【06】君以外の大切な存在


エドワードの勤続二日目。普通の人間ならまだ荷物の片付けでもしているところだが、エドワードはジャンに荷物の整理の一切を任せ、書類を処理していた。
暗部を処分したために発生している書類だけでも出来る限り早く片付けておかなければ、いずれ軍の業務が滞ったことによる悪影響が一般市民のほうにまで出始める。だからこそ何よりも現状は書類処理が最優先、どうしても荷物の整理をしないとまずい分は任せるから勝手に片付けてくれとあっさり朝に宣言された。
正直目を離せばサボろうとするロイとそれを働かせるリザを見てきたので、こうも真面目に働かれると副官として何をすればいいのか分からない。
ジャンは届いた書籍を本棚に並べながらエドワードを横目で見た。
本気を出したロイとそう大差ない速度でエドワードは書類を片付けている。ロイのほうはあまり集中が続かず、1時間に1回はコーヒータイムが入ることを考えれば、既に3時間ぶっ通しで集中し続けているエドワードのほうがトータルでは処理する量は多いだろう。
ただ、エドワードは集中しているところに声をかけても全く気がついてくれないというのが難点だが。
ジャンは時計を見た。
「大将」
エドワードはジャンの声には無反応で書類を書き続けている。
ジャンはエドワードの背後に回った。
「大将!」
「うわっ」
ペンを持った手を押さえながら抱きつくと、エドワードが身を竦めた。
「何だよ、驚くだろ?!」
「こんな声のかけられ方したくなかったら呼ばれた時点で気がついてくれよ」
「え、呼んでた?」
・・・これだ。
「集中すんなとは言わねぇけど、せめて俺の声くらい気がついてくれませんかねぇ・・・これでも恋人兼副官なんだから」
「う・・・」
エドワードが頬を朱に染める。
「そ、その・・・、それで?何の用だ?」
「もう昼なんで、食堂いきませんか」
「え、そんな時間か?もうちょっと後でも・・・」
「ダメ。食堂は混雑するから12時から1時は仕官専用、1時から2時は下士官専用って決まってんの。それ以外の時間はフリーだけどな。この時間にいかねぇと2時まで昼が食えなくなる」
「えっ、そんなこと決まってたんだ」
「まぁ、大将は軍人じゃなかったからいつでもフリーだっただろうけど。これからはそう言うのも色々覚えないとダメだな」
「そっか・・・。じゃ、行くか」
「うす」
行く、とは纏まったものの二人は動かない。いや、正しくはジャンが動かないせいでエドワードは動けない。
「おい。いつまで抱きついてんだ」
「ん〜・・・もうちょっと・・・」
「少尉!」
「だぁって午前中抱きつきたいのずーーーーっと我慢してたし、休憩時間くらいセクハラしたい・・・」
頬に頬を摺り寄せたジャンに、エドワードの右手チョップが炸裂した。
「こんのアホ少尉がぁっ!!!」



「ったくもう!仕事をしろよ仕事を!!」
「してるっすよ〜」
「昨日までしばらくろくに役に立ってなかったって聞いてるぞ!!」
「はは、まぁそれは昨日までってことで」
食堂で折角向かい合わせで食事をしていると言うのに、直前にご機嫌を損ねてしまったエドワードはぷりぷりしている。
「少佐、好きな人と一緒にいて抱きしめたいって思っちまうのは悪いことなんスかねぇ」
笑って茶化すと、エドワードは口をへの字にした。
「と・・・時と場所ってもんがあるだろ!!」
「休憩時間まで我慢したんスけど」
「ば、場所が悪いだろ!誰が来るか分からないような場所はダメだ!」
「あそこは一応個室ッスから上官でもノックなしでは入ってこないですけどね」
「・・・うーっ・・・」
エドワードが上目遣いでジャンを睨む。
「・・・少尉さ、何で俺の副官になったわけ?」
「へ?つか、そりゃそもそも指名されて・・・」
「そりゃ先に指名したのはコッチだけど!少尉直前まで嫌がってたじゃねーか!」
「うわ、それ蒸し返します?」
ジャンは右手にフォークを持ったまま、行儀悪く左手の肘をテーブルについた。
「そんなの大将だからに決まってるじゃないッスか」
「・・・動く脚を取り戻したいって言った時、大佐について行きたいからって言ってたよな」
「言いましたね」
「それと同じ理由で副官になりたくないって言ってたよな?」
「そうですよ」
エドワードの琥珀色の瞳が、真っ直ぐにジャンを射すくめた。
「大佐についていくことよりオレの副官になるほうが優先なのか?」
過去の彼女たちとの会話をデジャヴさせる発言に、ジャンが目を丸くする。
こういう時『君の方が大事だよ』と囁かないから唐変木呼ばわりされたのも分かっているし、振られ回数の記録が伸びているのも分かってはいるが。
いや、むしろ過去の女性たちになら逆にそう囁くことも出来たのかもしれない(実際にはそうはしなかったが)とは思うが、この目の前にいる少年にはそんなその場しのぎの嘘を囁きたくはなかった。
「それは、違います」
真剣に見つめ返せば、エドワードが少し目を見開いた。
「もしあそこで入ってきたのが大将じゃなくて・・・例えばすんごい美人のおネェちゃんで、それこそ・・・ありえないッスけど俺がその人に一目惚れしたとしても俺は副官になるのを拒絶した」
「・・・それは、何で?」
「それじゃ大佐の手駒から外されることに変わりはないからッスよ。逆に・・・そうだなぁ、例えばアームストロング少佐とか?が来て、今後大佐のために俺達と同じように働くって言われて、副官になれって言われたなら多分OKしたと思う。よーするに、大将の副官だったら大佐の駒として動くのに絶対にマイナスにはならないってのが大前提としてあったからッス」
「オレはアームストロング少佐と同レベルかよ」
「アームストロング少佐とエルリック少佐が同時に来て、どっちか選べって言われたら迷うことなくエルリック少佐ですけど?」
そんなフォローを入れたところで、はっきり言って振られても仕方ないレベルの発言をしたことは分かっている。でも、どうしてもエドワードにだけはそんな嘘をつきたくない。
心の中で溜息を吐いて、ジャンはフォークをテーブルに置き、下を見た。
「・・・スンマセン」
「良かった」
「へ?」
驚いて顔を上げるとエドワードは嬉しそうに笑っていた。
「少尉が少尉で良かった。オレを選んだらオレはふざけんなって言って少尉をクビにしなきゃならないとこだった」
「あの、大将?怒らないんスか?」
「何でだよ?」
「だって普通、そういう時は自分を選べって言うもんじゃ・・・」
「オレを選ぶ少尉なんか少尉じゃねーよ。少尉はそれでいいんだ」
それは、ありのままのジャンを許容すると言ってくれているわけで。
「っ・・・ありがとう・・・」
不覚にも少し目頭が熱くなった。
「別に礼を言われるようなことは何もしてねーけど」
「いや、・・・俺が言いたかっただけだから」
「ふぅん」
なんだか照れくさくて、ジャンは鼻を指でこすった。
「ところで、大将こそなんで軍に入ろうなんて思ったんだ?」
「あー、まずあと1年セントラル離れられないかなってのがひとつ」
「え?だってアルって退院したんだろ?」
「アンタ自分のリハビリ覚えてねーのかよ。退院したらもう病院に行かなくて済んだかどうかすら覚えてないのか」
「あ」
あの時は神経を錬金術で繋ぐことは成功したものの、しばらく使っていなかった筋肉は凝り固まっていてリハビリを余儀なくされた。
病院は退院したものの、リハビリと検査のために何度も病院に通った記憶がある。
「じゃあアルもしばらく病院通いか」
「そう。やっぱ精密検査とかがかなり多いから、病院はセントラルじゃないと。でもそろそろオレが付きっ切りの必要は無くなってるから、じゃあオレは空いた時間に軍の立て直しの手伝いでもするかーって」
「そうか・・・」
「あと、離れたとこから見てても軍がグダグダなのが分かったからかな。このままじゃ多分近いうちにテロが頻発し始める。アルがろくに身動き出来ないのにそんな状況になったら危ねぇし、傍にいて守ってやるのもいいけど、それよりまずテロが起きない環境を作ってやる方がその場しのぎよりずっと安全に過ごせる」
「それには軍に入るのが一番いいって?」
「そ。ついでに大佐を上に押し上げてやれば、国内だけじゃなくて・・・他国との戦争も随分落ち着くだろ。そうすればアルとか、ウィンリィとか、皆安全に幸せに暮らせるようになるって思ったから」
その強い力を持つ瞳に、上に立つべきものの資質を感じた。
先を見通す目。困難に面したときにそれに立ち向かう精神力。どんな困難にも対応する手段を講じる能力。そして手段に固執して道を違えることなく、常に目標を捕らえ続ける一途さ。もしもエドワードがロイのことをを国を変えるだけの力が無いと判断したなら、エドワードは違う手段で国を変えようとするに違いない。
ジャンにはそれは出来ない。国を変えたいという願いは同じでも、ジャンはそれを全てロイに託した。ロイが国を変えるという道を違えなければその目的に向かってずっと進んでいくことは出来るだろうが、もしもロイが道を違えたならそれを諌める事はあれど見捨てることはないだろう。
「それが少佐ってことなんかなぁ・・・」
「あ?何が?」
「今日朝から仕事しててさ。大将のこと何回かすげぇなって思ったから」
「何だよ、急に。褒めても何もでねーぞ」
「や、マジでさ。国家錬金術師って少佐相当官だけど、軍人としては大尉からだろ?軍属の時間が長かったって言っても、いきなり少佐ってのはやっぱそれだけの理由があんだな、って思った」
「そんだけ人手が足りないんだよ」
「それもあるかもしれねーけど、それを上がOKしたってんだからさ」
ジャンの言葉に、エドワードが肩を竦める。
「上の意見は半々だった。佐官として最大限能力を活用すべきだって将軍と、直ぐに佐官として役に立つのは無理だろうって将軍と」
「あ、そうなのか?」
「最後に後押ししたのは大佐だよ。付き合いが長い大佐が佐官としてやれるって保障して、万が一のときは大佐が全面的にサポートするとまで言ったんだ。それが無けりゃ大尉だったかもしれねーな」
「そうか・・・」
ロイにも分かっていたのだろう。エドワードの能力が軍人の佐官と見比べて遜色ないどころか、慣れれば直ぐに上回るほどのレベルであることが。
「アイツ、後で『君が活躍すれば後見した私の評価も上がる。がんばって活躍して私を准将にしてくれたまえ』なんて言ってたけどな」
「大佐らしいな」
苦笑したエドワードには、それがロイの照れ隠しであることは十分分かっているらしい。
「まー言われないでも活躍しまくってさっさと中佐になるつもりなんだけど」
「へ?何でまた」
「アルがさーリハビリが終わったら国家錬金術師になって軍に入るって言ってるんだよ」
「アルが?」
「うん。まぁアルが入って即少佐ってことは無いだろうけど、それでも一応少佐相当官とは言われるわけだろ?その時オレが少佐のままだと・・・カッコ悪ぃじゃん。追いつかれたみたいで。オレ国家資格とって長いのにさ」
「あー・・・兄貴としてのプライド?」
「そうそう。アルが入るまでに、絶対中佐になっておかねーと。多分1年後くらいには入ってくるだろうから」
むん!と気合を入れたエドワードは本気らしい。
「大将〜。普通少佐から中佐って一年では上がらないぜ?そりゃかなりの手柄を立てないと」
「じゃ手柄立てりゃいいんだろ」
「マジっすか・・・」
「手伝えよな、相棒」
そう言って全幅の信頼を置く笑顔を向けられては、断れるはずも無い。
「Yes,sir.全力を尽くします」







あ、あれっ。
こちゅうのひとつもするはずだったのに。
ハボは軍の建物内でいちゃつこうとするたびに機械鎧チョップを食らいそうです。

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06/05/19 脱稿