『で・・・、アレわざとだろ』
「まぁ、いいじゃないか。あと3日もすれば知れる話だ」
『良くねぇよ!!お陰でとんでもないことになったじゃねーか!!』
「ほう。その『とんでもないこと』と言うのはどんなことかな」
『うっ・・・』
「ハボックだって別に気にしなくていいと言っていただろう。君は気にしなくていいのではないかね?」
『・・・ちょっと待て。何でアンタがそれを知ってる』
「ハハハ。丁度ね、無線で1km程度離れた場所の音を拾えるマイクのテストをしていたんだ。ハボックに気づかれんようにちょっと持たせておいただけだよ」
『・・・っつまり盗み聞きしてやがったなこのクソ大佐ァァァァァァッ!!!』
鼓膜が破れんばかりの大声が受話器から聞こえ、ロイは眉を顰めながら受話器を遠くに放した。
怒鳴り声が終わったのを確認して、再び耳に押し当てる。
「恥をかいたのはハボックで、君はただ一方的に言われて逃げられただけじゃないか」
『オレだって恥ずかしいわこのボケ!!』
「まぁそれは兎も角だ。君、返事はどうする気なのかな?」
『え・・・』
「あれから連絡を取っているとは思えないしな。まだなんだろう?」
『そ、それは・・・』
相手がらしくなく口ごもったのを感じ、ロイは口の端に笑みを浮かべた。
「ああ、私が先に聞くのは良くないな。本人に代わろう」
『へっ!?いいいいやちょっと待て代わらな』
皆まで聞かずに、ロイは電話の内線ボタンを押した。
そのまま自室を出て、隣の執務室へ移動する。
「ハボック!」
「?なんスか?」
電話してたんじゃ、と言ったジャンに、にやりと笑う。
「その電話だが・・・今、鋼のに繋がっている」
「っ!!」
「保留の1番だ」
ジャンが恐る恐る電話に手を伸ばす。その横で、ロイは別な電話機の受話器を取った。
「!大佐!!止めて下さいよ!!」
ここの電話は他の電話の会話を聞くことが出来るのだ。
「いいからさっさと取れ、ハボック。取らないなら私が取って君とは話したくないらしいと伝えておくぞ」
「〜〜っ!!クソッ」
やけくその様に受話器を取ったジャンが、保留ボタンをおす。
「も、もしもし!!」
『あ・・・』
「そ、その・・・大将?」
『う、うん。い、一週間ぶり?はは・・・』
「・・・」
『・・・』
「・・・った、大将!」
『ごごごゴメンじゃあなっ ガチャン ツーツーツー』
「ええ?!ちょ、ちょっと大将?!もしもし、もしもーーーーし!!!」
突然切れてしまった電話に、ジャンが必死で呼びかけている。正直ロイもこの反応は予想外だった。
「大佐、大佐。どうなったんスか」
小声でブレダが問いかけてくる。
「挨拶しただけでいきなり電話を切られた・・・」
「あちゃ・・・」
ブレダが額を押さえた。ジャンは受話器を握り締めたまま虚ろな目で中空を見つめている。
「ごめんって・・・ごめんってそういう事か?それが答えって事か大将・・・」
「いや、今のは電話を切ることに対してだと思うが・・・」
「そんなこと言い切れないじゃないっスか!!!」
ジャンはロイに噛み付くように怒鳴ったかと思うと、電話を放り出して頭を抱えて蹲った。
「ああ・・・もう駄目だ・・・もう嫌だ・・・帰りたい・・・」
でかい図体の男が丸くなって暗雲を背負っている様はかなりうっとおしい。
このジャン・ハボックと言う男は、こと特定の方向に関してはやたらと精神的に虚弱で、振られると寝込んだり引きこもったりする場合があることをすっかり失念していた。
少しからかい過ぎたか。
これでは後3日はろくに役に立たないだろう。ロイはうっとおしく床にのの字を書いている部下を見やって溜息を吐いた。
「おい、ハボ。いい加減立ち直れや」
エドワードに電話を切られて以来、一応出勤はするものの一日中デスクに突っ伏しているだけの同僚に向ってブレダが苦言を吐いた。
「もうアレから3日も経ってるんだぞ?」
「まぁまぁ、ブレダ少尉」
割って入ったのはフュリーだ。
「真面目に出勤しているだけでもいいじゃないですか。家に篭ったりしてないですし」
「来るだけ来たって仕事してなけりゃ邪魔なだけだろ」
「そ、それはそうなんですけど・・・」
「ヴァ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「お」
ジャンが地の底を這うような声を出して起き上がった。
だが、起き上がるなり煙草に手を伸ばしたジャンにブレダが顔をしかめる。
「・・・起きたと思えば煙草かよ。お前この3日寝てるか煙草吸ってるか便所か飯かしかやってねーんだぞ?!」
「放っておいてくれ・・・」
「アホか!ただでさえ仕事が多いのに何でお前の分までやらにゃならん!」
そんな話をしている部屋に、ロイが入ってくる。
「皆、ちょっと話を聞け」
それまで我関せずと書類を片付けていたファルマンを含め、全員がロイに視線を向けた。
「今日から私の配下に新しく一人配属されることになった」
「こんな時期に配置換えですか?」
ただでさえ忙しいのに、配置換えなんてことに手を裂く時間でさえ惜しいでしょうに、と首をかしげたファルマンにロイはただ無言で笑った。
「大佐〜そりゃ新人の可愛い〜い女の子ッスかねぇ〜」
やる気も興味もなさそうな声でジャンが質問する。
「女の子でも新人でもないな。大体私の直属に配置される人間が新人のはずが無いだろう。新人だったら私の下のさらに下・・・お前達の部隊のうちのどれかに配属になるだろうが」
「何だ・・・可愛い女の子でもくりゃまだ気もまぎれるのに・・・」
ぼやきながら椅子を斜めにしているジャンに代わり今度はブレダが口を開いた。
「じゃあ、士官なんスね」
「ああ。少佐だ。一応私の下、となってはいるが、ここでやっていた仕事の一部を完全に切り分けてそちらで処理してもらうことになる」
「ああ、じゃあ少なくとも俺らの仕事は多少楽になるかもしれんっちゅーことですか。そりゃーいい」
「で、だ。ここから仕事を切り分けるとなるとその少佐に当然副官をつける必要があるわけだ。ハボック、お前に行ってもらう」
その途端ジャンが硬直した。
「な・・・んでッスか?俺がここんところ碌に働いてないからッスか?!」
「自覚はあるんじゃないか」
「俺は嫌ッス!!」
「ほう」
「俺は別にただ軍にしがみついて復帰したわけじゃない!ここで外されたら、俺は何のために戻ってきたんだかっ・・・」
ぎり、と拳を握り締めたジャンに、ロイがふぅ、と溜息を吐いた。
「その言葉通りの働きをしているようには見えんがな。まぁいい、私も鬼ではない。どうしても嫌だと言うなら少佐と相談して人選をやり直そう。あまり役立たずをやっても少佐が気の毒だしな」
ロイの斜め後ろでリザが僅かに視線を伏せた。
「ああ、あまり待たせるのも悪いな。ではそろそろ紹介しようか。入りたまえ!」
ロイがドアに向って声を掛ける。
ゆっくりと開いたドアから入ってきた人物を認め、派手な音を立ててジャンが椅子ごと後ろにひっくり返った。
真新しい青の軍服に身を包んだ、金髪金目が印象的な少年。その肩には少佐階級章が輝いている。
「よっ」
ロイの横に並んで照れたように片手を挙げた人物は、見間違うはずも無い鋼の錬金術師だった。
「は、鋼の大将〜〜〜〜?!」
「エドワード君じゃないですかー!!」
大騒ぎしている部下は気に求めずに、ロイはにこやかにエドワードの肩に手を置いた。
「紹介しよう。本日付で配属になったエドワード・エルリック少佐だ」
「まーその・・・ヨロシク」
「なっだっ・・・どうして?!」
未だ床にひっくり返ったままの椅子の上に座り込んで、ジャンがうろたえている。
「どうしてって何がだよ」
「だ、だって大将アルと一緒に田舎に帰ったんじゃなかったのか!?」
「オレ一言もそんなこと言ってねーけど?そーだ、つぅか少尉なぁ」
エドワードは腕を組んでつかつかとジャンに歩み寄り、げしっと蹴飛ばした。
「痛っ!」
「人の話はちゃんと聞けこのヘタレ少尉!!」
「う、た、確かに俺は大将の話は聞こうとしなかったけど・・・てか、大佐!?」
「言っておくが私は嘘は言っていないぞ。『鋼のはもう今まで通りの生活をする必要はない』『これからの鋼のの処遇について必要な書類を届けろ』と言ったんだ」
「・・・要するに『これまで通りの生活』ってのは国家錬金術師としての生活って意味じゃなくてアルの看病だけに時間を取られる生活ってことで、『処遇について必要な書類』ってのは国家錬金術師を辞めるための書類じゃなくて軍に入隊するための書類・・・っつーことッスか」
的確にその意図を察したブレダに、ロイが満足そうに頷いた。
「・・・明らかに騙す意志満々で分かりにくい表現してんじゃねーかこのクソ大佐」
振り返ったエドワードは呆れている。
「ああいう機会でもお膳立てしなければ、そこの馬鹿者はいつまでもぐずぐず悩んでばかりで行動に起こさなかっただろうからな。わざわざ手を貸してやったのだよ。いい上司だろう?」
「ひっ・・・人の純情晒し者にしといてどこがいい上司だーーーーーーーっ!!!」
「わははははははは!!」
「ハボック少尉、少し落ち着きなさい」
溜息混じりに割って入ったリザに、ファルマンが首をかしげる。
「ホークアイ中尉はご存知だったのですか?」
「エドワード君の入隊手続きを処理したのは私だもの」
「中尉、知ってて黙ってるなんて酷ぇ・・・!」
がっくりと床に手をついてくず折れたジャンに、リザが苦笑した。
「大佐に口止めされていたものだから。謝るわ」
「ハッハッハ」
いやに楽しそうに笑ったロイが、エドワードに歩み寄ってがしっと肩を掴む。
「そうそう、鋼の。君の副官の件だが、ハボックは拒否するそうだぞ」
「え・・・あ・・・わ、わーーーーーーっ!!」
先刻拒否した件が一体どんな意味を持っていたのかにようやく気がついたジャンが、慌てて立ち上がる。
「ああ、廊下で聞こえてたよ」
「あ、あ、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ!大将の副官だって知らなくて、」
言い訳をしようとしたジャンを振り返って、エドワードがにっこりと微笑んだ。
「可愛い新人の女の子じゃなくて悪かったなぁ?」
「・・・っ!!」
青ざめて口をパクパクさせているジャンに、ブレダが溜息を吐いてフォローを入れる。
「大将、それ以上苛めてやるな。そいつはお前さんに電話ぶち切られてからこの3日、本当にただの役立たずになってたんだ」
「あっそ。・・・大佐、少尉官か准尉官の中から選んでいいんだったよな?」
「ああ、限度はあるが私のコネでどうにかなる部署のものなら手配しよう」
「だったら・・・ああ、そういやロス少尉も復隊したって言ってたよな」
「待て、待ってくれ!待ってください!やります、やらせて下さいっ!!」
必死で頭を下げるジャンにエドワードがじとりと冷たい視線を向ける。
「オレ可愛い女の子じゃねぇけど〜?」
「いやもう女の子とかマジいらねぇんで!ホントに!!」
「それと役立たずはいらねぇ」
「頑張ります!死ぬ気で働きますから!」
最早哀願するように頭を下げつづけるジャンに、エドワードがロイを振り仰いだ。
「好きにしたまえ」
ロイは笑っている。
「しょうがねぇな。んじゃ、ジャン・ハボック少尉。オレの副官に任命する」
「いやっ・・・やったーーーーーーーーっ」
その途端、ジャンに飛びつくように抱きしめられてエドワードがぎゃーーーっと悲鳴をあげた。
「ちょっ・・・少尉!副官にするってしか言ってねーだろうが!」
「おや、副官にすると『しか』言っていないと言うことは、他にも何か言うことがあるのかな?」
揚げ足を取ったロイに、ジャンに抱きすくめられたままエドワードが真っ赤な顔で怒鳴り返す。
「うるせぇ!言葉のあやだっヤラシイ顔して笑ってんじゃねぇこのクソ大佐っっっ!!!」
「ああ・・・幸せ・・・」
「テメェも放しやがれこのバカ少尉っ!!!」
「ハボック少尉、いい加減にしなさい。エドワード君は上官なのよ?」
「うっす」
リザに言われて手を放したジャンに、エドワードが思いっきり眉を顰める。
「オレの言うことじゃなくて中尉の言うこと聞きやがる・・・」
「いやだってほら大将だし」
にへらと笑ったジャンをエドワードが睨んだ。
「早速副官としての資質に疑問を感じる発言だな」
「え゙っ」
「鋼の、申請すれば副官の変更は可能だからな」
「おう、覚えておく」
「そんな!!」
「ハボック少尉、本当に気をつけなさい。佐官ならば当然将軍と話をする機会も多いし、あなたは副官としてそこについていくのよ?将軍の目の前で副官が馴れ馴れしい態度を取れば、エドワード君が部下のコントロールが出来ないと言う評価が下されるの」
ロイの副官を務めて長いリザは流石に現実味を帯びた指摘をする。
「す、スンマセン・・・」
「ハボックは中尉に副官としての心構えを叩き込んでもらった方が良さそうだな。身近で中尉を見ているのだからもう少し分かっているかと思っていたんだが」
「俺からみりゃ副官の仕事ってサボって逃げる上司を捕まえて尻叩いて仕事させることにしか見えないんスけどねぇ」
「確かにそれが大部分を占めているわね」
やぶへびになりうっと詰まったロイに、エドワードが爆笑する。
「でも、態度や敬語はそれ以前の問題よ。気をつけなさい」
「うっす」
そのとき、部屋のドアが開いた。
「失礼する」
部屋に入ってきたのはハクロ准将だった。
「これはハクロ将軍。お久しぶりです。いつ中央に?」
あっという間に腹芸モードに切り替わったロイがにっこりと挨拶する。
「昨日だ。近いうちに私も中央に招集されると言うのでな。その準備と言ったところだ」
「それはおめでとうございます」
「ふん、中央には優秀な人材が足りないと見える」
暗にお前も優秀な人材ではないと言う意味を含めた言葉に、リザとエドワードを除いたロイの部下が僅かにむっとした表情を見せる。だが、当のロイと、リザとエドワードの表情には変化がない。
「それから鋼の錬金術師が入隊したと聞いて来たのだがね」
「ハクロ将軍、お久しぶりです」
話題を振られたエドワードがぴっと敬礼した。
「マスタング大佐の下についたのか」
「はい。マスタング大佐には以前からご高配戴いておりましたので」
にっこりと笑って見せたエドワードの表情は、どこかロイの笑顔と似ている。
「ふん・・・惜しいな。私の副官にでもなってもらいたかったところだ」
「ハクロ将軍、お言葉ですがエルリック少佐は通常の国家錬金術師のような大尉官スタートではありません。その実績から少佐官として首脳部に任命されております。佐官が副官となることは軍規上ありえませんが」
口を挟んだロイをハクロが憎々しげに睨みつけた。
「そのくらい知っている。中央に居るからと自惚れるな」
「失礼致しました」
ロイのほうは飄々としている。
「ふん・・・では、失礼する。エルリック少佐、精々マスタング大佐に手柄を横取りされないよう気をつけたまえ」
「ご忠言傷み入ります」
ハクロが立ち去り、閉められたドアに向ってエドワードが思いっきり舌を出した。
「ったく、自分じゃテロの一つも片付けられねークセに弱い犬ほどよく吠える・・・大佐、別にああいう時庇ったりしなくていいぜ。あのくらいどうにでも出来る」
「ああ、そのようだね。それにしても君もなかなかの腹芸だな」
ロイの言葉にエドワードがニヤリと笑った。
「賢者の石を探してたとき、地方の領主と取引することも多かったからな。田舎の方の偉いやつってのはああいうのが多い。それにしても手柄横取りなんかしてたわけ?」
「まさか。あっちが上手く片付けられなかったことを処理してやっただけさ。横取りと言われる筋合いはないな」
そこに、再び部屋のドアが開けられる。
「失礼します!エルリック少佐、執務室の準備が出来ました!ご確認お願いいたします」
「ああ、分かった。・・・じゃ、また後でな」
ロイに軽く手を上げ、エドワードが呼びに来た下士官について部屋を出て行く。それに手を上げて答えてから、ロイは視線をジャンに向けた。
「へ?」
リザもジャンに視線を向ける。
「な、何ッスか?」
「何じゃない!何をぼーと突っ立ってるんだお前は!」
「ハボック貴方副官でしょう!どうしてエドワード君を一人で行かせるの!!」
「あ・・・ああっ!!」
慌ててエドワードを追おうとしたジャンの後ろ襟をロイが掴んだ。
「もういい!ボーっと見ていた副官が走って追いついてきたなんて言われたら恥をかくのは鋼のだ!」
「いっそエドワード君に移動するときは一々ハボック少尉を呼ぶようにお願いしておきましょうか・・・」
溜息交じりのリザの少々みっともない提案にも、ジャンは返す言葉もない。
「は、はは・・・」
「ブレダ、いつでも副官を交代できるよう準備はしておいてくれ。鋼のがいくら軍属だったとは言え、急に軍人として問題なく動けるわけはないだろう。こいつがこの調子では・・・」
「いや、今はホントちょっとボーっとしてただけっすよ!!」
「了解ッス」
「お前も了解すんなブレダ!!」
いくら言い訳をしようとも、護衛とサポートを仕事の主とする副官が上官をボーっと見送るなんてことは一番やってはならないミスなわけで、ジャンに対する周囲の視線は冷たい。
「死ぬ気で働くと言った傍からこれでは先が思いやられるな。まあ今回は鋼のもすぐに戻るだろうからなかったことにしてやるが・・・今後もこの調子だったら」
「スンマセン!分かってます!分かりました!」
「ならいい」
ジャンはホッと胸を撫で下ろした。
「いや〜・・・言い訳じゃないッスけど、さっきの大将とハクロのおっさんの会話にちっと驚いてまして・・・」
「あ!僕も驚きました〜!エドワード君ってあんな風にも喋れるんですねぇ!」
フュリーがその言葉に同調する。
「あ〜まぁ確かにな」
「綺麗な敬語でしたね」
ブレダとファルマンも同意した。
「お前達は鋼のを何だと思っているんだ。アレでも国家錬金術師だ、頭はいい。自分の目的を達するのに必要なスキルはきちんと身につけているぞ」
「エドワード君の場合、敬語を使えないのではなくて使わないだけですね」
ロイの言葉にリザが同意する。
「そうだな。軍に勤続してもう何年になろうかと言うくせに、初日からミスをするどこかの副官とは大違いだ」
「ホントにこれから気をつけますって!!」
「精々頑張っておくことだな。1年後に入隊してくる大尉にその座を奪われないように」
「へ?」
そこにエドワードが戻ってくる。
「戻ったぞー・・・って、あ、少尉。そういえば執務室見ておかなくて良かったのか?副官になったんだから少尉は結構これから出入りするだろ?」
その瞬間、ジャンとエドワードを除いた全員がふきだした。
「な、何だよ!?」
「今ね、護衛すべき対象をぼーっと見送ってしまった副官を皆で叱っていたところなのよ」
クスクス笑いながら告げられたリザの言葉に、エドワードがあ、と目を丸くする。
「ダメじゃん!」
「す、すんませーん」
大きな身体を小さくしてジャンが謝る。
「でも、エドワード君も副官が居ないことに気がついてちょうだいね。正式な佐官になったのだから、単独行動はダメよ?」
「あ、う・・・ごめんなさい・・・」
エドワードも小さな身体をさらに小さくして謝った。
「さて、この話はもういいだろう。鋼の、今日はここから錬金術関連の書類を抜き出して執務室に運んだら終わりにしたまえ。まだ引越しも全部片付いてはいないんだろう?」
「あ、うん。思ったより支給された家がでかくて・・・。アルもまだそうは動けないし」
「ふむ・・・。ハボックのことは思い切りこき使っていいのだからな?」
「大佐が決めんでください!」
「あー・・・うん」
ちらりとジャンを見上げたエドワードが少し困ったような表情をする。
「・・・大佐に決められるのは嫌だけど、大将が俺に何かして欲しいことがあるって言うならいくらでもやるからな」
「それは私が薦めるのと何の差があるのかねハボック」
「気分の問題ッス。大佐に命令されてやるのと俺の意志で大将を手伝いたいって思うのは全然別ですから」
「じゃ、引越しの手伝いも頼んでいいか?」
「勿論!」
ジャンが二つ返事で引き受けると、エドワードが嬉しそうに笑った。
「そうそう、エドワード君。支給された家はちょっと遠いでしょう?副官に自宅への送迎をさせると申請すれば副官に軍用車が1台支給されるから、送り迎えを除いても何かと便利よ」
ロイとは違い、リザは正しい副官の使い方をエドワードにアドバイスする。
「そうなんだ。じゃそれも頼んでおくかな」
「ハボック、その手の書類の申請の仕方は明日教えてあげるわ」
「スンマセン、よろしくお願いします」
「エドワード君」
ファルマンに声をかけられてエドワードが振り返る。
「ここにある錬金術関連の未処理の書類を振り分けました。こちら側に置いてあるものが処理待ちのものになります」
「え・・・あ、マジで?准尉仕事早ぇーな、サンキュ。ハボック少尉よりよっぽど役に立つんじゃねぇ?」
「おい!」
「あっはっは、ウソウソ。・・・しっかし、すげぇ量だな、これを運ばなきゃなんねぇのか・・・」
うずたかく積み上げられた書類の山を前に、エドワードがうーむと唸った。
よしっと気合を入れてエドワードが持ち上げようとした山の上から、ジャンが大半の書類を取り上げる。
「え、少尉?」
「こういうことこそ、俺の仕事だろ?」
ジャンがエドワードに笑いかければ、エドワードも笑った。
ジャン・ハボックは、本日晴れて国家錬金術師であり尚且つ上司でもある想い人の、『お知り合い』から『相棒』へと昇格した。
えーと、これがかきたかったんです(笑)
軍人エドってロイエドやアルエドでは結構見かけるんですが、ハボエドでがっつり書いてるのって見かけないなぁと思ったので。
だからここまでが実はプロローグだったりします。お題3つも消費してしまいました・・・
それにしても「鬼じゃない」とか言ってるロイがむしろ鬼ですよね。
ハボのへたれっぷりも相当な・・・(笑)
【20】「大将!」に続きます。
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06/05/17 脱稿