【21】お兄ちゃん


「へぇ、そんなことがあったんですか」
目を丸くしたアルフォンスに、ジャンは怒り覚めやらぬといった体で頷いた。
「ほんとふざけんなって感じだよな」
「少尉は怒りすぎだろー。未遂なんだし、准将がちゃんと処分するって保障してくれたじゃん」
「だからってな〜・・・」
あの後、騙されていたと気がついた他の『エルリック少佐を守る会』のメンバーが中佐官に詰め寄り、大騒ぎになった。
その場にエドワードとジャンが居れば収まるものも収まらなくなると、二人揃って司令室から追い出された。その後の動向については、後で教えてもらう手はずになっている。
結局そのままその日の業務を終え、ジャンがエドワードを家まで送ったところで夕食を食べていかないかと誘われ、現在に至る。
「兄さんは拘ら無さすぎだよ。未遂だって言ったって本人がやっぱり途中でやめておこうとか思ったわけじゃなくて、グラマン中将が邪魔したからなんでしょう?」
「や、まぁ・・・そうだけどさ・・・」
「未遂じゃなかったらボクがその人ぶっ飛ばしに行くよ。気をつけてよホントにさ」
「いや、その時は俺もぶっ飛ばしに行くぜ、間違い無く」
うんうん、とフォークを咥えながら頷いたジャンに、アルフォンスがふと首をかしげた。
「それにしても、ひとつ疑問があるんですけど」
「ん?」
「ハボック少尉、兄さんに変なことしたって噂が立ったときに、変なことしたのは否定しても、そう言う感情があるって言うことは否定しなかったんですか?普通、そこから否定すると思うんですけど」
「がふぉっ」
アルフォンスの言葉に、ジャンは思いっきり料理を喉に詰まらせた。
「わ!大丈夫ですか!?」
「ほら、水!!」
エドワードに差し出された水を飲み干し、何とか人心地つける。
「あ〜・・・」
「すみません、ボクそんなに変なこと訊きました?」
申し訳なさそうなアルフォンスに、ジャンとエドワードは揃って視線を背けた。
アルフォンスには、言うに言えなくてまだ二人の関係について教えていないのだ。
「うーん。それに兄さんがハボック少尉のことを好きだって噂が立つなら分かるんだけどなー。いっつもハボック少尉のことばっかり話してるし」
「なっちょっ!何言ってんだ馬鹿アル!!」
瞬時に真っ赤に染まったエドワードがアルフォンスを制止するが、アルフォンスは意に介さない。
「本当のことでしょ?まるで恋人の惚気話聞かされてるみたいだよ、いつもいつも」
「だぁ!!だ、だからっ!!」
真っ赤になってうろたえているエドワードは、アルフォンスにそんな風に見られているとは全く思っていなかったのだろう。無意識にジャンのことを話題に出してしまっていたのだ。
「兄さんて、ホントハボック少尉のこと好きだよね〜」
アルフォンスには全く他意はなかったのだろうが、その言葉はジャンの背を押すには十分だった。
「あ、アルフォンス!!」
「はい?」
「お兄さんを俺に下さい!!」
その瞬間、時が止まる。
「アンタいきなり何言い出してるんだーーーー!!」
静寂を打ち破ったのは立ち上がったエドワードだった。
「え?!下さいって、それじゃ、あれ、ちょっと」
アルフォンスはパニックに陥っている。
「いや、だってやっぱり家族にはきちんと挨拶を」
「バカヤロウそれ以前にそれじゃまるでプロポーズっ・・・!」
自分で言った言葉にエドワードがはっとして更に顔を真っ赤に染める。
「え、その・・・プロポーズ、なんです、か・・・?」
呆然と呟いたアルフォンスに、ジャンは頷いた。
「その、まぁ、そう言うことなんだ」
アルフォンスが下を向いてフォークをテーブルに置いた。
「ア、アル・・・?」
エドワードがアルフォンスを窺う。
「・・・嫌だ」
ぽつり、とアルフォンスの口から漏れた答えに、ジャンは困って頭を掻いた。
「あー・・・。だ、だよなぁやっぱり、兄貴の恋人が男だなんて」
「そう言うことじゃないです」
アルフォンスの手が膝の上で握り締められる。
「別に相手が誰であろうと、それで兄さんが幸せなら、ボクは反対しません。それにハボック少尉はいい人だと思うし・・・。だけど・・・だけど」
アルフォンスの瞳に涙が溜まった。
「兄さんを取られたら、ボクは独りになっちゃう・・・」
「あ、アル!」
エドワードがアルフォンスに歩み寄り、その肩に手を置くとアルフォンスは顔を上げた。
「兄さん、ボクそんなの嫌だよ!二人っきりの家族なのに、ボク」
「アル・・・」
エドワードが目を細めてアルフォンスを見る。
「ボクから兄さんを取らないで・・・」
エドワードが戸惑った視線をジャンに向けた。
「その、お前から大将を取り上げるつもりは無いんだけど・・・」
「「・・・は?」」
ジャンの言葉に、兄弟がはもった。
「ほら、『お嬢さんを下さい』ってのは家族への挨拶の常套句だから・・・、いや、まぁそいつはともかくとして。アルにとって大将が絶対必要な人間なのと同じに、大将にとってアルが絶対必要な人間なのも十分分かってるしさ」
そう、だから引き離そうとか、この兄弟の間に無理矢理割って入ろうなどとは微塵も考えていない。
「俺は今、その、大将に惚れてるわけだけど。それより前から、お前たち兄弟を弟みたいに思ってたし、大将は恋人になったけど、だからって言ってアルのことを弟みたいに思わなくなったってワケでもねーし。だから悲しませたりとかしたくねーんだよ」
きょとんとしたアルフォンスが目を瞬かせる。
「えっと、その、じゃぁ・・・どう言う事ですか?」
「んー・・・だからその・・・あえて言うなら、『俺も家族になっていいか?』って感じか?」
ジャンの言葉に、エドワードがぽかんと口を開けた。アルフォンスがクスッと笑う。
「つまり・・・兄さんを取られるんじゃなくて、義兄さんが増える、みたいなことですか?」
「あ、そう!それそれ!!」
ぽん、と手を打ったジャンに、エドワードが半ば呆れた顔で腰に手を当てた。
「つうかさ、少尉」
「ん?」
「アルに許可取る前にオレに言いやがれこのバカ!!」
「あれっ、そうなの?」
アルフォンスが目を丸くする。
「言われてねーよ!ったく・・・」
「エド、俺と結婚してくれ」
「今言うなぁぁぁぁぁ!!!」
真っ赤になって怒鳴るエドワードに、ジャンとアルフォンスが声をそろえて笑った。
「んな、ついでみたいに言うなよな・・・」
不貞腐れたようなエドワードに、ジャンは微笑む。
「いや、ついでじゃねーよ?はっきりプロポーズするのは、アルも一緒に居るときにしようって決めてたからな」
「え?」
「大将の傍に一生居るってことは、アルとも一生付き合いがあるってことだろ?お前らが縁を切ったりするわけねーし、引き離すつもりも無いし。だったらアルにもちゃんと聞いてもらった方がいいと思ってさ」
「・・・少尉」
「つっても、アメストリスじゃ同性婚は出来ないけどな。まぁ、けじめって奴だ」
照れて頭を掻くと、エドワードが微笑んだ。
「・・・ありがとう」
「いや、礼言われるようなことじゃねーし」
「良かったね、兄さん」
微笑んだアルフォンスにエドワードが視線を向ける。
「お前・・・、いいのか?」
「うん。言ったでしょ、兄さんが幸せなら反対しないよ。兄さんが居なくなるわけじゃないなら、反対する必要ないもん」
アルフォンスの笑顔にエドワードが苦笑した。
「んな簡単に認めてもらえるなら、もっと早く言えばよかった」
「ホント、もっと早く言ってくれれば良かったのに。・・・そしたらあんなノロケ真面目に聞かなかったのにな」
アルフォンスの言葉に、グラスに口をつけていたエドワードがオレンジジュースを吹き出す。
「アアア、アルッ!!!」
「なぁアル、それ、マジ?惚気って」
身を乗り出したジャンに、アルフォンスは腕を組んだ。
「もーすっごいですよ。兄さん仕事中にハボック少尉以外の人と会わなかったの、ってくらいハボック少尉のことしか言わないんですから」
「嘘だろ〜?大将、俺にはいつもつれないのに」
「素直じゃないんですよ」
「執務室で抱きつくと殴られるしさ〜」
「あ、いつも言ってます。すぐじゃれかかってきて困る、って、それはもう嬉しそうに」
「だーーーー!!二人とも黙れーーーーー!!」

 
ジャンとアルフォンス二人がかりで散々からかわれ、すっかりむくれたエドワードはソファで新聞を読んでいる。
普段は料理がアルフォンスの担当で後片付けがエドワードの担当なのだが、そんな理由でアルフォンスが後片付けを行い、ジャンがそれを手伝っていた。
「しかしアル、お前料理上手いなぁ。旨かったよ」
「料理って、錬金術の基礎と通じるものがあるんですよ。錬金術は台所から発生した、って言われてるくらいですし。だからボクも兄さんも、師匠に一通りの料理は叩き込まれてるんです」
アルフォンスとジャンは、談笑しながら片づけをしている。エドワードは新聞は放さずに、ちらりとそちらに視線を向けた。
「ハボック少尉は料理しないんですか?」
「大抵は弁当買って帰るか、やっても鍋か野菜炒めくらいだなぁ。自分ひとりで作って食うとなると、食えりゃいいやって感じだし」
「栄養偏りますよ?」
「分かっちゃいるんだけどな。そこらへんはまぁ、時間と財布と相談ってとこだな」
ここの所病院と自宅の往復ばかりで、病院関係者とエドワード以外とはあまり話していないアルフォンスは、とても楽しそうに見える。
エドワードとしてもそれが気になっていたから、ジャンを夕食に誘ったのもあるのだが。
「・・・何か、ムカツク・・・」
ぼそりと呟いたエドワードの言葉は、楽しそうな二人には聞こえていないだろう。
「お前の作る飯は、栄養バランス良さそうだよなぁ。お前、背伸びただろ」
「あっ、分かります?!」
「今160後半くらいか?」
「この前測った時は168cmでした。とりあえず170くらいは欲しいんですよね」
「その調子なら170は余裕で超えるだろ」
話題が腹立たしい話題になったのが聞こえ、エドワードは新聞の陰で思いきり顔を顰めた。
エドワードとて割と伸びてはいるのだが、アルフォンスはそれ以上のスピードで背が伸びている。
チクショウにょきにょき伸びやがって、お前は筍か、と腹の中で悪態を吐いた。
「ハボック少尉は大きいですよね〜。鎧のときはそんなに感じなかったですけど、あらためてこうしてみると」
「俺は195あるからな。まだまだ俺からみりゃお前もちっさいモンだぜ」
ハハハと笑ったジャンがアルフォンスの頭をぽふぽふと叩いている。
なんだかいらつきが酷くなって、エドワードは新聞を下ろした。
「そうだ!ハボック少尉、これから夕食も毎日うちで食べていきませんか?」
「へ?でも、いいのか?」
「二人分作るのも三人分作るのも手間は変わらないし、それに」
アルフォンスが嬉しそうにジャンを見上げる。
「家族は一緒に食事をするものでしょう?」
ジャンも嬉しそうに笑って、アルフォンスの頭をぐりぐりと力強く撫で回した。
「アハハハハ!!お前ほんっと可愛いなぁ。マジいい弟が出来て嬉しいわ」
その瞬間、エドワードの中でプツンと何かが切れる音がした。
床に新聞を投げ捨て、どすどすと大股で二人に歩み寄る。
「オゥルァァァア!!」
「痛ぇ!?」
エドワードは真後ろからジャンを思い切り蹴飛ばした。
「何すんだよ大将!?」
「うるせぇ!!」
「兄さん、なんてことするの!!いきなり蹴るなんて理不尽だよ!!」
「黙れ!!」
理不尽なのも我侭なのも自分が一番よく分かっている。それでも、こんな形でしか表現できないのだ。
「俺今何か大将を怒らせるようなことしたか?」
「知らん!!」
「兄さん!!」
「煩い!!」
「アル、いいから」
ジャンがアルフォンスを制止して、エドワードを覗き込んだ。
「ごめんな?」
ジャンの言葉にエドワードもアルフォンスも揃って目を丸くする。ジャンは優しい目をしてエドワードを見ていた。
「な・・・何で、謝るんだよ・・・理由も分かんねぇのに・・・」
「けど、大将が腹立てて俺を蹴ったんだから、何か俺が気に触ることしたのは間違いないんだろ?だから、ゴメン」
そんな風にありのままを全て受け入れられると、逆にいたたまれない。
「い、いや・・・急に蹴って悪かった、よ」
エドワードは視線を逸らして自室に駆け込んだ。
「あ、大将!!」
「ハボック少尉、片付けの手伝いはもういいですよ。ありがとうございました」
「え、でも」
「片付けより、兄さんのところに行って下さい」
笑ったアルフォンスに、ジャンも苦笑した。
「そうさせてもらうか。悪いな」
「いいえ」
兄の部屋に入っていくジャンの背を見送り、アルフォンスは溜息交じりの苦笑を漏らした。
「ホント、素直じゃないんだから」

 
「大将?」
エドワードはベッドに座り込んで枕を抱きしめていた。
「怒ってるのか?」
「違ぇーよ」
「なら、いいんだけどよ」
「・・・アンタ、本当にお人よしだよな」
エドワードの言葉に笑って、ジャンはエドワードの隣に腰を降ろした。
「そんなことはねーぞ?」
「そんなことあるんだよ」
「だって俺が優しいのなんか大将に対してだけだぜ?」
ジャンが笑うと、エドワードが手にしていた枕でジャンを殴った。
「・・・アルと!!」
「ん?」
「アルと、仲悪いよりそりゃ良くしてくれたほうがいいけど!」
そっぽを向いてしまったエドワードは赤い顔をしている。
「けど、アンタはオレの物なんだからな!!!」
言われた内容に、ジャンは一瞬ぽかんとした。
それは、つまり。
「その、妬いた・・・?」
「煩い!!!」
耳まで真っ赤になって、唇を尖らせているエドワードをジャンは力いっぱい抱きしめた。
「ああ、俺は大将のモンだよ」
元の身体に戻った今でも、アルフォンスを最優先にしがちなエドワードが、そのアルフォンスに対して妬いてくれたということは本当に嬉しくて。
「浮気なんかしやがったら、本当に赦さねぇからな・・・!」
「するわけねぇっつの、こんなベタ惚れなのに」
ジャンはゆっくりとエドワードに唇を重ねた。
「二人とも!!そろそろ11時っ・・・ギャーーーーー!!!」
その直後にノックもなしに開けられたドアの向こうで、アルフォンスが悲鳴を上げた。
「わぁぁぁ!?ア、アル!?」
エドワードが慌ててジャンを突き放す。
「ごごごゴメン、そうだよね新婚さんの部屋のドアノック無しで開けちゃ駄目だよねっ」
「いや、待て、結婚してないし!!」
「ゴメンねっ、ボク今日はもうこの部屋近づかないからっ!!ごゆっくりっ!!」
「違ーーーーーーーーう!!!」
そそくさと部屋を後にしてしまったアルフォンスをエドワードが慌てて追いかける。
一人取り残されたジャンは、溜息を吐いて後ろ頭を掻いた。



最初のプロットでは、この話はブラコンのアルVSハボックだったのですが、
どうも兄さんが幸せじゃないのと、エドにとって大事な人間だと分かっている相手に対して
平気で敵意を向けるハボもアルも違和感があったので全部書き直しました。
やっぱりほのぼのしてるのが一番です。

戻る


06/07/04 脱稿