「ゲホッ!ゲホゴホッ!!」
ひどく咳き込んだハヤトを、キールが心配そうに覗き込む。ひんやりと冷たい手がハヤトの額に乗せられた。
「大丈夫かい?・・・熱が高いね」
「う〜・・・。あんまし大丈夫じゃない・・・」
ハヤトは割と丈夫なほうで、滅多に風邪など引かないのだが。まれに引くと高熱と咳に悩まされることになる。
「だるいよ〜・・・関節痛いよぉ〜・・・」
キールに言っても仕方のないことをぐちぐちと文句を言う。キールが水につけたタオルをぎゅっと絞ってハヤトの額に乗せた。
「役に立てなくて、すまない・・・。召喚術も万能ではないから、こういった病気などには効かないし・・・」
「はは・・・キールは悪くないって・・・」
本気でシュンとしてしまったキールに苦笑する。が、笑うだけでも頬の筋肉が引きつって痛い。
「うう・・・。ぎぼぢわるい・・・」
「食事はどうする?食べられそうかい?」
「いらない・・・今食ったら吐く・・・」
「少しは食べたほうが良いと思うのだけど・・・それなら、仕方がないね」
キールの手がゆるゆるとハヤトの腕を撫でる。そうされると、筋肉の痛みが少し和らいで楽になった。
「キールぅ・・・喉、乾いた・・・」
「水が欲しいのかい?」
「うん・・・」
キールが水差しからコップに水を注いでくれる。だが、今のハヤトには自力でベッドから起きあがる力もない。
(ああもう・・・こうなったら病気なんだから開き直って徹底的に甘えちゃおう・・・)
「起こしてぇ・・・」
キールのマントのすそをちょっと引っ張って頼むと、キールがちょっと驚いた顔をした。けれど、直ぐにハヤトの背中の下に手を差し入れ、キールに寄りかからせるようにそっと起こしてくれる。
「ありがと・・・」
しかし起こしてもらったはいいが、それでもキールの肩に寄りかかった状態から首を起こすことすらままならない。受け取ったコップをなんとか口に近づけようとしたら、手が震えて零しそうになった。
「危ない!」
キールに手を押さえられて、なんとか零さずに済んだ。キールの手がそのままハヤトからコップを取り上げる。
「・・・?」
キールがそのコップから水を飲むのを見ていると、開いているほうの手で顔を持ち上げられて、唇が重なった。
(ほえ・・・?)
口内に冷たいものが流し込まれて、ようやく水を飲ませてくれているのだと気がつく。こくん、と飲み下すと静かに唇が離れた。
「・・・風邪、伝染るぞ・・・?」
ハヤトの言葉にキールが優しく微笑む。
「ハヤトから伝染るのなら僕は嬉しいよ」
「あ、そ・・・」
今日はもう突っ込む気力もない。
(キールがいいって言うならいいか・・・)
そしてまともな思考能力もない。
「もっと・・・」
ハヤトがねだると、キールは少しハヤトを見つめた後、再び水を口に含んで唇を重ねた。ハヤトが水を飲みこむのを確認してから、そっと啄ばむようなキスをされる。
「もういらないかい・・・?」
「ん・・・。もういい・・・」
なんとか少しだけ笑って見せると、キールはそっとハヤトをベッドに横たえた。それから額にキスをひとつ落として、優しく頭を撫でてくれる。
「少し、眠るといいよ。一眠りすれば症状も少しは落ち着くだろうし」
「うん・・・」
素直に頷くと、キールがスッと立ちあがった。その瞬間、不安とも寂しさともつかない感覚に見舞われ、ハヤトは思わずキールのマントを掴んだ。
「ハ、ハヤト?」
「手ぇ、つないで・・・」
キールが戸惑った表情をしながら再び腰を降ろし、ハヤトの手を取る。
「俺が眠るまで、手つないで・・・傍にいて・・・」
ハヤトの願いに、キールが最高の笑顔を浮かべた。
「君が、望むのならば。僕は一分一秒だって離れずに君の傍にいるよ、ハヤト」


ハヤトが泥のような眠りから浮上すると、既に傍にキールは居なかった。きょろきょろと部屋を見まわしても、キールの姿はない。
「なんだよ・・・確かに俺は眠るまでって言ったけどさ・・・」
あんなこと言ったんだから、それこそ起きるまで傍に居てくれたっていいじゃないか。
「ちぇっ・・・キールのバーカ・・・」
「起きたのかい?」
「わぁっ!?」
居ないからと思って毒づいたら返事が返ってきて、ハヤトは慌てた。
「キ、キール!いたの!?」
「少しだけ席を外していたのだけど。・・・今僕を呼んだかい?」
「あ、う・・・何でもない・・・」
恥ずかしくて少し布団の中に潜り込む。布団の隙間からキールを観察していると、ドアのところに居たらしいキールが歩いてきて、机の上に何かをかちゃんと置いたのが見えた。
「具合はどうだい?」
キールが布団の上からぽんぽん、とハヤトを叩く。顔を半分だけ布団から出してキールを見上げると、キールの笑顔が見えた。
「さっきよりは大分ましかな・・・。気持ち悪いのはなくなった。まだ、身体は痛いけど」
「そうか、それなら良かった」
キールの手がハヤトの前髪をかきあげる。なんだか懐かしい匂いがする気がして、ハヤトは布団から顔を出した。
「これ、何の匂い?」
「ああ・・・。さっき君が食欲がないと言っていただろう?でも、君の世界の食べ物なら食欲も沸くんじゃないかと思ったから・・・」
キールがハヤトに器を差し出す。ほかほかと湯気を立てる、懐かしいこの匂い。
「・・・お粥だ!」
「やっぱりハヤトの世界にもこの食べ物はあるのかい?リプレがシルターンの食べ物はハヤトの世界の食べ物と同じ物が沢山あると言っていたから、シオンさんに頼んでシルターンの病人食を作ってもらってきたんだ」
「ええ?わざわざ!?」
何もそこまで、と驚いたハヤトに、キールが笑顔を向けた。
「君が少しでも元気になってくれるのなら。このくらい、僕はいくらでもするよ」
嗚呼。風邪を引いて気が弱くなっているときに、そんなことそんな笑顔で言わないでくれ。ドキドキしちゃうじゃないか。お粥の匂いの懐かしさと相俟って、思わず胸がジーンとしてしまう。
「食べれそうかい?」
「・・・うん。お粥みたら食欲でてきた」
「それは良かった」
キールがハヤトを抱き起こす。マントを外してハヤトの肩にかけてくれるキールに、ハヤトは隙をみて頬にキスをした。
「!?ハ、ハヤト!?」
慌てるキールの肩に頭を乗せる。
「ありがと、な」
そう呟くと、キールがぎゅっとハヤトを抱き締めた。
「お礼を言われることなんかないんだ、本当に・・・。僕は、僕が君に元気になって欲しいだけなんだから・・・」
「うん・・・」
そっと唇が重なって、徐々に交わりが深くなる。何度も何度も角度を変え、ようやく唇を離した時には、完全にハヤトの息が上がっていた。
「キール、俺、腹減った」
何となく危険なムードを感じたのでわざと話を逸らす。取り敢えず今は、身体が痛いからそれは勘弁して欲しい。上目遣いでキールを見上げるとキールが苦笑した。
「じゃあ、お粥を食べるかい?」
「うん」
キールがお粥の入った器を取る。それを渡してくれるのかと思ったら、キールは自分でスプーンでお粥をすくい、吹き冷ましてからスプーンをハヤトに向けた。
「ほら、ハヤト」
「へっ!?」
まさかそう来るとは思っていなかったハヤトが一瞬困惑する。口を開くと、お粥が口内に流し込まれた。美味い・・・けど。
「そ・・・その、キール?」
「なんだい?」
にこにこしているキールは、その行動が少し行き過ぎであることが分かっていないらしい。
(・・・まあ、いいか)
どうせまだ身体が痛くて、腕を上げるのも億劫なのだ。ならばキールの好意に甘えてしまうのも悪くはない。
(こんなとこ、ガゼルにでも見られたら何言われるか分かったもんじゃないけどな・・・)
けれど、ハヤトにスプーンを差し出すキールはひどく幸せそうで。その笑顔が、ハヤトを何か安心させているのも事実だった。その笑顔を見れば、別に見られて冷やかされるくらいなんだという気にさえさせられる。
(俺も・・・キールが病気になったら、いっぱい看病してやろっと・・・)
スプーンをぱくりと咥えながら、ハヤトは思う。
(俺がしてもらった優しさ全部、ちゃんと返してやれるといいなぁ)


そしてその機会はそう遠からず訪れた。ハヤトが全快する頃、しっかり伝染されたキールがダウンしてしまったのである。
「うう・・・すまない、ハヤト」
「気にするなって!伝染したの俺だしさ・・・」
キールの額に乗せられたタオルを取って、冷たい水ですすぎ直して乗せなおす。
「今度は俺が看病する番だから!いくらでも甘えていいからな?」
「ハヤト・・・」
伸ばされたキールの白い手をきゅっと握る。笑いかけると、キールも微笑んだ。
「僕が君の看病をして、君が僕の看病をしてくれて・・・。ずっと、こんな風に一緒に居られたらいい、と僕は思うよ・・・」
「何言ってんだよ、当たり前だろ?・・・ずっと、一緒だよ」
ハヤトの答えにキールが満足そうに目を閉じる。すぐに寝息を立て始めたキールを、ハヤトはずっと見つめていた。 キールにしてもらって嬉しかったこと、全部返してあげるから。これからもずっとずっと・・・同じ道を、一緒に歩いていこう。

嗚呼。全く。いちゃいちゃベタベタと!!なんで急に風邪ひきネタかと言うと、私が今現在風邪引いて熱があったりするからなわけで。全身痛いです。てなわけで文章がメタメタなのは、熱に浮された頭で考えたからだと多めに見てやってください(いいわけ)。
それにしても、風邪ひいて具合が悪くて涙目のハヤトに、擦れた声で「もっと・・・」なんて言われて、何時キールの理性がぶっ飛ぶのかとひやひやしながら書いていたんですが、うちのキールさんは理性の人なので病気のハヤトを襲うような真似はしなかったようです。これをソルが風邪引いた設定でトウソルでちょっと書いてみたら、トウヤ様具合の悪いソルにご無体なことしてましたが!!(爆)。そういうのは速攻廃棄決定な方向で・・・(笑)。
まあそれはともかく、壊れ物を扱うかのように優しいキールに惚れ直しちゃった(て言うかそれまで惚れてたんか?)ハヤトさん。うちはスゥイート★ラヴサイト(死んどけ自分・・・)なので、基本的に両想いに落ち着くらしいです、はい・・・。

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