にエドワードを大切にしている、と言えば聞こえは良いが、言い換えればただのヘタレだ。エドワードもそれはよく承知しているのだろう。
「ここは、君からも何かアクションを起こすべきではないかな」
「な、何か・・・って!?」
「いっそ君から唇を奪ってみては」
「出来るかんなこと!!」
耳まで真っ赤に染めて憤慨するエドワードにロイはくつくつと笑う。そう言う返事が来るだろうとは予想していた。
「だ、大体少尉デカイから届かねぇ・・・」
ジャンが大きいだけではなくエドワードが小さいせいの方が多分を占めるはずだが、それを指摘すると話が逸れるのは必須だ。聞き流しておくことにする。
「それもそうだな。では、ハボックを見上げて、目を閉じてみたまえ。それで手を出さなかったら男じゃない」
「え、ええええええ!?」
「鋼の、関係と言うのは片方の人間だけでどうこうするものではないぞ。君からアクションを起こすことが全くなければ、ハボックだって君が嫌がっていないか判断がつかなくて困るだろう?そう言ったところから誤解や擦れ違いが生まれるんだ」
「うぅっ・・・」
視線を背けたあたり、それも最もだとは思っているらしい。
「やれやれ、私が後押ししなければろくに進展しないとは」
「押せなんつってねーだろぉっ!!」
「では一生今のままで居る気かね」
「それは・・・そ、そのうちゆっくりとっ」
「ゆっくりと進んでいないだろう。1歩進んで2歩下がるからな」
「〜〜〜〜〜〜っ」
「ほら、こんなところでうだうだ言っていても仕方ないだろう。模様替えを見に行くぞ」
首根っこを掴んで引っ張れば、全力ではないが結構大きな抵抗がある。
「いやだっ、まだ心の準備がっ」
「そんなものは必要ない」
「やだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ロイは力ずくでエドワードをずるずると引っ張り、エドワードの執務室へと向かった。
ロイに力ずくで執務室に放り込まれ、エドワードは恐る恐る顔を上げた。
「お、大将。お帰り」
普段と変わらないジャンの声が、普段よりも高い位置から聞こえてエドワードはさらに視線を上げた。
「なんだコレは」
部屋を見たロイが首をかしげる。
壁沿いに置いてあったはずの本棚が部屋を仕切る壁のように移動され、エドワードの机はその手前に移動されている。ジャンは、脚立に登って本棚に転倒防止金具を取り付けているのだった。
「大将、丁度良かった。下の方の本が置いてない棚、錬金術で背板抜いてくれねーか?のこぎりでやるより、その方が速いし確実だよな」
「うっ、うん」
エドワードが本棚に近づく後ろで、ロイがふむ、と頷いた。
「天井まで届かない本棚で壁を作り、下段に穴を開けることで光を取り入れ風を循環させる道を作り、もうひとつの部屋を作る・・・か。理には適っているな」
ジャンの指示通りに背板を錬金術で抜くと、転倒防止金具を取り付け終わったらしいジャンも脚立から降りてきてエドワードの頭をぽんぽんと撫でた。
そこで、ふと先刻ロイに言われたことが頭をよぎる。
見上げて、目を瞑れ?
・・・・・・できるかそんなこと!!!
「失礼します。大佐、やっぱりこちらでしたか」
エドワードが頭の中でぐるぐるしている所にリザがやってきた。
「ああ、中尉。済まない、言付けをすれば良かったな。模様替えとやらを見たくてね」
「いえ、ブレダ少尉が大騒ぎするエドワード君を引きずっていったと言っていましたので、直ぐに分かりましたが。それで、模様替えは終わっているのですか?」
「ああ、これで完成ッスよ」
ジャンがポンとエドワードの肩を叩いた。
「大将、こっち来て」
「う、うん」
ジャンに導かれるままに本棚の向こうのスペースに向かう。その区切られた部屋の中を見て、エドワードは目を丸くした。
「少尉、これ・・・?」
「大将専用の仮眠スペース」
そこには、シングルベッドが置かれ、真新しいシーツが掛けられていた。
「大将、口では文句言わねぇけど、本当は仮眠室苦手だろ?」
「知ってた、のか?」
「だっていつもあんまり休めなかったみたいな顔して戻ってくるし。それなら専用の仮眠スペース作れば、もっとゆっくり休めるかと思ってさ」
ロイとリザも顔を出す。
「ほう。成程、中々いいアイデアだな。中尉、是非私の執務室にも」
「却下します」
皆まで聞かずにリザはにべもなく却下する。
「な、何故だ!?鋼のは良くて私は駄目だと言う理はないだろう!!」
「エドワード君は働きすぎだから、休憩所が必要なんです。ただでさえ働かない人に休憩所を与えては、尚更働かなくなることは分かりきっています」
「し、しかし休憩はしっかり取るほうが効率が」
「大佐は効率以前に働いていない時間が多すぎます。戻りますよ」
「ま、まっ・・・うわぁっ」
リザがロイの襟首を引っつかむ。先刻エドワードがロイにされたように、今度はロイがリザに引きずられて帰っていった。
その二人を呆然と見送って、ポツリとエドワードがこぼす。
「中尉って、意外と力あんのな・・・」
「・・・見た目によらず、想像以上にな・・・」
ジャンが苦笑して煙草に火をつけた。
「で、コレ気に入ったか?その・・・こんなもんあっても無駄だって言うなら元に戻すけど」
「まさか!!嬉しいよ、ありがとな」
「なら良かった」
ジャンがへへっと嬉しそうに笑う。その笑顔を見上げて、なんだか胸が締め付けられたような感覚を覚えた。
『見上げて、目を閉じろ』。今なら出来ないこともないかなと少し思った。けれど。
『嫌がっていないか判断がつかなくて困る』と言うのは、エドワードだって同じことで、そんなことをしてジャンが何もしてこなかったらと思うと、いたたまれなくなる。
それなら、自分で出来る行動の方がいい。大体ただ待つのは苦手なのだ。
「少尉、ちょっとそこのベッドに座ってくれるか?」
「ん?おう」
何の疑問も抱かずにジャンがベッドに座る。コレなら届くだろう。気持ちを落ち着けるために、大きく息を吸った。
「どうかしっ・・・!?」
エドワードは、ジャンの頬に勢いよく唇を押し当てた。
や、やっと・・・!やっと進展がありました!!
もうお題3分の1以上消費してるのに・・・!
それでもでこちゅーとほっぺにちゅーしかしてません。
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06/05/28 脱稿