「さすがに最近寒くなってきたなぁ」
いつものようにフラットの屋根の上に昇り、ハヤトが夜風の冷たさに身震いをした。いつものようにハヤトの隣に腰を降ろしたキールの吐く息も白い。
「もう、秋も中旬だからね」
寒さから身を守るように、ハヤトがキールに身体を寄せる。ぴたりと身体をくっつけあって、近づきすぎた互いの顔の位置に、くすくすと笑いあった。
「けど、寒くなってくると空気が澄んできて、星とか月とか綺麗に見えるよな。そう言えば、リィンバウムには十五夜とかってあるのかな?」
「ジュウゴヤ?なんだいそれは?」
キールの返答に、ハヤトがやっぱり、と頷く。
「やっぱりないんだ。俺の世界の行事でさ、秋に団子食べるんだ」
キールは何となく、すばらしく間違った説明をされたことを察した。ハヤトの説明では星や月との因果関係が見当たらない。
「・・・それと星や月がどう関係あるんだい?」
「え?ああ、んーと。月を見ながら食べるんだ」
恐らくその説明でも正確ではないのだろうと言うことは容易に察しがつく。だが、にこにこしているハヤトにそれ以上突っ込むことはキールには出来ない。ハヤトとの会話は、時折話の流れから色々なことを推測しなければならないことがあるため、キールはもっぱら聞き役になるほうが多い。キールが話し手になるのは、リィンバウムのことについて教える場合のみだ。
(けれどハヤトが楽しそうだからそれでいい)
キールの望みは、ハヤトと共にあること、ハヤトが幸せであることのただ二点。それ以外には何一つ必要ではない。
そして今夜もキールはハヤトの話しに耳を傾ける。
「向こうではさ、月にはウサギが住んでるっていう言い伝えがあったんだ。まあ、迷信なんだけど。月ってさ、ちょっと影みたいに暗くなってるとこあるだろ?そこがウサギが餅つきしてるみたいに見えるんだって」
餅つき、と言うのは確かシオンのところでみたものだ、とキールは思案する。団子と言うのもその時に初めて口にしたのだ。
(ああ、だから月と団子が繋がるんだな)
キールが独りで納得している横で、ハヤトは月を見上げている。
「でもリィンバウムの月は、ウサギの形には見えないよな〜」
ハヤトの視線を追うように、キールも月を見上げた。
「月は魔力の源、とは言うけれど、ウサギだとか月に何かが住んでいると言うのは聞かないね」
「そっか。まあ確かに、魔力の源の月にすっごい魔力を持った巨大ウサギが住んでる、なんて言われたら、ちょっとおっかないもんな〜」
ケタケタと笑っているハヤトに、クスリと笑みをもらしてキールは月に目をこらす。影の形は少なくともウサギには見えない。むしろどちらかと言えば狸にでも似ているだろうか?
「月には強い魔力を持った巨大なモナティが・・・」
キールの言葉に、ハヤトが一瞬きょとんとする。それから月をじっと見詰めて、思いっきり吹き出した。
「キール、それ怖い!!怖すぎ!!」
ハヤトはおなかを抱えて笑っている。笑いすぎて涙が出てきたハヤトにキールは微笑んだ。
「キールって時々、真顔で変なこと言うよな〜・・・」
「そうかい?」
「変だよ!」
ハヤトはまだ苦しそうにしている。キールも笑った。
「僕は、君がそうやって笑ってくれるのなら変で構わないよ」
すると急に、ハヤトが真顔になった。じっとハヤトに見つめられて、キールは少し戸惑う。
「ハヤト・・・?」
機嫌を損ねたのだろうかとキールが困惑していると、ハヤトがぷっと吹き出した。
「なんか、キールってさあ・・・」
「え?」
そこで言葉を切ったハヤトはくすくす笑っている。
「・・・ウサギって、寂しいと死んじゃうんだってさ」
突然変わった話題に、キールは首を傾げた。ハヤトは笑って言葉を続ける。
「キールってウサギみたいだよな。俺が少し機嫌悪いような態度取るとそれだけで寂しくて駄目になりそうな顔するしさー。俺がいなくなったりなんかしたら・・・」
キールの目を覗き込んだハヤトを、キールは抱きしめた。
「ハヤトを失ったりしたら、死んでしまうよ・・・」
それは本心からの言葉だった。ハヤトを失ったら、生きる意味など何もない。声色からそれを感じ取ったらしいハヤトが、苦笑したらしいのが気配で分かった。
「ホント、放って置けないヤツ・・・。初めてあった時から、そう言うとこちっとも変わってないよな」
「・・・迷惑、かい・・・?」
不安になってハヤトを抱き締めた腕を解く。覗き込んだキールに、ハヤトは朗らかに笑った。
「バッカだな、んなわけないだろー?!」
少し安心して、再びハヤトを抱き寄せる。するとハヤトはキールに身体をあずけてきた。
「ずっと・・・ずっと、僕と一緒に居てくれるかい・・・?」
「うん・・・、ずっとキールの傍にいるよ」
そう言った後、恥ずかしそうに顔を伏せてしまったハヤトの頭に唇を寄せる。
腕の中にいるのは、何物にも変え難い愛しい温もり。
あー・・・。相変わらず蜂蜜に砂糖突っ込んだみたいな話ッすね。単にキール≒ウサギを書きたかっただけなんですが。
とりあえず、自分で書いておいて「仕事からつかれて帰ってきたレイドやエドスが、自分の家の屋根の上で野郎二人こんな風にいちゃいちゃしてるの見たら、すげー嫌な気分になるだろーなー」とか思いました。合掌。
戻る