第1話 流砂の谷 〜Explorers〜
「さて・・・荷物の準備はこれでよし、と」
マグナがどさりと荷物を置くと、ハヤトがマグナを見上げた。
「もういいのか?」
「うん。でも、この部屋で暮らすようになって、もう何年も経つけど・・・いざ出ていくとなるとなんだか、名残惜しい気がする」
改めて部屋の中を見まわす。別にこの部屋を好きだと思ったことは一度もないけれど。こうしてみると、何だか全てが懐かしい。
「ここに連れてこられてすぐの頃は、逃げることばかり考えてたよ。脱走騒ぎを起こしてはネスやラウル師範に迷惑かけたっけ・・・」
『脱走騒ぎ』にふと思い当るものがあった。
「あ・・・そういえば・・・」
がさがさと机の引出しを漁ると、古ぼけた一枚の紙が出てきた。
「・・・あった、あった!前にネスに書かされた反省文!あはははっ「真面目になります」て、1000回も書かされたっけ!」
マグナの思いで話にハヤトがぷっと吹き出す。
「何だよそれ!その書き取りって何か意味あるのか!?」
「あはははっ、今考えればそうなんだけどさ。ネスもあの頃は子供だったってことなのかな?」
幼い頃の自分の字を、目を細めて眺める。最後のほうは、眠くて尺取虫がのた打ち回っているような字になっていた。
「・・・うん、これも持っていくか」
(もう、ネスに叱られる機会もなくなっちまうかもしれないし・・・)
その時、ドアのノックの音がした。
「あ、はーい」
ドアが開いて、ネスティが顔をだす。
「旅支度はすんだのか?」
「うん、まぁね」
「なら、すぐ出発しないとダメじゃないか。遊びじゃないんだぞ?」
ネスティの叱責に、マグナが顔を顰める。
「わかってるよ」
(・・・なんだよちょっとくらい引きとめてくれたっていいのにさ・・・)
中庭まで先頭に立って歩いてきたマグナが、ふと立ち止まってネスティを振りかえる。
「もういいよ、ネス。見送りはここまでで」
ネスティが怪訝そうに少し眉を上げた。
「・・・?」
「心配してくれるのはありがたいけど、俺も一人前になったんだ。ここから先はおれ一人でがんばるからさ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言の睨み合いなのか見つめ合いなのか分からない空気が流れる。小さな溜息と共に、その沈黙を破ったのはネスティのほうだった。
「どうして僕が君のことを見送らなくちゃならないんだ?」
「え?」
きょとんとしたマグナに、ネスティが大仰に肩を竦めて見せる。
「やれやれ・・・まさか、気づいてなかったとはな。見送りの僕が、なんで君と同じような旅支度をしていると思う?」
「あ!」
「あのあと、フリップ様から命令が届いてな。不本意ではあるが、君の監視役として同行を命じられたんだ」
ネスティの言葉にマグナが目を丸くした。
「ええ〜っ!?ホントに?」
マグナの反応にネスティが少しむっとした反応を見せる。
「そんなくだらない嘘をついてどうするんだ。君じゃあるまいし」
「そっか・・・あは、ははははっ」
「?」
急に笑い出したマグナにネスティが不審げな表情を浮かべる。マグナが少し照れたように小首を傾げた。
「正直に言うとさ、俺、ちょっとだけ不安だったんだよ。でも、ネスが一緒なら心強いや」
「・・・言っておくが、僕は監視役として君に同行するんだ。君を甘やかすつもりはないぞ」
「わかってるって♪」
マグナが嬉しそうに了解の言葉を述べる。ネスティが苦笑いを浮かべた。
「まったく・・・。まあ、それはさておき、結局のところ、彼はどうするんだ?」
話題に上ったハヤトが困ったように首を傾げる。
「・・・・・・・」
「それなんだけどさ。俺、ハヤトをハヤトの召喚師のところへ帰してやりたいと思ってる」
「・・・マグナ・・・」
不安げに見上げたハヤトに、マグナは安心させるように笑いかけた。
「どうせ旅の行き先は俺が自由に決めていいんだしさ。ダメかな?」
「ダメもなにも、君の好きにすればいい。僕が口を出すことじゃないからな」
口先ではそうは言っても、ネスティの声色はそうするだろうと読んでいた様子が伺える。
「・・・だってさ?」
「ありがとう、マグナ!」
にぱっと笑ったハヤトにつられて、マグナもにかっと笑う。
「あはは、いいんだって。もともとは、俺が失敗したせいなんだし」
この二人がじゃれているとまるで動物がじゃれあっているようにしか見えないな、とネスティが内心呟いた声は二人には聞こえない。
「で?彼の主人がいるのはどこなんだ?」
「サイジェントっていう街なんだけど」
「サイジェント?」
「・・・!」
何処だろう?という反応を見せたマグナと、それはマズイ、という反応のネスティ。ハヤトは二人の間で交互に顔を見比べている。
「知ってるか、ネス?」
「ああ。一応、場所はな」
「ホントか!?」
「聖王国の西の果て、旧王国との領土の境にある街だ。海路を使って、何日もかけて行く必要がある」
「よし、それじゃさっそく港へ・・・」
そうと決まれば即実行、と行動に移そうとしたマグナをネスティが制する。
「船賃はどうするんだ?」
「え?」
「言っておくが、手持ちの金では一人分の船賃だって出ないぞ」
「・・・じゃ、じゃあ!時間はかかるだろうけど、歩いて・・・」
「だとすると、何十日も歩きづめだろうな」
「げっ!?」
「歩いて簡単に行けるのなら、船の必要なんてないだろう。つまり、現状の僕たちでは無理ということだ」
きっぱりと断じたネスティに、ハヤトがあからさまに落胆の色を浮かべた。
「そんなぁ・・・」
「心配するなって!なんとか、するからさ」
「そう言うからには具体的な案があるんだろうな?」
「それは・・・」
言葉に詰まったマグナに、ネスティが大仰に溜息をついた。
「そらみろ。出来もしないことを安うけあいするなんて、前から言おうと思っていたが、どうして君はそう浅はかなんだ?」
「浅はかで悪かったなぁ」
むぅ、とむくれたマグナとネスティの間にハヤトが割ってはいる。
「ま、まぁまぁ!頼むからケンカしないでくれよ!」
「ハヤト・・・」
最も当事者であるハヤトに止められて、ネスティが気を取りなおした。
「・・・まあ、なんだ。今は無理というだけで帰れないわけじゃない。旅を続けるうちに、なにか方法が見つかるかもしれないしな。ただし、それまでの間、君にはこいつの護衛獣になってもらうことになるが・・・」
「わかったよ」
「ごめんな、ハヤト」
「気にすんなよ!マグナだってこんなことになって、困ってるはずだろ?」
「それは、まあ・・・」
ハヤトが明るい笑顔を浮かべる。
「困ってるときってのはお互い様だしさ!出来る限り、マグナに協力するよ」
「・・・うん。じゃ、よろしく頼むよ」
「ああ!」
「そもそも君は、本部のあるこの街のことすらくわしくは知るまい。だからまずはこの街、聖王都ゼラムについて案内するとしよう。ハヤトにも案内しておく必要があるしな」
そう前置きをして始まったネスティの説明は、いちいちマグナを叱る形で締めくくられ、マグナはかなりウンザリしていた。こっそりハヤトに問い掛ける。
「そろそろ、イヤにならないか?」
「え?ううん、俺は楽しいよ。ネスティの説明詳しいし、ゼラムはサイジェントよりすごく大きいから珍しいものがいっぱいある」
ハヤトにニコニコと返事されてマグナは小さく溜息をついた。仕方がないから文句を言わずに、ネスティの後をついていく。どうやら今度は導きの庭園の説明らしい。
「導きの庭園、いわゆる、市民公園にあたる場所だな」
「わあ、すげえ!噴水でかい!」
無邪気にはしゃぐハヤトに、ネスティが苦笑いともつかない笑いを浮かべる。
「まあ、公園というからにはな」
「サイジェントには噴水なかったのか?」
マグナが訊くとハヤトは笑って頷いた。
「噴水は噴水って言えないほど小さいのだったし、それ以外も広場にベンチがあるだけだったよ。でも、そこでお祭りやったり、サーカスが来たりするからちょうどいいっていえばいいんだけど」
「へえ、サーカス!?俺サーカスなんか見たことないよ!どんなだった!?」
マグナとハヤトがサーカスの話で盛り上がっていると、突然ネスティが後を振りかえった。
「・・・!」
さっとネスティがその場を離れる。そして次の瞬間。
「どいてえぇっ!!」
「・・・うわあっ!?」
マグナは何かに跳ね飛ばされてひっくり返った。
「ごめんなさぁい!」
マグナをはねたらしい人物は、謝りながらも猛スピードで走り去って行く。
「あたたた・・・」
「マグナっ!だ、大丈夫か!?」
慌ててマグナを助け起こそうとしたハヤトをネスティが止めようとする。
「待つんだ、ハヤ・・・」
が、次の瞬間。
「お待ちなさいっ!?このチビジャリいぃ!」
「わあああっ!?」
今度はハヤトがはねられた。
「・・・遅かったか。ああ、だから待てと言ったのに・・・」
「な、なんなんだよ今の騒々しい連中は?」
「いてて・・・」
「それじゃ、そろそろ出発するとしようか」
忘れ物はない、と城門前で確認したネスティの言葉に、マグナは心の中で溜息をついた。
(やれやれ、出発前から疲れちまったよ。この先も、ずっとこの調子だとしたら・・・うう・・・)
「・・・。マグナ?」
「な、なんだいっ!?」
心の中でちょうど不平をもらしていた時に呼ばれ、マグナは焦って肩を竦めた。
「なんだい、じゃない。行き先を言わなければ出発のしようがないだろう?」
「行き先って・・・俺が決めるのかよ!?」
「当たり前だろう。これはあくまで君の旅なんだぞ?僕は監視役でしかない。全ての決定権は君にあるんだ。もっとも・・・あまりにそれが無茶なものだったら、意見を言わせてもらうがな」
(要はそれって、ケチはしっかりつけるってことじゃないか・・・)
マグナは少々ウンザリしてネスティを眺めた。
「なにか言ったか?」
「べ、別にっ!」
ネスティはマグナの不満な表情には敏感である。
(余計なこと言われる前に、とっとと目的地を決めようっと・・・とはいえ、なにかアテがあるわけでもないし・・・どうしよう?)
仕方がないので、マグナはネスティにその旨を正直に言うことにした。
「あのさ、ネス。じつは俺、きちんと目的地決めてないんだ」
「なんだって?」
「ほ、ほらっ!なんせ俺、街の中すらきちんと知らなかったくらいだし・・・」
「やれやれ、まったく。普通は事前に調べておくものだろうに」
「うう・・・」
シュンとしてしまったマグナに、ネスティは仕方ないとでも言うように笑みを浮かべた。
「まあ、変にごまかそうとしなかっただけよしとしてやるか。とりあえず、南だ。南のファナンへ向かう」
「ファナン?」
「聖王都あての物資が荷揚げされてくる港湾都市だよ。陸路にしろ海路にしろ、あの街を経由しないと話にならないからな。着くまでには、目的地を決めておくんだぞ?」
「うん、わかったよ」
「へえ〜街の外って、こんな景色だったんだ」
きょろきょろとあたりを見渡すマグナに、ネスティが眉をひそめる。
「いちいち感心するな。まるで田舎者だぞ」
「そう言うけどさ、俺、街の外に出るの初めてなんだぜ」
マグナの言葉にネスティが怪訝そうな表情をした。
「初めてって・・・君はもともと、別の街から来たんじゃないのか?」
「そうだけど、あの時は馬車に閉じこめられっ放しだったし・・・。これからどうなるのか不安で、とても景色を楽しんでなんかいられなかったよ」
マグナの声色には暗い抑揚は感じられない。しかしそのあっさりと告げられた言葉にも、ネスティは少し視線を逸らした。
「そう、か」
心持ち後悔したような様子のネスティには気づかず、マグナが伸びをする。
「んー、風邪が気持ちいい・・・あ?なあ、ネス。あっちの端っこにある広場はなにかな?」
「ああ、あれは旅行者が休むための休憩所だな」
「へえ・・・ちょっと見てくるよ」
「あ、おいっ!」
「俺も行くー」
ネスティが止めるのも待たず、マグナは一直線に走り出した。ハヤトも興味を持った様子でついて行く。
(休憩所ってわりには誰もいないぞ?)
マグナがきょろきょろと休憩所の中を見まわす。
「ま、いいかこのほうが貸し切りみたいで気分もいいし」
「ネスも早く来いよー!」
はしゃぐマグナに、ネスティが溜息をつきながら追いついてきた。
「まったく、まだ出発したばかりだというのに・・・」
「そう言うなってばさ。ほら、この泉の水すごく冷たいぜ?」
「・・・・・・」
急にネスティが表情を引き締める。その傍らで、ハヤトが何かに気がついたように、剣に手をかけた。
「なんだよ。そこまでコワイ顔しなくてもいいだろ?」
「マグナ、ひとついいことを教えてやろう」
「え?」
「街道の休憩所は旅人に欠かせないが・・・同時にそこは、旅人がもっとも油断しやすい場所でもあるんだ」
休憩所の周りの茂みが、がさがさと大きな音を立てる。
「・・・!!」
「したがって、こういう連中と出くわしやすい・・・ということだ」
明らかに友好的とは言いがたい雰囲気で、数人の男たちが現れる。
「ひひひひっ」
「囲まれてる・・・いつの間に!?」
「へっへっへ。お兄さんがた、命が惜しけりゃ、あり金まとめて出しな?」
ガラの悪い男が、お決まりの台詞を吐いた。しかし、それはネスティの耳には全く届かなかったようだった。
「まあ、こういう危険な長旅にはつきものだと思っておけ、いいな?」
「それはわかったけどとりあえず今はどうするんだよ!?」
マグナが慌てた声で問い掛ける。しかし、残りの二人はたいして動じてはいなかった。
「・・・君は馬鹿か?戦って切り抜けるしかないだろう!」
ネスティのその声に応じるように、ハヤトが剣を抜いた。
「ああ、ひどい目にあった・・・」
ようやく野盗を片付けた後、マグナが大きく溜息をついた。
「自業自得だな。まわりを確かめもせず隙を見せまくった君が招いたことだ」
取り付くしまもないネスティの言葉に、マグナが食って掛かる。
「あのなぁ、ネス?何度も言うけど、俺はこんな風に外を出歩くのは、初めてなんだ。こういう危険があるのなら、最初にどうして注意してくれなかったんだよ!?」
「僕は監視役であって、君の世話役じゃないぞ。任務で仕方なく同行をしているんだ。なのに、そこまで面倒を見られるか」
あっさり斬って捨てたネスティの言葉に、マグナは押し黙った。
「うぐぐ・・・」
「ともかく、こいつらを役人に引き渡す必要があるな。いったん引き返さないと仕方あるまい。出直すことにしよう」
任務で仕方なく同行をしているんだ
仕方なく・・・
(ネスのやつあんな言いかたしなくたっていいじゃないか。そりゃ、たしかに俺の不注意であんなことになったけどさ。俺だって、好きでネスに迷惑かけようなんて思ってないのに・・・)
マグナはネスティと旅をすると聞いたとき、本当に嬉しかった。だからこそ、ネスティがそれを迷惑だと感じているのは寂しい。
「・・・・・・。・・・よし、決めた!ようは、さっさと手柄を立てて、俺が一人前だって証明してみせればいいんだよ」
(そうすれば、監視役の必要はなくなる。ネスにこれ以上、迷惑かけなくてすむんだ)
ネスティに迷惑をかけないで済むのであれば、その方がいい。迷惑をかけてネスティに嫌われるほうが、マグナにとっては嫌だった。
「でもいったい、なにをどうすれば、蒼の派閥の召喚師にふさわしい活躍なんだろう?」
一体何が良いだろう、とマグナが考え込む。
「・・・・・・・」
その時ノックの音がした。
「ネス?」
「やれやれ。城の兵士に事情を説明するのに、思ったより時間がかかってしまったよ。丸一日も無駄にしたな。さあ、改めて出発だ」
「ん?」
住宅地を歩いていると、急にネスティが立ち止まった。
「どうした、ネス?」
「向こうから来るのはひょっとして・・・」
すると、ネスティの視線の先にいる人物たちもこちらに気がついた。
「あれっ!?すっごい偶然ねー」
蒼の派閥の召喚師、ギブソンとミモザである。
「先輩たち!?」
「フフ、お久しぶりね。元気だったかな?」
「お久しぶりです、ミモザ先輩」
「あはは、どうも・・・」
どう見ても社交辞令的なネスティの挨拶と、ちょっと会釈するだけのマグナに、ミモザが不満げに腕を組んだ。
「もう、相変わらず愛想がないわねぇ、キミたちは。それに、あたしの事は「ミモザお姉さん」て呼ぶように言ったでしょ?」
「は、はぁ」
逆に相変わらず言いたい放題のミモザに、マグナが少々戸惑いの色を見せる。
「おいおい、ミモザ。マグナたち困ってるじゃないか」
「いいじゃないの。久しぶりなんだし」
「まったく・・・」
ギブソンが苦笑を浮かべた。ミモザの隣にいるギブソンという人物は、ミモザを猪突猛進と評するなら、ギブソンは深謀遠慮、常にミモザのコントロール役に回るタイプである。
「ギブソン先輩、ご無沙汰しています」
「ああ、そうだね。二人とも元気そうでなによりだよ」
マグナとネスティの後ろにいたハヤトが、聞き覚えのある声にひょいっと顔を出した。
「あっ、ミモザにギブソンじゃないか!」
「えっ?もしかして、ハヤト?」
「何で君がここに・・・サイジェントにいたんじゃないのか?」
意外な人物の登場に、ミモザもギブソンも驚きを隠さない。
「えっ!先輩たちはハヤトのこと知ってるんですか?」
「ああっ。前にちょっとね」
「よければ、事情を教えてくれないかな?」
「あっはい・・・実は・・・」
「なるほど、『二重誓約』とはな」
ギブソンが深く頷く。しかしミモザが首を傾げた。
「ねえ、でも・・・ちょっとおかしくない?それだけだとは思えないんだけど?」
「あ、うん。俺もそれは思ったんだけどさ・・・」
う〜ん?とハヤトと二人で首を傾げるミモザに、ネスティが不審そうに尋ねた。
「どういうことですか、先輩?」
「だって、『二重誓約』って魔力の強いほうが優先されるわけでしょ?あのキールの魔力を知ってる私としては、マグナが上書きしちゃったってのがどーも腑に落ちないのよねー」
「確かにそうだな。少なくとも今のマグナの魔力で上書きできるレベルの相手ではない」
ギブソンも頷く。どうやらマグナはこの中では一番そう言う話に疎いらしく、ただハテナを頭の上に飛ばすばかりだ。
「しかし、ハヤトは元々はぐれ召喚獣だったのでしょう?僕は、それで誓約の力が弱まっていたのだと判断したのですが」
「はぐれとは言っても、彼の場合は複数の召喚師によって召喚され、その殆どが死んだというだけだからね。その召喚儀式の責任者だったキールは生き残っているし、そのキールと一緒に暮らしてもいた。だから、そこまで誓約が弱まる理由にはなりえないんだよ」
「そうよねぇ。キールとの誓約はきちんと維持されていたはずなのよ。だとすると、マグナがキールを上回る魔力を出したってことになるけど・・・」
ギブソンとミモザのあまりに高い評価に、ネスティがその話題の人物に興味を示す。
「先輩、そのハヤトの召喚師というのはそんなにも強い召喚師なんですか?一体どういう人物なんです?」
「私と同じサプレスの召喚術を得意とする召喚師なんだけれどね」
「少なくともギブソンよりは強いんじゃない?」
あっさりと言ってのけたミモザにネスティが驚愕した。
「な!?先輩よりですって!?」
そして残りの二人は苦笑する。
「俺はキールとギブソンって同じくらいの強さだと思う・・・」
「引き合いに出されてしまっては私はコメントがしづらくて困るのだが。まあ、彼はロレイラルの召喚術も高レベルで使えるしね」
「しかし!それではこの馬鹿者が『二重誓約』を起こせるわけがないじゃないですか!!」
「そーよー?だからさっきからおかしいって言ってるんじゃない」
じっ、と4人の視線が注がれて、マグナはたじろいだ。とりあえず、なにを話しているのかさえ分からないのに見られたって困る。
「なあマグナ。俺のことを召喚したとき、何か普通の召喚と違う手順踏まなかったか?」
ハヤトにニコッと笑いかけられて、マグナはハヤトを召喚した時のことを思い返した。あの時は・・・
「あ!!俺そう言えばサモナイト石2コ使った気がする!!」
片方に魔力を集中すればいいと思って召喚したのに、言われてみればあの後もう1コの石も無くなっていた。マグナの返事にギブソンとミモザが納得したような表情を浮かべ、ハヤトが苦笑する。そして・・・
「きっ・・・・・君はバカかーーーー!?」
ネスティの怒声が響き渡った。
「サモナイト石を複数使って召喚すると言うのはものすごく危険なことなんだ!もしかしたらこの聖王都が全てその爆発に巻き込まれて消えていたかもしれないんだぞ!?」
「うう・・・」
まくし立てるネスティにマグナがシュンとする。するとハヤトがネスティとマグナの間に割って入った。
「ま、まぁまぁネスティ。とりあえず今回はそんなにひどいことにならなかったんだしさ。誰だって一回や二回は失敗するもんだし、大事なのは同じ失敗を繰り返さないことだろ?」
「ハ、ハヤトぉ・・・」
助け舟を出してくれたハヤトに、マグナがすがるような視線を向ける。が、ネスティはあくまで厳しい。
「いくら今の主人だからってかばうことは無いんだぞ、ハヤト。そもそも君は、この馬鹿者がそんなことをやったせいで召喚されてしまって今困っているんじゃないか。一番の被害者は君だぞ?」
「俺は迷惑だなんて思ってないけど?」
にこにこ笑いながら言うハヤトに、マグナの方が驚いた。迷惑じゃないはずが無いし、ネスの言う通りハヤトにはマグナを怒る権利がある、とマグナだって分かっている。けれど、なんの迷いも邪気もなく、ハヤトはニコニコと言葉を続けた。
「俺、マグナやネスティと知り合えて嬉しいし、友達になりたいなって思ってる。それに久しぶりにミモザやギブソンと会えて嬉しかったし、俺はリィンバウムでは殆どサイジェントから出たこと無かったから、こうやって聖王都を見るのも楽しいよ。それは全部、マグナが俺を召喚してくれたからできたことだろ?」
「それは、そうかもしれないが・・・・」
「別にサイジェントに帰れなくなったわけじゃないし、俺は何かを無くしたわけでもない。だから、俺はいい機会をマグナにもらったんだなって思ってるんだ」
さらっと言ってのけたハヤトにネスティは言葉を詰まらせ、ミモザが楽しそうに笑った。
「あはははっ!言われちゃったわね、ネスティ?まあ、それでこそハヤトよね!」
「そうだな」
ギブソンも満足そうに微笑む。ネスティが眼鏡をぐ、と押し上げた。
「ま、まあハヤトがそれでいいというのなら構わないが。とにかく!二度とそんなことはするんじゃないぞ、マグナ?」
「うん!」
ふう、と溜息をついたミモザがハヤトに視線を向ける。
「それにしても災難だったわねぇ、ハヤト」
「できれば元の召喚師の元に返してあげたいんですが、何とかなりませんか先輩?」
マグナの言葉に、ギブソンが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「力になりたいのはやまやまなんだが」
ミモザも困ったような顔をした。
「私達も、ちょっと手の離せない用事で街から出られないの」
「まあ、機会を見つけて、彼の召喚師には私たちから連絡するよ」
「悪いけど、今はそれが精一杯ってところなの。ごめんね、ハヤト?」
謝られたハヤトが首を振る。
「うん、それじゃしかたないよ。よろしく伝えておいてくれよな」
「ところで、先輩。てっきり、まだ任務で西に出かけているんだと思ってました」
マグナの質問に、ミモザが少し首を傾げた。
「んー、任務自体はだいぶ前に終わってたんだけど、色々と事情があって、本部には顔を出さずに次のお仕事をするハメになっちゃってね」
言いづらそうなミモザに、ネスティが厳しい表情をマグナに向ける。
「マグナ、あまり詮索するのは先輩たちに失礼だぞ」
「いや、構わないさ。挨拶もせずにいた私たちも悪いんだしね」
ギブソンが優しい笑顔を浮かべた。
「ねえ、ひょっとしてキミたちもお仕事?」
「仕事っていうか・・・」
「そうか、見聞の旅に出発するところなのか」
「コイツがしっかり勉強してたら必要なかったんですが」
ネスティから向けられた視線に、マグナが身を竦ませる。
「うう、また・・・」
そんなマグナに少し笑って、ギブソンがマグナをかばった。
「いや、これはこれでいい機会じゃないかな」
「旅をすることで初めて見えてくることって案外あるものよ?」
「そのとおりだ。私自身色々と考えさせられたものだよ」
信頼する二人の先輩の言葉に、マグナにも笑顔が戻る。
「そっか・・・」
ミモザがふと気がついたように、手に持っていたギザギザのオカリナをマグナに差し出した。
「あ、そーだ!これをあげちゃおう。ふふふ、一応、一人前になったお祝いってことで」
「ありがとうございますミモザ先輩」
「ところで僕たち、まだもうちょっとゼラムに居るのかしら?もし時間があるなら、ちょっとだけハヤトを貸して欲しいんだけど?」
「え、でも・・・」
マグナがネスティを見る。するとギブソンが微笑んだ。
「いや、手間は取らせないよ。ほんの1時間程度なんだが」
「どうしよう、ネス?」
「僕に聞くな。ハヤトは君の護衛獣だろう。・・・まぁ、あと数時間はまだゼラムに居るだろうし、君が構わないなら僕はいいと思うが」
「んもう、じれったいわね!とにかく借りてくわよ!?後で連れていくから・・・そうね、導きの庭園にでも居てちょうだい!」
「ミ、ミモザ!痛いって引っ張るなよ!!」
ずるずるとハヤトがミモザに引きずられていく。その様子にギブソンが苦笑した。
「すまないね。実はハヤトと知り合ったきっかけと言うのが、派閥の任務がらみでね。ハヤトは蒼の派閥の重要機密事項を知ってしまっているんだ」
「ええっ!?」
これにはマグナもネスティも驚いた。ハヤトが機密を知っていると言うことにもだが、それを駆け出しであるマグナたちに言ってしまってもいいのだろうか。
「サイジェントという辺境に居ればそう気にすることもないのだろうが、聖王都に来たとなればその機密は確実に守られなければならない。そこまでは、君たちにも伝えておこうと思う。それは私が君たちを信用しているからであり、ハヤトも君たちのことを気に入っているようだと感じたからだ。・・・理解してもらえるね?」
「・・・はい」
信用している、と言われて裏切るマグナやネスティではない。
「さて、すっかり引き止めてしまったな。すまなかった」
「いえ、こちらこそ邪魔をしてしまって」
「ゼラムに戻ってきたら顔を出してくれ。私たちはこの先の屋敷で仕事してるから」
「で、ハヤト。あの二人にはどこまで話したわけ?」
ギブソン・ミモザ邸のリビングのソファに座り、ミモザがハヤトに問い掛ける。普段はふざけた所のある人物と評されることも多いミモザだが、こういった話になればやはり蒼の派閥の召喚師なのだ。
「俺は前にリィンバウムに呼ばれたときも事故で呼ばれたんだってことと、サイジェントに住んでたってことくらいかな。お、ありがとギブソン」
ギブソンが3人分の紅茶をテーブルに並べて、ミモザの隣に腰を下ろした。
「それしか言っていないのかい?」
「うん。別に訊かれてもないし・・・」
ミモザが身を乗り出す。
「じゃあ、誓約者だって事とか、無色の派閥絡みの事とかは何も言ってないのね?」
「言ってないよ。・・・だって、そのあたりのこと話すとさ、キールのこととかもあるし・・・それに俺別にこの世界を救おうなんて考えてたわけじゃないから、特別な目とかで見られるのイヤなんだよ」
少し困っているような表情を浮かべたハヤトに、ギブソンが深く頷いた。
「そうか・・・。まあ、君は以前からもそう言っていたし、恐らくそうだろうとは思っていたがね。しかし、今はそれで良くても、二人と一緒に旅を続けていけばそうも言っていられなくなるのではないかい?そもそも、君は召喚獣としてもかなり異質な存在だ」
「そうよねぇ。全ての属性の召喚術が使えるって時点で異常だものね。その上誓約の儀式まで出来ちゃうし?大体、私たちみたいな「人間」は異世界にはシルターンにしかいないって言われてるしね」
ミモザが一息に言った後紅茶を口にする。少し考えるようにしてハヤトが口を開いた。
「でも、それは別に話してもいいんじゃないのか?マグナは俺のことシルターンの人間だって思ってるみたいだけど、別にそうじゃないって事くらいはさ」
「マグナの前でまだ召喚術使ってないの?それとも無属性の召喚術しか使ってないとか」
カップに口をつけたままのミモザの問いに、ハヤトは横に首を振った。
「試験だとか言うときに、ブラックラックつかったよ?」
ミモザがブッと紅茶を吹き出し、ギブソンが頭を抱える。
「シルターンの人間がブラックラック使えるわけないでしょ!?」
「お、俺に言われたって困るよ!!それにその時は俺も呼ばれたばっかりで何がなんだかわかんなかったし・・」
ギブソンが苦笑しながら紅茶に砂糖を入れた。
「まあ、それは仕方がないね。ならばハヤトの言う通り、「名もなき世界」出身であることは言ってしまったほうがいいかもしれない。ネスティは、頭がいいから隠してもすぐに気がついてしまうだろうし」
「そうねぇ。そこまでは仕方ないけど・・・。でもハヤト、なんでブラックラックなのよ!?あんまり高位の召喚術使っちゃ誓約者だってばれるわよ!?」
「し、仕方ないだろ!?大体俺釣りしてるときに呼ばれたから、剣も持ってなかったんだぞ!?」
ぎゃいぎゃい騒ぎはじめたミモザを落ち着かせようと、ギブソンがミモザの背中をポンポン、と叩く。
「まあ、ブラックラック程度ならまだ大丈夫だよ。私からしてみればハヤトが普段から召喚術を持ち歩いていたことのほうが少し驚いたが。他には何も持っていなかったのかい?」
「ああ、キールに護身用って無理矢理持たされてるんだよなー。まあ、今回は役に立ったけどさ〜。あと持ってたのはブラーマとゲルニカちゃんかな」
「ゲルっ・・・」
ハヤトの返答に二人が声をそろえて絶句する。数秒の沈黙の後、ギブソンが溜息と共に口を開いた。
「・・・まぁ、ゲルニカじゃなくてブラックラックを使ったのは賢明だったね」
「それにしてもゲルニカにちゃんづけもどうかとは思うけど・・・誓約者ってこんなモノなのかもね・・・。けど、護身用にしちゃゲルニカってのは強すぎない?!」
まったくキールは何考えてんのよ、とミモザがぶつぶつ文句を呟く。
「まあ、実際問題としてハヤトの場合、召喚術よりも剣を扱うほうが得意なわけだから、召喚術を使わなければならないような時に子供だましの召喚術を持っていても仕方がないという事だろう」
「そうね・・・。まぁ、それはともかく。今まではそれで良かったとしても、これからあの子達と旅に出るなら、マズイわよね」
ミモザが親指を唇に当てて考え込む。ギブソンもそれに同意した。
「そうだね、少なくとも今はまだ、彼らの前でそのレベルの召喚術を使うのは賛成できない」
「分かった、使わないようにするよ。でも持ち歩くくらいは別にいいだろ?ゲルニカちゃん、俺になついてるんだ」
「は?」
「なつく・・・?」
ハヤトの言葉にギブソンとミモザが首を傾げる。と、ハヤトの座っているソファーの背後から、ゲルニカがにゅっと顔を出した。
「きゃあああああ!」
「うわああああっ!?」
これには、普段滅多なことでは取り乱さない二人の召喚師も驚いた。ゲルニカは固い表皮で覆われた巨大な顔を、ハヤトにぐりぐりと擦りつけている。
「あはははは、もう、やめろって〜」
ハヤトが笑ってゲルニカの鼻先を撫でると、ゲルニカは気持ち良さそうに目を閉じた。しかし、目の前にいる二人にはそんな余裕はない。
「ハ、ハ、ハ、ハヤトっ!!それ、早く送還してちょうだいっ!!」
「えー?別に暴れたりしないのに〜」
「た、頼むから!頼むから送還してくれ!!」
「ん〜、分かったよ。じゃまたな、ゲルニカちゃん」
ハヤトがぽんぽん、とゲルニカの鼻先を叩くとゲルニカはふっと姿を消した。ようやく、ギブソンとミモザが安堵の溜息を漏らす。
「こ、これだから誓約者なんてものは・・・!その気になれば詠唱どころか集中すらしなくても召喚しちゃうんだから・・・!」
「今のはゲルニカちゃんがすごく俺に懐いてくれてるからだってば。俺皆と仲良いけど、さすがによっぽど仲が良くないと、こんなに簡単には出てきてくれないぜ?」
しれっと言い放ったハヤトに、ギブソンが眉間を押さえる。
「・・・まぁ、持って歩くのはいいとしても。よっぽど危険なとき以外、使わないようにしてくれ。私達の方でもっと低レベルの召喚術を提供するよ」
「そう?サンキュ。じゃぁできるだけ使わないようにするからさ。あ、そうそう俺ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「何?私達で答えられること?」
「うん、多分。なんか俺さ、こっちに呼ばれてからちょっと調子が悪いんだよ。1回の戦いで使える召喚術の回数も減ったし、剣の方も動きが悪い感じがするんだ」
「ああ、それは誓約の所為だよ」
ようやく落ち着きを取り戻したらしいギブソンが、再び紅茶に口をつける。
「誓約って言うのはね、自分より力のある召喚獣の力を制限して、召喚師が支配するのが目的なの。だから、能力が低い者が誓約をかけると、その者がコントロールできるレベルにまで力を制限されちゃうわけね」
ミモザの言葉にハヤトが首を傾げた。
「じゃあ・・・」
「逆に召喚師が強ければ、誓約を弱めることによって召喚獣の力をより大きく引き出すことができる。つまり、今のマグナじゃ、ハヤトの力を生かしきれない、ってことね」
「ハヤトを召喚し、誓約をかけれる程なのだから、才能はあるんだろうけどね。マグナはまぁ、これからの成長次第、と言ったところかな」
二人の説明に、ハヤトが笑みをもらして立ちあがった。
「そっか、病気だとか変なことじゃないならいいんだ。じゃ俺、あんましマグナ達待たせるのも悪いからそろそろ行くな!」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
ギブソンがサイドテーブルの引き出しを開け、幾つかのサモナイト石を取り出す。
「この召喚術を持っていくといい。このくらいなら大丈夫だろう」
「うん、ありがたくもらってくよ。じゃ、またそのうち!サイジェントに連絡よろしくな!」
玄関までハヤトを見送った後、走り去るハヤトの背を見ながらギブソンがぽつりと漏らす。
「しかし、誓約者の力と言うのはやはりすごいものだね。ゲルニカクラスの召喚獣を、あの一瞬で召喚してしまうのだから」
感心したようなギブソンを、ミモザが横目で見上げる。
「羨ましい?でも、誓約者になるにはゲルニカの頬ずりを笑顔で受け入れなきゃなんないわよ」
「ハハハ・・・それは、ご免蒙るな」
ハヤトがギブソン達と話をしている間、マグナはネスティと城の前の広場に来ていた。普段はさほど人の多くない場所が、何故か先刻から多くの人でにぎわっている。
(あれ、なんだろう?この人だかりは)
マグナの見ていた人だかりに、ネスティも視線を向けた。
「ああ、もう高札が立てられたようだな」
「高札?」
って何?と訊きたげなマグナに、ネスティが振りかえる。
「野盗たちの手配書だよ。昨日捕まえた連中が根城を白状したらしい。流砂の谷といってな、北にある、険しい谷間に隠れていたようだ」
「流砂の谷ねぇ」
「王城の役人から説明を聞いたんだがな。あの連中は、ずいぶん前から旅人を襲い続けていたらしい」
庭園で再びハヤトと合流したのち、ハヤトに野盗について尋ねられたネスティがそう言った。
「前からって・・・知っていて、野放しにしてたってのか!?」
信じられない、と言った様子で叫んだマグナを、ネスティがじろりと睨む。
「滅多なことを言うな。騎士団が定期的に遠征をしているのは、君も知ってるだろう?」
「けど、現にああやって野盗たちが・・・」
「連中も馬鹿じゃない。遠征があることを事前に聞きつけて、その間は身を隠すようだ。騎士団が探索できないような険しい場所にな」
ネスティの言葉にマグナが口の端を引き締めた。
「いくら騎士が強くても見つけられなかったら退治できない?」
「そういうことだ。だが、ゼラムの政治家たちも、そろそろ本気で野盗退治を考えてるようだぞ」
「あっ、だからさっきみたいな手配書を?」
マグナがぽん、と手を打つ。しかしネスティは首を横に振った。
「あれは気休めだ。騎士団を翻弄する連中が、冒険者になんとかできるはずあるまい。これは噂だが・・・我々蒼の派閥の協力を仰ごうという計画が進んでいるらしい」
「え?だっておきてでは政治に関わるなって・・・」
きょとんとしたマグナに、ネスティは肩を竦める。
「建て前と真実は別物さ。派閥とて、街に本部を置く以上、それなりに協力をする必要がある。それに・・・野盗退治は街道を利用する全ての人々のためだという、大義名分もあることだしな」
マグナが、少し考え込むようにして口を開く。
「なあ、ネス」
「なんだ?」
「野盗をやっつけたら、派閥の召喚師としての手柄になるよな?」
「な・・・!?何を考えてるんだっマグナ!そんなことできるわけないだろう!?」
「できないって決めつけるからできないってネス、いつも俺を叱ってたじゃないか」
「それとこれとは話が別物だ!自ら危険なことに首を突っこむなんて、バカのすることだ。そんな君のバカな行為につきあわされる、僕の身にもなってみろ!」
ネスティに怒鳴られて、マグナが下を向いてしまう。
「う・・・・・・・・・・」
言い聞かせるように、ネスティは言葉を続けた。
「頭を冷やせマグナ。君はいったい、なにをあせっているんだ?」
「だってさ・・・悔しいんだよ・・・旅に出ても、ネスに面倒や迷惑ばかりかけっぱなしでさ。これじゃ俺、見習いの時となんにも変わってないじゃないか!?」
必死のマグナの言葉に、ネスティが言葉を詰まらせる。
「マグナ・・・」
「だから俺は、早く自分が一人前だってことを証明したいんだ!一日も早く認められて、ネスを俺の世話から解放したいんだ・・・」
勢い込んで発せられた言葉は、次第に小さな声になっていった。ネスティが、そんなマグナの顔を覗き込む。
「・・・わかった。君の気持ちはわかった。だがな、マグナ。君の力では、野盗退治なんて不可能だ」
「!?」
「君に限ってじゃない、僕にだって無理だろう。君が考えたことはそういうことなんだよ」
言い聞かせるネスティに、マグナが必死の顔で食って掛かる。
「け、けど・・・!」
納得しないマグナに、ネスティは少し笑って溜息をついた。
「・・・。口だけの説明じゃ納得しないっていう性分は相変わらず、か。ならば、自分の目で確かめに行くか?」
「え?」
「野盗というものを知ることも、見識を深める足しにはなるだろう。それでなお、勝てると思ったのなら、戦ってみればいいさ」
「・・・どうだ?まだ勝てると思うか?」
見つからないよう、岩に伏せたまま野盗達のアジトを覗きこむ。あまりの数の多さに、マグナは口を結んだ。
「・・・・・・」
「1、2、・・・すごいいっぱいいるなぁ・・・」
唯一、数を数えて笑っているハヤトにだけは、全く緊張感が見られない。
「正直、僕もこれほどに大規模な集団だとは思っていなかったよ。派閥の協力が必要だというのもうなずける」
厳しい目で野盗たちを見るネスティに、マグナは小さく頷いた。
「ああ・・・」
「見つからないうちに引き上げよう」
ネスティが静かに立ち上がりかけたとき、マグナが異変に気がついた。
「・・・!?ネス、ちょっと待った!様子が変だぞ!」
「?」
どうやら誰かが野盗達に捕まっているらしい。マグナにはその人物に見覚えがあった。
「あの人、街で見かけた冒険者だ・・・」
高札の所で、大きな声を出していた人間だ。その様子を見て、ネスティが溜息をつく。
「予想どおりか。君も無茶をしていればああなっていたんだ」
「助けよう、ネス!」
「助けるだって?そんな必要がどこにあるというんだ。君は今、あいつら野盗と戦うことは無茶だと学んだばかりだろう?ましてや彼らと僕らは赤の他人なんだ。わざわざ危険を犯して助ける必要はない」
「それはそうだけどでも・・・俺は、やっぱりほっておけないよ!知らんぷりなんかできない!!」
「マグナ、待つんだ!」
ネスティの制止を振りきって先に走り出してしまったマグナを、慌ててハヤトが追いかける。
(俺はイヤなんだ。見ないフリで、都合の悪いことだけを避けて生きていくのは・・・。目を背けられることが無視されることがどれだけ悲しいことか俺は知ってるんだ!)
「ぐぎゃああぁっ!!」
召喚術で、冒険者の最も近くにいた野盗にマグナが攻撃する。
「え?」
突如現れたマグナに、冒険者がきょとんとした。
「さあ、今のうちに逃げて!!」
「ぐひいぃぃっ!!」
ネスティの召喚術が、他の野盗に炸裂する。
「やれやれ、結局はこうなるのか」
突然現れたマグナ達に、慌てた野盗が冒険者を振りかえる。
「召喚師だと!?おめぇの差し金か冒険者っ!!」
「んーにゃ、違うね。だってさ・・・」
冒険者たちを縛っていたはずの縄が、ぱらりと解けた。
「なっ、縄が!?」
「このとおり、頃合いを見て、カッコよく反撃するつもりだったのさ」
男の方の冒険者が、スラリと大剣を抜く。
「頭目の貴方を確実に倒すためにね?」
女の方の冒険者も、きりりと弓に矢をつがえる。
「ぐぐ・・・」
「ちょいと筋書きは変わっちまったけど大逆転といかせてもらうぜ!」
「どうもありがとう、おかげで助かったわ」
野盗達を全員縛り上げた後、女の方の冒険者が微笑んだ。
「いえ、お気になさらず。単にこちらのバカ者が軽率な行動をしただけですから」
「うう・・・」
向けられたネスティの視線に、マグナが身をちぢこませる。
「むしろ、いらぬ手助けで邪魔をしてしまったことが心苦しいです」
「あら、そんなことはないわよ。こっちだって、そこのお調子者の立てた計画だけに、不安いっぱいだったんだから」
女にじろりと向けられた視線に、男が軽くせき払いをした。
「・・・コホン」
「貴方たちが連中にスキを作ってくれたから、うまくいったのよ」
男が、女とネスティの間に割ってはいる。
「あー、なんだ!それはともかく・・・自己紹介まだだったよな?俺はフォルテ。見てのとおりの剣士だ」
「私の名前はケイナよ」
二人の自己紹介に、ネスティが軽く会釈をする。
「ネスティ・バスク 蒼の派閥の召喚師です」
マグナもそれにならった。
「マグナです」
「俺はハヤト。よろしくな!」
「なあ、召喚師さんたち。ついでといっちゃ悪いが、ひとつ、頼まれてくれないかい」
フォルテが人が良さそうな笑顔を浮かべる。
「え?」
「ここでのびてる連中をしょっぴいてもらえるよう、騎士団を呼んできてほしいんだ」
ケイナも、その言葉に頷いた。
「誰かが見張ってないとこいつらが逃げるかもしれないし・・・迷惑だとは思うけどお願いできない?」
「珍しいな、ネスがあんなに簡単に頼まれごとを引き受けるなんてさ」
「行きがかりだからな、仕方あるまい。それに・・・」
「それに?」
不思議そうに問い返すマグナから、ネスティが視線を背ける。
「彼らが一緒に戦ってくれたから、僕たちは命拾いできたんだ。僕一人じゃ、あの状況で君を守りきれる自信はなかったからな」
「・・・そっか」
ネスティが大きく溜息をついて、自嘲気味の笑顔を浮かべた。
「不甲斐ないな。偉そうに監視役だとか兄弟子だとかいっても、結局のところ君を怒鳴りつけるだけ。らしいことは、なにもできていない・・・。君が野盗退治なんて無茶を言いだしたのも、僕のせいなんだろう?」
「え?」
「わかっていたよ。僕に説教ばかりされて、君がずっと不愉快に感じていたのは」
ネスティは顔を背けたまま、マグナを見ようとはしない。
「ネス・・・」
「僕はどうもあせっていたようだ。一日も早く、君が誰にも文句のつけられない召喚師になるよう、それだけを考えて、君の気持ちを無視して必要以上に厳しく接しようとした・・・。やれやれ、情けない。これでは監視役として失格だ」
苦笑いを浮かべたネスティに、マグナが首を振る。
「・・・違うよ、ネス」
「マグナ?」
ネスティがマグナを見る。マグナはネスティに笑いかけた。
「俺が野盗退治をしようなんて言い出したのは、ネスのせいじゃない。迷惑かけっぱなしの自分が情けなくて、早く一人前になりたいと思って・・・。はははっネスと同じだよ、あせりすぎてたんだ」
「・・・そうか」
マグナがじっとネスティの顔を見る。
「・・・・・・。あわてなくてもいいんだよな?できることから、順にがんばっていけばそれでいいんだよな?」
「ああ」
「それまで、まだまだ迷惑かけちゃうけどさ勘弁してくれよな」
「・・・仕方あるまい。なにしろ僕は君の監視役であり兄弟子なんだからな?」
ようやく、ネスティは笑顔を見せた。
騎士団に野盗たちを引き渡し終える頃には、すっかり日は暮れてしまっていた。
天空に輝く銀月の光の中、刻一刻とその形を変えながら燃えさかる焚き火の炎をみつめつつ
俺はあらためて、自分自身に思いをめぐらせてみる。
俺はすねていたんだ。自分が孤独だと思いこんで、子供みたいにヤケになってた。
派閥に連れてこられる前、身よりも住む家もない俺は多くの人々に、ゴミのように見られていた。
派閥に入っても同じだった。「成り上がり」の存在として陰で、あるいは公然と差別をされ続けてきた。
だけど思い出した。それだけじゃないってことを
ネスや、ラウル師範たちがそう教えてくれたってことを
俺は孤独なんかじゃない。俺を信じて、見守ってくれる人たちのためにも・・・
しっかりとした意志をもってこの旅を続けていこう。
「なあなあネスティ、手紙の代筆してくれよ〜。俺まだこっちの字書けないんだ」
ハヤトがネスティのマントをくいくいと引っ張る。ネスティがやや眉を上げてハヤトを見下ろした。
「何で僕が?・・・大体、君の主人はマグナだろう。マグナに頼めばいいじゃないか」
「だってマグナ字汚そうなんだもん」
「おいハヤト!どういう意味だよ!?」
マグナがむくれると、ハヤトがニヤニヤしながらネスティに尋ねた。
「マグナって字キレイ?」
「ああ、そういえば慣れないと読めない程度には汚いな。そういうことなら仕方が無い、書いてやるか」
「ちょっと!ネス!ハヤト!!」
思いっきりふて腐れたマグナにハヤトが声をあげて笑い、ネスティがくすりと笑みをもらす。そしてネスティがペンを取り出し、ハヤトが書いて欲しいことを喋りだした。
拝啓 フラットの皆
突然居なくなってごめんな!
俺は今、マグナという人の所にいる。どうやらまた俺は召喚事故で呼び出されたらしいんだ。俺って事故に縁があるのかな?
いろいろ事情があって、しばらくフラットには帰れそうにないんだ。
だから、こうして手紙を書いて、皆の所に届けてもらおうと思ってる。
今のところは聖王都ゼラムって街にいるけど、これから旅に出ることになるらしくて、だから場所ははっきり分からない。
「ハヤト、それでは文章として変だぞ」
一応言われたとおりに書きつつも、ネスティがしっかりと指摘する。
「あうっ・・・。ま、まあいいよ言いたいことさえ伝わればさ!」
マグナと、それから一緒に旅をしているマグナの兄弟子のネスティは蒼の派閥の召喚師なんだって!なんか懐かしいよな。
懐かしいと言えば、ギブソンとミモザにもあったぞ。マグナとネスティはあの2人の後輩なんだそうだ。すごい偶然!
また、手紙書きます。ハヤトより。・・・草々
「やっぱ思ったとおりネスティは字キレイだなぁ。さっきチラッとマグナの書いた字見たけど酷かったぞ」
「このくらいは普通だ。マグナの字が汚すぎるんだ」
「だーーーかーーーらーーー!あれは眠くて書いたから汚くなってただけで!普段はあそこまで汚くないってば!!」
は、は、は・・・や、やっと1話が終わった(泣)。
この企画、当初の考えより、ほんっっっとうに、大変です。
しかも、あんましハヤト活躍してないし。ま、2話に期待です。
2話3話は、めちゃめちゃ活躍させる予定ですから♪
結局ハヤトスキーな私が書くと、いかにハヤトを活躍させるか、に終始するようであります。
ちなみに。
「ゲルニカちゃん」は私の趣味です!(笑)
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