【05】タバコを吸うということ 6


それから2日後、打ち合わせのためにエルリック邸にブレダが訪れた。本日はロイの仕事が終わっていないため、ロイとリザは不参加である。
「ほー。じゃ、ラッセルはエドの奴の知り合いだったのか。気が合いそうだとは思ってたんだが……」
顎に手を当てたブレダに、ジャンは首を傾げた。
「お前、ラッセルのこと知ってるのか?」
「アイツのクラスの授業も持ってるんだよ。かなり出来のいい奴だ。ペーパーテストの成績はアイツの学年じゃ抜群だし、体術系の授業の成績もいいらしいな」
「へぇ……」
エドワードとアルフォンスは夕飯の支度中だ。ブレダがどうしてもと言うので、エルリック邸での報告会は常に食事つきになる。
「嫌がらせをしてきた連中が怪しいってのは確かにその通りだな。ついでにラッセルの言ってたっつー『嫌がらせの理由』てのも考慮に入れてな」
「へ?」
「その、エドに嫌がらせをしてた奴、ついこの間まで万年2位だった奴だ。この前のテストでようやく1位になれたかと思えば、大将とアルの入学で実質3位になっちまったが」
「そうなのか?」
アツアツのグラタン皿を、左手にだけミトンをはめて持ってきたエドワードが口を挟む。機械鎧は熱が分からないので、こういう時には便利らしい。
「けどさー、まぁ確かに俺たちの入学はタイミングが悪かったんだろうけど、そんなテロとかに走るより努力の一つもすりゃいいのにな」
「努力すりゃいい、ってのは確かに理想論なんだが、その努力を確実に結果に結び付けられるかどうかは才能によるところもあると思うがな」
マスタード風味の衣を着けた手羽先のフライをつまみ食いしながら、ブレダが相手に同情するような発言をした。色も鮮やかなパエリアを持ってきたアルフォンスが首を傾げる。
「努力すれば努力した分だけの結果は出るでしょう?」
「結果の大小を問わなければな。お前ら兄弟みたいに、教科書に目を通して問題集やるだけで簡単に100点取れちまう人間も居れば、ハボみたいに何時間もつきっきりで勉強教えてやっても30点しか取れない奴も居る」
「俺を引き合いに出すなよ!! お前だって体術系の授業じゃいつもヒーヒー言ってたくせによ!!」
「だからそれも同じだな。俺ぁそっち方面の才能はねーんだよ。……この手羽先酒が欲しくなるな」
2つめの手羽先に手を出したブレダにエドワードが苦笑する。
「ブレダ少尉つまみ食いしすぎ。もうちょっと我慢しろっての。けどさー、万年2位とか言う奴だったら、努力すりゃ何とかなる範囲なんじゃねーの?実際俺たちの編入試験を除けば1位になってるんだから、努力できないって訳でもねーんだろうし」
「さぁな、努力したかどうかはなぁ……。腹減ってるんだ、早くしてくれ」
ブレダにせかされ、エドワードとアルフォンスが席についた。
「そんで、何で努力してないって思うんだよ?」
グラタンを皿にとりわけながらエドワードがブレダを見る。ホクホクのジャガイモと厚切りベーコンに手作りのホワイトソースを絡め、たっぷりのチーズをかけて焼き上げたグラタンは、取り皿の上でとろりととろけた。
「努力して1位を奪い取ったわけじゃねーんだよ。1位のヤツが、先月駅で起きたテロに巻き込まれて死んじまったんだ」
ポークソテーにかぶりついたブレダの言葉に、一瞬場が静まり返る。
「ブレダ少尉、それって……」
恐る恐る口を開いたアルフォンスに、ブレダがフォークを向けた。
「その時は、偶然だと思った。けど、ヤツがテロリストの一員だって言うんなら……偶然かどうか、分からん」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、でもテロリストになるんなら、それこそそんな暗殺みたいな真似してまで士官学校で1位取るのに拘る必要ってないんじゃねぇ?軍に入る気無いんだから」
慌てて割って入ったエドワードに、ブレダは横に首を振る。
「そう言う考え方も出来るが、そうだと断言はできないだろ。そもそもテロリストになるような奴が、ちゃんとそんな先行きのことまで考えて行動してるか?単に自分より出来る奴が居るのが気に食わない、それだけの理由でやっちまった可能性も否定できねぇ」
「そんな……でもまさか、そんな理由で平気で人を傷つけるなんて……」
明らかに顔を顰めて呟くアルフォンスに、ブレダは溜息を吐いた。
「まだ飽くまで可能性の域だ。確定はしてねぇよ。ただ、お前ら兄弟をターゲットにテロを起こす可能性も出てきたってのは間違いない。ハボ、エドの警護の警戒レベル上げておけ。絶対傍を離れるな」
「だな。……頭数増やすか」
「それは駄目だ。向こうにこっちが警戒してることを気づかれたら元も子もねぇだろが。お前がここんち泊り込め」
エドワードの護衛に関しての打ち合わせを始めたブレダとジャンに、当のエドワードが戸惑いを見せる。
「ちょっと待ってくれよ、何もそこまで!それにオレよりアルに護衛を」
「大将」「エド」
二人の少尉に声を揃えて嗜めるように名を呼ばれ、エドワードは口を閉じた。
「いいか、もしも狙われるとしたら、先に狙われるのは10中89、お前さんだ。連中からしてみたら、普通ならテロの対象にはしない人間をターゲットにすれば、自分たちの正体を教えちまうことになる。アルをターゲットにするなら、そうとは思わせないように、面倒でもテロリストに狙われそうな場所にアルを誘導してテロに巻き込む形を取るだろう。だがお前は違う。国家錬金術師の資格を持つ少佐を、単独で狙っても別に怪しくも何とも無い。軍に与えるダメージも大きい。狙わない手は無いだろうが」
「大将はテロリストから暗殺の犯行声明が出たりしたときにどうするかなんて、経験ないだろう?俺たちは准将が狙われて護衛したことが何度もあるんだから、こういうことは任せておけよ」
ブレダとジャンに代わる代わる諭されてエドワードが俯く。
「不安ならお前ら兄弟揃って片がつくまで休学するって手もあるぞ?尻尾は掴んだんだ、そこから調査の手を入れるのも出来ないわけじゃねぇ」
ブレダの提案に、エドワードは唇を噛んで横に首を振った。
「……いや。ここで逃げを打って、残った根っこが後々成長するほうが厄介そうだ。今のままで続けよう」
「それに、まだ2位の人がテロをそのために起こしたのかどうか決まったわけじゃないですし」
アルフォンスも頷く。エドワードがふとその言葉に視線をそらした。
「そもそも、校内で中心になってる人間は生徒のはずは無いんだよな。生徒じゃ僅か数年で代替わりしちまうわけだし、噂にする情報も手に入れられないし。それじゃテロ組織から見れば不都合だろ」
新鮮な魚介をたっぷり使ったシーフードサラダを口に運びながら、ジャンが首をかしげる。
「教官の中に真犯人が居るっつーことか?……おいブレダ!一人でパエリア半分食うんじゃねーよ!それ4人分だぞ!?」
「うるせえ、早いもん勝ちだ。真犯人つー言い方はおかしいが、俺も教職員の中に中心人物が居ると思うぜ。こっちは狡猾で、中々尻尾を出さないが」
「別の、中心人物かぁ。もしもボクが教官やってる隠れテロリストで、生徒を引き込もうとするなら・・・・・・」
「おいアル、物騒なこと言うなよ」
嫌そうに顔を顰めたエドワードに、アルフォンスが笑った。
「例えば、だよ。そんなことする気全然無いって。もしもそうなら、ちょっとだけでも興味を示した生徒が居たら、その生徒が嫌ってる人間をテロに巻き込んで殺すのも手かなぁ、って。それで、テロリストになれば自由に嫌なやつを排除できるんだーとか馬鹿なこと考える人ならテロリストになるし・・・・・・それで引くような人間でも、『お前が嫌ってるから殺したんだ』って言われたら弱み握ったような形になるよね」
「……有効な手ではあるかも知れねーな。そもそも、仕官学校見たいな所に潜んでる理由ってのは人材を確保したいんだろうし。ったく、税金で武器の使い方仕込んだ奴がテロリストに流れるようじゃ、たまったモンじゃないぜ」
溜息を吐いたエドワードに、ブレダが苦笑する。
「ま、兎にも角にも、さっさと掴まえちまおうってこったな」

 
エドワードがゲストルームを整えていると、ジャンがやってきた。長期滞在するための荷物を取るために一度帰宅して、戻ってきたのだ。そのついでにブレダも自宅へ送っていった。
「少尉、こんなかんじでいいか?」
「別に気つかわねぇでいいって。むしろ部屋提供させちまって悪かったな。もうちょい家が近けりゃいいんだけど」
「少尉が謝ることじゃねぇだろ。護衛されるのオレなんだし」
予備用の暖炉の薪を積み上げていたエドワードが、手をはたいて立ち上がる。
ジャンは取ってきた荷物をクローゼットに放り込んだ。
「護衛、つってもまぁ一応なんだけどな。普通は自宅には襲撃かけないもんだし」
「そうなのか?」
「完全に暗殺だけが目的なら、自宅にも襲撃かけるんだけどな。普通テロリストが仕官を狙って殺そうとするときは、自分たちの力を誇示するために出来る限り目立つ場所でやろうとするもんだ」
「へぇ・・・・・・」
エドワードがぼすり、と音を立ててベッドに腰を下ろした。ベッドのスプリングがその勢いにきしんだ音を立てる。
「目立つ、っつーと街中とか、軍の施設とか」
「祭りとかで人が集まるときが一番やばいな。普段は居ない人間が混じってても誰も気にしないし、人が多すぎて全員チェックも出来ないし、しかも直に目撃する人間の数も多いから衝撃も大きい」
ジャンは軍服の上着を脱いでハンガーにかけた。エドワードが脚をぶらぶらさせながらジャンを見る。
「そう言えば、今度学校で射撃大会があるんだよな……。軍の上の方にも招待状を出してお披露目するって」
「そう言えばそんなこと言ってたよなぁ。そんなイベントやってるなんて聞いたことねーけど」
「ああ、今回が初めてだってよ。確か射撃の教官からの進言だとかなんとか……。ペーパーテストだけでは本当の軍人としての能力は測れないし、勉強は苦手でも体術は得意な生徒のモチベーションも上がるだろう、だとさ」
しきりに首をひねっているエドワードの隣にジャンも腰をかけた。
「俺が学生の頃だったら確かに喜んでるかもしれねぇなぁ」
「オレは無くていいな。つーか出ないつもりだったのに、やたらと薦められて出る羽目になっちまったんだよな。いくら全員参加にしてるって言ったって、オレはもう仕官なんだから今更って感じなんだけど」
エドワードは明らかに嫌そうだ。
「大将は、銃は使わないって言っても射撃の腕いいからなぁ」
「校長辺りは目的が多分違うぜ。オレが参加すりゃ将軍が見に来ると思ってるんだろ。そこでそこそこの出来を見せられれば……ってとこだ」
「あ、なるほど……」
「それにわけがわからねぇのが射撃教官だ。射撃の授業も一応出ちゃいるが、授業中に話しかけられたこととか一回もねー。なのにやたらと出ろってうるせーんだ」
「射撃教官ってどんなヤツだっけ」
溜息をついたエドワードが肘を膝に乗せた。
「片足が義足の……確か任務で脚を無くして、士官学校で働くことになったんだとか言うヤツ。前線に居たときの官位でこっちに来たから、学校の中じゃ珍しく中尉官だぜ」
「30前くらいのヤツだっけ?その歳で中尉だったんなら、それなりにいい線いってたんだろうに」
「そんなもん?准将だって30前には大佐になってたのに」
見上げたエドワードにジャンは笑い返す。
「アレは別格、つーかまず国家錬金術師は別格だな。脚片足無くしたところで、研究所に入ればまだ昇格も望めるくらいだからな。普通の人間だったら・・・脚無くしてからリハビリ期間があって教官になってるんだろうし、だとすると現役の頃って25くらいだろ?中々なんじゃねーかな」
「まぁ、戦争に出れば一気に戦功を上げて昇格ってこともあるだろうしな……」
なんだかエドワードの様子が気になり、ジャンはエドワードの頭に手を乗せた。
「どうした?なんか気になることでもあるのか?」
「……別に」
「別にって顔してねーぞー?」
「どんな顔だよ?いつも通りだろ」
エドワードの言うとおり、ジャン以外の人間だったら気にならない程度の違和感なのだが、なんとなく覇気が無いのだ。
「いつも通りにゃ見えないから聞いたんだけどなぁ。いつも通りに見えるように頑張ってるみたいに見えるんだけど?」
エドワードがぐっと押し黙る。図星だったようだ。
「……なんで分かるんだよ! そこまで気づいてるんだったら放っておけよ!!」
「そりゃ、伊達に副官やってないッス。恋人の様子がおかしかったら心配するの当たり前だろ? それとも俺じゃ相談相手にもなれないか?」
「そんなことは……、でも、少尉は一応オレの部下だろ?こんな愚痴聞かせらんねーよ……」
消え入りそうになった語尾とともに、エドワードが俯いてしまう。
「あー、じゃあさ」
ジャンはエドワードの肩を掴んで抱き寄せた。
「俺は何も聞いてねーから。だから吐き出しちまえ。声に出すだけでも楽になるもんだからさ」
金色の後ろ頭をそっと撫でると、エドワードの手がジャンのシャツを掴んだ。
「……忘れろよ?」
「大丈夫、俺頭悪いから速攻忘れる」
「バカ、自分で言うなよ。独り言なんだからな、聞くなよ」
くすっと笑い声を漏らしたエドワードが、頬をジャンの胸に擦り付ける。
「今更、言ってもしょうがないことなんだけどな。オレは、オレの大事なもんを守りたくて軍人になったはずなのに。そのせいで、オレが狙われて、オレの周りにいる大事なものまで危険に晒すってのが、何だかなと思ってさ……」
エドワードがジャンの背に手を廻し、ぐっと抱きついた。
「オレがいる場所がテロに狙われるんなら、一緒に居る可能性が高いアルや少尉もきっと巻き込むんだろうし。少尉なんか護衛なんだから、……普通に考えりゃ、絶対オレより先に怪我するんだよな。護衛の仕事ってそういうもんだってのは分かっちゃいるけど……」
エドワードを傷つけるには刃物も銃も要らない。エドワードの大切な人間を害せばいいのだ。エドワードは、自分が怪我を追うよりもその方が余程苦しむタイプの人間だ。
「大将……」
ジャンはエドワードをきつく抱きしめた。
「えーと、俺もコレは独り言な。正直、今の状況って大将を囮にしたオトリ捜査だから、はっきり言ってすげー嫌だ。アルも囮みたいになってるのも心配だし。でも、そうしなきゃどうしようも無いって言うんだからしょうがねぇ」
背を丸め、耳元で囁くように、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「リスクは無くせないけど、無事に決着をつけられないわけじゃないんだから、何が何でも無事に片付ければいいんだ。そのためにも、俺は俺のできる限り頑張って護衛する。大将も無事に済ますために努力する。そういうことだよな」
エドワードが首を回してジャンを見た。安心させるように微笑みかけると、エドワードも微笑み返してきた。
「……そうだな」
瞳を閉じたエドワードに誘われるように唇を重ねる。何度か角度を変えて啄ばむうちに次第に抱き合ったまま身体が斜めになり、エドワードの背中がシーツについてとさりと音を立てた。
そのままベッドに押し付けるように舌を絡めても、エドワードの抵抗が無い。
これは、やばい、気がする。
唇を離すと、ゆっくりと開いたエドワードの瞳がジャンを捉え、再び長い金色のまつげの下に隠された。
堪らずむしゃぶりつくようにもう一度唇を重ねる。
「ん……」
エドワードの手がそっとジャンの首に巻きついた。
ヤバイ、息子が元気になってきた。エドワードの腿に当たってるだろうからエドワードも気づいているはずなのに、嫌がるそぶりも無い。
何しろ、ベッドの上で押し倒してしまっているのだ。
どどどどうしよう、でも先に進むわけには……などとうだうだジャンが悩んでいると。
部屋にノックの音が響き、ジャンはエドワードから飛び退いて離れた。
「二人とも、起きてる? 寝る前にお風呂入りなよ? ボクもう寝るからね」
ノックしたアルフォンスは、ドアを開けることなくそのまま立ち去ったようだった。
「あ、はは……。その、悪い……」
謝ったジャンを怪訝そうに見ながらエドワードが起き上がる。
「その、大将先に風呂入れよ?」
「……ああ」
ベッドから立ち上がり、ドアノブに手をかけたエドワードに、ジャンは声を掛けた。
「あ、その、おやすみ!!」
「……おやすみ」
エドワードがゲストルームを出てドアを閉める。それを張り付いたような笑顔で見送った後、ジャンは頭を抱えて溜息をついた。
「っは〜〜〜〜〜。今のはやばかった……」

 
エドワードは風呂に入る前に自室に立ち寄り、溜息をついた。
着替えを取りに来たのだが、その前に枕を抱えてベッドに寝転がる。
「少尉は何で先に進もうとしねーんだろう……」
呟いた疑問に答えが返ってくるはずも無く、エドワードは枕に顔を埋めた。


続きます。
あと1話でようやく「煙草〜」は完結です。

戻る


06/09/11 脱稿