「おーい、大将」
「んぁ?」
エドワードが軍に入隊して6日目。リザに渡されたスケジュールをみていたジャンが、ふとエドワードを呼んだ。
「今日の午後からの予定に、ホークアイ中尉との射撃訓練ってのがあるんスけどこれは何ッスか?」
「あーそれ?入隊前にさ、一応銃の撃ち方と射撃訓練をちょっとやったんだけどさ。その時の教官がどうしてももう一度射撃訓練を受けるべきだとか言うんだよ。それでホークアイ中尉が訓練してくれることになってるんだけど」
「何、大将そんなに射撃下手なわけ?そんなんだったら俺が教えるのに」
「いや、下手だとは自分では思わなかったけどなぁ。一応ちゃんと真ん中撃ってたのに」
その時執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼するよ」
にこやかにロイが入室してくる。その後ろにはリザも居た。
「君の射撃訓練を見せてもらおうと思ってね」
「何だよアンタそんなヒマあんのかよ?」
「面白そうじゃ」
「大佐!!」
眉を顰めたリザにロイがごほんと咳払いをする。
「いや、部下の実力は把握しておきたいのでね」
「あの、大将ってそんなに射撃下手なんスか?」
「私が聞いた話だと逆だな」
「は?」
ジャンとエドワードが顔を見合わせる。リザが頷いた。
「教官から話は聞いているわ。少し訓練すれば狙撃手に成れるかもしれないから、是非にと言われたの」
「マジすか?!」
「いや、オレ狙撃手になる気はねーよ?」
困惑したエドワードに、ロイが笑う。
「別に狙撃手になる必要は無いが、そのスキルを身につけておいて損は無いだろう?君の錬金術は接近戦用のものが主だし、遠距離でも確実に攻撃できる能力があればいざと言うときの選択肢も増える」
「まぁそりゃぁ・・・そうだけど」
「エドワード君、あまり難しく考えないで。正式な訓練と言うわけではないのだから」
「・・・うん」
「では練兵場に行こうか」
ロイに促されてエドワードが立ち上がった。
「しっかし大将に銃の素質がって言われてもイメージわかねぇなぁ・・・」
練兵場への移動道すがら、ぼやいたジャンの言葉を聞きとがめてリザが笑った。
「あら、そう?私はもしかすると素質があるかもと思っていたけれど」
「へ?何でッスか?」
「銃を撃つときって集中するでしょう?一点に集中する能力が高い人間ほど、正確な狙撃が出来ると聞いたことがあるの。エドワード君って集中力が高い方だから、そちらの方面にも才能あるかと思って」
「ああ、確かに集中力が無い大佐は銃の腕はあまり」
「やかましい!!」
前をエドワードと並んで歩いていたロイが振り返った。
「大佐って銃下手なん?」
エドワードも振り返る。
「下手と言うほどではないのよ。全ての軍人の中で言うのならば、上手い方に入るはずよ」
「けど、大佐の部下にゃホークアイ中尉も俺も居るからな」
にやっと笑ったジャンに、エドワードはリザの方を見た。
「ハボック少尉も相当な腕前よ、狙撃手とまでは行かないけれど。それに、反動の大きいマグナムを左右の区別無く両手で扱えるというのは軍全体でもそうは居ないわね」
「へぇ・・・」
「比較対象が上手すぎるのであって私が下手なわけでは決して無いんだ!!」
ロイがぶつぶつ言っている。それを見てエドワードが悪戯を思いついた笑みを浮かべた。
「じゃあ大佐、オレと勝負しねぇ?銃の腕前で」
ロイがムッとする。
「いくら狙撃教官のお墨付きとは言え、昨日今日銃の扱いを覚えたような人間に負けるほど下手ではないぞ」
「じゃあいいじゃん。負ける心配ないんだろ?」
「そこまで言うなら受けてたとうか。何をかける?」
「欲しい士官が二人ばかりいるんだ。大佐んとこの人間じゃねぇけど、オレが勝ったらその二人うちに引っ張るの手伝ってくれ」
「いいだろう。では・・・私が勝ったら君は明日一日私の仕事を肩代わりしたまえ」
「大佐・・・」
ロイの出した交換条件にリザが肩を落とした。
「中尉、まぁまぁ」
ジャンが苦笑してリザを励ます。
「でもエドワード君が丸一日大佐の仕事をしていたらあなた方の仕事が滞るでしょう?あなたは副官なのだからこういうことは止めなきゃダメよ」
「一日くらいならコッチには大して影響無いんスけど」
頬を掻きながらのジャンの言葉にリザとロイが顔を見合わせた。
「ハボック、どういう意味だ?」
「どうもこうも。大将仕事片付けるのすげー早くて、最初に渡された溜まってた分はもう全部片付いてるんスよ。今は届いた書類をその場その場で片付けてるくらいなんで、昨日も6時半には上がったくらいッスよ」
「アレだけの量を二人で1週間で片付けたの!?」
「正確には大将7割俺3割くらいッスけど」
「あのくらい1週間あれば終わるだろ?」
当のエドワードは訝しそうだ。
「大佐はもっと仕事遅ぇの。っつーか、書類1つ片付けるスピードは大佐の方が大将より早いんだけど、大佐は途中でいつも逃亡するからな。大佐が逃げ回ってる時間と中尉が追い掛け回してる時間、俺も大将も仕事してるんだから、併せたらコッチの方が早くて当たり前じゃねぇ?」
「大佐ってそんなにサボってばっかりなのか?」
無邪気なエドワードの問いに、リザが魂の底から出るような重い重い溜息を吐いた。
「ご、ゴメン。嫌な事聞いたっぽい・・・」
「いいえ・・・エドワード君は悪くないわ・・・」
「そう言うことならもっとたくさん仕事を分けてやれば良かった・・・」
ぼそりと呟いたロイに、リザが白い目を向けた。
「あ、いや。それは兎も角として。これで賭けは成立だな?」
「おっけー。・・・にしてもオレ今ちょっと中尉が可哀想になってきた。賭けの内容、『明日は真面目に仕事しろ』にしておけば良かったかな・・・」
「エドワード君、気持ちは嬉しいけれど、本来それは賭けの対象などにするものではなくてそうあって然るべきものなのよ・・・」
「ハハハハ!!さ、さあ練兵場についたぞっ!!」
白々しく笑ったロイが練兵場の扉を開けた。
点数つきの的の前に立ったロイが、勝負のルールを確認する。
「では、6発撃って点数の合計がより高い方の勝ちと言う事でいいな」
「りょーかい。大佐からどーぞ」
エドワードはロイのほうではなく、近くで他に狙撃訓練していた人間に視線を向けている。
「フン、後悔するなよ」
ロイがゆっくりと的に向き直り、銃を構えた。
また溜息をついているリザを、エドワードが振り返る。
「中尉、大丈夫だよ。絶対明日サボらせたりなんかしないから」
「でも、大佐は意外と銃は上手いし、こういう賭け事になると急に集中力が増すのよ」
憂鬱な表情で首を振っているリザにエドワードは少し首をかしげ、今度はジャンを振り返った。
「なあ少尉。隣で練習してる人が居るだろ?」
「ん?ああ」
「大佐ってあの人と比べて銃上手いのか?」
「ああ、アレよりは上手いな。隣の奴はまあ軍の中で言えば平均くらいのレベルだ」
「ふ〜ん・・・」
「大将は前にやったときどうだったんだよ?」
「オレもアレより上手かったと思うよ」
お喋りをしている間にもロイの射撃が始まる。
ロイの撃った弾は中央から10cm以内に全て集まり、最後の1発は見事に中央を撃ち抜いた。
「へぇ、思ったより上手いじゃん」
感心した様子のエドワードをロイが振り返る。
「当然だ」
「少尉ってコレより上手いのか?」
「俺は中心から5cmくらいまでの中に納められるぜ。大佐はでも・・・なんかいつもより成績いいみたいだけど」
「賭けをしているから集中力が上がっているのよ・・・」
「ハッハッハ」
溜息交じりのリザの言葉にロイが愉快そうに笑った。
「さて、鋼の。君の番だぞ」
「おう」
エドワードが銃を手にとって的の前に移動する。ジャンはこっそりエドワードの顔を見れる位置に移動した。何かに集中しているエドワードの表情を見るのは、結構好きなのだ。
エドワードがゆっくりと銃を構える。その表情に、ジャンはふと違和感を覚えた。
次の瞬間、ロイよりもかなり速いテンポで連射された射撃音に、驚いて的に視線を向ける。
6発撃ち終わったエドワードが、ぺろりと舌を出した。
「あちゃ、1発外れた」
「なっ・・・6発中5発を中央に命中させただと!?」
「あの速さで連射しながら、外れた1発も2cm程度しかずれがありませんね・・・教官が狙撃手にしたがるはずです」
呆然としているロイとリザに、エドワードが嬉しそうに笑いかけた。
「賭けはオレの勝ちー」
「ま、待ちたまえ鋼の!君これはまぐれだろう?!」
「まぐれじゃねーよ。この前もオレこんなもんだったもん」
しれっと言い放ったエドワードに近づき、ジャンは両手でその頬を挟んで自分の方を向けさせた。
「うわ、しょ、少尉?!何だよ?!」
戸惑ったエドワードの瞳をじっと覗き込む。
「うーん・・・いつもと同じ、だよな・・・撃つときだけかな」
「何が?!」
ロイが訝しんで眉を顰めた。
「おいハボック。お前何をやっているんだ」
「いや、銃を撃つとき大将の目の色が変わったような気がしたんスよ」
「何?」
ロイとリザもジャンに掴まれたままのエドワードの顔を覗き込む。
「ちょ、ちょっと・・・」
エドワードがあからさまに困った顔をした。
「いつもと変わらんぞ」
「いや、俺も今それを確認したくて。振り返ったときにゃ元に戻ってましたから」
「ふむ・・・鋼の、もう一度撃ってみたまえ」
「お、おう」
ようやく開放されて、エドワードがぷるぷると頭を振った。そして的に向かいなおす。
銃を構えようとして、顔を覗こうと前よりに集まっている大人たちに視線を向けエドワードは眉を顰めた。
「あのさ、撃ちにくいんだけど」
「気にするな。集中すれば気にならん」
「ったく・・・」
ぱちぱちと2,3度瞬いた後、エドワードは再度銃を構えた。
その顔から表情が消え、すっと瞳に変化が現れる。
「・・・瞳孔が開いたか?」
「私にもそのように見えました」
「あ、だから色変わって見えたんスね」
その様子を確認した大人たちが顔を見合わせた。
銃を撃ち終わったエドワードが一瞬視線を伏せる。次に視線を上げたときには瞳孔は元通りになっていた。
「ふむ、確かに撃っているときだけだな」
ジャンがエドワードの顎を捕らえて上を向かせる。
「わっ」
「完璧にいつもの状態に戻ってますね」
そのまま顎を掴んだ手でこしょこしょと喉元をくすぐると、エドワードは目を細めた。
「それにしてもハボック、貴方よくそんなことに気がついたわね」
「はは、この1週間暇さえあれば大将の顔を舐めるように眺め回してたんで・・・イテッ」
皆まで言う前にエドワードの蹴りが膝に入った。
「ふむ・・・しかしそんな話は他に聞いた事が無いな。中尉、ちょっと撃ってみてもらえるか?」
「分かりました」
銃を構えたリザを、ロイとジャンが覗き込む。だがリザの瞳にははっきりとした変化は無かった。
「ううむ・・・鋼の特有の症状なのか・・・?しかし何故・・・」
「・・・そうやば肉食の動物が、狩をする時瞳孔が開くって聞いた事があるっすけどそんな感じスかね」
本人は未だジャンの腕の中で喉を撫でられ、気持ち良さそうに目を閉じている。
「エドワード君の類まれな集中力が、特定のターゲットに集中されることによって野生動物と同じ能力を発揮させているのかもしれませんね」
「確かにそれだと狙撃の才があるのも頷けるな」
自分の手の中で今にもゴロゴロ言い出しそうなエドワードを見下ろして、ジャンはふとあることを思い出した。
「そう言えば猫を猫じゃらしで遊んでやってると瞳孔開くッスよね〜」
「ええ、あれも生体反応としては同じでしょう?」
ロイがエドワードを見下ろして苦笑した。
「確かに、これではまるで猫だな」
一点に集中できる人間ほど射撃能力が高いという話は実際に聞いた事があります。
漫画家とかは初めてでも何度も撃ったことがあるアメリカ人より射撃が上手い場合が結構あるそうですよ。
ところでハボさんにも射撃してもらう予定だったのにすっかり忘れてて終わってしまいました。どうしよう・・・
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06/05/21 脱稿