【20】「大将!」


「これで全部か?」
「うす。お疲れ様ッス。エルリック少佐」
運び込み終わった書類の前で、エドワードが腰に手を当てて伸びをする。
「書類はまあこれで今のところは全部として、少佐用の書籍やらなにやらがまた明日届くらしいッスね」
リザから受け取った当面1週間のスケジュール表を見ながら、ジャンが確認した。はじめの1週間はリザの作ってくれたスケジュールで動くことになるが、その後のスケジュールはジャンが管理しなくてはならない。それまでに流れを把握しておく必要がある。
「大佐は書類を運び終わったらあがれって言ってましたが、少佐、どうします?」
問いかけがてらジャンがエドワードを振り返ると、エドワードはジャンをじっと見つめていた。それなのに、質問に対する返事が無い。
「・・・少佐?どうかしたんスか?」
「え。あ、いや・・・」
言葉を濁したエドワードが視線をそらす。
「さっきからなんか・・・余所余所しいとちょっと思っただけだ」
「ああ・・・ホークアイ中尉に怒られましたんで」
「でも、アレは人前に出るときの話しだろ?」
「そりゃ、そうなんですがね」
肘を掴んでそっぽを向いたエドワードが小さな声で呟いた。
「別に、二人でいるときは気にすることねぇのに・・・」
「その・・・そう言ってもらえるのは嬉しいんスけど、それが癖になって人前でぽろっとやっちまったら、少佐がいいって言ってくれても大佐にクビにされそうなんで」
「そ、そうか・・・」
そしてそのまま沈黙が訪れる。
大佐に言われずとも、別にもう今日は本当にやることが無い。それはエドワードも分かっているはずなのに、エドワードは動こうとしなかった。少し、頬が染まっているのは気のせいだろうか。
よくよく考えてみれば・・・ジャンとエドワードは今二人っきりで密室にいるわけで。
「「あ、あの!!」」
思いっきりはもってしまい、ジャンは慌てて譲った。
「あ、あ、スンマセン、少佐からどうぞ」
「い、いや大した事じゃないし、その、少尉は何?」
「あ、じゃ、その、えっと・・・聞きたいことがあるんスけど」
「う、うん」
「その・・・この前の電話、何で急に切っちゃったんスか?」
「あ」
エドワードがばつが悪そうに頭を掻く。
「今日は結構普通にしてくれてるのに、あの時はなんでとか思ったんで・・・」
「ご、ごめん」
「あ、いや怒ってるとかそういうんではないッスよ?ただ、どうしてかなって思っただけなんで」
「だ、だって・・・」
エドワードが困ったように指をもじもじさせた。
「顔見えない方が恥ずかしいじゃん・・・」
その瞬間、ジャンは壁に頭を打ち付けた。
「わ、わぁ!?少尉何やってんだ!?」
驚いたエドワードには答えずに、そのまま額を壁に押し付ける。
可愛いすぎるだろう、いくらなんでも。
こんなのとずっと二人っきりで居たら、大事にしたいという想いとは裏腹にいつ下半身が暴走してもおかしくない。
「しょ・・・しょーいー・・・?」
いや、ちょっと待て。自分はこれから副官になるわけで。と、いう事はこれから二人っきりの時間なんてもう腐るほどあるはずだ。
それも仕事で。
プライベートタイムに恋人がこんなことをを言ってくれたならそれはもうゴートゥーベッドするだけの話だが、片思いで、仕事中で、しかも上官。当然お触りは禁止だ。
何なんだこの天国のような拷問は。
「おーい、少尉ってば」
つんつんと軍服を引っ張られる感覚に、ジャンは思考の世界からようやく帰還した。
「あ、ああ!なな何でしょう」
「何はコッチの台詞だって。どうかしたのか?」
至近距離で見上げている可愛い上官は、心配そうな顔をしている。
「クッソ、抱きしめてぇ・・・」
「え?」
「何でもないッス・・・」
ジャンはぶるぶると首を振って不埒な考えを頭から追い出した。
「変な少尉・・・」
戸惑った表情をしたエドワードがポケットに手を突っ込んだ。そこでふと動きが止まる。
「・・・ん?」
エドワードが何かを掴んでポケットからそろそろと取り出した。
出てきたのは見覚えのある小型の機械。
「・・・またか・・・!」
額を押さえたジャンに、エドワードが首をかしげる。ジャンはメモ帳を取り出し、それが先日盗み聞きに使用されたマイクであることを筆談で伝えた。
メモに視線を走らせたエドワードの頬が、一気に朱に染まる。
「んなっ・・・」
一瞬絶句したのち、エドワードは目にも留まらぬ速さで執務室を飛び出した。
「ああ!!た、大将!!」
ジャンも慌ててその後を追った。




「ん・・・?声が聞こえんな。まさか不埒なことでも始めたか?」
「いや、ソレは無いっしょう・・・ハボはそこまで甲斐性のある奴じゃないっすよ」
「フュリー、これは音量を上げられるのか?」
「あ、できますけ・・・!?」
その瞬間物凄い勢いで執務室のドアが開けられた。
「たぁいさぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ゲッ」
「ヤベッ」
鬼の形相でやってきた盗聴対象に、受信機に群がっていた面々が身の危険を感じて逃走体勢に入る。が、素晴らしいコントロールでエドワードの右腕から投ずられたマイクは、見事にロイの額の中央に命中した。
「うぉ、凄ぇ剛速球!」
「ああああっマイクが壊れちゃいますぅっ!!!」
仮にも軍人のロイが全く反応できないほどの速度で投げられたマイクにフュリーが悲鳴を上げた。
「フュリー曹長、そこは大佐の心配をするべきなのでは・・・」
呆れ気味に呟いたファルマンの言葉にフュリーがかぶりを振る。
「大佐よりマイクの方が繊細なんですよっ!!?」
そんなやり取りの間にもエドワードはロイに馬乗りになって首を締め上げている。
「てーーーーーめーーーーーーーえーーーーーーーー!!!!!!」
「く、苦しいよ鋼の」
そこにようやくジャンが到着した。
「っ・・・はー・・・やっぱりその状況になるよなぁ・・・」
よりによってこういうときに限ってリザが席を外している。
ジャンは溜息をついてエドワードに近づいた。
「ほらほら、そこらへんで止めましょうって」
後ろから抱え込むようにエドワードの両手を掴んで外させる。
締め上げられていた襟を正してロイが大仰に肩を竦めた。
「ふぅ、酷いじゃないか鋼の」
「酷いのはどっちだクソ大佐っっっ!!!」
エドワードはジャンに両腕を掴まれたままダンダンと脚を踏み鳴らしている。
「何を言う。私ほど良い上司はそうは居ないぞ?」
「どこがだ!!」
「ふむ、そんなことを言うのかね?折角、君に誰を副官にするか尋ねたときに迷わずハボックを選んだことを秘密に」
「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
音を立てそうな勢いで首まで赤くなったエドワードが力いっぱい暴れ、一方ジャンは驚いて力が緩んでしまったため手が外れてしまった。その隙を逃さずエドワードが両の手を打ち鳴らす。
「テメェッ、死ねぇぇぇぇっ!!!」
壁から錬成された巨大握り拳が現れ、それを既に発火布の手袋をはめていたロイが炎で迎撃する。
突如始まった人間兵器の大乱闘に、ジャンは慌てて手近なデスクの下に潜り込んだ。
「おい、ハボ!!アレ止めろ!!!」
反対側のデスクの下から悲鳴じみたブレダの声が聞こえる。
「無茶言うな!!死ぬわ!!」
「お前副官だろうがっ!?」
確かに通常ロイを止めるのは副官のリザだ。ならば当然エドワードを止めるのはジャンの仕事だろうが、如何せん錬金術を使用しているのが片方だけなら兎も角、両方が使用している間に割って入ったら洒落にならないような気がする。
「は、早く何とかしてください!書類がたくさんあるというのに大佐が火を使ってっ・・・」
うろたえたファルマンの声にジャンはがっくりと肩を落とした。出来ないとかいっている場合ではなさそうだ。
書類が燃えたら、その後やり直すのが大変だとかいう以前にロイの副官がどんな反応をするかの方が恐ろしい。
間断なく破片が飛び散っている部屋の中で、ジャンは乱闘の中心地に向かって匍匐前進を開始した。
何とか飛びつける距離まで近づいて、隙を見てエドワードを取り押さえるしかないだろう。
「避けるんじゃねぇクソ大佐ッ!!!」
と、丁度小さな足がジャンの目の前に降りた。
「大将!」
呼びかけると、エドワードの動きがわずかに鈍った。その隙に、ジャンはエドワードの手を掴んで力いっぱい引っ張り、腕の中に抱き込んだ。
「えっ・・・少尉?!」
エドワードが目を丸くする。だがその目の前にゆらりとロイが立った。
「ふふふ、隙を作ったな」
「ゲッ・・・」
最早ここがどこかとかなんで戦い始めたかなんて忘れているらしい。
ジャンは身体でかばうようにエドワードを抱きすくめた。流石に死ぬほどの威力の炎は使わないだろう。
「え、え、少尉?!」
ジャンは多少の火傷は覚悟した。
と、その時。
「確かに隙だらけですね」
凛とした声と共に銃を連射する音が聞こえた。
「どわーーーーーっ!!」
ゆっくりと目を上げると、ロイが妙な体勢で固まっている。執務室の入り口には銃を構えたリザが立っていた。
「っはーーー・・・・。正直銃の音に安心したのなんか初めてッスよ」
がっくりとうなだれるとリザが室内に歩を進めた。
「でもハボック少尉、よく間に入ってくれたわ。正直二人そろって暴れられるとなかなか照準がつけづらいの」
「はは・・・まぁ、これも副官の務め・・・ッスかね・・・」
「まぁ、そうも言うわね」
リザが銃をリロードする。
「大佐。書類の一部が焼失しているように見受けられますが理由をご説明くださいますか」
「は、はは・・・いや、その・・・」
ロイがだらだらと冷や汗を流している。
「焼失した分を再度作成していただくまで帰宅は出来ないものと思ってください。それからエドワード君。自分が壊したものはちゃんと直して頂戴ね」
「は、はい・・・ごめんなさい・・・」
エドワードの声が聞こえた位置に、まだ自分がエドワードをしっかり抱きしめたままだったことに気がつき、ジャンは慌てて手を放した。
エドワードが両手を合わせて破壊した執務室を修復する。
「少尉、戻ろう」
「ん、お、ああ」
執務室をでたエドワードについてジャンも出ようとすると、ブレダに呼び止められた。
「おい、ハボ」
「何だよ?」
「お前絶対鋼の大将の副官クビになるなよ」
「そりゃそのつもりだけど・・・何だよ急に」
「俺にはアレを止めるのは無理だ・・・」
その応援は喜んだものやら悲しんだものやら。ジャンは微妙な気分になりつつ部屋を後にした。



「少佐」
「・・・」
「エルリック少佐」
「・・・・・・」
いくら呼んでもエドワードが返事をしない。
「返事してくださいよ〜。さっき邪魔したの怒ってるんスか?」
「・・・さっきはいつもみたいに呼んだのに・・・」
ボソッと呟かれた不満げな声に、ジャンは目を丸くした。
「いや、アレは緊急事態だったし・・・。ってかもしかして動きが止まったのってそのせい・・・?」
「うっさい!!」
赤くなったエドワードがジャンを睨みつける。
違う、では無く黙れと言ってしまうあたり中々正直だなとジャンは内心でほくそ笑んだ。
「じゃぁ替わりに聞きたいことがあるんスけどぉ〜。さっき大佐が言ってた、『俺を迷わず副官に』って奴」
「うぁっ・・・」
エドワードがますます赤くなる。
「何で俺を選んでくれたんスか〜?」
「・・・」
「少佐?」
エドワードは両手で顔を覆ってしまった。
ジャンはゆっくりとエドワードに近づき、後ろからそっとその両肩を掴んだ。そのままそっと耳元に口を寄せる。
「大将」
「・・・っ!!」
ビクリと反応したエドワードに気を良くして、ジャンは再びその耳に唇を寄せた。
「大将」
「・・・バカ少尉っ!!大体なぁっ、少尉がそもそも言いたいこと言って逃げたりするのが悪いんだっ!!言うタイミング無くしちまっただろうがっ!!!」
「タイミング、ねぇ。じゃあ改めてやり直しましょうか?」
「へっ・・・?」
「エルリック少佐、好きです」
エドワードは完全に硬直している。
「大将、愛してる」
後ろから耳に吹き込むようにささやけば、エドワードが振り返ってジャンの軍服に顔を埋めた。
ジャンにしか聞こえない小さな声で与えられた返答に、ジャンは力いっぱいエドワードを抱きしめた。








いつまで盗聴ネタを引っ張るのか(笑)
大佐にああいうおもちゃを与えてはいけませんね。
そしてなにげにフュリー曹長酷いですね。
お題4本目でようやくくっついてくれました。

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06/05/18 脱稿