【04】上目遣い

ジャン・ハボックは大きな溜息を吐いた。
「少尉、仕方が無いでしょう?」
リザに咎められても、ジャンからは苦笑しか出てこない。
「とは言いますけどねー・・・」


全治2週間、と診断されたエドワードの捻挫が完治する頃、ロイの昇進が正式に決まり、ロイ・マスタングは准将となった。
式典の日取りも決まり、その前後の予定の確認中に、お披露目パーティーの話になったのだ。
「え、ちょっと待てよ、それオレも出なきゃなんないわけ?!」
あからさまに嫌そうな顔をしたエドワードに、ロイが呆れた顔をする。
「何を寝ぼけたことを言っている。中央に居る佐官以上は全員出席が慣例となっているんだぞ」
「慣例、って法律じゃねぇだろ?サボっちゃ」
「却下だ!他の派閥の者でもサボるものなど居ないと言うのに、私の部下がサボったなどとなれば何を言われるか分かったものじゃない!」
「でも、オレパーティー用のスーツなんか持ってねぇんだけど・・・」
エドワードが困ったように頭をかく。
「そのくらい買えばいいだろう?君の立場であれば今後パーティーに誘われることも増えるはずだ。持っておくほうがいい」
そこでふとロイは考え込むそぶりを見せ、ジャンを振り返った。
「ハボック、お前まともなスーツを持っているんだろうな。鋼のの護衛としてお前も行くんだぞ」
「へ?前に大佐の護衛でパーティーに着てったやつなら・・・」
とたんにロイは眉を顰める。
「この際だ、お前も新しいスーツを買え」
「え、えええ!?」
突然振って湧いた話にジャンは目を丸くした。
「お前、あのスーツは丈が合っていないだろうが。お前の体格で既製品で済まそうとするな」
「ま、待ってくださいよ、オーダーメイドで買えっつーんですか!?俺そんな金無いっスよ!?」
「ローンでも組め。煙草を止めればローンの支払いにも困らないだろう、お前は」
「無茶を言わんでくださいよ・・・」
ジャンがげんなりした脇で、エドワードが恐る恐る手を上げる。
「オレ、どこでスーツ買えばいいのかも分かんねぇ・・・」
エドワードとジャンを、ロイが代わる代わる見て、溜息を吐いた。
「二人とも私が見立ててやる。付いて来い」

 
そんなやり取りが合ったのがつい1時間前。式典の準備の為、と言う名目でしっかりと外出許可を取り、ロイにジャンとエドワードは強制連行されてしまったのだ。
護衛の為に付いてきたリザはずっと苦笑している。
「大事なパーティーなのは間違いないでしょう?それに、エドワード君はいずれ背が伸びてスーツをまた新調する必要があるかもしれないけど、貴方はもう早々体型が変わるわけではないのだし。1着くらい、きちんとしたものを持っておいたほうが、と言うのは私も賛成よ」
「それは分かるんすけど・・・」
少し離れた場所では、真っ赤なスーツを選ぼうとしたエドワードにロイのチョップが落ちた。エドワードは頭を押さえてキーキー騒いでいる。
ジャンはそんなエドワードに苦笑して、リザに視線を向けた。
「前に大佐の護衛でパーティーに付いて行ったときは、大佐もあのスーツでいいって言ったくせに、今回急に新調しろなんて言われたモンで。なんだって今回に限って、って言うと」
ジャンの云わんとすることに気がついて、リザは肩を竦めた。
「エドワード君の傍に居る事になるからでしょうね」
「やっぱり・・・。父親かっつーの、過保護過ぎっスよ」
「あら、貴方にまでスーツを新調させようというのは、エドワード君の為が半分、貴方の為が半分だと思うわよ」
くすっと笑ったリザに、ジャンは首をかしげる。
「何でッスか?」
「今回のパーティーは、間違いなく主役は大佐だけれど、エドワード君も相当注目を浴びるはずよ。これまでエドワード君はパーティーに参加したことが無いし、今度の大佐の昇進の立役者でもあるのだし。そんな華やかな場所の中心で、みすぼらしい思いはしたくないでしょう?」
「う・・・」
「勿論、エドワード君が笑われるようなことにはしたくないと言うのもあるでしょうけど。・・・あら」
エドワードとロイが言い争いになっているのに気がつき、リザが様子を窺った。
「どうしたのかしら」
「大佐、大将のこと可愛がってるくせに大将の扱い下手ッスからね。ちょっといきますか」
先にエドワードのスーツを作るということで、離れた場所に待機していたリザとジャンが上官たちの下に向う。
「そんな地味なスーツぜってーヤダ!こっちがいい!」
「馬鹿を言うな!本当に君はセンスという物が欠如しているんだな!」
「どうかしたんスか?」
「その・・・」
間に居る若いテイラーが困った様に苦笑していた。
ロイの手には、あまりセンスに自信の無いジャンから見ても、センスが良いと分かるスーツが数着。
一方、エドワードの手にはジャンから見てもヤバイと思う、真っ赤やら妙な柄のついたスーツやらが数着あった。
「オレが着るもんなんだからオレの勝手だろー!?」
「君が妙な格好をしていけば私が恥をかくんだ!!とにかくこっちを試着したまえ!」
「い・や・だ・ね!!」
何を言い争っているのかがすぐに分かり、ジャンは溜息を吐いた。
「もしかしてさっきからずっとこの調子ッスか」
テイラーにこそっと話し掛ければ、テイラーが小さく頷く。
「この店結構な高級店だろうに、何であんなスーツ置いておくかなー・・・」
「いえ、その・・・ああいうスーツをお好みのお客様が、他店で見つからなかったと仰ってオーダーで作りたいと来店なさる場合が少数ですがありまして・・・。それと、喜劇役者の方やミュージシャンの方などもご利用になりますし・・・」
「・・・うちの上司がよりにもよってその『少数のお客様』に当てはまるのが泣ける話だな。しかも頑固だし」
「は、はは・・・」
ジャンとテイラーがコソコソ話している前で、エドワードとロイは未だに言い争いをしている。
ジャンはロイが選んだスーツの1着の、黒いスーツを手にとった。
「大将、これ試着してみないか?」
「そっちはイヤだって言ってんだろ!!少尉までオレのことダサいって言うのかよっ!!」
「そう言うことじゃなくてよ。黒って大将に似合う色だと思うんだけどな。大将も私服じゃよく黒いの着てるし、黒は嫌いじゃないだろ?」
「そ、それはそうだけど」
ジャンの言葉に、頭に血が上っていたエドワードも少し落ち着いたらしい。
「大将って顔立ち派手だし、髪の色も鮮やかだから目立つしさ。スーツはこういう落ち着いた感じの着た方が、引き締まってカッコ良く見えると思うんだけどな」
「え・・・」
「それに、大人っぽく見えるんじゃねーの?」
エドワードが脇の棚に持っていたスーツを置き、ジャンから黒のスーツを受け取った。
「か、かっこいい?」
ジャンを上目遣いで見上げたエドワードに、ジャンは笑んだ。カッコつけたがりのエドワードは、こういった態度を見せることは普通はない。
ジャンだけが、そんな幼さを引き出すことができることをジャンはちゃんと知っていた。
「俺はそう思うぜ」
「じゃ、これ、試着する・・・」
素直に頷いたエドワードに、ロイが大仰に溜息を吐く。
「まったく、最初からヒギッ!!」
余計なことを言いそうになったロイの足を、リザがかなり強烈に踏みつけた。
「え、何だ?」
「何でも無いわ、気にしないで頂戴」
振り返ったエドワードに、リザがにっこり微笑みかける。ロイは足を押さえて恨みがましい目をリザに向けていた。
エドワードがテイラーに導かれてフィッティングルームへ向うと、リザがロイに厳しい視線を向けた。
「折角エドワード君の機嫌が直った傍から、機嫌を損ねるような発言をしないで下さい」
「30分も説得しても試着しようとしなかったものを、ああもあっさり着ると言われたら嫌味の一つも言いたくなるじゃないか」
「そりゃ大佐の説得が下手なんでしょ。中尉が説得しても着替えさせられたと俺は思うんすけどねー」
「お前達は鋼のに甘すぎる・・・!」
「大佐に言われたくないッス」
ありません」
見事にはもったリザとジャンに、ロイが渋い顔をした。
「まーロス少尉もブロッシュ軍曹もアームストロング少佐も、みーんなそうですけどねー」
へらへら笑ってジャンが手を振れば、リザも苦笑する。
「それよりも、エドワード君の試着を見に行きませんか?」
「・・・そうだな」
ロイも苦笑して肩をすくめた。
フィッティングルームに向かうと、既にスーツを着て出てきていたエドワードが、ジャンに気がついて顔を上げる。
「あ、少尉。ど、かな」
「ふむ、悪くないと思うが」
「大佐に訊いてねぇ」
「素敵よ、エドワード君」
「そ、そう?・・・ありがと」
同じくエドワードに話しかけられていない二人でも、リザとロイではあからさまに態度が違うエドワードに、ロイの眉が寄る。ジャンは苦笑した。
「うん、かっこいいぜ大将」
「ふん、馬子にも衣装だな」
「うるせぇ!!」
再び険悪な雰囲気になりそうになった二人の間に、双方の副官が割ってはいる。
「おいおい、今のは大将が先に喧嘩売ったんだろ?ちょっと落ち着けよ」
「大佐、大人げが無いのも程々にして下さい」
呆れた調子の副官に、上官2名は顔を背けた。ジャンとリザが揃って溜息を吐く。
「「そっくり」」
「「誰と誰がだ!!」」
再びはもったジャンとリザに、答えるエドワードとロイも見事にはもり、隣に居たテイラーが噴出した。
「そっくりっしょ?」
「い、いえその・・・っ」
ジャンが同意を求めれば、テイラーは必死に取り繕って笑いを堪えている。
「それはもう良いわ。エドワード君、その形のスーツで良いと思うのだけど、どうかしら?」
「あ、うん。じゃあそうするよ」
「それと、カフスやタイも持っていないのでしょう?それも持ってきてもらってあわせて買ったほうが良いわね」
「かしこまりました、只今お持ちします」
テイラーがまだ笑いをかみ殺したままその場を離れた。
「ったく・・・」
ジャンは笑ってエドワードの頭を撫でる。
「そう言えば少尉もスーツ買うんだよな?なんかオレばっか時間かかって悪かったな」
「いや、俺は採寸だけだからすぐ終わるし」
「え、そうなの?少尉も選べば良いのに」
目を丸くしたエドワードに、リザが苦笑した。
「護衛として付いていく者が、華美なスーツを着る訳にはいかないのよ。だから、スーツの選択肢は3種類くらいしかないの」
「そうなんだ・・・」
エドワードが少し寂しそうにジャンを見上げる。
「・・・鋼のは軍人としての職務に関する能力は高いが、所謂社交界に関する知識はからっきしだな。少しはそっちの方向も学習したほうがいいぞ」
「えー・・・」
エドワードが嫌そうな顔をしたところに、テイラーが布張りのトレイに10種類ほどのカフスを並べて持ってきた。
「赤い色がお好みのようでしたので、赤い色の物を中心に持ってまいりました」
トレイを揃って覗き込む。その中で、心惹かれたカフスをひとつ、ジャンは手に取った。
「ハボック、お前それが良いと思うのか?」
「へ?ええまぁ、大将に一番似合うかと思ったんですが」
「お前、案外見る目があるんだな。ここにある中では、それが一番高価なものだ。地金は純金で、中心の石はルビー、下に二つ並ぶ小さな石はダイヤモンドだぞ」
「ひえっ・・・」
ロイの言葉に、ジャンは慌ててカフスをトレイに戻した。宝石には詳しくないが、石の大きさから考えるとカフス1つでジャンの給料が2か月分は吹っ飛ぶだろう。
エドワードがそのカフスを取って、光に翳す。そしてそのままテイラーに差し出した。
「じゃ、これのセットで」
「えええっ!?そんなあっさり決めちまっていいのか!?」
「だって少尉がこれがいいって思ってくれたんだろ?」
しれっと言い放ったエドワードに、ジャンは内心で冷や汗をかく。
「いや、でもそれ、そんなことで買っていい金額じゃないと思うんだけどよ・・・」
「鋼のは少佐官の給料だけではなく、国家錬金術師として研究費も受け取っている。この程度大したことはない、放っておけ」
あっさり言い放ったロイの財布の中身も覗いてみたい、とジャンは少々思った。

 
エドワードの採寸の後、ジャンも採寸を済ませると、エドワードがカフスの棚をじっと覗き込んでいた。
「大将?何見てるんだ?」
「え?あ・・・カフス、色んなのあるんだなーと思ってさ」
エドワードの見ていた棚は、青や緑と言った寒色系の石を使ったカフスが並べられていた。
「派手好きな大将にしちゃ、珍しい方向の見てるな」
「んー・・・少尉は、カフス買わねぇの?」
「・・・俺の安月給じゃ、この店でスーツ作るのもかなり無理してるんだよ。カフスくらいなら、別に安っぽいの使っても大丈夫だろ・・・」
先程見た請求書の金額を思い出し、ジャンは溜息を吐いた。ローンを組んでも、正直食費に影響が出そうな金額だ。煙草の本数を減らせばいいのだろうが、煙草と食事、どちらを取るかと言われるとつい煙草を取ってしまう。
「前に蚤の市で買った貝殻製のカフスがあるから、あれでいい。これ以上この店で何か買ったら、俺は餓死する」
「そ、そっか・・・」
「ハボック!車を回せ!!」
「あ、へーい!!」
ロイに呼ばれて返事をする。
「大将、そろそろ戻るみてーだぞ?」
「あ、うん。もうちょっと見てる」
「そっか?すぐ車回すからな」
「うん」
ジャンがその場を離れても、エドワードはしばらくカフスを見ていたらしかった。

 
パーティ当日、自宅でスーツに着替えてジャンは溜息を吐いた。
やはり、安物・・・を通り越してほぼ最安値ともいえるカフスとタイピンは、オーダーメイドのスーツからかなり浮いている。
スーツの方は流石セントラル1、いやアメストリス1の高級店だけあって形も着心地も申し分ない。それだけにカフスのみすぼらしさが際立ったが、新しいカフスを買いに行く時間もそんな金も無いので、諦めるしかなかった。
軍用車に乗り込み、エンジンを掛ける。
ジャンのアパートから、エルリック邸までは、車ならば20分程度の距離だ。
現在のアパートはマスタング邸の近くにある。ロイの直属だった頃に、ロイの護衛を行うために近くのアパートを借りたのだ。エドワードの護衛に変わった今、エルリック邸の近くに引っ越すべきなのは分かっているが・・・現状、財布に相談してみれば『No』という返事しか返ってこなかった。
閑静な郊外にあるエルリック邸は、周囲は殆ど庭付き一戸建ての高級住宅地で、安い賃貸アパートは存在しない。当のエルリック邸も、広い庭を所有している。むしろエドワードが欲したのは、アルフォンスがリハビリに励むことが出来る広く自然に溢れた庭の方だったのだが、土地の高いセントラルで広い庭を持つ家となれば当然のことながら大きな邸宅になるわけで、結果的に高級住宅地の邸宅を選択することになった。
ロイなどはデートに便利な歓楽街近くの家を好むので、必ずと言っていいほど周囲に安いアパートもある。それはそれで治安に問題のある地域が近かったりするので困ったものでもあったが。
エルリック邸の周囲にも賃貸アパートが無いわけではないが、その家賃は現在のジャンのアパートの1.5倍にもなり、もうちょっと給料が上がってくれないと生活が成り立たなくなるのは目に見えていた。
エルリック邸の前に車を留め、車を降りる。
迎えの時刻ぴったりに呼び鈴を鳴らすと、家の中でどたばた走り回る音と弟が叱る声が聞こえた。
「なーにやってんだか・・・」
苦笑すると玄関が開いた。
「ハボック少尉、すみませんけどもうちょっと待ってもらえますか?」
「お。よう、アルフォンス」
玄関を開けたのはアルフォンスだった。
まだ走り回れるまでにはいたらないものの、アルフォンスは順調に回復しており、自力で病院に行ったり一通りの家事をこなしたりは出来るようになっている。
「あ、ハボック少尉、そのスーツ良いですね」
「あ、これ?大将のと同じ店で買ったんだよ」
「へぇ・・・兄さんが珍しくセンスのいいスーツ買ってきたし、良い店なんですね」
感心した様子のアルフォンスにジャンは苦笑した。
「いや、あのスーツ選んだのは大佐・・・じゃなくて、マスタング准将。大将は真っ赤とか変な髑髏柄とか欲しかったみてーだぞ?」
「・・・なんだ、『センスいいね』って誉めたら偉そうに自慢してたのに・・・やっぱり自分で選んだんじゃなかったんですね」
呆れたアルフォンスが2階を見上げる。エドワードがばたばたと走り回っている音が天井から聞こえてきた。
「大将〜、何で早めに用意しておかねーんだよー」
昼の式典が終わってから、3時間はあったはずだ。かえって一休みしてからすぐ準備を始めれば、余裕で間に合うはずなのに。
「それが、一度返ってきてからすぐにもう一回出かけちゃって、帰ってきたの30分前なんですよ。何もこんな時に出かけなくても良いのに」
階段の方からエドワードの切羽詰った声が聞こえた。
「アルっ!!靴下、靴下どこだ!?」
「もーっ!!」
アルフォンスが腰に手を当ててリビングへと向う。ジャンはそれを苦笑して見送って、煙草を取り出した。
毎朝エドワードを迎えに来て玄関で5分は待たされるため、エルリック邸の玄関にはジャン専用の灰皿が置かれている。5分遅く迎えに来ればいいと言うのではなく、どうもジャンが来たのを見てから髪を結って軍服の上着を着るのが習慣になっているらしく、5分遅く来れば更に家を出るのが5分遅くなるだけなのである。その為この場所での煙草タイムはジャンの中でも習慣になりつつあった。
「悪ぃ!待たせた!!」
「お」
エドワードの声にジャンは煙草を灰皿に押し付けた。身なりを整えて出てきたエドワードを振り返って、ジャンは動きを止める。
試着用のスーツはエドワードの寸法よりも大きかったため、結構布があまっていた。そのときには見えなかった体のラインが、今度は身体にフィットしたスーツであるために、綺麗に線が出ている。
細身のスーツはその細い腰を強調し、黒の布地の下に隠されたしなやかな肉体を想像させた。
新品の上質な布地は深みのある黒で、鮮やかなエドワードの髪の色と、いくら外を出歩いても日に焼けない白い肌をよりいっそう引き立てている。ピジョン・ブラッドと呼ばれる最高級の赤のルビーがそれに彩りを沿えていた。
詰まるところ。
ジャンはエドワードに思いきり見惚れた。
「兄さん、何ぼーっとしてるの?」
アルフォンスの声にはっと意識を取り戻す。どうも、エドワードの方もなにやらボーっとしていたらしい。
「あ、あああそうだな、行くか」
慌ててエドワードが足を踏みだす。ジャンはコート掛けからエドワードのスーツ用コートを取り、肩に掛けてやった。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
エドワードとアルフォンスが、互いの頬に挨拶のキスをして、ジャンとエドワードは玄関を出た。
エドワードが助手席のドアを開ける。
「おいおいおい、大将、今日は前は駄目だぞ!!後ろに乗ってくれ!!」
本当は普段から佐官を助手席に乗せたりしてはならないのだが、ジャンとエドワード二人きりのときは大抵助手席に乗る。
アルフォンスが鎧だった頃、よくジャンが兄弟を車で送り迎えしたのだが、当時のアルフォンスは二人分の座席を取ってしまうのでいつもエドワードは助手席に乗っていた。
エドワードが正規の軍人になったときに1度注意したのだが、「上官命令」の一言でねじ伏せられ、二人きりのときだけと言う条件付でそうするようになったのだった。
「え、いいじゃん」
エドワードはさっさと助手席に乗り込んでしまう。
ジャンは運転席に乗り込んで、身を乗り出した。
「だ・め・だ!!パーティー会場に着いたら士官の出迎えがあるんだぞ。助手席から降りてるの見られたら困るだろうが」
エドワードが不満そうに口を尖らせて上目遣いでジャンを見る。正直、この顔に勝てた例がない。
ジャンは溜息を吐いた。
「途中までだぞ。パーティー会場の近くの公園で1回停めるから、そこで後ろの席に移れよ」
「おう!!」
嬉しそうに笑ったエドワードにジャンも笑って、車を走らせた。
車に乗っているときは、本や資料を読んでいない限り割と饒舌なエドワードが、何故か今日は無言でジャンを見ている。
少し照れくさくてジャンは口を開いた。
「大将、俺の顔に何かついてるのか?」
「へっ?」
「なんかずっと見てっからさ」
「えっ、あっ・・・」
エドワードがふいっとそっぽを向いてしまう。
「・・・・・・だけ!!」
「へ?」
折りよく公園に着いたので、ジャンは車を停めた。
「何だって?」
「・・・」
よく見れば、エドワードの耳が赤い。
「大将?」
「・・・やる!!」
エドワードがそっぽを向いたまま、ジャンに布張りの箱を差し出した。
「へ?」
「だから、やる!!」
「お、おう?」
ぐいぐいと押し付けられた箱を受け取る。
「開けていいか?」
「・・・おう」
渡された箱を開けると、スクエアカットの水色の石がついた、タイピンとカフスのセットが入っていた。
「大将、これ・・・?」
「その!オレのカフス少尉が選んでくれただろ!?だからオレも少尉に何か選びたいなって、でも少尉カフス買わないって言うし!!だから、その、さっき買ってきた!!」
一気にまくし立てたエドワードにジャンは目を丸くした。
「選んだって、別に俺そんな・・・。これがいいって言っただけで、金出したの大将だし」
「オレが!!オレの選んだモン少尉に着けて欲しかったから!だからいいんだよっ!!」
逆ギレしたエドワードが真っ赤な顔で睨んでいるが、如何せん体格の差がありすぎて、座席に座った状態でもエドワードがジャンを見る表情は自然と上目遣いになる。
そんな顔で睨まれても可愛いばかりだ。
「ありがたく使わせてもらうよ、大将」
「え、あ、うん」
エドワードが視線を落とす。エドワードがキレた時は、笑って肯定してやると急速に怒りが萎むことを、数ヶ月の副官生活の中でジャンは学習していた。
安物のカフスとタイピンを外し、エドワードに貰ったカフスとタイピンに付け替える。
「似合うか?」
「う、うん!!」
「ありがとな」
身を乗り出して、ジャンはエドワードの唇に自分の唇を一瞬だけ触れさせた。
「あ、あのさ、少尉」
「ん?」
真っ赤な顔のまま、少し微笑みながら、上目遣いでエドワードがジャンを見る。
「その・・・スーツ、すげー似合っててカッコいい、ぜ」
その顔でそんなことを言い出すのは、反則だ。
「・・・」
後15分後にパーティーが始まるのさえなければ、このまま自分の部屋にお持ち帰りしてやるのに。
顔を押さえたジャンを、エドワードが不思議そうに覗き込む。
「少尉?」
「お前上目遣い禁止!!」
「え、ええ?!何だよそれ!?」
「その顔の破壊力を分かって無さ過ぎる!!無防備にそんな顔すんな!!」
「そ、そんな顔ってどんな顔だよ!?」
「だからそうやって自覚が無いのがまずいんだっつの!!ほら、後ろ行け!!パーティーに遅れる!!」
無理矢理エドワードを助手席から降ろさせる。エドワードはぶつぶつ言いながら後部座席に乗り込んだ。
「少尉いきなりワケ分かんねぇ・・・」
足を組んで背もたれに身体を投げ出していたエドワードが、車を発進させるとふと前に身を乗り出してきた。
「あ、もしかして・・・少尉、照れたのか?」
「うるさい!!」
夕闇を走る車の中で、エドワードの笑い声が響いた。


お互いのスーツ姿を見た時にお互いに見惚れて硬直しているので、
アルが居なかったら間違いなくパーティーに遅刻したことでしょう。

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06/06/13 脱稿