Good Better Best
じりっ、じりっと壁際に追い詰められる。
最近では名実ともにゴッドハンドだと名高い『氷凍のメス』北見柊一。
その才覚、確かな技術力から『神の子』と評される四宮慧。
この二人は、同じT大医学部卒で、現在ヴァルハラと呼ばれる総合病院に勤務しているという以外にも共通点があった。
即ちそれは、
『怒ると誰もをビビらせるどす黒いオーラを放つ』
という点である。
この両名が、現在二人がかりでオーラを放ちながらある人物を壁際に追い詰めている。
追い詰められているその人物とは、両名の共通の想い人でもあり、黒いオーラなどとは全く無縁、その笑顔は太陽であると評される輝ける医師、『真東輝』であった。
「選べ。」
「え、ええ・・?」
自分の置かれている状況が理解できず、テルは半泣きになりながら北見を見上げた。いきなり『選べ』と言われても何から何を選ぶのかが分からない。
「『え』じゃないよ」
四宮が凶悪な笑顔を浮かべる。四宮の周囲のオーラが大きくなったのは気のせいではあるまい。
「君、いつまで今の状態を続ける気なの?」
そんなことを言われても、テルだってこんな恐ろしい状況からは一刻も速く逃げ出したい。が、そもそも二人が何故怒っているのか、何を選べと言われているのかが分からないのだ。
「す、スイマセン、最初から説明してください・・・。」
怖いので、自然言葉も敬語になる。四宮が「北見の再来」などと言われていたことはテルも知っているが、何もこんなところまで似なくてもいいのではないかと思う。
「だから!!俺と四宮どちらを選ぶのかと訊いている!!」
「君は一体僕と北見先生のどっちが好きなの?!」
焦れたように二人が叫んだのは殆ど同時で。横目で互いをちらりと睨んだが、とりあえず今問い詰ようとする相手はテルであると言うことは忘れていないらしい。
「は、はぁ〜〜〜?」
予想外の質問に、テルは思わず間抜けな声を上げた。とたんに、二人の目つきが更に厳しくなり、黒いオーラも膨れ上がった。
(あ、やべ・・・)
何故突然こんなことを言い出したかは分からないが、とりあえずは二人が納得する答えを出して、この場をしのがなくてはならない。少なくともこれ以上怒らせるのは得策であるとはとても言えないだろう。
(って言ってもな〜・・・)
改めて、目の前の二人について考えてみる。
最初はあまり良い関係ではなかったが、今ではテルは北見を尊敬している。自分が思っていたより、北見が自分に目をかけていてくれたことも知っている。何より、北見は今の自分の目標だ。
(けど・・・)
四宮だって大事なライバルである。四宮が案外良い奴だということも今では知ってるし、四宮と競い合うことで、最近自分もちょっと成長してるんじゃないか?と思える。「競う」より「共に協力する」ことばかりしてきたテルにとって、四宮と競いあう現状は新鮮でもあり、どこか楽しくもあった。
(そもそも何でどっちかを選ばなきゃならないんだ???)
例えば、北見と片岡、どっちに指導して欲しいかとか言う選択なら分かる。でも、北見と四宮では何の為に片方を選択するのかが理解出来ない。テルにとっては、どちらも必要なのだ。
「テル!!」
「テル先生!!」
叱責するような二人の声に、考え込んでいたテルははっと顔を上げる。
やはり、その質問の答えにはこうとしか答えられない。
「ど・・・どっちも、かな・・・。」
テルの出した返答に、北見と四宮が沈黙する。収まったかな?とテルが考えたのもつかの間。
「ほぉ・・・。」
「へぇ・・・。」
二人は先程より更に激しく黒いオーラをまとい出した。
(や、ヤベッ・・・俺、地雷踏んじゃったのか?!)
「両方欲しいと言うわけか・・・」
「僕と北見先生を両天秤にかけようとは、良い度胸だね・・・?」
じりじりと更に追い詰められる。助けを求めようにも、現在外科医局には3人の他は誰も居ない。
と、言うよりもこの二人が黒いオーラを出し始めた時点で、全員退避してしまったのだ。それからは誰も入ってこようとしないため、現在の状態が保たれているというわけである。
「『両方』とはどう言うことか、たっぷり教えてやるとするか・・・」
「それはいい考えですね」
北見と四宮が何をしようとしているのかは分からなかったが、とにかく何らかの身の危険が迫っていることだけはテルにも理解できた。
(こ、ここにいちゃいけない・・・)
一瞬の隙をついて、テルは二人の間を通り抜け、全力疾走で逃げ出した。
「テル!!待て!!」
「テル先生!!」
「ひ〜〜〜っ追いかけてくる〜〜〜っ!!」
院内を走ることを良しとしない北見と四宮なら(まあテル以外は誰も走らないのだが)、走って逃げれば何とかなると思ったのに、今日に限って二人は走って追いかけてきた。テルを叱ろうとしたナースが、後ろを追いかけている顔ぶれを見てあんぐりとして言葉に詰まる。
「ひ〜〜〜っ何だってこんなことに〜〜?!」
本気で走ればテルより北見と四宮の方が足が速い。このままでは捕まるのは目に見えている。その前に何とかしなくてはならない。
「・・て、あ!!」
前方の廊下に、ヴァルハラ内では唯一背後の追跡者に勝てそうな人物の姿を認める。テルは全力でその人物に飛びついた。
「おう、テル?!廊下は走ん・・・っておわぁっ!?」
テルを受け止め損ねた安田がしりもちをつく。
「な、何だぁ?!」
「院長だずげで〜〜〜」
そこへ、追跡者たちが追いついてきた。
「テ〜〜〜〜ル〜〜〜〜〜」
「テルせんせ〜〜〜い?」
自分の背中に隠れるテルと、息を切らせたT大卒の二人の医師の顔を見比べて、安田が大きく溜息をついた。
「何やってんだぁ?おめーらは・・・」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!オメー、そこでその返事はねーだろーがよ!!」
所変わって院長室。ことの次第を聞いた安田は膝を叩いて大笑いした。
「え、ええっ?!俺が悪いんスか?!」
北見と四宮は憮然としてソファに腰掛けている。
何があったか説明しろと言っても言おうとしなかった二人に、安田が『言わなかったら減給&テルとの当直3ヶ月間ナシ』と言う脅しをかけたところ、しぶしぶ口を開いた。
(二人そろってテルに惚れてんのは知ってたけどよ。テルもちっと鈍感すぎだな)
いくらなんでもそこまで言われれば気づきそうなものなのに。そう思ったから北見と四宮も怒ったのだろう。
なんでなんで?と頭を抱えて悩んでいるテルに、安田は優しく声をかける。
「誰にでも惜しみなく愛情を注ぐ、それがお前の長所なのは知ってんだけどよ。人間、それだけじゃ生きていけねーんだぜ?」
諭すようにテルに言っても、テルは意味がわからないと言った体できょとんとした。
「けどっ!!『どっちが好きか』っていうから・・・」
「から?」
安田が続きを促がすと、テルは困った表情でちらりと北見と四宮を見、それから小さな声でぼそぼそと続けた。
「『どっちが好きか』って言われてどっちか選んだら、もう片方は好きじゃないってことになるじゃないっスか・・・」
一瞬、沈黙が院長室に流れる。
次の瞬間、安田は再度爆笑し、北見は眉間の皺を深くし、四宮はこめかみを押さえた。
「な、何で笑うんスか〜〜〜〜〜?!」
「い、いや・・・クックック・・・そ、そりゃ確かに質問の仕方が悪かったかもなぁ〜・・・」
「・・・っとに君はバカなんだね・・・」
「ガキが・・・」
「なんだよ四宮っ!!北見もっ!!」
口では悪態をつきながらも、北見も四宮も表情は和らいでいる。勿論二人とも本当はテルが二股かけれる性格だなどとは思っていなかっただろうが、テルが全く質問の意図を理解していなかったらしいことにようやく気がついたらしい。
(まぁ、コイツラはテルのことになると周りが見えなくなるからな〜)
仕方ないか、とは思いつつも、安田としては、ヴァルハラの看板である外科の大事な医師達が毎回毎回こんな騒ぎを起こしていたのではたまらない。今後はこういうことが起きないように、ここできちんとかたをつけておく必要はあるかもしれない。
「なあ、テルよ」
「何スか?」
「おめーが北見ちゃんも四宮も『好き』なのは分かったけどよ。じゃあ、お前が『一番』好きなのは一体誰なんだ?いわゆる『こういうのが好みのタイプ』ってんでもいい」
安田の確信をついた質問に、北見と四宮がはっとする。テルは一瞬首を傾げた後、とびきりの笑顔を浮かべた。
「院長、そんなの決まってるじゃないスか」
「ほぉ?一人だけだぞ?俺が言ってんのは、『この人となら結婚して一生一緒にいてもいい』ってくらい好きな相手、って意味だぞ?」
「勿論ッスよ!!」
(お、こいつぁ予想外)
せいぜい「皆一番」とでも言うのが関の山かと思っていたのだが。テルの返答を、北見も四宮も息を飲んで待ち構えている。テルが大きく息を吸って、力強くその人物を言い放った。
「父さんッス!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
父さん??
「ちょ、ちょっと待て。お前、俺の話聞いてたか?俺は『結婚してもいい相手』って言ったんだぞ?」
「恥ずかしい話なんスけど、俺、ガキの頃『大きくなったら父さんのお嫁さんになりたい』って言ってたんスよ〜。父さんのことはあまり沢山は覚えてないけど、そう言ったときに父さんがすごく喜んでくれたのが印象的で、しばらくそう言ってたような・・・」
「あ、そ・・・」
思いっきり脱力した安田に気づかず、テルが照れながら言葉を続ける。
「だからやっぱ、父さんみたいに凄いゴッドハンドで、父さんみたいにカッコ良くて、父さんみたいに皆に好かれて、父さんみたいに笑顔が素敵で、父さんみたいに優しい人が俺にとって『一生一緒に居たい理想のタイプ』っスね〜」
(お前女性にもその理想を求める気かよ・・・)
安田はそう思ったが、あえて突っ込むのはやめた。
「じゃあ、2番目は誰だ?」
突っ込む代わりに新たな質問を投げかける。
「ん、ん〜と・・・朱鷺子さん、かな?」
(ま、それは予想済みだな)
このファザコンから光介に似ている叔母の名前が出ないわけがない。
「じゃあ3番目は誰なんだい?」
質問に四宮が参戦してくる。まあ、こうなったら意地でも自分の名前が出てくるまで聞きたいと思っても無理はない。
「ん?ん〜と。患者さんかな」
「お前は患者全員と結婚する気なのか!!」
北見から力いっぱいテルに突っ込みが入る。どうやら北見も立ち直ったらしい。
「え?!あ、ああそうか、そう言う話だっけ。・・・え〜っと・・・」
少し考え込むような仕種をした後、テルが光介似の笑顔をふわっと浮かべる。
「北見と四宮・・・」
ようやく自分の名前が出て、北見の口の端があがる。四宮も笑顔を浮かべた。
(やれやれ、これで一件落着か・・・)
と安田がコーヒーのカップに口をつけた瞬間、いきなり爆弾が投下された。
「・・・と院長。」
ぶっ!
突然自分が引き合いに出され、安田は思いっきりコーヒーを吹き出した。
「・・・何だと?」
「・・・は?」
北見と四宮が並んでいることは本人たちも予測はしていたのだろうが、そこに予想外の名前が並んだことにより、急激に表情が険しくなる。どす黒いオーラがあたりを漂いはじめ、安田は寒気を感じた。
「オ、オレもそこなのか?!」
慌てた様子の安田に、テルが不思議そうな表情をする。
「もっと上がよかったスか?じゃあ・・・」
「い、いやそう言うことじゃなくて!!お前にとっちゃ北見ちゃんや四宮って結構特別な存在なんだろ?!なんでそこにジュンジ君まで一緒に入っちゃうのかなって・・・」
安田のみを格上げしそうになったテルを慌てて押しとどめ、理由を尋ねる。北見と四宮の無言の圧力で、安田のスキンヘッドから冷や汗が流れ落ちた。
「ん〜と。院長と居ると、父さんを思い出すって言うか・・・。父さんが生きてたら、こんな風に色々教えてもらったり面倒見てもらったりしたのかな〜って思うんスよね」
(お前が俺と居ると光介を思い出すのは、俺と光介が一緒に居たイメージを無意識に再生してるだけだよっ!!)
そう言ってやりたかったが、そういうわけにもいかない。
「そう言えばテルは、さっき院長に抱きついたな・・・」
ぼそりと北見がつぶやく。
「僕達からは走って逃げていったのに・・・」
四宮もぼそりと追従する。
(そりゃお前等がテルを怖がらせて追い詰めた所為だろーがっっっ!!)
安田の心の声は口に出されることはない。これ以上怒らせてもまた厄介ごとになるだけである。
「ま、まぁ好いてもらえるのは嬉しいもんだ。ありがとな、テル。ハハハッ」
乾いた笑いを発しながら、テルの頭をぐりぐり撫でる。
「けどやっぱ、俺ヴァルハラの皆が好きだから・・・順位なんか、つけられないッスね」
嬉しそうに微笑みながらそう言うテルの顔を見て、テルの父の笑顔が安田の頭をよぎった。
「しかし、テル。理想のタイプが『親父さんみたいなゴッドハンド』ってのもいいが、オメーだって外科医の端くれだ。自分が親父さんを超えるゴッドハンド目指すのも忘れんなよ」
「と、当然スよ!!それが俺の目標なんスから!!」
「おし!その意気だ!!」
安田とテルの会話に、北見と四宮もはっと我を取り戻したようだ。安田より何より、強大な壁があったことを思い出したらしい。
(しかし、伝説の天才外科医、真東光介クラスの外科医が好みのタイプと言いきるとは・・・)
分かっているのだろうか。世界にゴッドハンドと呼ばれる名医は沢山居るが、安田の知る限り、真東光介に追いつけた医師はただの一人も居なかった。
(北見ちゃんも四宮も、またエライのに惚れたもんだ。この壁はチョモランマより高いぜ?)
が、しかしこの二人ならやり遂げかねないとも安田は思う。
まして、それがテルのためならば尚更だ。今後はそれこそゴッドハンド目指して猛進するに違いない。
「まぁ、今回は思わぬ拾いモンだったかもな〜」
「へ?何がスか?」
思わず呟いた独り言に、テルが不思議そうな表情をする。安田は意味深に笑って、ソファから立ちあがった。
「なんでもねーよ!!ほら、お前等そろそろ仕事に戻れ!!今回はトクベツに廊下を走ったオシオキは無しにしてやっからよ!!」
「ウィーッス」
院長室から出ていく3人の背中を見送った後、安田は窓から青空を見上げた。
「真東先輩・・・」
そこから先の言葉は、様々な思いが交錯して、上手く出てこなかった。
今もこうして貴方を目指す外科医が沢山いますとか。
貴方にヴァルハラに来て欲しかったとか。
ヴァルハラプロジェクトも、軌道に乗ってきたんです、とか。
テルも重要な役目を果たしてくれてますとか。
でもあれじゃ天使の笑顔をした無邪気な子悪魔だとか。
テルはファザコンすぎだろ、どんな育て方したんだとか・・・。
タイトルの意味は、テルにとってのBestパートナーはパパ、
betterパートナーは北見と四宮、(と院長?)
goodパートナーがヴァルハラの他のメンバー・・・と言うイメージだったりします。(分かり難っ・・・)
相関図にすると
光介
↑↓
北見→テル←四宮
↑
etc
こんな感じです(笑)。
パパを超える男が(男限定・・・?)現れるまでテルのパートナーは確定しないかと(笑)
頑張れ北見&四宮・・・
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