「で、賭けはオレの勝ちだからな、大佐」
練兵場を出て各々の執務室に戻る道すがら、ロイをびしっと指差したエドワードに、ロイが少々不満げな表情を見せる。
「君、最初から負けるわけがないと分かっていて勝負をふっかけてきただろう。ずるいぞ」
「教官に狙撃手になれって言われるくらいには上手いって分かってるのに、簡単にOKする自分が悪いんだろ。読みが甘いぜ大佐。それにオレだって大佐がどのくらいの腕なのか知らなかったんだから本当に確信があったわけじゃねーし」
「ふう・・・。まあ、仕方あるまい。仕官を二人だったか」
諦めたように腕を組んだロイの目の前で、エドワードが人差し指を立ててチッチッと左右に振った。
「それだけじゃねーよ!大佐が勝てば明日一日サボれる予定だったんだろうけど!負けたってことはサボれないんだからな!真面目に働けよ!!」
「ああ分かった分かった!!中尉が二人居る!!!」
煩そうに耳を塞いだロイに、リザが苦笑した。
「ありがとう、エドワード君」
「中尉もコレの副官じゃ大変だよな〜。同情するよ」
ジャンも同調して頷いた。
「大将の副官はかなり楽だし、その立場の俺から見るとマジで中尉気の毒だなーと思うっスよ」
「お前たちは揃いも揃って・・・!それで鋼の!欲しい士官というのはどこの誰だ?」
「アームストロング少佐のとこのロス少尉とブロッシュ軍曹」
「アームストロング少佐・・・?少佐なら別に私を介さないでも」
そこでふとロイが言葉を切って苦笑した。
「そういう事か。全く、他人のことばかり気にするのは変わっていないな」
「別にいいだろ。約束だからな!」
「ああ、分かったよ」
「それから、大佐のとこで止まってる書類の中に、退役した軍人の部下たちの再編成ってのがあっただろ。あれ、オレのとこにもそろそろ小隊作りたいからこっちにまわしてくんない?ロス少尉とブロッシュ軍曹が来てくれたら、人数的にも丁度いいはずだし」
「げっ」
横で呻いたのはジャンだ。その意味を正確に理解したロイが苦笑いする。
「鋼の、人数が丁度いいのは確かだが、アレだけの人数を再編して登録して支給品を整えてとなると並大抵の仕事量ではないぞ。大丈夫なのかね?」
「だからアンタのとこでも止まってるんだろうが、知ってるよ。でもずっと再編しないわけにはいかねーだろ?このまま放置してたらいざ下士官を人数動かさなきゃって時にあのへん全部使えないってことになっちまう。コッチでは丁度必要だったんだからまわせよ」
「・・・まぁ、下士官だけ残されてしまった集団を、崩壊させないように現状維持しているだけでもこちらは手一杯だったからな。持って行ってくれるのなら有難いよ。任せよう」
「じゃ、後で書類取りに行くから」
ロイの執務室の前でエドワードが手を上げた。
そのままジャンを振り仰ぐ。
「少尉、仕官が二人増えるってことは新しく司令室が必要になるから部屋の申請してくれ。それから二人のデスクとか一式の準備。それが終わったら新しく部隊を編成するのに対象の下士官のデータのファイル全部を持ってきて、過去の所属部隊ごとに分けてファイリングしてくれ。それから」
「ちょっちょっ待っ、一気に言わないでくれ!覚えられねぇよ!!えっと部屋の申請とデスク一式の申請と・・・何?」
「そのくらい覚えろよ!!編成に必要な下士官のファイル!」
そんな会話をしながら去っていく二人の背中を見送って、リザが小さな声で呟いた。
「アレでハボック少尉はエドワード君の副官として役に立っているのでしょうか・・・?」
「奇遇だな、私も全く同じことを考えていたよ。どちらかと言えば鋼のの方が余程副官向きだな。・・・性格さえもう少し温和なら、だが」
マリア・ロスとデニー・ブロッシュの移籍については、エドワードをお気に入りのアレックス・ルイ・アームストロングが1も2もなく了承し、直ぐに移籍の運びとなった。
引越し当日、アームストロングは二人分の荷物を軽々と一人で持ち運び(荷物を運ばれている二人の部下はいたく恐縮していた)、エドワードの執務室に着くなり暑い抱擁を(熱いではない)エドワードに行ったのは、まぁ余談である。
「よろしくな。ロス少尉、ブロッシュ軍曹」
「少佐相当官、じゃなくて本当に上司になっちゃいましたね」
苦笑したブロッシュに、エドワードが慌てて手を振った。
「あっ、別にそう言うの気にしなくていいからな?他の人間いないときは前と同じでかまわねーし」
「でも・・・」
ロスが戸惑った声を上げたとき、ジャンがエドワードの頭に背後から頭を乗せて抱きついた。
「大将〜ファイル運び終わったッスよ〜」
「・・・こういうバカ犬もいるし」
言いながらエドワードが振り向きもせず右手でジャンの脳天にチョップを落とす。
「ただ持ってくるんじゃなくて過去の所属部隊ごとに分けろって言っただろ!さっさと仕事続けろよ!!」
「へーい」
のそのそとジャンがエドワードから離れる。
「ロス少尉とブロッシュ軍曹は、まずは自分の荷物ほどいてデスクの整理しちゃって。それが終わったら下士官の訓練を視察に行って、部隊編成のめどつけておいて欲しい」
ロスとブロッシュが了解、と頷くと司令室にブレダがやってきた。
「大将、国家錬金術師の査定レポートコッチに回させてほしいんだが。大佐の手が空かん」
「分かった、置いていっていいよ」
「いつまでに終わる?」
「明日には片付くよ。それから昨日頼まれてた暗号の解読終わってるからついでに持って行ってくれよ」
「もう?!早ぇな」
てきぱきと仕事を処理していくエドワードの背中を見て、ロスが感心したように頷いた。
「なんか、デキル男って感じね。後5年もすれば、って騒ぐ女性士官が多いのも頷けるわ」
「ええ?!そ、そうなんですか?!」
ロスの言葉にブロッシュが目を見開いた。
「エドワード君の年齢なら、本当はまだ士官学校を卒業すらしていないはずなのに、もう少佐だもの。目をつけられない方がおかしいでしょ」
「へぇ・・・」
ジャン・ハボックは不機嫌だった。
仕事が増えたのは仕方がない。自分たちの部署以外が皆泊まりこみで働いている中、自分たちだけ楽が出来るわけはないのは重々承知している。エドワードがあの場で申し出なくとも、どうせ似たような状況になっただろう。それにアレ以後ブレダたちマスタング組が、仮眠くらいはそれなりに取れるようになったと喜んでいるのを見ればそれについて文句を言おうという気も失せる。
だが、問題は。
その増えた仕事に関する、エドワードの仕事の割り振り方だ。
どうもエドワードは、全ての仕事を優先的にジャンに割り振ってくるようなのだ。
いや、仕事を振られるのはまだいい。信用して任せてくれるのだと考えることもできる。
けれど。
なんだって書類処理とエドワードの視察の護衛という2つの仕事があって、書類処理がジャンの仕事で護衛がロスの仕事になるのだ?
副官は自分だ。護衛は自分のやるべき仕事だ。
その上、恋人なはずなのだ。
抱きつけば殴られる、書類を片付けて話しかければ暇ならこっちをやれと新しい書類が突きつけられる、エドワードが部屋を出るときは必ずロスかブロッシュを連れて行く。
おまけに執務室で鬼のように積み上げられた書類を片っ端から片付けているエドワードには声を掛けることもままならず、ロスとブロッシュが来て以来、この1週間ろくに会話すら出来ていないのだった。
こんな状況では書類に集中することも中々出来ず、ぷかぷかと煙草を吹かしながらちんたらと書類を片付けている。
ここまで来ると、どうも避けられているのではないかという疑いが頭をもたげてきた。
何か嫌われるようなことをしただろうか。あまりに仕事が出来ないと愛想を尽かされたのだろうか。
普通なら楽しみなはずの昼休みも、ここのところ毎日アームストロング少佐と食べるとエドワードがジャンを置いていってしまうため、ただブルーになるだけの時間になってしまった。
深々と溜息を吐くと後ろからファイルで頭を叩かれた。
「溜息ばっかついてんなよ。・・・ロス少尉、今日も昼は弁当?」
「ええ」
「ブロッシュ軍曹も買ってきたんだ?」
「うん」
「じゃ、ハボック少尉、昼飯行くか」
これだけ嬉しくない誘われ方は他にないだろう。自分が選択肢の一番最後だとはっきり言われたようなものだ。
「今日はアームストロング少佐と一緒じゃないんスか?」
「え?今日から少佐は北方視察で出張だし」
3番目ですらないのか。ふーと溜息混じりに煙を吐き出すと、エドワードが訝しそうな声を出した。
「少尉・・・?」
「いーえ。んじゃお供いたしますよエルリック少佐」
「・・・あのさ、少尉」
「なんスか〜?」
「何か、怒ってる?」
いざ食堂で向かい合って座っても、一向に喋ろうとしないジャンにしびれを切らしたか、エドワードが上目遣いでジャンを見た。
「別にいつも通りッスよ」
本当は久しぶりに色々話せるチャンスを貰ったのだからもっと話を弾ませればいいのだろうが。
直前の食事のお誘いの仕方に激しく傷ついてしまって、どうにもテンションが下がったままだった。
「いつも通りじゃねぇだろ?!いつもはもっと」
「いつも通りですよ、少なくともこの1週間エルリック少佐と俺は碌に口をきいてもいないんだから」
困惑したらしいエドワードが眉をハの字にしている。
「それは別に仕事してるからだろ?」
「分かってますよエルリック少佐は本当に真面目に仕事を頑張っていらっしゃいますよ。副官としちゃー嬉しい限りです」
みっともないくらい絡んでいるなぁという自覚はあるのだが、一度ぐちぐちやりだすとなかなか止められない。
「エルリック少佐にとっちゃ俺の優先順位なんか最下層なんですから気にしないで下さいよ。ロス少尉やブロッシュ軍曹と居る方が楽しいんでしょう?」
「・・・何だよそれ」
「さっきだって二人に断られたから俺を誘ったんだろーし。そんなに俺が嫌なら放っときゃいいじゃないですか」
「さっきのはロス少尉もブロッシュ軍曹も食堂に行かないんだろうなって確認したかっただけなんだけど・・・」
「でもそれで食堂行くって言ったらあっちと一緒に食事するつもりだったんだろ。行かないとは限らねぇだろうが」
「?もし食堂来るんだったらハボック少尉も誘って皆でって思ってたけど、それはともかく・・・」
エドワードが身を乗り出してジャンの目を真剣に覗き込んだ。
「少尉、もしかしてここん所派閥争いが酷くなってるの、気づいてないのか?」
「派閥争い?」
それがこの話と何の関係が、と言おうとするとエドワードが溜息をついた。
「上が結構空いたせいで、上を狙いたい連中が色々動き始めててさ。能力・実績ともに一番手だけど、将軍クラスの後ろ盾が足りなくて、だからこそ結構敵が多いのがマスタング派・・・つまり俺たちな」
「そらまぁ、前からだけど」
「でも、オレが入ってからは特に嫌がらせが激化してきてる。オレがまぁ、実績とかの関係で鳴り物入りだったのもあって特に実績の足りない大佐・准将クラスの派閥の連中がわざわざマスタング組に書類を全部回してきたりしてるんだよ。ブレダ少尉たちも前よりかなり忙しそうだろ。オレが片付けてる分の仕事は減ってるはずなのに」
「・・・言われてみりゃそうだな・・・」
エドワードが来る前は、深夜になるとは言え一応帰宅くらいは出来ていたはずだ。それが今では仮眠できるかどうかと言うくらいまで追い詰められている。
「でもまぁ、マスタング派はトップの力が結構強いから、嫌がらせはそう言うことだけに押さえられてるんだけど。それとは逆に、将軍の後ろ盾はあるもののトップの外交能力の問題で職務以外でも嫌がらせを受けてるのがアームストロング派だ」
「え・・・」
「少佐の家は名門だし、現職の将軍も居るから後ろ盾はばっちりだけど、少佐自身の権力が低くて部下の士官に対するあからさまな嫌がらせを押さえきれていない。食堂の中見回してみろよ、少佐の部下は一人も食堂に来てねーぞ。下手にこういうとこ来ると嫌がらせされるんだ」
言われてジャンは首を巡らせた。
「ロス少尉たちは一応オレの下に移ったけど、今みたいな状況だから、今は貸し出されてるだけでいずれアームストロング派に帰るだけなんじゃないかとか色々言われてる。だから嫌がらせが止んでなくて・・・大体この忙しいのに食堂を使わないで弁当を持ってくるのって大変だぞ?それでも弁当を持ってくるのにはそれだけの理由があるんだよ」
「あ、だから来ないと思ったのか・・・」
「この一週間、優先的にあの二人連れて歩いて、マスタング派だって結構アピールしたんだけどな。なかなか上手くいかない」
「それどころか今度は逆方向の噂が立っているぞ、鋼の」
よく聞き覚えのある声に、テーブルの横にたった人物を振り仰げばロイ・マスタングが立っていた。
「一緒してもいいかね?全く久しぶりに二人で居るからもう少し色気のある話でもしているのかと思えば、派閥争いが話題とはな」
「うるせぇな。逆方向の噂って何だよ?」
ロイがエドワードの隣の席に食事のトレイを置いて腰を下ろす。
「君はここの所元アームストロング少佐の部下ばかりを連れまわし、昼は少佐とばかり一緒に食事をしていただろう?エルリック少佐はこのままマスタング派に居てもロイ・マスタングが居る限りトップにはなれない。だからこの際アームストロング派に乗り換えてアームストロング家をバックに自分がトップに立とうとしているのではないか・・・とね」
「ああ?」
あからさまに顔を顰めたエドワードにはそんなつもりは微塵もないのだろう。
「実際少佐は君のことをかなり気に入っているし、君の能力からすれば不可能ではないな。むしろ君ほどの能力を持った人間が私の下に甘んじていることをいぶかしむ人間がそんなことを言い出しても無理はない。それに私の派閥にばかり力が集まっていることを不快に思う人間が、君と私を仲違いさせたいと画策すれば、この噂は都合がいいだろう。真偽の程はどうであれな」
「つまり誰かがマコトシヤカに大佐にその噂を囁いてくれちゃったわけな。で、大佐はその噂を否定するために普段は使わない食堂にまで来てくれたわけだ」
「ハハハ。しかし君のやり方も問題があるぞ。せめて昼くらいハボックと一緒に行動していれば、ここまで噂が広まることもなかっただろうに」
「しょうがねぇだろ。あの二人が元気でやってるか、少佐がすげー心配してるんだから。昼に飯食いがてら報告してたんだよ」
口を尖らせたエドワードにロイが苦笑する。
「大体あの二人を移籍させるのに君が直接動くのではなく私を介したのは、マスタング派アームストロング派双方への嫌がらせを緩和するつもりだったのだろうに。君が表立ってアームストロング少佐と関係を深めてしまっては意味がないだろう」
「へ?それでどうして嫌がらせが減るんスか?」
目を丸くしたジャンにロイが肩をすくめた。
「何でその2派に嫌がらせが多いのかを考えれば分かるだろう。私は充分すぎるほどの力がありながら後ろ盾が足りないせいで嫌がらせを受ける。一方アームストロング少佐は後ろ盾は充分だが本人の力が足りない。ならばこの2派が傍目に見ても分かるほどに親交を結び、足りないものを補えば嫌がらせなど自然と収まる」
「あ・・・、成る程」
「ロイ・マスタングが重用していると有名なエルリック少佐に、私本人がアームストロング少佐から譲り受けた士官をつけたとなれば、それだけアームストロング少佐を信用していると周囲に示すことが出来る。更にエルリック少佐もその士官に信頼を置き、士官の方も誠実にその信頼に応えているとなれば疑う余地はなくなるはずだった・・・が」
ロイがちらりとエドワードを横目で見た。
「エルリック少佐がアームストロング少佐とやたらと親交を深めていたため、妙な噂が立って本来私が表に立つことで収まるはずだった嫌がらせが未だ収まる気配がない、と」
「分かったよ!悪かったよ!迂闊だった!」
エドワードがお手上げとばかりに両手を上げる。
「本当は少佐官同士で親交を深めても何ら問題はないはずなんだがな。現状では少し控えてくれ。あの二人のことは私に報告しなさい。私から少佐に伝えるようにすれば状況も変わるだろう」
「悪ぃな、手間かけさせて」
「いや。それで書類が減るなら私も万万歳だよ」
ようやくここしばらくのエドワードの行動の意味を知ることが出来、ジャンは溜息を吐いた。
「ホント、派閥争いだ何だって連中はくだらねぇ噂話が好きッスよね・・・」
その様子を見たロイが少々呆れた顔をする。
「ハボック・・・前々から思っていたが、お前はそう言う周囲の話題に対して疎すぎだ。もう少しアンテナを張っておけ」
「・・・少尉の飄々として回りに流されないところは長所でもあるんだけどな」
ぽそりと呟いたエドワードに、ロイが眉を上げた。
「そう言うところに惚れたと?」
「んなっ」
一瞬にしてエドワードの顔が真っ赤に染まる。
「ばばばばばバカじゃねーのっこのアホ大佐クソ大佐バカ大佐っ!!」
「ハハハハハ!正直だな」
エドワードは隣に座るロイの腕をばしばし叩いている。ジャンがふと周囲に視線をまわすと、ロイとエドワードを見てひそひそ話をしている人間が数人目に付いた。おそらく先ほど話題に出ていた噂の話をしているのだろう。
「そうそう、噂と言えばな」
そろそろ叩かれるのが痛くなったのか、ロイがエドワードの腕を掴んで拘束しながら話題を変えた。
「知っているか?鋼のの執務室は『金髪部屋』と呼ばれているらしいぞ」
「金髪部屋?何だそりゃ」
「鋼のの金髪が印象的なのもあるだろうが、副官のハボックも金髪だし、新しく来たブロッシュ軍曹も金髪だろう?その上私のところから書類を届けに行くのも大抵金髪の中尉かブレダだからな。それで金髪ばかりが出入りする部屋、と言われているんだ」
「大佐、でもロス少尉は黒髪ッスよ」
「私が言い出したのでは無いから知らん。だがまぁ軍では金髪の人間は4割に満たないだろうに、随分と比率が高いのは事実だな」
「それに中尉とかブレダ少尉がよく出入りするって、それ以上によくアンタが来るじゃないか。サボって逃げ出して」
「あ」
ロイの背後に、よく見知った人物が立ってジャンが声をあげた。だがロイは気がついていない。
「ハッハッハ、それは君の部屋に入るところを他の人間に見られるようではすぐに中尉に発見されるからだよ。見られないように逃げ込んでいるに決まっているじゃないか」
「それでここの所普段良く逃げ込んでおられる場所に居なかったんですね」
一気に気温が氷点下まで下がりそうな声に、ロイが固まった。エドワードがその人物を振り仰ぐ。
「あ、ホークアイ中尉」
「エドワード君、今度大佐がサボって居るのに遭遇したら引き止めておいて貰えないかしら。探しに行くから」
「う、うん。分かったよ」
ロイはヘビに睨まれた蛙のように冷や汗をだらだら流している。
「あ、あの、中尉。中尉もご一緒にどうッスか?」
ジャンが自分の隣の椅子を引くと、リザは一つ溜息を吐いてその席に移動した。
「中尉、ゴメンな?書類に夢中になってて顔上げたら何時の間にかソファーで大佐が寝てることが結構あるんだよ」
「いいのよ、エドワード君は悪くないから」
にっこりとエドワードに笑顔を向けたリザが、キッとロイにはきつい視線を向ける。
「大佐、ここの所お疲れでいらっしゃることは承知しています。ですが休みたいのでしたらきちんと時間を決めて仮眠室で休んでいただけませんか。何も仰らずに逃げ出されては困ります」
「わ、分かっているよ。でも私はあの仮眠室の雑魚寝の雰囲気が嫌いなんだ」
「でしたらエドワード君の執務室ではなく、せめてご自分の執務室のソファーでお休みになってください」
「は、はい・・・」
全く顔を上げられないロイに、エドワードが苦笑した。
「中尉、その辺にしておこうぜ。やっぱ疲れてるのも大きいんだろうし」
「は、鋼の・・・」
ロイが縋るような目でエドワードを見る。
「エドワード君、あまり甘やかしちゃダメよ」
「アッハハハ。ほら、飴と鞭って言うじゃん。厳しいだけじゃ馬は走らないし」
「オイ!!」
目を剥いたロイにエドワードがキシシシ、と悪戯っ子のように笑った。
「そうそう、金髪といえばさ。オレが聞いた話だと、大佐が金髪フェチって噂になってたぜ」
「何?」
「ほら、オレと大佐が出歩くときってホークアイ中尉とハボック少尉がついてくるわけじゃん?そうすると大佐が金髪ばっかり連れて歩いてるみたいに見えるってさ。マスタング大佐は、金髪の人間ばかり重用する、って」
「・・・私は気に入ったものしか傍に置かない主義だが、金髪の人間が多いのはただの偶然だぞ」
「俺が聞いた話じゃ大佐の好みは金髪釣り目の美人、ですけどね」
「それじゃホークアイ中尉ピンポイントじゃん」
好み関係無くねぇ?と言ったエドワードに、リザがクスクスと笑った。
「違うでしょう。エドワード君のことも含めて揶揄しているのよ」
「その通りッス」
噂話に疎いと自他共に認めるジャンがそんな話を知っているのは、ロイはあの二人両方に手をつけているのか?と聞かれたからだ。返事は当然拳になったが。
「美人って何だよオレ男だぞ!?」
「心外だ。こんなちまいのに手をつけるほど不自由していない」
「誰が子ども並のドチビだーーーーーーっ!!」
瞬間的に沸騰したエドワードに、他の3人が笑い声をあげた。
昼食を終え、司令室に戻るなりエドワードが指をちょいちょいと曲げてジャンを呼んだ。
「ハボック少尉、オレの執務室に来てくれ。いやむしろ来い」
「へぇ」
少々間抜けな返事をして、素直にエドワードの執務室に入る。ジャンが入室した後、エドワードが執務室の鍵を中から掛けた。
「たいしょ」
「こんんんんのバカ少尉がぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぐほぅぁっ!!」
振り向きざまにエドワードの渾身の右ストレートを腹に食らい、ジャンは膝をついた。
「たっ・・・」
「誰の優先順位が最下層だこのバカ!アホ!あほたれ少尉!!!」
「た、大将・・・愛があるならせめて右は勘弁・・・」
脂汗を流しながら哀願すると今度は左足で蹴飛ばされた。
「そ、そっちも機械鎧じゃねーか・・・」
「うるさい!!そんくらいされて当たり前だこのバカバカバカバカ!!カバ!脳みそ筋肉!!」
「ひ、ひで」
そのまま突き飛ばされて尻餅をつくと、エドワードが膝の上に乗りあがってきた。そして頭をしっかりと抱きしめられる。
「バカ少尉め!何でオレが必死で仕事してたのかくらい気づきやがれ!」
「へっ・・・?」
「ちょっと早く帰れた日はあったけど、アンタこの1ヶ月以上まともに休暇取れてないだろうが!!だからその、早く休ませてやりたくて、オレががんばって仕事片付ければ休暇も取れるから・・・」
最後の方はぼそぼそと呟くような声になってしまったエドワードの顔を見ようとして首を上げるとヘッドロックを掛けられた。
「ぐぇぇえええ!!大将ギブギブ!!」
「うるせぇ!!大人しくしてろ!!1ミリたりとも動くな!!」
「ら、らじゃー・・・」
気が済むまで好きなようにさせないと殺されそうな勢いだ。エドワードの手がわしわしとジャンの後ろ頭を撫でているのを感じて、ジャンは目を閉じた。
「・・・少尉の髪って結構柔らかいな。もっとツンツンしてるのかと思ってた」
「ん〜?」
また首を閉められるかもと思いながらもジャンもエドワードの後ろ髪に手を伸ばす。だがエドワードは特に抵抗しなかった。
「大将のはすげーさらさらしてるよな。癖とかついてるの見たことねぇ」
「・・・大佐が金髪フェチでも少尉の髪を一番好きなのはオレなんだからな」
「え?何?」
「何でもねぇっ!」
「今『少尉の髪を一番好きなのはオレ』って言ったか?」
「聞こえてるじゃねーか!!!」
後ろ頭を軽くはたかれる。ジャンは苦笑した。
「大将、この1週間全く相手してくれなかった理由は分かったんだけどよ、正直それでも俺はすげー寂しかったんだよな」
「う・・・」
「休暇を、って言ってくれるのも嬉しいけど、正直恋人も一緒に休暇じゃないとデートも出来ねぇし?それじゃ寂しく独り1日ベッドでゴロゴロして過ごすしかねーんだよなー。寂しいの全然解消されないんですけど?」
「え・・・え、と、その・・・」
「ここはひとつ、副官の職権を乱用させてもらって。俺の休暇と大将の休暇を同じ日にしちまいたいと画策してるんスが。いかがでしょ?」
にっと笑ってエドワードの顔を覗き込むと、エドワードは頬を染めて頷いた。
エドが食堂では流したことを部屋に帰ってから激怒したのは、最初ハボが何を言いたいのか理解していなかったためです。
それにしてもうちのエドは、殴るわ蹴るわ首絞めるわ、可愛くない受けだなぁ(^^;
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06/05/22 脱稿