「よう、エド」
ブレダに教務員室に呼び出され、エドワードは思い切り眉を顰めた。
「呼び出しって何だよ。しかも少尉はついて来るなとかって」
「軍じゃお前さんの階級が上だが、学校にいる限りは俺の方が思うように動けるからな」
「何だそりゃ……」
いぶかしんだエドワードの目の前に、一枚の紙が差し出される。
「辞令だ。お前さんのサインが必要なんで、サインしてくれ」
「は?」
受け取って内容を確認すれば、辞令の対象はエドワードではなくジャンに対するものだった。
「何だよ、これなら軍ででもいいじゃん」
そのままさらさらとサインをすれば、ブレダが頬杖をつく。
「それは呼び出しの口実の方でな。お前さんとハボ抜きで話がしたかったんだよな」
呼び出された部屋は、ブレダに割り当てられている部屋で、他の人間は誰もいない。
「何だよ、改まって」
「いや? ハボの奴の親友として、お前ら上手くいってるのか、って聞きたかっただけなんだがな」
何を急に、と言おうとして、エドワードは言葉をとめて一瞬考え込んだ。
本当にそれだけなら、わざわざこんな形でエドワードだけを呼び出すとは思えない。
が、単刀直入に言わないあたり、ある種の駆け引きの気配がした。
「……久しぶりに俺の顔見て、具合はどうだって聞かなかったのブレダ少尉だけだぜ?」
あえて質問の内容から外れた返答をしてみる。
「ハボとかアルから、ある程度様子は聞いてたしな」
「ふーん……」
と、言うことは、ジャンやアルフォンスとそれなりに話す機会もあった上で、わざわざエドワードに対して『上手くいってるのか』と聞いているわけだ。
「オレと少尉の間に、何らかの問題があると踏んだ上で質問してきた、ってことなわけだな、それなら」
「……本当にお前は頭の回転がはえーよなぁ。ハボとかと付き合ってて物足りなくなんねーのか?」
「何だそりゃ」
苦笑すればブレダが肩を竦める。
「俺ぁ頭の足りない女は苦手でな。知的な会話が出来る方が好みなんだよ」
「じゃあ聞くけど、ハボック少尉の親友やってて、友人として会話して物足りないって思ってるのか?」
「あ、いや、それはねぇな」
「そういうことだよ。ブレダ少尉が今までオツキアイした『頭の足りない女』ってのは、頭が足りないんじゃなくて人間性が何か足りなかったんだろ」
にやりと笑って答えれば、ブレダは腹をゆすって笑った。
「言うじゃねぇかお前! ハボは人間性が満ち足りてる、って訳だ!」
「オレ様のコイビトなんだから当たり前だろ」
ふん、と胸を張れば、ブレダがふとニヤリと笑う。
「そんな満足してる恋人と、何でヤらねぇんだ?」
「っ!……その話かよ……」
一気に顔が熱くなるのが分かった。
「少尉が何か言ってたのかよ?」
「いや、そういうわけではねぇけどよ。最初にその話持ってきたのはアルだしな」
「……『最初に』、か」
「マジでやってないのか、ってのはハボにも聞いた」
飄々と答えるブレダに、エドワードは眉を顰める。この手の話題に関しては、エドワードは切れるカードが少ない。
仕方が無いから真っ向から思惑を聞いてみる。
「そんでなんでオレにそんなこと聞こうと思ったんだよ? やってない、ってのは少尉からも聞いてるんだろ?」
「聞いたから、聞こうと思ったんだけどな」
「はぁ?」
「何でお前からモーションかけねぇんだ?」
「も、モーション!?」
絶句すれば、ブレダが呆れたように溜息をついた。
「恋愛っつーのは、どっちかが一方的に押し付けるだけじゃ成立しねぇもんだろうが?」
「そ……れは、それは、知って……」
と、言うより、以前ロイに全く同じことを言われている。
二人から全く同じことを言われるなんて、そんなに自分は態度に出せていないのだろうか。
いやしかし、確かにそういった方向に関してはあまり積極的に動いたことは無いのは分かってはいるのだが。
「え、ちょっと待てよ、それってつまり、ハボック少尉がオレからのその、そういう誘いがないって言ってたってことか?」
「ん? ああ、まあ……モーションがねぇとかは言って無いが、やりたいとは思って無さそうみたいなことは言ってたな」
「えええええ!?」
「そういう反応っつーことは、そんなつもりは全くなかったつーことだな。つっても、それがハボ本人に伝わってなきゃ意味がねぇんだが」
「……全くもって、仰るとおりで……」
どうにもいたたまれなくなって視線を逸らせば、ブレダがゴホンと咳払いをした。
「まあ、お前さんもよーく知ってるとは思うが、ジャン・ハボックっつー男は」
そこでブレダが言葉を切って、いたって真面目な表情をする。
「ヘタレだ!!」
「ブレダ教官、それはそこまで真剣に言う台詞じゃねぇと思うんスけどぉ〜」
「事実だろうが」
「そりゃまあ、それは認めるけどよ……」
否定材料も見当たらず、後ろ頭を掻くと、ブレダは腕組みをしてそっくり返った。
「まあだから、多分この件に関しちゃお前さんの方がもっと動かなけりゃこれ以上の進展は無い!」
「断言すんなよ……」
あんまりな言われように、ツッコミもなんだか気弱になる。
「んじゃ進展すると思うのか、お前さん?」
「う……。け、けどさ、オレが動くってどうすりゃいいわけ!? 少尉の方が断然大人なわけじゃん!?」
食って掛かると、ブレダはひらひらと手を振った。
「そらもう、お前がハボを襲う覚悟で」
「オレが襲う!?」
エドワードはぎょっとしてあとずさる。ブレダはそんなエドワードに苦笑した様子で腕を組んだ。
「……としたら、まずどんな風に動く? いいか、確かに経験が物を言う部分もあるだろうが、こういうことはそれよりも大事なもんがあるんだよ。大人か子供かなんて関係ねぇ」
「え、え?」
「俺が出してやれるヒントはここまでだ。後は自分で考えるんだな」
「お、大将ブレダの奴なんだって?」
「ひょうあっ!?」
扉を開けた途端にまん前に待っていたジャンに、エドワードは思わず奇妙な叫び声を上げた。
「な、何だよ?」
「あ、いや、えっと、そうだ、これ!!」
ブレダに先程渡された書類をジャンに突き出す。
「んあ? 何だ?」
「辞令。今日から少尉も教官だってさ」
その紙をジャンが手に取り、内容に目を通して得心がいった顔をした。
「……ああ、あの射撃教官の代理、ってわけだ」
「ま、元からオレの護衛で長時間学校にいるんだから都合がいいだろ、ってことらしい。時間割は極力オレが学校に居る時間内で出来るよう調整するってさ」
「大将が卒業した後は?」
「その頃までには正規の教官を手配できるだろ。今回のは、急だったから臨時講師ってことらしいから」
「ふーん、ま、確かに今から別な人間派遣するのも大変だろうしな。しかし今日の日付から? マジで急だなぁ」
辞令を見ているジャンの横顔を見つめ、エドワードはブレダの言葉に思いを馳せた。
もしも、エドワードの方がジャンにそういう行動を仕掛けるのだとしたら?
まずは、男同士ではどうやってするのかを調べて。
それが大体理解できたら、それをする機会を作らなきゃならない。
アルフォンスには邪魔だと思ったことは無い、とは言ったが、そうは言ってもやっぱり弟が居る状態の自宅ではそんなことは出来ないだろう。何しろいつ部屋に入ってこられるか分からないし、ロイの真似だったとは言え、アルフォンスには盗み聞きしようとした前科もある。
かといって軍の執務室なんてもってのほかだ。鍵がかかるといっても、エドワードの執務室はかなり人の出入りが多い。将軍なんかが訪ねて来たらあけないわけにはいかない。
では移動中の車の中? それは嫌だ。学校、とんでもない。
「……あれ?」
「ん? どうした?」
「あ、いや、何でもない」
考えていることがつい口をついてでそうになり、エドワードは慌てて誤魔化した。
次の授業の教室に移動しよう、と促して廊下を歩き出す。
そして歩きながら考え事を続行した。
はっきり言って、現状のエドワードとジャンの行動半径では、そういうことをすることができそうな機会は、全くと言っていいほど無い。
仮に機会を作れるとしたら、互いに休日をあわせて外出するか。しかしこれも、仕事が忙しくて中々できることではない。
もしくは、軍の行き帰りに、どこかに寄る、という選択肢になるが、これにしても、アルフォンスが待っているから、という理由でそういったことをしたことは無い。
しかも。もしもこれが、ジャンの立場から見れば。
軍の帰りに、どこかに長時間寄って行こうとジャンが言い出したら……エドワードは、怒る、気がする。
自分でもそう思うのだから、ジャンもそう思っているだろう。そういう機会を探している、という前提がエドワードの中になければ、エドワードは間違いなくアルフォンスが待っているのに、と怒るだろう。
考えてみれば、全てにおいてそうなのだ。
エドワードは、どうしてもアルフォンスを最優先にしてしまう。それはジャンとどちらが大切かとか言うような問題ではなく、もう長年染み付いた習性みたいなものだ。
ジャンは、それも理解して、アルフォンスを優先したいエドワードの気持ちを汲んでくれる。アルフォンスを優先することで文句を言われたことなど、一度も無い。
『お前さんの方がもっと動かなけりゃ』というブレダの言葉は、もしかするとそういう部分を指しているのかもしれない。
……ジャンは、エドワードを大切にしすぎている。全てにおいてエドワードの望みを最優先にする。自分で実感するのも、難ではあるが。
でも、だとしたら。どうすれば、『先』が見える?
「大将?」
「えっ、あっ、何だ?」
「なんかさっきからおかしいぜ? 何かあったのか?」
「な、何でもないって!」
取り繕って笑うと、ジャンは少し疑うような視線で目を細めたが、それ以上追求はしてこなかった。
「それより少尉さ、引越しはどうなってるんだよ? いつもずっとオレの送り迎えして、それから帰って部屋探したり引越しの荷造りしたりじゃ、全然進んで無いんじゃないのか?」
「ん? あーまあ、ぼちぼちな。部屋は目星つけて、今日当たり契約が決まると思うけど。荷造りは、再来週の休みにでも一日がかりで一気に片付けるかと思ってさ」
「あっ、じゃあオレ手伝うよ! 片付け! 少尉んち行ったこと無いしさ!」
「へっ?! 大将、ウチ来るのか?!」
「おう、間に合わなかったら泊まりこみでもいいし」
「え……」
「アルにも手伝い頼んで――――」
自然にそう言ってから、ふとジャンがホッとしたような少しがっかりしたような表情を滲ませたことに気がつく。
何だろう、と思ってはっとした。
「そうだな、アルは片付けとか得意そうだし、手伝ってもらったら早く終わりそうだ」
いつも通りの表情に戻ってしまったジャンに、しまったと思う。
まさしく今のこそ、『機会』になり得た話じゃないか。無意識に思い切り流してしまった。
「あ、えっと……」
「んじゃま、そんときゃヨロシク頼むぜ? ほれ、そろそろ急がないと次の授業に遅れるんじゃねーか?」
「あ、うん……」
結局そのまま促され、エドワードは上手く機会を掴みなおすこともできずに教室に向かった。
「……バカだね、兄さん」
「うるせー」
アルフォンスにことの詳細を話すと心底呆れた顔をされた。
「普通、そこにボクの名前は出さないでしょ。ハボック少尉かわいそう」
「き、気がつかなかったんだからしゃーねーだろ」
「だから普通なら気がつくよね、って言ってるんだけど」
「だーからうるさいっつーの」
入院のせいで暫く学校に通えなかった分の単位を取り返すため、エドワードは現在は週に1度ほど一日中学校に居る日を作っている。
今日は丁度その日で、これから帰宅の途に着くためにジャンが車を回してくるのを待っているところだ。
「……でも、ちょっと変な感じだね」
「何が?」
「だって、それでがっかりした、ってだけなら分かるけど? 何で『そういう意図がなかった』って確認して、ホっとしちゃってるの?」
アルフォンスの指摘に一理あるかもとは思いつつ、エドワードは首を傾げる。
「いや、ホッとしたように見えた、ってオレの見解だから、はっきりとそうだって訳じゃねーけど」
「今現在、兄さん以上にハボック少尉の表情読める人なんか居ないでしょ。兄さんがそう感じたんだったら、間違いなくホッとしたんだよ」
「いや……でも、じゃあ、何で?」
「何で、ってボクに聞かれても……聞いた話だけじゃ、兄さんと二人きりで自分の部屋に居る状況より、ボクが一緒に居る方がホッとするらしい、としか言いようが無いんだけど」
「アルが居る方が、って」
いぶかしんで眉を顰めた途端、突然背後から揃って頭をわしづかみにされ、エドワードとアルフォンスは揃って飛び上がった。
「うわ!?」
「あ、しょ、少尉!」
「待たせたな。ほれ、乗った乗った」
ジャンは別段話の内容を聞いていた様子も無く、少しだけホッとする。
「ハボック少尉、引越し決まったんですって?」
「ああ、聞いたのか。引越しの日にゃ、お前も手伝い頼むな」
「はい」
談笑しているアルフォンスとジャンを窺いながら、エドワードはいつもの席に向かった。
やはり、先刻見た落胆と安堵の入り混じった表情は見えない。
しかし、やっぱり安堵した部分があるのだとすれば……その理由は、一体なんだったのだろう。
少し考え込みながら車のドアを開く。と、ひらりと紙切れが落ちた。
「? 何だ、コレ」
地面に舞い落ちた紙を拾い、裏返す。
車のドアに挟まっていたらしいその紙には、メッセージが書かれていた。
『中佐昇進、おめでとうございます。是非、お祝いを申し上げたいので、下記の日時に下記の場所まで来ていただけませんか?』
「兄さん、何それ?」
アルフォンスが横からメモを覗きこんでくる。
「……何コレ、差出人の無い呼び出し?」
「ああ……」
エドワードはすぐにメモを握りつぶしてポケットに突っ込んだ。
名前は書いていない。けれど、差出人はエドワードには分かった。
メモからは、あの人間が使っていた香水と、同じ匂いがした。
少し前に、軍を辞めた……いや、ロイによって辞めさせられた、人物と。
一度自宅に帰ってから、エドワードはジャンにもアルフォンスにも告げずに家を抜け出し、指定された教会へ向かった。
半分朽ちた教会に、崩れた壁の穴から踏み入れば、予想通りの人物が立っている。
「来てくれると思っていたよ」
「……久しぶり、だな」
ただ、呼び出されただけだったなら、来なかっただろう。
この人物は、ジャンに対して嫌がらせを行い、そしてエドワードにも何かしようとしたらしい、という理由で軍をクビになった元中佐官なのだから。
そんな相手からの呼び出しに応じる気になったのは、メモの最後に書かれていた追伸の一文だった。
『よく一緒に居るのを見かけるのは、弟君ですね?』
「……アルに、何をする気だ」
「何かをするとは言っていないだろう? 弟君の存在を知っていると、ただ伝えただけだ」
それは確かに相手の言うとおりだった。だからこそ、独りでこの場所に足を運ぶという選択をした。
「……でも、本当にただ祝うつもりで、呼び出したわけじゃねぇんだろ?」
感情を押し殺しているわけでも無いのに、やたらと自分の声が無感情な声色になる。
かといって、無感情になっているわけでも無いのだ。
どちらかと言えば、むしろ……色々な感情が少しずつ入り混じり、なんとも表現しがたい気分ではあった。
相手の方も、エドワードの問いかけに反応は無い。
ただ無言で、薄い笑いを浮かべていた。
その様子に、なんとなく小さな溜息をつき、エドワードはボロボロの椅子に腰を下ろす。
「……まあ、オレの方も、アンタに聞いてみたいことがあったんだよな。聞きたい……いや、聞きたいけど聞きたくないこと、か」
「……何、かな?」
相手は薄笑いの表情のまま、肩の高さまで崩れ落ちている壁に背を預けた。
「アンタの真意って、結局どこにあったんだ?」
「真意、とは」
「オレに親切にしてくれたのも、最初から昇進狙いだったのか、ただそれが聞きたい」
真っ直ぐに相手を見つめても、相手は薄笑いを崩さない。
「今更何故そんなことを? 何もかもが、無意味だろう」
「そう、だけどよ」
けれど、ずっと引っかかっていた。
何より、少なくともそれなりに親しいと、自分が感じていた相手に対して、こんな風に疑ってかからなければいけないのが悲しかった。
あんなことがなければ、この人間の口からアルフォンスの名前が出ても、全く気にもしなかっただろうに。
左手で、ふと右肩に触れる。
指先に、二つ星の階級章を感じ、エドワードは唇をかんで俯いた。
「全ては、今更、だよ。エルリック……中佐」
ガチリ、と知っている音がした。聞き慣れたくはなかったが、最近はもう慣れてしまった……銃の安全装置を外す音。
それを分かっていて、エドワードは顔を上げなかった。
「……テロリストになった、っつーわけじゃねぇよな? 今、オレに銃を向けている理由は」
「ああ。……これはただの、私怨だよ」
銃を向けている者と、向けられている者の会話とは思えないほど、淡々と会話が続く。
「恨みの、内容は」
「ごく単純だ。君のせいで、人生の道を踏み外したというのに、君は簡単に昇進していく。強力な庇護者の下で、な」
「オレは別に、昇進したかったわけじゃねぇんだけどな……」
「君の望みがなんであろうと関係ない。事実は事実だ」
「そう……だな」
もしも。昇進が目当てだった、なんて話が、全て誤解だったなら、とそう思っていた。
もしも誤解なら、恨まれても仕方が無い。
逆に、本当に昇進のみが目当てで近づいたのだと、はっきりそう感じ取れたなら、それはそれで何の迷いもなく攻撃に移れるのに。
怖いわけではない。けれど罪悪感と真実が見えない不安が、エドワードの重い足かせとなり、動くことを躊躇わせていた。
「……恨みを晴らした後は、どうするんだ?」
特に他意があって口に出した質問ではなかったが、相手がふっと笑う声が聞こえた。
「ハボック少尉や、弟君まで殺そうとするんじゃないか、と心配しているわけだ?」
「!!」
顔を上げれば、突きつけられた銃口越しに、冷たい目が見える。
「殺しはしない。君が死ねば、自分が殺されるより余程苦しんでくれるだろうから、ね」
「あ……」
途端に、脳裏にエドワードが入院していたときのジャンの表情が蘇った。
そうだ。
どれほど悲しい思いをさせたか、あの時痛いほど実感したじゃないか。
その方が気が楽だという理由で、エドワードが身を投げ出してしまえば、その分の精神的苦痛は全て、ジャンやアルフォンスが背負うことになる。
エドワードが今やるべきことは、理由は何であれ、間違いなくジャンを傷つけようとした相手の心情を理解することではない。
ジャンやアルフォンスの心を守るために、自分自身を護ることだ。
……そう思った途端に、身体が動いた。
「っっらぁ!!」
「っ!?」
機械鎧の手で、銃を銃口ごと掴み、横へ捻る。
「くっ……このっ」
もみ合いになり、突き飛ばされて離れた瞬間に、銃声が鳴り響いた。
相手の手から、銃が零れ落ちる。
「え!?」
エドワードが状況を確認する前に、士官学校生用の軍服を身に纏った背中が、エドワードの眼前に躍りでる。
その人物が金の髪を翻して相手を蹴り飛ばす間にも、エドワードは銃を持ったままの太い腕に抱きすくめられた。
「アル、少尉!!」
朽ちた壁に叩きつけられた相手の腹が赤く染まり、血が地面に滴り落ちる。ジャンが相手を撃ったのだと、半分呆然として認識した途端に、エドワードは強く腕を掴まれ、ジャンに向きなおらさせられた。
「大将、このバカ!! 何で銃向けられてじっとしてるんだよ!!」
「あ……な、んで、ここが……」
振り返ったアルフォンスが腰に手を当てる。
「兄さんは自分の弟が、あんな短いメモ一つ覚えられないほど馬鹿だとでも思ってるの?」
「あ」
そう言えば、ちらりとだがアルフォンスもメモを見ていたのだった。
「姿が見えなくなったから、まさかと思って記憶を頼りに来てみれば、銃なんかつき付けられてるし……」
ぶつぶつ言っているアルフォンスに何も言い返すことが出来ず、ふと撃たれたはずの相手に視線を向けようとすると、ジャンがエドワードの視界を手で覆った。
「え?! 少尉?!」
「見ないほうがいい」
ジャンの静かな声に、彼がどんな状態なのか、逆に予想が出来た。
「少尉。放してくれ」
「けど、大将血みどろなのは結構苦手だろ?」
「大丈夫だから。アルだって見てるんだし」
「ボクは……別に、この人と知り合いな訳じゃないし」
アルフォンスも、賛成できないといった口調だ。
「いいから」
ジャンの手を掴み、自分で外して、エドワードはそちらに視線を向けた。
崩れかけた壁に身をもたせ、腹の傷を掴んでいる彼の顔には血の気は無い。
まだ息はあるようだが、ジャンの弾丸は確実に急所を捉えていた。あと数分もしないうちに、その命の灯は消えるだろう。
エドワードは無言で彼に歩み寄り、その傍らに膝をついた。
「なんとなく、だけどさ。アンタ、オレを殺す気では来たけど、それだけじゃなかったんだろ? ただ殺したいだけなら、オレの前に姿を現して話する必要なんて無いもんな。物陰から撃っちまえばいい」
血の気の無い顔のままで、彼の口の端が僅かに上がる。死を受け入れるつもりであることは、その表情から読み取れた。
そっと、その血の気の無い手を取ると、握り返される。
人の死を見るのは、嫌だ。それが変わったわけではない。
けれど、人は必ず死ぬものであり、軍人の道を選んだ以上、こういった死から目を背けるわけにはいかないのだ。
「……エド」
呟くようなジャンの声が、背後から聞こえる。
エドワードはそれには答えず、ずっと手を握り続けた。
もしもエドワードがこういったものに目を向けられなければ……おそらくジャンは、全ての汚れ役を引き受けようとするのだろう。
ジャンだけではない、ロイたちも同様だ。
だからこそ、エドワードは逃げない。
その手が完全に動かなくなり冷たくなるまで、エドワードはずっと握っていた。
長くなったので続きます。
途中から何故か突然シリアスに……
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