「……で、何でこんなことになってるのかすげー納得できないんだけどな、准将」
射撃大会の当日、エドワードは非常に不機嫌な表情でロイを睨んでいた。
「オレ、多分この大会でテロが起きるってアンタに言ったはずなんだけど? 何でのこのこ見にきてるんだよ!!」
閉ざされた軍用車の後部座席で、エドワードはロイの襟首を掴んで締め上げた。
「く、苦しいじゃないか、止めたまえ」
「テロに巻き込まれて死ぬのほど苦しかねーよ!!」
「死なないよ」
エドワードが舌打ちをして手を放す。
「危険なことに変わりはねーだろ!!」
「既にテロリストのあたりもしっかりつけているのだろう? ならばそうナーバスになるほど危ないというわけではないさ」
「当たりつけたって言っても裏は取れてない。しかもこの大会は、普段仕官学校で使ってるペイント弾と違って実弾を使うことになってる。テロリストなんじゃないか、って疑わしい人間に、わざわざ武器持たせてやってるんだぜ?」
忌々しそうにシートに身体を投げ出し、エドワードが目を閉じた。
「だからこそ、だろう?これまで尻尾を出さなかったのだから、これからもそう簡単には裏は取れんだろう。ならばここで上手く相手を挑発して行動を起こさせるのが一番手っ取り早い」
「1万歩譲ってアンタはともかくとしてもだ。何で他の派閥の中将とかまで来てるんだよ。普通に考えりゃ、招待状を受け取ってもこんな仕官学校の大会なんか見に来る階級の人間じゃねぇだろ」
「決まっている。君がいるからだ」
クックッと笑いを漏らしながら言うロイに、エドワードが跳ね起きた。
「だから!! なんで適当に理由をつけて来ないように手配しなかったんだよ!? こんなに将軍だの佐官だの集まってたら本当に狙ってくれと言ってるも同然だろうが!!」
「それでいいだろう? 今日来た人間は、皆そのことは承知だよ」
しれっと言い放ったロイに、エドワードが絶句する。その様子を横目で見て、ロイはクックッと笑いをこぼした。
「テロには間違いなく関わりが無く、自分の地位などにばかり興味を持つ人間ではない将軍たちに詳細を説明したら、皆自分から今日の視察を申し出てくれたよ」
エドワードが呆然と、僅かに眉を顰める。
「何で、そんな……」
「士官学校から人材をテロリストなんぞに引き抜かれるのはけしからん、そんなことの為に軍費を士官学校に出しているわけではない、とね。……例え対立派閥の人間でも、過去にホムンクルスたちの誘いを断ったような将軍なら乗ってくるとは思っていた」
「わざわざエサになりに来たって言うのか? 命の危険だってあるってのに」
「この件の指揮官である君に聞きたいが、死者を出すつもりなのかな?」
「なわけねーだろ!!」
打てば響くような返答をしたエドワードに、ロイは声をあげて笑った。
「ならば問題など無いだろう?他の将軍達もそう思っているから来ているのだから」
言い負かされたエドワードが唇を噛んで俯く。
「……裏金を使って地位を手に入れるような人間ならばともかく、まともに上を目指してきた人間ならば皆同じだろう。君が将軍たちの立場だったとしても、同じことをするだろう? 部下に危険を背負わせ、自分は安全なところに隠れているような人間は居ないさ」
「分かってるよ。死なせやしねぇ」
エドワードの表情が変わる。これは、腹をくくった表情だ。
こういう時、エドワードの瞳には覇気が現れる。それを見たロイがふと微笑んだ。
「それでいい。作戦は昨夜の打ち合わせどおりだな?」
「ああ。まずオレとあんたら将軍連中が離れているところを狙うことはねぇだろう。仕掛けて来るのは10中89、オレがあんた等の席に挨拶に行った時だ。狙いたいのはオレだけど、将軍達もいる場所でオレを単独で狙ったら流石に変だからな」
「まあ、他の将軍達も皆、信頼できる護衛を連れてきているし、こちらについては心配する必要はない。君はまず、自分の周囲に気を配ることだ。ここに来ている仕官、将官の中では、君のガードが一番甘いんだからな」
「大丈夫だ。それで准将、頼んでおいた調査だけど」
エドワードに促され、ロイは書類を取り出した。差し出した書類をエドワードが受け取る。
「君の読み通りだ。暗殺されたテロリストの仕官学校時代の成績は常に5位以内、だが主席を取ったことは無い。そして、ある時期から毎年のように同様の成績の人間が仕官学校卒業後に姿を消している」
「そいつらより上位の成績の人間が、テロに巻き込まれて死んだことは?」
書類に視線を走らせながらのエドワードの問いに、ロイは指を組んだ。
「2、3度ある。毎回ではないが」
「ブラッドレイ政権時代もテロは多かったけど、今ほど楽に起こせるほど治安は悪くなかった。それを考慮に入れれば結構な数字だな」
あっという間に書類を読み終えたエドワードが、パシッと音を立てて紙の端を指ではじく。
「それ以外にも、足取りが全くつかめない者がいないか追ってみたんだが、毎年10名前後が姿を消しているようだよ」
「それ、全部テロリストになってるのか? 1学年の比率から言えばそれなりの数だろうに、なんで今までつかめなかったんだよ」
「それだよ。その連中を調べてみると、面白いことに、地味なんだよ全員が」
「地味?」
不審そうな顔をしたエドワードに、ロイが顔を向ける。
「例えば、試験で主席を取った者、射撃訓練でトップに立った者などのいい意味で目立つものから、仕官学校時代に荒れて窓ガラスを割った者や煙草を見つかった者、悪い意味で目立つものまで、全て。目立つタイプの人間は含まれていない。要するに、目にとまらないくらい普通の人間ばかりなんだ。そして大抵が友達が多くは無く、やや内向的な性格だったようだな」
「よくこの短期間でそこまで調べたなぁ〜」
「君と同じ疑問を私も持ったのでね。で、結論としては目立たず周囲との交流も少ない人間ばかりだったゆえに、気にとめる人間も居なかった、と言うことだ」
「ふぅん……。けど2位の奴を引き入れるのに1位の奴を殺したりしてるあたり、目立たないことが目的でそういうチョイスになってるわけではなさそうだけどな。それじゃ2位の奴主席になっちまうし」
顎に手を当てて考え込んだエドワードから視線を外し、ロイは窓の外を見た。
「まぁ、その件についてはテロリストを捕まえてから尋問すればいい話だ。重要なのは、今日この場でテロに参加する可能性のある人間の人数は、各学年10名として最大で30名前後だと言うことだよ」
では・・・・・・と車のドアを開けようとしたロイがふと手を止める。
「アルフォンスのことは、いいのか? きっと怒ると思うが」
「仕方ねぇだろ。危険に晒されるのがオレだけってんならまだ良かったんだけどな。誰が危険に晒されるのかって考えたら参加させられねぇ」
「馬鹿者、君が危険でも良くは無いだろう。自分の身を守れといった傍からこれだ」
「うるせぇな、分かってるってば」
「まぁ結局、バランスなんだろうがな。誰を守り、何を助け、どう決着をつけようと望むのか、だ。普通の人間なら、手元にあるものだけを守ろうとする。それならばアルフォンスは大きな力となるだろうに」
「可能性があるものを捨てるのは性に合わねぇんだよ。時間も押してるんだ、さっさと行けよ」
ロイが車から降り、ドアを閉めるのと同時に、運転席に居たジャンはエドワードを振り返った。
「なあ大将、どうしても駄目なのか?」
「駄目。今回は准将の護衛に入ってくれ」
エドワードの指示で、今日はジャンはロイの近辺に配置されることになっている。
「でも、それじゃ大将の護衛が0になっちまうだろ。大将は銃さえ持ってないってのに」
「しょうがねぇだろ、大会中生徒は自分の番以外は銃を持たないルールだ。将軍が来る以上、そのルールは徹底されなきゃなんねぇ。大体銃持った一般人と銃を持ってない国家錬金術師じゃ、後者の方が強いはずだぜ。伊達に人間兵器なんて呼ばれるわけじゃねぇんだし」
「問題は強いかどうかじゃないだろ。安全かどうかだっての」
「大丈夫だっての、さっき准将と話してたの聞いてなかったわけじゃねーだろ? 大体下手にガードきつくして、こっちが連中の思惑を掴んでることを気づかれる方が困るんだよ」
「それだけじゃねぇだろ……分かっちゃいるんだけど」
ジャンが大きな溜息を吐いた。
「頼むから、気をつけてくれよ? 相手は大将を狙おうとしてるんだって、忘れないでくれ」
「心配性だなぁ」
「当たり前だろ!!」
「分かったって」
ジャンが身を乗り出してエドワードへと手を伸ばす。首の後ろを抱えそのまま引き寄せようとして、ふとジャンは車の外に視線を向けた。
……ロイが興味津々と言った表情で中を覗いている。
再びジャンは大きな溜息をつくと、エドワードの頭をがしがしと撫でた。
「あ、兄さん」
生徒の集合場所に先に向っていたアルフォンスが、エドワードの姿を認めて声をあげる。
アルフォンスと雑談していたラッセルもそちらに視線を向けた。
「遅かったね。開会式終わっちゃったよ?准将も開会式サボリ?」
「サボリって言うなよ。ちょっと話が長引いてよ」
既に1年生の射的が開始されている。その射撃音の方向に、エドワードが遠く視線を向けた。
「でも兄さん、ハボック少尉を准将たちのところに置いてくるって、大丈夫なの? 少尉って護衛でしょ?」
心配そうにエドワードをうかがったアルフォンスを、ラッセルが不思議そうに見る。
「大丈夫、って……。こんな仕官学校のイベントに別に護衛なんか必要ないだろ?生徒と教官と軍人しかいないのに」
ラッセルの言葉に、兄弟が揃って口をつぐんだ。
ラッセルがテロなどに加担するタイプではないのは百も承知だが、だからといってその件を教えるわけにも行かない。
だが、もしもテロが実際に起これば、危険に巻き込まれる可能性が高いのも事実だ。
「ラッセル・・・・・・アル、お前ら今日は出来る限り一緒に行動しろ。それから、オレには近づくな」
真剣な目をしたエドワードにアルフォンスが目を剥き、ラッセルが尚更不審を募らせた表情ををした。
「兄さん!ボクだって」
「今回の件でお前の役割はもう終わってるんだ、アル。ここから先は、オレ達正規の軍人の仕事だ」
「でも! 近づくなって、それで少尉の護衛を外すってことは・・・・・・自分が囮になる気なんだろ!?」
「アル!! オレは兄貴としてお前に言ってるわけじゃない、これは少佐としての命令だ!!」
エドワードに怒鳴られ、アルフォンスが口をつぐむ。
「いいか、あんまりフラフラするんじゃねーぞ」
ビシッとアルフォンスを指差した後、エドワードはその場を離れていった。
「・・・・・・なぁ、アル。俺には何がどうなってるのかさっぱり分からないんだけど」
呆然とそのやり取りを見ていたラッセルがアルフォンスを振り返る。
「それは・・・・・・」
余計なことを話せばラッセルを巻き込むことになる。だからエドワードは何も言わずにただ「近づくな」と言った。それはアルフォンスにも分かっている。だが、むしろ今のエドワードとの会話で、自分も結局は蚊帳の外に置かれたのだとアルフォンスは感じた。
「大きな声では言えない話だから、ちょっとこっち来て」
兄ほどの無茶はしないが、アルフォンスとてここまで来て引けるような性格はしていない。木の陰へとラッセルを連れて行き、周囲に人が居ないか確認する。
「なんだよ、そんなに気にするような話なのか?」
戸惑ったような微苦笑を浮かべたラッセルを、真剣な目でアルフォンスは見つめた。
大丈夫だ、ラッセルは信用できる。だからこそ、双方が狙われる可能性ががあるアルフォンスとラッセルに、「一緒に居ろ」とエドワードは言ったのだ。二人で居れば、大抵のことからは身を守ることは出来るはずだと。
アルフォンスは大きく息を吸い込んだ。
「この大会は、テロに狙われてる可能性が高いんだ。・・・・・・犯人は、士官学校内に居る」
事情をかいつまんで、ことの経緯や現状についてざっと説明する。
無言でアルフォンスの説明を聞いていたラッセルは、説明が終わった瞬間に木に拳を叩きつけた。
「・・・・・・と、言うことはだ、アル」
「うん?」
「エドのヤツは、詰まるところ『足手まといだから手を出すな』って俺達に言ったわけだな?」
「そ、そこまでは言って無いと思うけど」
「言ったも同然だろ!! 大体、何でもっと早く教えてくれなかったんだ!?」
「それは、あまり大人数で動いて、こっちの動きを相手に知られても困るからだよ。動く人数は絞ってたんだ」
ラッセルが親指の爪を噛む。
「そうは言ったって・・・・・・!」
アルフォンスと同じく、信頼されて無い疎外感を感じているのだろう。伝えるチャンスがなかった訳ではない、なのにあえて伝えてこなかったのだ。
「・・・・・・ボクも詳しい作戦は聞かされてないんだけど、今日、テロを起こさせて一網打尽にするつもりなんだと思う。どこでどの時間にテロが起きるのかが分かってれば、捕まえるのはそう難しいことじゃないから」
「それ以上は知らないのか」
「うん・・・・・・さっきのアレ聞いてたから分かったと思うけど、ボクも、ね」
外されたんだ、とは言う気になれず、アルフォンスは言葉を濁した。
「それでお前、どうするんだ。黙って大人しく待ってるのか」
「・・・・・・正直、ソレは嫌だな。だからラッセルに話したんだけど、ラッセルはどうするの?」
「『だから俺に話した』って言ったのはお前だろ?それが全てだって分かってるんじゃないのか?」
ニヤリ、と笑ったラッセルの表情を、アルフォンスはふと非常によく知っている誰かさんのたくらみ顔にそっくりだ、と思った。
「それにしてもエドの野郎。バカにしやがって」
「バカに……されたのかなぁ、やっぱり」
「してるだろ! 自分がちょっとばかり認められてるからって、調子に乗りやがって」
「うーん。バカにしてるとか、調子に乗ってるとかいうわけではないと思うけど、信用されて無いんだな、とは思うかな」
アルフォンスが全面同意しないことに少々ムッとしたらしいラッセルがじろりと視線を向ける。
「何だよ、庇うのか?」
「それとは違うよ。だって、ラッセルだって知ってるだろ? 兄さんは『出来る』仕官なんだって。前に、置いていかれたみたいだって話してたじゃないか」
ぐっとラッセルが口をつぐんだ。
「本当はたいした力を持ってないって言うなら、調子に乗ってるって言えるんだろうけどね。兄さんは実際に力がある人だから。だから、調子に乗ってるとは思わないけど、悔しくはある」
二人揃って地面に視線を落とす。エドワードの言葉が理不尽だと、言い切れないことが何より悔しかった。
「エルリック少佐の噂話かな?」
僅かばかり沈黙していたところに突然声を掛けられ、アルフォンスははっとして振り返った。ラッセルが敬礼する。
「お疲れ様です」
片足が義足の射撃教官が、ちょうど歩いてくるところだった。
「トリンガム君、エルリック少佐や弟君と知り合いだったんだね」
人懐こそうな笑顔を浮かべた教官とは対照的に、ラッセルが冷めた目で教官を見る。
「ええ、昔にちょっと。……ですがアルにはアルフォンスと言う名前があります。『弟』なんて呼び方はアルに対して失礼だと思わないのでしょうか?」
「ラ、ラッセル!? ボク別にいいよ!?」
「良くないだろ。エドだって同じこと言うはずだ」
「ははは、これは失礼したね」
ラッセルの方も相当失礼な物言いをしたはずだが、教官は特に気にするふうでもなく笑顔を崩さなかった。その表情に、ふとアルフォンスは不審を覚える。
「けれどああも優秀な兄弟がいると、周りもついそちらにばかり目を取られると言う事があるんじゃないのかな? アルフォンス君も優秀な人材だというのに、勿体無いことだ」
今度はラッセルも言い返さない。イヤミな言い回しではあるが、アルフォンスを褒めてはいるのを否定する必要は無い。
「アルフォンス君はより身近だから今でもそうだろうが、トリンガム君も年が近いから、今後は大変だね。軍に入れば否が応でも、彼と比較されるだろう。……君も国家資格を取りたいのだそうだしね? 目立つ人間同士比較されることも良くあるだろうね」
暗に、同じレベルに近いだけであり、明らかにエドワードにお前は劣っているのだというような意味を含んだ言葉に、ラッセルが悔しそうに教官を睨む。
「チャンスさえ与えられれば、負けはしないと思わないかね? 自分の力はこんなものでは無い、と」
だが、飲まれてしまったらしいラッセルとは対照的に、アルフォンスは冷めた目で教官の動向を見守っていた。
矢面に立っていたのは兄だが、アルフォンスも12歳の頃から多くの大人の中で生活し、時には取引なども行っていた。だから、アルフォンスには分かる。
……コイツは、自分たちを値踏みしている。
「何を仰りたいのか分かりません、教官」
こういうやつの言葉はまともに取り合ってはいけない。きっぱりと拒絶の反応を示したアルフォンスを、ラッセルが横目で見る。教官は僅かに眉を上げた。
「悔しくは無いのかな、と思ってね」
「悔しいと思うことと自分の力を過信することは別です。自分の力が足りないと思うから悔しいと思うのだし、だったら追いつけるまで努力するだけです。幸いにして、一番いい手本が身近に居るんですから」
エドワードもそう言っていた。余所見をする暇があるならその分努力をすればいいのだ。
「追いつけないのではないかと思ったことは無いのかな? 最初から持っている才能が違うのだと感じたことも無いと? 史上最年少で国家錬金術師の資格を取ったほどの兄を持って、随分真っ直ぐで居られるのだね」
「兄さんが真っ直ぐだからです。兄さんは天才と呼ばれますけど、天賦の才だけでやってきたわけじゃない。それだけの努力があって今の兄さんがある、その努力を全部見てきたのに、才能が違うなんて言うほど馬鹿じゃないです」
取り付く島も無い、と見て取ったか、教官がククッと喉で笑った。
「そうかな。……では邪魔をしたね」
立ち去っていく教官の背中をしばらく睨む。その背が見えなくなった後、ふとアルフォンスはラッセルを振り返った。
「ラッセル、何で最初からやたらと噛み付いてたの?あの教官最初は人当たり良さそうにしてたし、生徒間の評判もそう悪くなかったと思ったんだけど」
「俺がアイツが嫌いなだけ。実際失礼だろ、アレは」
「それはそうだけど、あんなのいちいち気にして無いし。ふぅん、嫌いなんだ。ボクも話してて途中でムカついたけどね」
「人当たりいいんじゃなくて、アレはむやみやたらと取り入ろうとするだけだろ。生徒の人気取りしようとしてへらへらしてるような教官は好きになれない」
ふん、と鼻を鳴らしたラッセルを横目で見つつ、アルフォンスは何かに引っかかりを覚えて首をかしげた。
人気取りで取り入ろう、というにしても、今の会話はおかしくなかったか?
何を目的としてあんなことを言い出したのだろう。
……まるで、アルフォンスとエドワードを仲違いでもさせようとしているような……
「っあーーーーーーーーー!!」
突然叫び声を上げたアルフォンスに、ラッセルがビクッと肩を竦める。
「な、何だ!?」
「ラッセル!! あいつ、アイツだよ!! アイツが中心だったんだ!」
「は?! っていうか、お前声でかいぞ」
「あ、ご、ごめん」
アルフォンスは慌てて声をひそめた。
「で、何だって?」
「教員でテロリストの勧誘役やってるのって、今の教官だよ! 今のが手なんだよ、……軍で一緒にやっていったら勝てないんじゃないかとか、ああやってコンプレックスを刺激して引き込むのが手なんだ!」
「アイツが……?」
「あの人ぼくらのこと値踏みするような目で見てたよ。なんかボクらと兄さんを仲違いさせたいような感じだったけど、普通ならボクらと兄さんが仲違いしてもあの人には何のメリットもないだろ? もしかすると『チャンスさえあれば』っていうのに同意してたら、勧誘されたんじゃないかな」
ふとラッセルの目も真剣になる。
「……生徒に取り入るのもそういうことか? ある程度信頼してる人間から、『君ならもっとできる』とかおだてられて、『もっと力を生かせる場所に行かないか』と言われれば、引っかかる奴も居るだろうし」
「どうしよう、兄さんに知らせないと」
踵を返そうとしたアルフォンスの腕を、ラッセルが掴んだ。
「アル、ちょっと待てよ。アイツ、今どこから来た?」
「え? ボクの後ろから声かけられたから、あっちだよね」
「あっちの方には森ばっかりで、普段から人気が無い。森の中にあるのは……火薬庫、だよな」
テロリストと思しき人物が、これからテロが起きるといわれている状況で、火薬庫から出てきた。
何をしていたかなんて、想像するまでも無い。
「見に行くぞ!」
「うん!」
アルフォンスとラッセルは揃って走り出した。
「お? お前ら、何うろちょろしてんだ」
声を掛けられてアルフォンスが振り返ると、ブレダとジャンが居た。
「おいアルフォンス、あまり動き回るなって大将に言われたはずだろ?」
呆れた顔をして咎めたジャンの手を、アルフォンスはがしっと掴む。
「え?!」
「丁度いい、ついてきてください!」
ラッセルもブレダの手を掴んだ。
「なんだぁ!?」
そのまま引きずるようにしてさっさと目的地に向い始める。
「おい、アル!ラッセル!!何なんだお前ら!!」
「さっきテロリストに勧誘されました」
戸惑っていたブレダが、アルフォンスの言葉にふいに真剣な表情になる。
「何だと? ラッセル、お前もか」
「はい。その勧誘してきた奴が、火薬庫のある森から出てきたんで、確認しようと思って」
そんな話をしながらも、足を止めずに目的地へ向かい、火薬庫の前に到着した。
「いや待てよ、火薬庫って普段は鍵かかってるだろ? 教員なら鍵を持ち出せるが、俺は今もってねーぞ」
錠前で施錠されている鉄の扉を見上げながらブレダがぼやく。ラッセルが首をブレダに向けた。
「……鍵を取りに行った所で、鍵の保管場所には無いと思います。ついさっきまでアイツが使ってたんだろうから」
「じゃどーすんだよ。確認できなきゃ兵を呼ぶわけにもいかねぇし」
後ろ頭を掻いたジャンをアルフォンスは振り仰ぎ、笑って両の手のひらを合わせた。
「入り口が無いなら作ればいいだけですよ」
アルフォンスが手を触れた部分から錬成光が走り、倉庫の壁にぽっかりと穴が作成される。
「お前、大人しそうに見えてやっぱりあの大将の弟だよな……」
溜息混じりのブレダの言葉にアルフォンスは苦笑した。
「あからさまに貶されたような気もしますけど、まぁいいです。入りましょう」
薄暗い倉庫の中へと歩を進める。続いてラッセルも入ってきた。
「あだっ!!」
続いて入ろうとしたジャンが、ゴンッという派手な音とともに頭を押さえてうずくまる。
頭をぶつけたらしく、額を擦りながらよろよろと中に入った。
「ぬあっ!!」
今度はブレダの腹が左右に引っかり、悲鳴を上げている。
「アル、お前自分の体格だけ考えて穴作っただろう……」
呆れた様子のラッセルに、アルフォンスは苦笑して頭を掻いた。確かに、この少尉コンビは縦に横にとサイズが規格外であることを、すっかり失念していた。
どうにかブレダも中に入り、全員で中を見回す。
ふと、ジャンが何かを見つけて歩み寄った。
「なんだこりゃ?」
「ハボ!触るなよ!!」
「わかってら」
ジャンの隣にブレダもしゃがみこむ。
「ブレダ、分かるか?」
「……発火装置にタイマーに火薬。ま、誰がどうみても時限爆弾だろうな。型は7,8年前に軍の前線で使われてた爆弾に似てるが、あまり詳しくは覚えてねぇ。ファルマンとフュリーでも居れば、もっと詳しいことも分かるかもしれねぇが……」
ふと文字盤を覗き込んでいたラッセルが、一点を指差した。
「この文字盤、2時のところに線がついてるみたいですが」
腕時計と爆弾を見比べながらブレダが頷く。
「ああ、ソイツが多分起爆スイッチだ。2時ならエドの読み通りの時刻だな。しかしだとすると解体するにしても、今から処理班呼んでも間にあわねぇな。フュリーを呼んでも厳しいだろう」
「でもそんなこと言ってる場合じゃないでしょう?!とりあえず運び出すだけでも」
「触るな!!」
手を伸ばしたラッセルをジャンが制した。
「ここ、見てみろ。下に地雷の信管がある。動かしたらドカンだ」
「え……」
地面に腹ばいになったブレダが下を覗き込む。
「一応1個だけか。こういうのは普通戦場でやるもんなんだがな。手の込んだ話だ」
「ブレ、どうするよ」
「どうせコイツは陽動だ。ここで爆発して、仮に地雷と保管してある火薬全部に火がついても、人の居る場所まで威力は届かねぇ。爆発が起きたことで兵が分散して、手薄になったところを狙う手筈なんだろ。ならコイツには手を出さないで、詳細だけ上に報告しておくのがベターだな」
起き上がってぼむんぼむんと腹の土埃を払うブレダに、アルフォンスが手を挙げた。
「あのう、コレを即今解体できるのが一番いいんですよね?」
「まあ、できりゃあそれがベストだがな。出来ないからしょうがねぇ」
「出来ますよ」
パン、とアルフォンスが両の手を合わせる。その手をそっと爆薬の下の地雷に触れさせると、地雷は一瞬で粉塵と化した。
「もう一つ」
さらにもう一度手を合わせ、今度は時限爆弾の方に触れる。瞬時にガラクタの山と化した時限爆弾を見て、ブレダが呆れたような溜息を吐いた。
「お前ら錬金術師を見てると、真面目に仕事してるのが馬鹿らしくなるな……。ま、だから国家錬金術師ってのは上に行くんだろうが」
その言葉にふと先刻の教官の言葉を思い出し、アルフォンスとラッセルは顔を見合わせる。
「んあ?どうした?」
「その……ブレダ少尉って、仕官学校を主席で卒業してるんですよね? それなのに錬金術が使えるってだけで、上にいかれたりとかするの、気にならないですか?」
「何だお前ら、突然」
鼻白んだようなブレダを、アルフォンスもラッセルも真剣な目で見つめる。
それを見たブレダも、真剣な表情をした。
「他のヤツはどうか知らんが、俺は准将の下でずっとやってきたからな。国家錬金術師の存在に疑問を感じたことはねぇよ」
「当たり前だろ?どうしたんだよお前ら、突然」
不思議そうなジャンに一瞬だけ視線を向け、アルフォンスは床に目を落とす。
「さっき・・・・・・、勧誘されたときなんですけど。兄さんと比較されて、日の目を見れないのが悔しくないのか、って聞かれたんです。抜きん出て優秀な人が居ると、その人の陰に隠れて目立たない、チャンスさえあればもっと出来るのにと思わないのかって」
「・・・・・・んで、それにお前は何て答えたんだよ」
「そんなの、努力して頑張るだけだって言いましたけど」
「なら、俺にその質問をする意味は何なんだ?」
表情が消えたブレダに、アルフォンスは唇を噛んだ。
「努力すればいい、とは思ってますよ。だけど・・・・・・あの人の言い分も、分からなくはないなと思って・・・・・・」
「ラッセル、お前も同意見なのか? 大体お前らは国家資格取れるレベルの錬金術師だろうに、エドにコンプレックス持つ必要なんかねぇだろうが。誘いを断った、という割りには気にしてんだな、お前ら」
うつむいたままのアルフォンスと同様に、視線を逸らし気味のラッセルも口を開く。
「でも・・・・・・スタート地点は、明らかに違うんですよね。アイツは、何年も国家錬金術師やってきて、もう少佐になってて。俺が、ゼノタイムを守るために山賊を排除しようって考えてたときにはもう、アイツはその山賊すら助ける方法を考えてて。こっちはまだ学生やってんのに、アイツは軍を動かして、テロリストと戦ったりもしてて・・・・・・」
自分で言っていて、次第にラッセルの声は声が小さくなっていった。
「あの教官が信用できないって思ったから断ったんであって、・・・・・・ああいう風に誘われてフラフラついて行っちゃう人の気持ちも分かるんです。錬金術が使える使えないとか、何年も国家錬金術師やってきた実績だとか。そういう、ひっくり返しようが無い差を見せられて、ボクが兄さんに追いつきたくて必死で走っても、兄さんはボクをライバルだなんて微塵も思わない、振り返りもしない。着いて来るのが当たり前って顔して、どんどん先に進んでいく」
そこで言葉を切って、アルフォンスは溜息をついた。
「ううん、『着いて行く』ことすらさせてもらえて無い。今度の件だって、ボクは足手まといにされて外されちゃったし・・・・・・ボクだって戦うくらい出来るのに」
「・・・・・・待て。お前、大将がお前を危険から遠ざけるために作戦から外したと思ってるのか?」
問いかけられてジャンを見上げる。
「そうでしょう?」
「それが、大将に報告せずに勝手に倉庫を確認しようとしてた理由か? 俺達が途中で会わなかったら、そのままここに来るつもりだったみたいに見えた」
「だってここまで来て黙ってなんかイッッッ!?」
突然力いっぱい拳骨を脳天に振り下ろされ、アルフォンスは頭を抱えてうずくまった。
「馬鹿野郎!! お前が大将を信じないでどうする!! お前は誰よりもアイツのことをよく分かっているはずだろうが!?」
「いきなり切れんなや、ハボ」
呆れたように腕を組んでいるブレダをジャンが振り返る。
「けどよー」
「とにかく、今は時間が惜しいだろ。お前は大将たちに爆弾見っけたって報告しにいけや、俺はこいつら見てるからよ。ついでに他にも爆弾仕掛けられて無いか、ざっと確認しておく」
「・・・・・・だな」
ジャンが肩を怒らせて倉庫を出て行くのを見送った後、ブレダはアルフォンスとラッセルを見回した。
「さて、俺は先生のお仕事でもしますかね。アル、何で怒られたか分かるか?」
「え、えっと・・・・・・報告を怠ったから・・・・・・?」
涙目で頭を擦りながらのアルフォンスの答えに、ブレダは横に首を振る。
「その答えじゃ30点だな。ほれ、倉庫の中調べるぞ」
先にたって歩き出したブレダにアルフォンスもラッセルも大人しく従った。
「あの、じゃあ何で・・・・・・?」
ラッセルの問いかけにも、ブレダは振り返らずに歩きながら返答を返す。
「まず、第一にお前たちは大きな勘違いをしている。お前たちが狙われる可能性がある現状を考えれば、下手に作戦から外すより、参加させて護衛の多い将軍の周りにでも置いておいた方がよっぽど安全だ」
「えっ」
「エドのヤツはそれを承知で、全体の作戦を考えてお前らの危険が増えるのも覚悟の上で、作戦から外した」
「ちょっ、ちょっと待ってください、じゃあ何でボクは外されたんですか!?」
「説明されなきゃ信頼できないか?」
ぴたりと足を止めたブレダが振り返る。真剣な表情で見回され、アルフォンスもラッセルも返答に詰まった。
「いいか、軍人ってのは一刻一秒を争って命をかけるのが商売なんだ。上に『やれ』と言われたら、いちいち理由を聞かんでも命を掛けられるようじゃなきゃ勤まらねぇんだよ。そんでその分、上に立つ人間は下の人間の命を背負うことになる」
再び背を向けてブレダが歩き始める。
「普通のテロリストとの戦闘なら、敵か味方かは一目でわかるよな。味方は軍服、そうじゃなくて戦闘に参加してるやつは敵だ。だが今回の件は、敵も味方も軍服着てる。じゃあどうやって敵味方を判別する?」
「全員が揃いの目印をつけるとか・・・・・・?」
「0点。一瞬で見えるほどはっきり分かる目印を揃いでつけてたら、こっちが罠張ってるってばれるだろうが。お互い潜入してる状態なんだからよ」
「じゃあ味方の顔を確実に覚える、とか」
「ああ、相手もそうやって判別するだろうな。で、だ。普段から軍に一緒に務めてる同士なら顔を覚えてる人間だけでやれるわけだが、下の兵隊たちがお前らを見て一瞬で味方と判別できるか?」
「あ・・・・・・」
「銃持って対峙しあったとき、敵はこっちを一瞬で敵と判別できるのに、お前らが居たらこっちの兵は出来なくなる。どっちが先にトリガーを引ける? 死ぬのは誰だ?」
倉庫を一周し終え、ブレダが壁に背を向けて振り返った。
「そしてお前らがうろちょろしたせいで死人が出たとしても、その命を背負うのはお前らじゃない。この作戦の指揮官であるエドであり、承認した准将だ。上に立つってのは、そう言う責任を負うってことなんだからな」
「・・・・・・じゃあ、兄さんがボクを外したのは」
「下の兵を守るためだ。ついでにさっき国家錬金術師に上に行かれるのはどうのって言ってたが、それも同じだな」
「え?」
「国家錬金術師ってのは、いざとなれば自分が最前線でその火力をもって戦う人間たちだ。一番危険な場所に自ら向かって、味方を守るために敵を殺す。殺した敵の命背負って、守れなかった味方の命も背負うようなキッツイ仕事を覚悟してる人間に、そこまでの仕事が出来ない俺が何を言える?」
アルフォンスとラッセルが地面に視線を落としたのを見て、ブレダが出口へと足を向けた。
「お前らは目の前のことばっかりに囚われすぎだ。お前らが戦うべきはエドじゃねぇだろう? 何のために軍に入ろうと思ったんだ? それを見失うんじゃねぇ。優秀な人間がいるから日の目を見れないんじゃなくて、優秀な味方がいるからお前らの目指すものが達成できる可能性が高くなるんだ」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
「すみませんでしたっ!!」
揃って頭を下げたアルフォンスとラッセルにブレダが苦笑する。
「謝れとは言ってねぇけどな。それにハボだって、怒りはしたがお前らの気持ちが分からないって訳じゃない。アイツが煙草を吸い始めたのは、お前らくらいの頃、目標を見失ってたときだしな」
「でも、さっきのはすッごい力いっぱい殴られましたよ・・・・・・」
「むしろそりゃ、分かるからだろ。そういう時ってのは視野が狭くなって周りが見えなくなるからな。自分だけじゃ中々打開できないもんだし、周りがちっと軌道修正してやらなきゃならんって思ったんだろう。・・・・・・ま、大将がらみだからってのも半分くらい混じってるだろうが」
にやりと笑ったブレダに、アルフォンスは口を尖らせた。
「なんかボク、かなり損した気分なんですけど・・・・・・それにラッセルは拳骨もらってない、ズルイ・・・・・・」
「それは仕方ないだろ?お前はエドの弟なんだから、お前が信じないでどうするって言われて当たり前だって」
「お前が言うな、ラッセル。その通りではあるけどな。まぁ、アイツにしてみりゃ、お前の為に護衛を外されたってのにお前があんなこと言ってちゃ腹も立つだろ」
「ボクの為?」
「お前に護衛はつけられねぇ、でもお前の身の安全も確保したい。それでエドがとった手段は、自分のガードを緩めて置く事で、お前を狙うよりエドを狙うほうが簡単だと思わせるって手だ。そのせいで、ハボは今回俺たちの方に戻されてる。ハボにしてみりゃ、これから危険が起きるって分かってるのに、守りたい相手の護衛から外される羽目になってるってわけだ」
溜息とも苦笑ともつかない息を漏らしたブレダが出口をくぐる。その後に従ってアルフォンスもラッセルも倉庫を出たのを見、ブレダは腰に手を当てた。
「倉庫の穴を元に戻したら捕縛作戦のとこに行くぞ。見てえだろ?」
「えっ?でも、いいんですか?ボクたちがいるとまずいって、今・・・・・・」
「俺が隣にいりゃ大丈夫だろ。それに俺はあまり奥に配置されてねぇから、あんまり危ないところまで踏み込まないしな」
両の手を合わせ、アルフォンスは倉庫に開けた穴を元通りに戻す。それを確認して、ブレダが頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ」
「あれ? アレって、兄さん?」
ふと木陰に視線を走らせたアルフォンスは、見慣れた姿を見つけて脚を止めた。
「そりゃエドだっているだろ・・・、って、あれ、周りに居る連中って前にエドにケンカ売ってた奴らだ」
記憶力に自信のあるラッセルも脚を止める。エドワードの周囲に5、6名の生徒が群がっている。相手の顔ぶれを見れば、良い状況ではないことは簡単に察することが出来た。
「手出しは無用だぞ」
あっさり言ったブレダをアルフォンスは振り返る。
「でも!」
「あんな連中あしらうくらい、エドならどうってことねぇだろ。大体お前ら、エドに近づくなって言われてるはずだろうが?」
「でも、放って置くなんて出来ませんよ! あれって確か、テロリストの一員じゃとか言われてる人たちでしょう!?」
「だからこそここは、放っておかなきゃならん場面だ。今回の作戦が動き出す前に、あの連中と大きな騒ぎを起こすわけにはいかねぇ。エド以外の人間が乱入したら、少佐官への暴行未遂事件として扱わなきゃならなくなるんだよ」
ブレダの言うことは理屈では理解できた。が、しかしその内容はアルフォンスにとっておいそれと納得できるものではなかった。
「・・・・・・大体兄さんがあしらったりしたら、その時点で騒ぎが大きくなりそうな気もするんですけど・・・・・・」
「そうか?じゃあ、そうだな・・・・・・離れた所から様子を窺っておくか?俺がいいって言うまで手は出すなよ?」
「はい!」
エドワードやその周囲を囲んでいる人間たちに気づかれないよう、姿勢を低くしてジリジリと近づく。すぐ近くの潅木の陰に息を潜めてたどり着き、腹ばいになって耳を澄ませると話している内容が聞こえてきた。
「回りくどい話はいいから用件を言えよ。ま、どうせろくでもないことなんだろうけどな」
「この人数に囲まれて強気だなぁ? 少佐官だどうだなんて、俺達には関係ないんだぜ?」
「だから、それがどうした?って言ってんだけどな、オレは」
エドワードは木に寄りかかって腕組みをし、冷めた視線を生徒たちに向けている。
「・・・・・・別に大した話じゃねぇぜ?どうせお前はすぐに死ぬだろうけど、どうしても直接お礼がしたいと思ってさ」
ニヤニヤ笑いながら生徒たちがナイフや木刀を取り出した。エドワードは表情ひとつ変えずに、その様子を眺めているようだった。
「・・・・・・なるほどな。とりあえず間違いはねぇらしいな」
「何余裕ぶっこいてんだよ!!」
「当たり前だろ。数が多いとか武器を持ってるとか、そんなことで気が大きくなってるみたいだが、所詮テメエらなんか素人に毛が生えた程度だ。何人つるもうが武器持ってこようが大したことねぇだろ」
「・・・・・・んだとぉ!?」
色めき立った生徒たちに、エドワードは不敵な笑みを浮かべて構えを取り、ちょいちょいと手招きをした。
「かかって来いよ。格の違いってヤツを見せてやらぁ」
真っ先に振り下ろされた木刀を右手で受け止め、そのまま内に入り込んだエドワードが、相手の勢いを利用して軽がると自分より体格の良い相手を投げ飛ばす。一人目が近くの木に叩きつけられてうずくまる時には、エドワードの右足が華麗に空を切り、二人目のあごを真横から捕らえていた。一瞬にして二人がのされたことに相手がひるんだ隙を逃さず、エドワードの左手の手刀が三人目に翻る。
次々と相手をのして行くエドワードを見つめながら、ふとラッセルが小声で呟いた。
「・・・・・・何で錬金術使わないんだ?アイツ・・・・・・」
「それに、殴る手や脚も、機械鎧の方は使ってないみたいだよ。手加減してる? でも、相手テロリストなのに・・・・・・」
顔を見合わせたアルフォンスとラッセルを、ブレダが横目で見る。
「アイツにはアイツの思うところがあるってこった。黙ってみておけ」
どうやらようやく敵わないと悟ったらしい生徒が、尻餅をついたまま吠えた。
「畜生!! なんでだよ!! 何でお前ばっかりなんだよ!?」
「ああ?」
「権力持ってて、勉強できて、武術もできる!? 何でそんなにお前ばっかりいい思いするんだよ!」
「・・・もしかして、オレがうらやましいのかよ?」
溜息混じりにエドワードが落ちているナイフを拾い、刃を折る。
「うっ・・・うらやましいんじゃねぇ!!目障りなんだよ!!」
「別に何だって構わねぇけどよ。オレはそんな風に感じたことないしな」
「テメェじゃテメエがどれだけ恵まれてるかなんて感じねぇだろうよ・・・!」
吐き捨てるような少年の言葉に、エドワードが壊したナイフを投げ捨てながらそちらに視線を向けた。
「その言葉、そっくり返すぜ。力を持てば持っただけ幸せだ、なんてよっぽど恵まれた人生送ってる奴の台詞だよ」
常に余裕を見せていたはずのエドワードの真剣なまなざしに、少年がつばを飲み込む。
「っな、何が言いてぇんだよ」
「・・・・・・お前らが何を考えてるのか、何を望んでるのかがちっとも分かんないんだよな」
「んだよ、そもそもそんなことテメェに教える筋合いは」
「テロリストになればその望みは叶うのか?」
単刀直入なエドワードの言葉に、少年たちは息を飲んで顔を見合わせた。
「とっくに割れてんだよ。テロリストが士官学校内に食い込んでるのは。で、さっき『オレがすぐに死ぬ』とか言ってたところを見ると、これからすぐにここでテロが起こる予定なんだろ?それもこっちの読み通りだ」
エドワードが地面に落ちている木刀を蹴飛ばすと、木刀はガラガラと音を立てて転がった。
「ま、そう言うことは分かってるんだけどよ。そもそもなんでお前らがテロリストになろうと思ったのか、その理由がちっとも分からねぇんだよな。軍に恨みがあるとか言うわけでも無いんだろうし、このまま士官学校卒業すれば軍への就職だって確約されてるんだから、食うに困ってるわけでも無いだろ?はたからみりゃ、それなりに恵まれて生活してると思うんだけどな」
特に敵意を見せるでもなく、座り込んだままの少年の前にエドワードがしゃがむ。
「テロリストじゃなきゃならない理由って何なんだよ?んな、引き返せない道に突き進まなきゃならない理由でもあるのか?」
少年たちは誰も言葉を返さない。視線を上げることすら出来ず、皆地面やあらぬ方向を見ていた。
「別にオレは、テロリストは全て悪だ!とか叫ぶ気は無いんだよな。自分が正義だなんて思ってねぇし、軍だって正義だとは思ってねぇよ。そもそもテロリストが軍に取って代わって政権を握ったら、軍の方がテロリストって呼ばれるようになるのかもしんねぇしさ」
「じゃ何で軍にいるんだよ」
「目指すもんがあるからだよ」
はっきりと即答したエドワードに、全員が視線を上げた。
「絶対に譲れないものがあるなら突き進むしかないってこともあるだろ。例えそれが・・・・・・罪だって言われるようなことだとしても。オレだって、そうだった」
すっと立ち上がり、右ひじを左手で押さえたエドワードに、アルフォンスははっとした。エドワードが人体錬成を行ったときのことを思い出しているのは、すぐに分かった。
「ま、所詮国や軍なんてのは、絶対多数を守るための組織だからな。絶対多数を守るために少数の人間の幸せが無視される、なんてことは往々にしてある。そういう人たちから見れば、軍が正義なわけはねぇ。場合によってはその少数の人間の命を奪うこともあるんだろう。例えばテロリストの温床になってる町に、殲滅戦を仕掛けたり、とかな。テロリストから国民を守るため、何て大義名分があったところで、結局人の命を手にかけること自体になんら変わりはねぇんだ」
エドワードの瞳には、揺ぎ無い意思が宿っている。
「そうだとしても、だ。オレはオレの目の届く範囲だけでも、皆守りたい。皆に幸せであって欲しい。だから、人を傷つけることで自分の目的を達しようなんて、そんな連中を見逃すことは出来ないんだ。そのための力が必要だから、軍に入った」
空へ視線を向けていたエドワードが、立ち上がって少年たちを見下ろした。
「お前らは、何を望む?そして何を求めてテロリストになろうとしている?」
エドワードの静かな問いかけに、少年の一人がやっと、という様子で口を開く。
「・・・・・・歯車に、なりたくないんだ」
堰を切ったように話し出した少年に、エドワードが頬を掻いた。
「歯車?」
「このまま軍に入っても!! お前みたいなのが目立つところに居て、その陰で俺達は歯車みたいに地味に仕事してさ、目立つこともなく地味にずーっと退官するまで働いて・・・・・・そんなの嫌なんだよ!!」
吐き捨てるような少年の言葉に、暫しエドワードが考え込むそぶりを見せる。僅かな間の後、ポツリとエドワードが言葉を漏らした。
「・・・・・・そう言う渋い人生も、かっこいいとオレは思うんだけどなぁ」
「・・・・・・は?」
「軍みたいなでかい組織になりゃ、そりゃあお前が言うように、表に出ないで仕事する人間も沢山いるだろうさ。けどさ、表に出るような人間ってのは、皆知ってるぜ?そういう、地味な仕事を陰日なたなくこなしてくれる人間がいるから、組織が動いてるんだってコト」
ニッ、とエドワードが笑みを浮かべる。
「知ってるか?歯車ってのは、ひとつでも抜け落ちたら全然動かなくなっちまうモンなんだぜ?表からは見えない、でも近くに居る人間は皆ソイツの価値を知ってる、ソイツが居なきゃ組織が動かなくなる。そういう人間ってちょっとかっこよくねぇ?」
少年たちは口を開けてエドワードの笑顔を見上げている。
「そ・・・・・・んな風に、考えたこと、なかった・・・・・・」
「そりゃ大きな組織で働いたこともなきゃそんなモンだろうけどな。大体だ、実際にやってみもしねぇで自分の限界決め付けるようなヤツは、何やっても成功しないと思うぜ。自分の目で軍を確かめて、自分の目で自分を見極めて・・・・・・それから自分の人生決めても遅くは無いと思うんだけどな。まして、テロリストなんて引き返したくても引き返せないような道を選ばなくてもさ」
笑顔をふと消して、エドワードが少年たちを見回した。
「それから。忠告だけはしておいてやる。どうしてもテロリストになる、譲れないって言うなら止めないけどな・・・・・・たぶん、そんなところに行っても、歯車どころか使い捨ての部品にされるだけだぜ」
「そ、そんなはずない!! だって、教官は俺の力がもったいないって」
「口先だけで親切そうなことを言うやつにろくな人間はいねぇぞ。その、お前らが誘われたとこのやつが、この前軍に捕まったら即組織のやつに暗殺されちまった。助け出すような労力かけるより、口封じに殺しちまえって思われたんだろうな」
きっぱりと言い切ったエドワードに、少年たちは顔を見合わせた。が、口を開くものは居ない。
「・・・・・・ま、その暗殺を実行させちまったのは軍の落ち度だけどな。けど、自分たちの仲間をあっさり切って捨てるような連中はオレは気に食わない。お前らがそういう組織に入って、オレの前に立ちふさがるなら、次は容赦しない」
びっと右拳を前に突き出したエドワードに、少年たちがうろたえたように立ち上がった。
「ま、待てよ、次って・・・・・・!?」
「行けよ。オレがお前らに言えることは全部言った。もう用はねぇよ」
「捕まえないのかよ!?」
エドワードが面倒くさそうに頭の後ろを掻く。
「自分の道は自分で選べ、って言ってんだよ。このままテロリストの道を進んで行くか、自首して引き返すのか。テロが起きる時間まで、もう間もないんだろ?多分。そこがタイムリミットだからな、さっさと行け」
シッシッと追い払うように手を振ったエドワードに、うろたえながら少年たちが立ち去っていく。その背中を見送った後、エドワードが一つ大きな溜息を吐いて大きな声を出した。
「見てたんだろ!? 出て来いよ!」
気づかれてたのか?とアルフォンスとラッセルが顔を見合わせると、エドワードを挟んでアルフォンスたちとは反対側に位置する茂みががさりと揺れた。
「はははっ。バレバレ?」
「滅茶苦茶殺気放ってたじゃねーか。気づくっつーの」
そこからジャンが現れて、エドワードに歩み寄った。ジャンを振り返ったエドワードが、顔を顰めて腰に手を当てる。
「准将の護衛しろっていったじゃん。何でここに居るんだよ」
「報告に来たんスよ。さっき、火薬庫で爆弾見つけたんで」
「爆弾?」
「解体済みっす。時限爆弾で、発火予定時刻は2時でした。ブレダの目算によると、仮に爆発してても人を巻き込む範囲まで被害は広がらないだろう、ってことだったスけど」
ジャンの言葉にエドワードがあごに手を当てる。
「・・・・・・陽動っぽいな」
「でしょうね。准将にももう報告したんスけど、同じ意見でした」
「つーことはやっぱり勝負は2時前後って事か。よし、行くぞ。少尉は早く准将のとこに戻っ・・・・・・!?」
歩き出そうとしたエドワードを、ジャンが後ろから抱きすくめた。
「何すんだよ!?」
「大将、何か言いたいことあるんじゃないのか?」
「何もねぇよ!! 何だよ急に!!」
「俺は愚痴をきく相手にもなれないのか〜、って、この前も言ったはずなんだけどな」
暴れていたエドワードが、ぐっと言葉に詰まって急に大人しくなる。
「オレは・・・・・・顔に、出てたか?」
「いや。立派な少佐の顔してたよ。けど、俺には分かるの。大将が無理してるのはさ」
急に不安げな表情になったエドワードが背中のジャンを振り仰ぎ、そのまま振り返って腹に顔を埋めた。
「殺したくなんかねぇよ・・・・・・! 死なせたくもない!!」
「ああ、分かってる。だから、わざわざ連中を逃がしたんだろ? もしも既に連中がテロの実行犯として活動してたら・・・・・・『自首』ならともかく、『逮捕』じゃ銃殺刑を免れないからな」
「でも、連中が結局今回のテロに参加したら、オレはそのせいで部下たちの命をみすみす危険に晒したことになる・・・・・・!」
ジャンの腹にすがりつくエドワードを見て、アルフォンスは唇を噛み締めた。
見たことの無いエドワードだった。エドワードは、家で作戦の話をするときも、多少取り乱すことはあっても迷いを見せたことはなかった。
「大丈夫だよ、大将。連中だって、ちゃんと分かったさ。それにもし連中が参加したとしても、俺達・・・・・・大将の部下はそう簡単に殺されるほど、やわじゃないぜ?」
おどけたように言いながら、ジャンが優しくあやすようにエドワードの背を叩いている。
「あいつら、教官に唆された、みたいな事言ってた・・・・・・。ちょっと道に迷っただけじゃねーか、あいつらにまっとうな道を見せてやれる人間が傍に居なかったから引っかかっただけじゃないか!!命がけで償うような罪じゃないのに・・・・・・!」
「大将、何もかもを背負い込むな。悪いのは連中が悩んでるのに付け込んで、間違った道に連れ込んだ人間だ。それに、その『まっとうな道』を歩く背中は、今さっき連中に大将が見せてやっただろ?」
背を叩くのを止めて、ぐっとエドワードを抱きしめたジャンに、エドワードも手を回した。
「それが、上に居る人間の役目だからな。オレが迷えば、オレについてくるやつも皆迷っちまう。だから、迷ったり悩んだり、逃げたり・・・・・・そんなのは見せちゃいけない。・・・・・・って、分かってるのに」
エドワードがゴスゴスとジャンの腹に頭突きを始めた。
「何でオレは少尉に甘えてんだーーーーー」
「はははっ、コラ、痛ぇって。いいんじゃねぇの?甘えたってよ」
「良くねぇよ!! くっそー、オレ絶対少尉と居るようになって弱くなった気がする・・・・・・。前は一人で我慢してたってのにさ」
「バーカ。逆だ、逆」
ジャンの腹に顔を埋めていたエドワードが、ふと顔を上げてジャンの顔を見る。
「逆?」
「そ。・・・・・・辛いことも苦しいことも、全部歯を食いしばって一人で我慢する、それもまあ強さだけどよ」
ジャンがエドワードの顔を覗き込むように膝をついた。
「一人じゃ絶対に限界がある。いつか溢れて壊れちまう。でも、それを吐き出す場所がどこかにあれば、一人だけのときよりもっともっと頑張れるだろ?」
「でも・・・・・・」
「それに、人に弱みを見せるのって怖いモンだしな。自分の殻に閉じこもる方が楽だけど、それを人に見せることが出来るようになった。傷や苦しみってのは、自分ひとりで抱えてるうちは蓋をして隠すだけで、ちっとも消えねぇモンだけど、人に見せることが出来るようになったら乗り越えられるようになる。それはその分、強くなったってことだ」
ジャンの笑顔を見て、エドワードも微苦笑を浮かべた。
「なんか少尉って、最近オレのコントロールうまくなったんじゃねぇ?」
「副官ってそういうもんだろ? マスタング准将もいっつもホークアイ大尉にコントロールされてるしな」
「ハハッ! 違いねーや」
二人が立ち去るのを見送った後、アルフォンスたちも茂みから立ち上がった。
「・・・・・・ハボック少尉が、何であんなに怒ったのか分かった気がする」
ボソッと呟いたアルフォンスを、ブレダが振り返る。
「ま、大将のああいう部分を知ってるからこそだろうな」
「ブレダ少尉は知ってたんですか? 兄さんの、ああいうところ」
「いや。 でも見たことは無いがそういう部分はあるだろうとは思っていたな。エドのヤツに限らず、准将とか上の方に居る人間は、多かれ少なかれああいったモンを抱えてる」
地面に視線を向けたアルフォンスを少し見やって、ブレダは言葉を続けた。
「今回の作戦にしたって、本当はテロリストを殲滅する作戦にすりゃあもっと楽なんだよ。けど、エドがどうしても頷かなかった。さっきアイツが行ってた通り、敵方の人間も助けれるモンなら助けたいからだろう。しかしそうすることで、味方が危険に晒される可能性は高くなる。アイツはそれもすべて承知で、あの小せぇ肩に責任っつー重荷を背負い込んだのさ」
エドワードたちが立ち去った方向へ、遠く視線を見やっているブレダをラッセルが見る。
「他の人は何もいわなかったんですか? 仲間が危険になるって知っていて」
「准将あたりは『甘い』って言ってたが・・・・・・それでも、結局皆その気持ちは分からんでも無いからな」
「そうですか・・・・・・」
ラッセルもブレダと同じ方向に視線を向けた。
「それにしても、エドとハボック少尉って、仲いいんですね〜。確か、エドがハボック少尉に『自分に隠し事するな』とか言ってたのも見たことあるし」
何気ないラッセルの言葉にアルフォンスとブレダは硬直した。
すっかり忘れていたが、ラッセルはあの二人の関係を知らない・・・・・・はずだ。
そして先刻のアレは、ただの少佐とその副官の関係にしては、かなりいちゃつき過ぎだ。
「あはっ、あはははは、そ、そうだね、ボクや兄さんにとって、ハボック少尉はもう家族みたいなものだしね!」
「そ、そろそろ俺達も移動するか!!」
焦ったようなうろたえたような二人の様子に、ラッセルが不思議そうに首をかしげた。
すんごい間が開きました。
しかも長いです。
挙句1本で終わってません。
す、すみません・・・
次こそこの話にけりがつきます。
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07/01/09 脱稿