【23】無理矢理っぽい…

「ハ、ハ、ハボック少尉っ!!酔っ払ったエドワード君を無理矢理手篭めにしたって本当ですかっ!!」
翌朝、司令室でジャンの顔を見るなり叫んだブロッシュに、ジャンは思い切りずっこけた。頭を抱えたジャンの代わりに、エドワードが眉を顰めて口を開く。
「はぁ?!何だそれ!?」
「めっ、滅茶苦茶噂になってるよっ!?エドワード君、大丈夫!?」
「え、いや、オレ昨日は途中から記憶が無いんだよな・・・」
「あああああああやっぱり〜〜〜〜〜っ!!!」
悲鳴を上げたブロッシュとエドワードの間にジャンが割ってはいる。
「待て待て待て待て!!んなことするわけ無いだろっ!?」
「だって見たって言う人が居るんですよっ!!無理矢理っぽかったって・・・」
「大将が酔っ払ったのを寝かしつけようとして、そのまま寝るとスーツがしわになるから脱がせてただけだ!!勝手に人を犯罪者にするな!!」
「何だ、つまらん」
背後から聞きなれた声が聞こえて振り返れば、ドアのところにロイが立っていた。その姿を見たブロッシュとロスが慌てて敬礼をする。
「何しに来たんスか・・・」
「いやいや、面白い噂を聞いたので事実を確認しにね」
「アンタ俺が大将運んだ後30分もしないうちにこっちに来たじゃないスか!!」
事実をよく知っているはずの人間が、わざわざ冷やかしに来たのに腹を立ててジャンが噛み付いた。するとロイの後ろからリザが顔を出す。
「分かっていて言っているのよ。本当にそんなことしていたら、貴方は出会い頭に消し炭よ」
リザの言葉にロイがクックと喉で笑っている。ジャンは憮然とした。
「鋼の、いくら断りきれなかったとは言え、あれは飲みすぎだぞ。1杯付き合ったら適当なところで切り上げたまえ。二日酔いは、大丈夫かね?」
「んぁ?別に特に調子悪いってことはねーけど?」
「ワインを2瓶も飲んで影響無しとは、強靭な肝臓だな・・・」
呆れたような感心したようなロイに、エドワードは困ったように頭を掻いた。
「けど、途中から記憶がねーんだよ。オレ、何かやったか?」
ロイとリザが無表情で固まる。ジャンが苦笑した。
「いや、その、覚えていないなら知らないままのほうがいいと思う、ぞ」
「ええ?!何だよ、マジで何かやったのか?!朝もアルに笑われたしっ・・・」
「ああ、アルにもやってたしな・・・」
「弟も気の毒に・・・」
「ええええっ!?」
エドワードがジャンの軍服を掴んで揺さぶる。
「なぁ、何!?オレ何やったんだよ!?」
苦笑したジャンは答えずにエドワードの頭を撫でた。ロイがブロッシュを振り返る。
「と、まぁそう言うわけだ。噂は飽くまで噂だ。あまり頭から信じ込まないほうがいいぞ」
「は、はいっ!!」
「俺が襲ったことになってんのかー・・・。襲われたのは俺と准将の方なのにな・・・」
「えええええええええ!!!」
エドワードはこれ以上ないと言うほど大きく目を見開いている。
「酔っ払いに絡まれた、と言うのが一番正確だが、襲われたと言ってもまぁ間違ってはいないな・・・」
「うそだぁぁぁぁぁあ!!」
目を逸らしたロイに、エドワードが頭を抱えた。
「そ、そうなんですか?」
ロスがリザに視線を向ける。リザはクスクスと笑った。
「私は現場は見ていないのだけれど、その後の状況を見ると嘘はついていないと思うわ」
「オレ・・・オレは一体何を・・・」
壁に向かっていじけているエドワードに一同が苦笑する。
「まぁ、人の噂も75日だ。酒の席でのことだし、そう気にすることも無いだろう」


そのときの話題はそれで終了したのだったが。
その『噂』は思いもかけない方向へと転がっていった。

 
「・・・またか」
自分のロッカーを開けたジャンは、一人でこっそり溜息をついた。
毎回きちんと鍵をかけているにもかかわらず、ここのところ毎日ロッカーを荒らされ、酷いいたずら書きがされている。
ロッカーだけではなく、デスクの引き出しの中、ジャンの自宅の郵便受けの中など、外からは見えないがジャンだけが目にする場所には全て同じことが行われていた。
書かれていることは毎回同じだ。『変質者』『エルリック少佐の副官を辞退しろ』『辞めてしまえ』『エルリック少佐に近づくな』大半はその4つに分類できる。
始まった時期がロイの昇進パーティーの直後からであることを考えると、例の噂を聞いたエドワードのファンの仕業であることは簡単に予測が出来た。
一回を除いては、物を取られた形跡は無い。といっても1度財布を盗まれ、中身を抜かれて切り刻まれた財布が戻ってきて以来、取られると困るものは全て肌身離さず持ち歩くようにしているだけ、という話なのだが。
あれから2週間が経とうとしていると言うのに、よくもまあ毎日続けられるもんだ、とジャンは辟易した。
「しょーいっ」
愛しの上官に呼ばれて、ジャンは慌ててロッカーを閉める。こんなものはエドワードには見せられない。相手がわざわざ外には見えないところで嫌がらせをしてきているのは不幸中の幸いとでも言えるだろうか。
「ん、どうした?」
「何か、溜息吐いてたからさ。どうかしたのか?」
「いやぁ、財布がやばいな、と思ってさ。ブレダ辺りから借金しようかなぁ、と」
それは嘘ではない。実際スーツのローンでやばくなっていたところに、財布の盗難で止めを刺された感じなのだ。
流石にそれは犯罪だから報告しなくてはならないのだが、エドワードには知られたくなかったのでこっそりロイの方に現状も含めて報告してある。
ロイも、エドワードには内密に調査をすると約束してくれた。
「ふーん・・・」
エドワードが顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。
「あのさ、少尉朝はいつも運転しながら買ってきたサンドイッチとか食ってるよな?」
「ん?おお」
「アルにそれ話したら、食べながら片手で運転なんて危ない!!って怒っててさ。そんなことするくらいなら、朝30分早くうちに来て、一緒に朝飯食えって言うんだけど、どう?」
「へ?そりゃ毎朝パン屋でサンドイッチ買うのに30分くらい掛かってるから、早く行くのは全然平気だけど・・・けど、いいのか?」
「オレも口にサンドイッチ入れたままもごもご返事されるより、そっちのほうがいい」
「ハハ・・・悪い。そんじゃま、お言葉に甘えさせてもらいますか」
嬉しそうにジャンを見上げて笑ったエドワードと連れ立って、ロッカールームを出た。

 
「あれ、クリップ切らしてら」
翌日、書類をまとめようとエドワードがデスクの引き出しを開けると、クリップはひとつも入っていなかった。
「しょういー・・は書類取りにいってたんだっけ」
仕方が無い、と執務室の席を立って隣の司令室に向かう。
「なぁ、クリップ持ってねぇ?」
エドワードの声にロスとブロッシュが顔を上げる。
「ごめんなさい、先週の取り寄せ表に記入するのを忘れちゃって、司令室全体的に足りてないのよ」
「僕も無いよ」
「まじでー?あとで准将んトコからでも一箱かっぱらってくっかな・・・。ハボック少尉の一個くらい残ってねぇかな〜」
ジャンが席にいないのをいいことに、エドワードは勝手にジャンのデスクの引き出しを開けた。
そして、その中の状況を見て、思わず息を呑む。
「・・・んだよこれっ!?」
大声を上げたエドワードに驚いて、ロスとブロッシュも集まってくる。
「酷い・・・」
「『お前なんか副官にふさわしくない』、『変態』、えーっとこっちは」
「読まなくていいわブロッシュ軍曹」
エドワードが唇を噛んだのを見たロスが、ブロッシュを制止する。
「なんで、こんなっ・・・」
「あ、もしかして『エルリック少佐を守る会』の人たちかな・・・」
「ブロッシュ軍曹、心当たりあるのか?!」
思い当たった様子のブロッシュに、エドワードはすがるように視線を向けた。
「エドワード君の非公認ファンクラブの人たちが、ここのところやたらとハボック少尉のことを訊いて来たんだよね〜。僕も何度かそのファンクラブ入れって誘われたけど、別にここの司令室に居るから入る必要ないし、断ってたんだ」
「ファンクラブ・・・?何それ、オレそんなの知らねー」
「うん、だから非公認」
「その連中が、何で・・・?」
「ハボック少尉の魔手からエドワード君を守るんだ!とか騒いでた気がするよ。ほら、パーティーでハボック少尉がエドワード君を襲ったって噂があったよね。アレ、その人たちから聞いたんだよ」
エドワードは拳を握り締めた。
「な・・んでオレに言わねぇんだあの馬鹿少尉っ!!」
「あ!!エドワード君!!」
言うなり、エドワードは司令室を飛び出した。
階段を2段抜かしで駆け下り、曲がった先に書類を抱えたジャンの姿を見つける。
「ハボック少尉!!」
「お?大将、どうし」
エドワードは全力疾走でジャンに突撃した。
「おわぁあ?!」
エドワードの体当たりを受けたジャンがしりもちをつき、手に持っていた書類が宙を舞う。エドワードはそのままジャンの上に乗りあがった。
「こ、こら!!何すんだよ!!」
「何でオレに言わねぇんだよ!!」
「は?」
「机ん中!!」
思い当たったらしいジャンが苦笑した。
「あ〜、・・・アレ見たのか。勝手に人の机の引き出し開けんなよ」
「今はそんな話してるんじゃねぇ!!」
「・・・へい」
「オレの・・・せいなのに、何で言わないんだよっ・・・」
胸が苦しくなって、ジャンの軍服の胸元を握り締めて俯くと、暖かいジャンの手がエドワードの頬を包み込んだ。
「ああ、ほら。そんな顔すっから」
困った顔をしたジャンが、エドワードの頬を挟みこんで上を向かせる。
「大将は何も悪くない。でも、知ったらそうやって大将は自分を責めちまうから。だから、知られたく無かったんだよ」
「でも!!」
「でもじゃねーの。・・・俺にとっちゃ、あんないたずら書きより、大将にそんな顔させちまうほうがよっぽど痛いんだよ。分かってるか?」
「・・・バカ少尉!!」
エドワードがジャンにしがみつく。ジャンは笑ってその背中を撫でた。
「おーおー、バカで結構。だから、気にすんな」
ふと、ジャンは悪意のある視線が背中に突き刺さっていることに気がついた。もしかすると一連の嫌がらせの犯人だろうか。
ジャンはエドワードを抱きしめた。
「誰に文句を言われようと、どんな目に遭おうと、俺は大将の副官を譲る気はねーよ。大将が、俺を必要としてくれる限りはな。嫌がらせしたいならいくらでもすりゃいいさ。俺は負けない」
「っ少尉っ・・・」
エドワードが少し身体を離し、潤んだ瞳を少し細めてジャンを見る。吸い込まれるようにキスしそうになって、ジャンははっとした。
「つかさ、大将。ここ廊下だって分かってるか・・・?」
エドワードの目がまん丸に見開かれる。
「っどわーーーーーー!!!」
瞬時に真っ赤になって飛び退いたエドワードに、ジャンは苦笑した。
「夢中になるとすぐ回りが見えなくなる・・・」
「何だよっ!!分かってたんならもっと早く言えよっ!!」
「俺に乗っかった時に既に忘れてるとは流石に思わないっしょー」
「うー・・・」
赤い顔で睨んでくるエドワードに笑って、ジャンは撒き散らしてしまった書類をかき集めた。
書類を揃えて、立ち上がるついでのようにエドワードの耳に口を寄せて、囁く。
「続きは、執務室でな」
ただでさえ赤かったエドワードの顔が首まで真っ赤に染まった。



寸止めです。
・・・次の話は執務室でのいちゃいちゃ(笑)からスタートになってしまいました。
どうしよう(^^;

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06/06/20 脱稿