【05】タバコを吸うということ 5


「ラッセル、お前縦割り何組?」
「Aだよ」
「なんだ、じゃあオレと一緒じゃねーか」
雪かきの範囲を指示された地図を広げ、エドワードが場所を確認する。
「あーアルは反対方向だな」
「そっか、残念。じゃぁボク、あっちに同じクラスの人居たからもう行くね」
「おう。無理はするなよ」
「大丈夫ー!」
じゃーねー、と手を振り、アルフォンスは走り去っていった。
「さてと・・・んじゃオレ達も行くか」
「ああ」
エドワードに促され、ラッセルはエドワードと並んで歩き出す。ジャンも無言でその後ろにつき従った。
それにしても、エドワードと一緒にいると注目の的になる。いつもならすぐに声をかけてくるラッセルのクラスメイトも、遠巻きに眺めているだけで声をかけてこない。
自分達と同年代で既に少佐官として働いているエドワードは、羨望半分、やっかみ半分で常に注目を浴びているのだ。
「そういやラッセルお前、何で士官学校になんて入ったんだ?ゼノタイムはいいのかよ」
「士官学校に入ったことも、ゼノタイムのためさ」
エドワードがラッセルの顔を窺う。
「ゼノタイムで金は出ない、でも金細工の技術を埋もれさせるのは惜しい。だから、最近は他所の金鉱から金を輸送してきて、金細工をゼノタイムでやって付加価値を売るみたいなことをやってたんだ」
「金に拘るより、昔農作物を作ろうってことじゃなかったのか?」
「それはそれでやってるよ。でも、何も必ずしもひとつの道に絞らなきゃいけないわけじゃないだろう?細工だけなら、環境に悪影響も殆どないし、実際それで採算が取れるようにもなってきてたんだよ。だけど・・・」
ラッセルは悔しそうに顔をゆがめた。
「ゼノタイムの周辺に、山賊が出るようになったんだ。連中、ゼノタイムから出て行く金細工を狙ってる。軍に通報しても、本腰を入れてくれない。軍はその場で山賊を散らすだけで根こそぎ摘発はしてくれないし、自警団じゃ限界がある。用心棒を雇っていたら採算が合わなくなる。このままじゃやっていけない」
「・・・そんなことになってんのか」
「軍さえ動いてくれれば何とかなるはずなんだ。けど、忙しいとか指揮官が居ないとかなんだかんだ言って腰が重い。だったら、俺が国家資格を取って軍を動かせる立場になればどうにかできると思ってさ」
「そうか・・・」
考え込むそぶりを見せたエドワードに、ラッセルが視線を向ける。
「お前こそどうして軍人になったんだ?昔あったときは、国家資格は持ってても軍人になるなんて全然考えてなさそうだったのに」
「まぁ、あの頃は確かに軍人になるなんて考えてなかったな」
ハハハ、と懐かしむようにエドワードが苦笑した。
「オレもまぁ、お前と大差ねーよ。守りたいモン守るために軍人になっただけだ」
「そうなのか。でもお前、ずっとフラフラ旅してたんだろう?どっか縁の土地でもあるのか?」
「ん〜?ああ、そうじゃなくて。お前のゼノタイムの話もそうだし・・・全体的に、ちょっと軍を立て直さなきゃならんと思ってさ」
ふと、真剣な目をしたエドワードが声をひそめる。
「正直ここだけの話、問題が起きてるのはゼノタイム近辺だけじゃない。中央がごたごたしちまってるからその余波が地方に広がってるんだ。・・・まずは中央を落ち着かせて土台をしっかりさせないことにゃしょうがねぇ」
「土台を・・・?」
「ああ。山賊やら何やらやってる連中だって、別になりたくて山賊になったわけじゃないって奴が殆どだろ?そんなことまでしなきゃ、暮らしていけないからだ。だから、そんなことをしなくても生きていける国、それを作らなきゃならない。じゃなきゃ、何人山賊を掴まえても新しい山賊が出てくるだけだからな」
真っ直ぐに前を向いたエドワードの横顔に、迷いはなかった。
「国そのものを変えていけば、結局それが一番いい結果に繋がる筈だ」
なんとなく返答につまり、ラッセルは黙り込む。
俯き加減に少しばかり歩き続けると、指示された地域に到着した。この辺りだ、とエドワードに声を掛けようとして顔を上げる。
と、視界にエドワードのクラスメイトと思しき人間が、こちらを窺っているのが視界に入った。
「・・・少佐殿はごゆっくりな出勤だなぁ、オイ!」
「つーかさぁ、他の軍人って今頃駆り出されて忙しいんじゃねぇの?何でアイツここにいるわけ?」
「軍に必要無いんじゃねぇの?アハハハハハ!!」
わざと聞こえるように言っているのであろう陰口に、ラッセルの方が不快になる。口を開こうとすると、エドワードがラッセルの手を押さえた。
「放っておけよ」
「何でだよ!?」
「お前も国家錬金術師になりたいなら覚えておけよ。この程度のことは日常茶飯事だ。付き合いの範囲が軍人とか権力者層に限られていれば、そこまで気にならないかもしれないけどな」
エドワードは陰口を言ってきた人間には目もくれない。遠くを見た目がふと何かを見つけ、じゃ、とラッセルに軽く挨拶をして走り去っていった。
その背中を見送って、ラッセルは唇をかみ締める。
自分より小さいはずの背中が、大きく見えた。

 
「ロス少尉!ブロッシュ軍曹!!」
エドワードの声に、公園に居たブロッシュが振り返る。
「あ、エドワードく・・・アイター!」
ロスにかかとを蹴られて、ブロッシュが飛び上がった。
それを横目で睨んで、ロスがエドワードに敬礼する。
「お疲れ様です、エルリック少佐」
普段の司令部ならば問題ないが、軍の敷地の外、他者の目がある場所での普段どおりの態度はまずい。
その事にようやく思い当たったらしいブロッシュも、慌ててエドワードに敬礼した。
「お、お疲れ様です!」
「ご苦労。二人とも・・・ってかウチの隊以下全員か?居るみたいだけど、何でここに?」
「マスタング准将の指示です。学校の方の割り当てで、エルリック少佐がこちらに来る筈なので、エルリック隊はそちらで指示を受けるように、と」
「あんにゃろう、織り込み済みかよ!! 道理で学校に連絡が入ってるらしいのに呼び戻されねぇと思った!」
くしゃりと前髪をかきあげたエドワードの隣に、遅れてやってきたジャンが並んで立ち止まる。
「それ以外の指示は?」
「各隊に担当区域の割り当てのみ出ています。ええと、この地図に」
ブロッシュが取り出して広げた地図を、エドワードとジャンが覗き込む。
「6区全域か・・・大して広い範囲じゃねーけど、ここらへんて細い路地で入り組んでるんだよな?」
「そうですね。車はあまり多く通る地域じゃないですけど、徒歩での通行量は結構多いですよ」
ブロッシュがうなずいた。エドワードがふむ、と考え込む。
「よし、ロス少尉、ブロッシュ軍曹、指示出すから全員集めてくれるか?」
「ハッ」
走り去る二人を見送りながら、ジャンが口を開いた。
「士官学校生の連中はどうするんスか?皆こっち見てますよ」
エドワードが軍人としてどう働いているのか、興味がある者。何か失敗でもしないかと粗探しをしている者。本当にエドワードの歳で部下を動かしているのか、自分の目で確かめたい者。それから、エドワードに羨望の眼差しを向けている者。理由は様々だろうが、一様に視線をエドワードに向けていることだけは一致していた。
「・・・放っておけ。何も言わないでも、大通りの除雪くらいは自分たちで出来るだろ」
あっという間に公園内の広場に整列した部下の前に、エドワードが一歩踏み出す。兵士たちは一様に敬礼した。
エルリック隊は、実戦経験こそ無いが錬度は高い。行動は迅速で兵の足並みが乱れることは無く、与えられた指示に即時反応し、確実に実行することが出来る。
「皆、ご苦労。ここに集まるまでに、転倒して怪我した奴とかは居ないな?じゃあ担当についてだけど・・・」
兵の鍛錬に関しては、亡きヒューズが考案した訓練法を持ち込んだロスと、こまめにヒマを見ては部下の元に通うエドワードの功が大きい。
エルリック隊の兵士に、エドワードを歳若さから軽んじるような者は居ない。むしろ、若くして上にたつだけの才覚があると誰もが理解しているし、それだけの努力をしているのも皆目撃している。
むしろ、本来ならばまだ学生の身分で遊んでいていい年齢のはずのエドワードが、ごく真面目に働く姿に感化され、よく頑張る兵が大半なのだ。
「・・・・・・以上! では各自作業に入れ!!」
「ハッ!!」
エドワードの指示に兵士たちが敬礼してばらばらと走り出す。当のエドワードも目的地へ向かい歩き出したのに従い、ジャンも歩き出した。
「・・・・・・こっちの兵士は、やっぱりこうなのになぁ。何でああなんだろう・・・・・・」
「ん?少尉、どうかしたのか?」
ぼそりと呟いたジャンをエドワードが振り返る。
「いやー。兵士たちはさ。大将のこと皆好いてるのに、何で士官学校の連中はああなんだろうと思って」
「そりゃ、オレが嫌われるような行動取ってるんだから当たり前だろ?」
「やー、でもさー。初対面のときからやたらと絡んでくるやつも居ただろ?それはどうしてなんかなーって」
「それは・・・・・・」
「今は一応同じ士官学校の生徒だとしてもよー。半年もしないうちに、大抵のヤツは軍に入るんだろ?そしたら大将かなり上の上官になるってのに・・・・・・。んな相手に嫌われてどうしようってんだかな」
エドワードが目を丸くした。
「・・・・・・少尉って、案外面白いところに目をつけるんだなぁ」
「へ?」
「嫌われるつもりで行ったから、気にもしてなかったんだけどな。言われてみれば妙ではあるよな。軍に入ろうって人間が、国家錬金術師を嫌うってのもおかしいし、じゃあなんでそれまで逢った事も無い相手にあんな敵意むき出しにするのか・・・・・・」
「・・・・・・あっ」
「オレが士官学校に入るって情報を手に入れた誰かが、オレが入る前になんらかの噂を立てようとしていた可能性がある。噂が広まった後じゃ出所を突き止めるのは難しいけど、入学が決まってから入学するまでのごく短期間の間にその噂を聞いてる人間は、出所のかなり近くにいる可能性が高い」
ジャンがエドワードを見下ろすと、エドワードはニヤリと笑ってジャンの腹を小突いた。
「お手柄かもしれないぜ、少尉」

 
「あの・・・・・・」
「んぁ?」
雪かきの合間に、休憩と称して煙草をふかしていたジャンの元に、先程の少年がやってきた。
「ええと、ラッセル・・・・・・とか言ったっけ?どうかしたのか?」
「その、訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「まぁ、俺に答えられることなら構わねーよ?」
雪をかいた後の階段に座っていたジャンが隣を薦めると、ラッセルは軽く頭を下げてジャンの隣に腰を下ろした。
「エドのことなんですけど。副官なんですよね?」
「おお。うちの大将が軍に入隊してからだから、もう半年過ぎたなぁ」
「エドのことはその前から知ってたんですか?」
「アイツが国家資格取ったときから知ってるよ。俺はアイツを推薦したマスタング准将・・・・・・その頃は大佐だけどな、の直属の部下だったから」
ラッセルは立てた膝に腕を置き、その上に顎を乗せて俯いている。
「んで、何が訊きたいんだよ?」
「・・・・・・エドは、仕事を頑張ってますか?」
「ん?ああ。下の兵士たちにも好かれてるし、将軍たちにも認められてるし。元々仕事もかなりデキルタイプだしな」
「そうですか・・・・・・」
視線を上げないラッセルに、ジャンは苦笑して煙を吐き出した。
「なんか、嬉しくなさそうだなぁ」
「え、あ、いや、そんなことは無いですが。アイツが頑張れば頑張った分だけ、軍も良くなるんだろうし」
「んじゃ、何が不満なんだ。大将が軍にいること自体が不満、ってワケでも無いみたいだし?」
「それは・・・・・・」
驚いたように一瞬顔を上げたラッセルが、再び腕に顎を乗せる。
「ハボック少尉は、年下のアイツが上司で気にならないんですか?」
「全然。つーかむしろ、そんなこと気にするヤツはウチの隊には一人もいねーな。逆にこっちが訊きたいよ、年下じゃなくて同じくらいの年の連中が、何で大将が上の方に居るのをそんなに気にするんだよ?自分と同じ年代のエリートだってだけで、別にいいじゃねぇか」
「同じくらいの年だから、だと思いますが」
「へ?」
思っても見なかったことを言われ、ジャンは目を丸くした。ラッセルが肩を竦めて脚を伸ばす。
「俺も、似たようなやっかみを受けることはありますよ。将来に漠然とした不安があって、自分の能力についても『これだけは他人に負けない』と思える能力がない人間から見れば……錬金術みたいな大きな特技を持ってる人間は、やっかみの対象にもなると思います」
「そりゃ・・・・・・」
ふと、自分の学生時代のことが頭をよぎった。確かに、自分にもそんな時期があった。このまま軍人となって、自分はどうするのだろう、なんて柄にもないことを悩んでいた。
「それに、エドの場合は特技を持っているってのを通り越して、もうちゃんと軍の社会の中で認められているわけでしょう? ある程度の能力があって、自分にプライドを持っていた人間から見たって、置いていかれたような気もするし、プライドがコンプレックスにもなりますよ」
ラッセルの溜息混じりの言葉に、ジャンは苦笑する。
「まるっきり、自分のことみたいに話すんだな」
「っ!」
どうやら図星だったらしく、ラッセルは息を呑んだ。
「大将はお前さんのこと認めてると思うけどなぁ。校長から聞いた一学年下のデキルやつっての、お前さんのことかって言ってたし。お前が校長の目に留まるくらい、んで准将にも自信を持って薦められるくらいの能を持った人間だって思ってるからああ言ったんだろ?」
「・・・・・・確かにちょっと悔しいと思ったのは認めますが、追いつこうって言う気は無くしてないですよ。ただ・・・・・・俺が表面的な平穏を求めて動いていただけだったのに、アイツはもっと深いところまで考えてたとか・・・・・・前にあったときはこんなにも大きな差じゃなかったはずだ、と思ったのは悔しいですけど」
ふと、ラッセルは自分の手のひらに視線を落とす。
「目標にしよう、って思える分にはいいんだと思いますけどね。コイツには絶対勝てないんじゃないかとか、もしかして最初から『才能』なんて言葉で全て決着がついてるんじゃないか、とか考え始めると、努力するのとか馬鹿らしくなるんだろうし……追いつこう、ではなく、相手を自分のところまで引きずり落とそうって思うやつも居るんだと思いますよ」
「ああ……」
原因の無い焦りや、不安、恵まれた他者への嫉妬。自分への失望。そういった感情に囚われがちな時期を『思春期』と呼ぶわけで、士官学校の連中と言うのはまさしく思春期の年代なわけだ。
「……そういや、俺が煙草を吸い始めたのも士官学校に通ってた頃なんだよなぁ。なんか無闇に焦って、何かすがるもんが欲しくてな」
その当時は辛く感じていた焦燥も、ジャンの歳になれば懐かしい思い出のひとつに過ぎなくなっている。ただし、当時焦心から手を出した煙草は、今や手放せないものに成り果てているが。
「そうなんですか?」
「おう。まぁアレだ、真っ直ぐ真面目にやってくのがきつくなっちまったときは、こういうちょっとした悪さで息を抜くのも必要だと思うぜ?」
煙草の箱を取り出してラッセルに薦めると、ラッセルも手を出した。
その瞬間。
「ブォッ!?」
ジャンの顔面に雪玉が命中した。
「な、なんだぁ!?」
「おいコラそこの馬鹿少尉!!ラッセルは未成年だぞ、煙草なんか薦めてんじゃねーよ!!」
どうやら雪玉を投げつけた犯人らしいエドワードが、離れた場所から腰に手を当てて怒鳴っている。
「ラッセル、テメーも吸おうとしてんじゃねーよ!! ただでさえ老けて見えんのが尚更老けるぞ!!」
「老けてるって言うな!!お前こそ煙草の煙吸うとチビな背が伸びないとか気にして煙草が嫌いなんだろう!!」
「チビゆーーーーなーーーーーー!!!」
売り言葉に買い言葉でエドワードが駆け寄って来た。組み合ってぐぎぎぎ、などと唸っている二人の頭を掴み、ジャンが力づくで引っぺがす。
「はいはい、その辺にしておけ二人とも」
「覚えてろよ!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
軍服を調えながら怒鳴っている二人は、やはりまだまだ子供だ。特にエドワードは同年代の者とじゃれあっている姿は珍しいため微笑ましい。が、ジャンにしてみれば、逆に少しだけ妬ましくもある。
「まぁ、そいつはともかくとして、何話してたんだよ?」
ジャンを見上げたエドワードの問いに、ジャンは視線を逸らした。
「え、あーーーー……。内緒話?」
話の内容をエドワードに教えてしまうのは、ラッセルが可哀想だろう。
「その内容を訊いてるんだろっ!?」
「男の秘密なんだよ」
「オレも男だバカ少尉っ!!吐け!!オレに隠し事するんじゃねぇ!!」
左手とは言え腹の辺りをエドワードがガスガス叩いてくるのが結構痛い。ラッセルが呆れたように溜息をついた。
「エド、隠し事するなっていうのは束縛しすぎなんじゃないか?副官は恋人や家族じゃないんだぞ」
エドワードの手がぴたっと止まる。実は恋人な上にプロポーズ済みだ……なんて言えるはずもなく。
「しょ、少尉に関してはいいんだよっ」
「良くないだろ。お気に入りの兄貴分を取られて嫉妬してるみたいにしか見えないぞ」
嫉妬は嫉妬でも、違う方向の嫉妬なわけで、ジャンはにやける口元を押さえて天を仰いだ。
「だぁもう!! 笑ってんだろ少尉!! 顔見えなくても分かってるんだぞ!!」
「アイタッ」
背中にエドワードの蹴りが入って、ジャンは苦笑しながらエドワードを見る。
「大したこと喋ってねーって、本当に」
「エドがまともに少佐の仕事やってるなんて信じられなかったんでね。本当にちゃんと仕事やってんのか訊きに来ただけだよ」
「なんだとぉ?!」
また食って掛かりそうになったエドワードを捕獲して、ジャンは背後からエドワードの頭に顎を乗せた。
「はいはいストップストップ。んで、大将は何でこっちに来たんだ?」
「あ、他の道の雪かきも終わったって報告来たから、こっちも終わってたら上がりにしようって少尉を呼びに・・・・・・」
「そう言うときは兵士を伝令に寄越せよ。少佐官が一人でフラフラ来ちゃ駄目だって」
「うっせーな!!」
ムッとして口を尖らせたエドワードが、そっと左手を伸ばしてジャンの軍服を掴んだ。ラッセルからは見えない角度で行われたそれに、エドワードは分かっていて自分で呼びに来たのだ、とジャンは気づく。
「ま、呼びに来てくれてありがとな。こっちも片付いてるから、上がりにするか」
「……おう」
「ラッセル、お前さんも学校に戻って点呼取らなくちゃいけないんじゃないのか?」
「あ、はい。じゃあ俺は失礼します。……じゃ、またな、エド!」
「おう! 滑ってこけんなよ!!」
ラッセルは背を向けた後に後ろ手でひらひらと手を振り、立ち去っていった。その背が見えなくなった後、エドワードがぼそりと呟く。
「オレの仕事の様子を訊いたっての、嘘だろ」
「へ?!」
「そんなんだったら少尉が隠すわけねーし」
「あー……ははは……」
「んで、何話してたんだよ?」
誰も居ないのをいいことに、ジャンはエドワードに抱きついた。エドワードも抵抗しない。
「本当に大したことじゃねーぞ? お前が頑張っててすごいなとか、負けてられないとか……」
「何でそれで隠そうとするんだよ」
「ほら、アイツ何か大将のことライバルだと思ってるみたいだからさ。だからって言うか何ていうか、大将をすごいって思ったことを知られたく無さそうだったって言うか……」
「何だ……そんなことかよ……」
ジャンは抱きついたままエドワードを覗き込んだ。
「疑わねーのか?」
「少尉はオレに嘘つかねーもん。言いたくないこと訊かれたら何も言わないで笑って誤魔化そうとする」
クスクス笑っているエドワードに、ジャンも苦笑いを浮かべる。
「ま、そう言うこったから嫉妬する必要とかないからな」
「妬いてなんかねーよっ」
「キスしたい」
「は!?」
目を見開いたエドワードを、ジャンは覗き込んだ。
「何言ってるんだよ、ココどこだと思ってるんだよ?!」
「路地。だから、ちょっとだけ」
「けど、誰か来たら……」
「大将は妬かなかったかもしれないけど、俺は正直妬いた」
「え……」
「ラッセルと仲良さそうでさ。少し妬いた」
エドワードが目を瞬かせる。それからふわりと笑んで、ジャンの首に腕を廻した。
「しょうがねぇなぁ。ちょっとだけだぞ」
ジャンはその言葉に唇を重ねることで答えた。

 

一向に戻ってこないエドワードを迎えに来たマリア・ロスが、偶然にもそのキスシーンを目撃したが、優秀な彼女は騒ぎ立てることなく何も見なかったことにした。
お陰でその日のその後の業務は、全く滞りなく終了することが出来たのだった。



あはー、やたらと長くなってきました・・・。
続きます。

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06/09/03 脱稿