「俺っ・・・もっと自分に、力があると思ってた・・・」
自分自身を責めているかのようなハヤトの言葉に、キールは静かに耳を傾ける。
「皆、助けられるって、思ってた・・・」
俯いたままのハヤトの双眸から、再び涙が零れ落ちる。
ハヤトは、昼間の暴動に参加した人々を助けられなかったことを激しく悔いているらしかった。そんなハヤトを元気づけようと、キールは口を開く。
「君は君の、出来る限りのことをしたと僕は思っている。何もせずに彼らを見捨てたわけじゃない・・・」
「でもっ・・・!!」
ハヤトが顔を上げてキールを見る。目が、真っ赤になっていた。
「助けられなきゃ、おんなじだ!結局俺は、・・・あの人たちを、見捨てて・・・逃げだしたんだよっ・・・」
言葉にするのも苦しそうに、ハヤトはまた目線を下げる。キールの左肩に顔を伏せ、震える拳でキールの肩をどん、と叩いた。
・・・痛い。
が、それは我慢してキールはハヤトの背に手を回した。
「ハヤト・・・」
声を殺して鳴咽するハヤトの背をゆっくりと撫でる。くしゃり、と少し強情な髪に指を絡ませると、やや落ち着いたらしいハヤトが小さな声で呟いた。
「・・・ゴメン。俺、キールに八つ当たりしてるかも・・・」
ハヤトらしい科白に、キールからふっと笑みが零れる。ハヤトはいつもそうだ。自身のことより、他の人間に気を回してしまう。こういう時には、そんなこと気にする必要など無いというのに。
「僕は、そうすることで君が少しでも元気になれるのならば、そうしてくれたほうが嬉しいよ」
だから、謝る必要など無い。そう告げると、ハヤトが顔を上げてまじまじとキールをみつめた。それから、少し顔を赤くして視線をふいっと逸らす。
「キールって・・・時々、真顔ですごいこというよな・・・。」
「そうかい?」
照れたようなハヤトの仕草が妙に可愛らしくて、キールはクツクツと微笑んだ。
感情が昂ぶって、思わずキールの肩を思い切り叩いてしまってから、ハヤトは自分がキールに八つ当たりしてしまっていることに気がついた。すぐに謝ろうと思ったけれど、中々鳴咽が止まらなくて、少しキールに背中を撫でてもらっていることにした。
さっき、思わず叩いてしまったとき・・・キールは何も言わなかったけれど、形の良い眉を少しひそめていたからやっぱり痛かったのだろう。なのに、ハヤトの背を撫でるキールの手はとても優しい。
(キールはさ・・・あんま喋らないだけで、本当は優しいんだよな・・・)
キールは決してそれを口にはしないけれど。何気ない行動や仕草や、表情に、その優しさは現れる。ハヤトは、キールと出会って初めて、はっきりと言葉で表されるものばかりが優しさではないと知った。優しい言葉をかけてくれる人間ばかりが優しいのではない。無謀な行動をしたときに叱ってくれたり、辛いときに何も言わずに傍に居てくれたり。それもまた一つの優しさなのだと、キールと知り合って初めて気が付くことが出来たのだ。
「・・・ゴメン。俺、キールに八つ当たりしてるかも・・・」
ようやく涙が収まってきてそう謝ると、キールがクスッと苦笑した。
「僕は、そうすることで君が少しでも元気になれるのならば、そうしてくれたほうが嬉しいよ?だから、謝る必要なんてないよ」
あっさりとそう言ってのけたキールに、ハヤトは思わず絶句する。そういうセリフは、通常女の子に向かって言うべきではないのだろうか。
「キールって・・・時々、真顔ですごいこというよな・・・。」
さっきは、口に出さないのもキールの優しさだと思ったけど、むしろキールは下手に口に出さないほうがいいのかもしれない。言葉にすると妙な誤解を受けそうだ。キールって、変な所で口下手だよな、とハヤトは思った。
「そうかい?」
当のキールはハヤトの心配をよそにクスクス笑っている。そんなに笑うことないだろう、とは思ったけれど、あまりにもキールが楽しそうに笑っているので、ハヤトは怒るのを諦めた。それにしても、あんなことを真剣に言われてしまうと、何か言葉を間違っているんだとは分かっていてもたまらなく照れくさい。
「ハヤト、顔が真っ赤だ」
「〜〜〜っ、誰のせいだよ誰の!!」
キールの所為だろ、という恨みを込めてキールを睨むと、キールはきょとんとしてハヤトを見つめ返した。
「・・・もしかして、僕の所為なのかい?」
「・・・」
自覚がないから始末が悪い。キールは律義にもハヤトの返事を待っているが、そんなことをわざわざ答えるのも恥ずかしい。火照った頬を隠したくて、ハヤトはキールの肩に頬を押し付けた。なんだかちょっと悔しくて、キールのマントをぎゅっと掴んで少し引っ張ってやる。すると、キールの手がハヤトの腰のあたりに回された。
「・・・ハヤト?」
(うわっ・・・?!)
耳元で囁くように名前を呼ばれて、全身がカァッと熱くなるのを感じる。腰が砕けそうになって、ハヤトは慌ててキールのマントを掴んだ手に力を込めた。キールの声ってちょっと掠れててHくさいかも、なんて前にも考えたことはあったけれど、こんな至近距離で声を聞くとそれを感じずにはいられない。
「ハヤト?どうしたんだい?」
ハヤトの様子がおかしいことに気が付いたキールが、顔を覗き込もうとしている。ハヤトは慌てて下を向いて首を振った。今顔を見られるのは困る。絶対、耳まで真っ赤になってしまっているから。
(ど、どうしようっ・・・)
このまま走って逃げてしまっても、キールなら別に怒らないだろうけれど、それ以前に腰が抜けてしまっていて走れそうにない。どうすれば顔を見られずにすむか、まわらない頭で必死に考えていると、火照ったハヤトの頬にキールの冷たい手がそっと触れた。
(え・・・?)
反射的に視線を上げると、目の前に白いキールの首筋が見えた。なにが起きているのか分からず、3秒くらいそのまま時間が経過する。
「・・・って、わ〜〜〜〜〜っ?!」
ようやくキールに額にキスされたことに気が付いて、ハヤトは慌てて後ろに飛び退った。立っていられなくてへたり込みつつ、額を押さえてキールに抗議する。
「ななな、何するんだよっ?!」
「何って、・・・額に、キ」
「わーーーっわーーーっわーーーっやっぱ言わなくていいっ!!言うなっ!!」
あっさりとキールに返答を返されそうになって、慌てて耳を塞ぐ。そんなことを真顔で返されても困るのだ。
「・・・嫌かい?」
「えっ・・・」
「僕は、君が嫌がることはしたくない。ハヤトは・・・僕に触れられるのは、嫌かい・・・?」
キールに本気で寂しそうな表情をされて、返答に窮する。キールがハヤトの前でかがんで、正面からハヤトの目を見据えた。
「・・・ハヤト」
キールの真剣な瞳は、明らかに何らかの返答を求めている。キールの捨てられた子犬のような表情に、ハヤトは困って小さな声で返事をした。
「嫌ではない・・・けど・・・」
嫌だとかとは、思わないのだけど。としか、本当にハヤトには返答のしようがなかった。別に嫌ではないけれど。けれど・・・むしろ何故キールはハヤトに触れたがるのか?普通は・・・そういうことは、女の子にすることではないのだろうか。
「じゃあ、触れてもいいかい・・・?」
「え?あ、うん・・・・・。・・・?!」
自分の中に沸き上がった疑問の答えを探している最中に問い掛けられ、反射的に頷いてしまってから、ハヤトは問われたことの意味に気が付いた。が、ハヤトが気が付いたときには既に手後れで、キールがそっとハヤトの前髪をかきあげて額にキスをしていた。
(わ〜〜っわ〜〜〜っわ〜〜〜〜っ!)
しかし了承してしまった以上止めろとも言えない。真っ赤になって固まっているハヤトの、きつく閉じられた瞼を、こめかみを、少し強ばった頬を、キールの唇がゆっくりと伝っていく。
ようやくキールの顔が離れる気配がして、ハヤトが恐る恐る目を開けると、キールが優しく、そして綺麗に微笑んだ。その笑顔に、状況も忘れてハヤトは一瞬見惚れてしまった。
(キールって結構美人なんだよな)
キールにはハンサムだとか、カッコイイだとかいうより、美人と言ったほうが似合う、とハヤトは思う。月明かりがキールの長い睫毛に影を落として、もとより少し儚げな風貌をさらに神秘的に見せていた。
「キール・・・」
何で、と喉まで出掛かった言葉は、ハヤトの唇に触れた白く長いキールの指によって封じられる。その指はそっと頬に流れてハヤトを捕らえ、そして今度はキールの唇がハヤトの唇に重なった。
(うわわわわわわわっ?!)
逃げてもいいものかどうかハヤトが途方に暮れている間に、キールの薄くて柔らかい唇がハヤトの唇を何度も軽く啄む。少し顔が離れる気配がして、ハヤトが薄目を開けてみると、ごく間近にキールの顔があって視線がぶつかった。
「何で・・・」
そう問い掛けようとして、そこから言葉が出てこなくなったハヤトを、キールの腕が優しく抱き寄せる。
「少しは、元気が出たかい・・・?」
キールのその言葉の意味を理解するのに、ハヤトはたっぷり10秒ほどかかった。
「・・・っちょっとまてよ」
「何だい?」
「もしかして、俺のこと元気づける為だけに、こんなことしたのか?!」
そもそもそれじゃ、元気づける方法が間違ってる、と言おうとしたハヤトの言葉は、キールの笑顔に遮られた。
「それだけではないよ」
「え?」
「僕が君に、触れたかったんだ」
またしても真顔で、しかも笑顔でそう告げられ、ハヤトは言葉に詰まった。けれどそんなハヤトの様子には気が付かないらしいキールが立ち上がる。
「さぁ、そろそろ部屋に戻ろう。風邪を引くよ」
「あ、ああ、うん・・・」
素直に差し出されたキールの手を借りて、ハヤトは立ち上がった。そんなハヤトを、キールが優しい瞳で見つめている。
「キールって・・・キールって、ちょっと変わってるかも・・・」
「そうかい?」
「だって・・・その、こういうことって普通女の子とすることだろ?」
「僕は女の子にこんなことをしたいと思うことはないよ。ハヤトにだけだ」
「それが変わってるんだって・・・」
・・・ハヤトがキールの気持ちに気が付くのは、もう少し先になりそうである・・・。
キール押し強っ!!こんなんキールじゃな〜い!!
キールをへたれにするはずが、へたれになりきりませんでした。
へたれ攻は難しいです・・・。
ちなみにこの小説、除夜の鐘を聞きながら書いてました。
ちっとも煩悩落ちてないですね(笑)。
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