【15】ガタイいいよな

挨拶やらなにやら面倒なことは一通り終わり、パーティーもようやく佳境に入った。
食事の時間になり、ようやく護衛も少し休憩が取れるようになったので、ジャンは一人でテラスに出た。会場内は禁煙のため、そろそろニコチン不足になってきていたのである。
「あら、ハボック少尉」
「あ、ホークアイ中・・・大尉。どうしたんスか、こんなところで」
「会場内が少し暑かったから、涼んでいたの。貴方は煙草?」
「そうッス。ここで吸っても大丈夫ッスか?」
「構わないわよ」
リザの隣で煙草に火を点す。その手にふと視線を向けたリザが微笑んだ。
「あら、カフスは買わないと言っていたのに、結局買ったの?良いカフスね」
「あ、これは大将がくれたんスよ」
「エドワード君が?」
「何か、俺が大将のカフスを選んだから、大将も俺のを選びたかったとか言って。なんかたかったみたいになっちまってカッコ悪いんスけどね」
リザがカフスにじっと視線を落とす。
「じゃあ、これはエドワード君が自分で選んだと言うことよね・・・」
「?そうだと思いますけど」
「貴方、愛されてるのね」
突如わけのわからない方向に話が飛んだリザに、ジャンは煙草を噴出した。
「何スか、突然」
エドワードがジャンのカフスを選びたくて買ってきた、と言うのはまぁ確かに惚気だとは思うが、何もそこまで真剣に言われることではないと思う。
「エドワード君の、凄いセンスは見たでしょう?」
「あ・・・あー・・・」
言われてみれば、よく髑髏型のカフスを買ってこなかったものだ、と思った。
リザがジャンのカフスに手をかける。
「自分が好きなものではなくて、ハボック少尉に似合うものを選んだのね。誰かに物を贈るときって、普通は自分の趣味を押し付けがちなのだけど」
ジャンも肘を上げてカフスを覗き込んだ。シンプルでいて、けれど存在感のあるスカイブルーのカフス。
「これは、アクアマリンかしら。貴方の瞳の色と同じ色なのね」
「あ、そうか、俺のことを空のイメージだって言ってたから・・・」
「あら、それは惚気?」
「やっいやいやいやいや!!そそそそんなことはっ!!」
赤くなって慌てて手を振ったジャンに、リザがクスクスと笑う。
「仲が良いのは良いけれど、最近友人を蔑ろにしていない?ブレダ少尉が、貴方が碌にこちらの司令室に顔を出さないとぼやいていたわよ」
「え、そうなんスか?大佐・・・じゃなかった、准将のトコにはよく書類を持っていくんスけど」
「でも、そのまま司令室には顔を出さないで帰るでしょう?仕事をサボれと言う気は無いけれど、貴方達の司令室は書類が溜まったりしていないでしょうから、少しくらい顔を出しても良いと思うわよ」
「あー・・・。そう言えば連中の顔しばらく見てないかも・・・。なんていうか、大将が凄く真面目に仕事するタイプなんで、一緒に居ると影響されるんスよね」
「半分くらい、その真面目さを准将に分けて欲しいわね」
「確かに。っつーかこっちは准将の不真面目さを半分分けて欲しいッスよ?」
顔を見合わせてクスクスと笑いあう。
「そろそろ、戻りましょうか」
「そっすね。放って置くのは心配な上官が2人ばかりいますからね」
連れ立ってテラスから室内へ足を踏み入れる。と、エドワードがフラフラしているのが直ぐに目に付いた。
「エルリック少佐?」
慌てて声を掛けて近寄ると、エドワードが振り返った。
「あ〜〜〜〜〜。しょーいー、みっけたーーーー」
足元も怪しいが呂律も怪しい。
「探しだんだぞぅっ」
エドワードがジャンの胸元に顔を埋める。エドワードが人前でこんなことをするなんてことは通常ありえない。どうしたのかと身体をかがめれば。
「うっ・・・酒くせぇ・・・!」
明らかなアルコールの匂いにジャンは顔を顰めた。
「酔っ払っているの?」
「そうみたいっス。背が伸びなくなるから飲まないって言ってたくせに」
「・・・将軍クラスの人に薦められれば断れないと言うこともあるでしょう。それにしても困ったわね」
明らかに動きが怪しいエドワードが、周囲の注目を集め始めている。
「しょお〜〜〜〜い〜〜〜〜〜」
「はいはいはい!」
エドワードの手がさわさわとジャンの身体を撫で回している。
「・・・ちょっとー・・・何をやってるんスかー・・・」
「しょーいはぁ、ガタイいいよなぁ〜・・・」
普通の場所だったら無理矢理止めさせるところだが、周囲の将軍クラスの視線が背中に突き刺さっている。これでは上官にあまり乱暴なことをするわけにはいかない。
「オレ、しょーいの身体すきー・・・」
注目を浴びていると言うのに誤解されるような問題発言をしないでくれ。
「あーはいはい、それはどうもー・・・っておわぁ!?」
ジャンの身体を撫で回していたエドワードの手が、今度はスーツを脱がしに掛かっている。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待った!!いくらなんでもっ」
エドワードはジャンの聞く耳を持たず、さっさとジャンのスーツの上着のボタンを外してしまう。
助けを求めようにも、周囲の人間は失笑しているばかりだった。
「胸筋〜♪」
「勘弁してくださいよ〜っ」
「やだ〜♪」
更にエドワードがジャンのシャツも脱がしに掛かる。
「おい!何をしている!!」
ロイが人ごみを掻き分けてやってくる。ようやくエドワードを制止できる立場の人間が来て、ジャンは安堵の溜息を吐いた。
「准将、なんか酔っ払ってるみたいッス」
ロイが両手をジャンに捉まれたままふにゃふにゃしているエドワードに視線を向けて眉を顰めた。
「誰だ、猫にまたたびを与えたのは・・・!」
「私とハボック少尉が来た時点では既にこの状態でした。エルリック少佐は軍の公職についていますから、法律上は成人扱いで飲酒をしても法律違反にはなりませんが、それ以前に10代の少年にアルコールを飲ませるのは身体に良くありませんね」
「ホークアイ大尉、猫を酔いが醒めるまで閉じ込めておく個室を手配してくれ」
「了解しました」
リザが立ち去る。
「まったく・・・何故目を放した」
「スンマセン、ヤニ切れで・・・ってだから止めてくださいってばエルリック少佐!!」
少しロイに気を取られれば、エドワードの手が掴んでいたジャンの手からすぽっと抜かれ、再びシャツを脱がしに掛かっている。
もう一度手を掴まえる前にシャツのボタンを全て外されてしまった。
「無駄の無いじつよーてきな筋肉っていいよなぁ〜」
「いや、だからあの」
「あー火傷の跡だー」
ジャンの素肌に直接すりついているエドワードに、ロイが呆れた目を向けた。
「・・・筋肉フェチだったのか?」
「変なこと言わないで下さいよっ!それより止めさせてくださいよ」
「ああ、それもそうだな」
ロイがエドワードの襟を掴んで引っ張る。
「コラ、やめないか」
「あ〜たいさだ〜」
「もう大佐ではない、准将だ。君がそうしたのだろうが」
「な〜たいさぁ〜」
最早会話が成立していない。
「一体どれだけ飲んだんだ・・・!」
ロイが溜息を吐いた隙に、エドワードがいきなりロイのスーツもめくり上げた。
「おわ!?」
「あ〜、大佐も意外といー筋肉してら〜♪」
「こ、コラ!!止めたまえ!!」
さわさわとロイの腹筋を撫で始めたエドワードに、ロイがうろたえる。
「あー、火傷のあとー。しょーいと同じー」
「触りたいならハボックを触れ!!」
ロイがエドワードを押しのけてジャンに押し付けた。
「ちょっとぉ!?そりゃ俺はスケープゴートッスか?!」
「他の奴にべたべた触るよりはマシだろうが。諦めろ」
そこに、リザが戻ってきた。
「准将、準備が出来ました」
「あー、ちゅーいもいるー」
ふらりとエドワードがリザの元へ向おうとしたのを、慌ててジャンが後ろから羽交い絞めにし、エドワードとリザの間にロイが割ってはいった。
「それだけは本当に駄目だ・・・!」
「女性にはやるな女性には!ハボックにしておけと言っているだろう!」
「あの、酔っ払いに絡まれるくらい大したことではありませんが・・・?エドワード君ですし」
庇われたリザが戸惑った表情を見せる。ロイとジャンは揃って首を振った。
「身体に触ろうとするのも問題だが、触る前に視認しようとするんだコイツは・・・!」
「脱がそうとするんで、絶対に駄目ッス」
リザがジャンの格好と乱されたロイのスーツを見て苦笑する。
「大尉、とにかくこの猫を連れて行ってしまってくれ。ハボック、担いででもいいからさっさと持っていけ」
「Yes, sir」
ジャンがエドワードを抱き上げると、エドワードは満足そうにジャンに擦りついた。
リザの案内でジャンがそのままエドワードを運んでいく。
台風の目を運ぶジャンの背を見送り、ロイは溜息を吐いて身なりを整えた。
「やぁ、大騒ぎだったね」
ひとの良さそうな声にロイが振り返り、頭を下げた。
「グラマン中将!ご無沙汰しております。お見苦しい所をお見せしました」
「いやいや、すまんかったね」
「は・・・?」
何を謝られたのかと顔を上げれば、グラマンは好々爺の笑顔のままで自身の鼻を指差した。
「あの子に酒を飲ませたの、ワシ」
「貴方でしたか・・・!」
ロイががっくりと肩を落とす。グラマンは数少ないロイの後ろ盾の一人だ。エドワードも適当に断わる気にならなかったのだろう。
「いや、意外と強かったから勧め過ぎたよ。ワイン瓶2本分も飲ませてしまった」
「・・・正規の軍人になったとは言え、アレはまだ16歳です。ですから、その、あまり・・・」
苦情を言おうとしたロイに、グラマンがうんうんと頷く。
「16歳の男の子に、妙な薬を1服盛ろうなんて、まともな大人のすることではないのう」
「・・・どういうことですか?」
「あの子の飲み物に薬を盛ろうとした士官を見かけたよ。それを飲む前にワシの酒に付き合えと呼び寄せたけどね」
ロイの顔色が変わる。
「その士官の顔はお分かりですか?」
「いんや。遠目だったし、中央の人間の顔はあまり分からんから・・・けど、中央の人間なのは確かだと思うよ」
「そうですか・・・お手数お掛けしました」
「いやいや。その薬が入ってる飲み物はワシの副官に保管させてあるから、後で取りに来るといいよ。薬の内容物を分析すれば、犯人の手がかりが分かるかもしれんしの」
飄々と言ってのけるグラマンは、好々爺の顔はしていてもやはり中将の地位に上り詰めただけのことはある。
「それにしてもマスタング君も運がいいねぇ。あんな風に酔っ払うとは思っていなかったけど、彼のお陰でパーティーも無事に終わりそうだね」
グラマンが手にしていたグラスに口をつける。
「君の昇進を喜ばない連中が、このパーティーでせめて君のポーカーフェイスを崩してやろう、なんて良からぬ事を企んでいた様だけど、さっきのアレを見てこそこそ撤退していったみたいだよ」
そう言うことを計画しているらしい、と言うのはロイの方でも掴んではいた。無論、そんな子供じみた話に乗るつもりはさらさら無かったのだが。
「・・・それは、諦めたのでしょうか?」
「連中じゃ角を立てずにあそこまで君を慌てさせるのは無理だろうし、君があれほど慌てた様子を見せた後に、そんなことをやってあっさり流されたらみっともないしね。将軍職になった君と本気でやりあうほど馬鹿でも無いだろう」
「中止にした、と言うのならばそれに越したことはないんですが、その原因となったアレが良かったのかと言われると悩みどころですね」
ロイが苦笑して肩を竦めると、グラマンも面白そうに笑って頷いた。

 
リザに案内された部屋で、ジャンがエドワードをソファーに降ろすと、エドワードはむずかってジャンにしがみついた。
「酔っ払ってると、本当にただの子供だなぁ・・・」
「理性の箍が外れるのかしらね。水を持ってくるように、下士官に頼んでおくわ。私は准将の所に戻らなくてはいけないから」
「あ、すんませんお願いします」
リザが部屋を後にしてドアを閉める。
「このままじゃスーツが皺んなるな・・・」
エドワードをしがみつかせたまま、自分のスーツの上着を脱いでしまう。ボタンはエドワードに外されたままだったので、脱ぐのはそう難しいことではなかった。
「ほら、大将。上だけでも脱げって」
「ん〜・・・」
しがみつく手をそっと外して、スーツのボタンに手をかける。すると、エドワードの手がジャンの頬を挟んだ。
「ん?」
「しょーい・・・」
引き寄せられて、唇が重なる。まるで吸盤のように吸い付かれて、ジャンは内心苦笑した。
とにかく、それで大人しくなるならそのままにしておいて、先にスーツを脱がせたほうが良いだろう。
手早くスーツのボタンを外し、ジャンはエドワードの上着を脱がす為に手を滑らせた。
その瞬間。突然部屋のドアが開けられた。
「失礼しま・・・・うわーーーーーー!!」
水を届けに来たらしい仕官の手から、水の入ったピッチャーが滑り落ちて床で砕ける。
「ああっ!?あ、いや、これは」
「うわぁぁああぁああぁあああ〜〜〜〜〜〜!!」
そのままその仕官は走って逃げていってしまった。
「や、やべぇ・・・」
青くなったジャンを他所に、エドワードはジャンの身体をまた触りまくっている。
どうも、頭の痛い事態になりそうだった。



無闇に肥大化させた筋肉より、実用的な筋肉が好きです(私が)。
ハボの身体は理想的ですね〜

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06/06/16 脱稿