僕が『彼』といわゆる『お付き合い』を始めてからそろそろ一ヶ月になる。
周りには隠しておこうと思っていたのに、嘘がつけない彼のせいで、3日でばれてしまった。
僕から告白して、ほとんど無理矢理押し切ったような形で始まった付き合いだというのに、彼ときたらそれでもポーカーフェイスではいられなかったようだ。
まあ、そんなところも可愛いなんてちょっと終わってることを考えている自分もいるし、それはそれでまあ、いい。
とりあえず現状の最大の問題は、彼との付き合いがばれて以降、彼と話をすることすらままならないほど、周囲に妨害されているということだった。



それまでは週に1,2回はあった輝との当直は、アレから1回しかない。その1回も給料日直後の金曜日で、一番HOTの多い日だった。当然、二人っきりになることなんかできず、すぐに待機医の先生を呼び出す羽目になった。
日中だって、外来とオペの時間をたくみにずらして、四宮と輝が顔を合わさないようにされている。
たまたま重なりそうな時も、輝は形成やら脳外やらに勉強に行かされてしまい、とにかく空き時間を作ってもらえない。
この一ヶ月、輝に会える時間は、医師が全員集まるカンファレンスの時間くらいしかなかった。
「はぁ・・・」
一人きりの自分の部屋、ベッドに大の字に寝転んで四宮は盛大にため息をつく。
ろくに話も出来ない。
遭えた時も衆人監視の中でしか遭えず、話す以上のことも全然出来ない。
自分が無理に押し切ったことは知ってるから、こうも離れていると彼との距離はあっという間に開いていくだろうということは分かっている。
でも、どうにも出来ない自分が歯がゆくてたまらなかった。
今日も輝は当直で、一緒の当直は北見だ。四宮の当直は明日で、ものの見事にずれている。ぎりぎりまでスケジュールをずらして会えない様に設定し、どうしてもスケジュール的に吸収しきれず、輝と四宮の当直にしなければならない分は、一番忙しい日の当直に当てて話しをする暇なんかないようにする。美しいまでに計算され尽くされたスケジュールだと言ってもいい。・・・コトがコトでさえなければ。
今日の帰りだって、少し残ってなんとか輝に会う時間を作ろうと試みたが、北見の鉄壁のガードに阻まれてしまった。結局近づくことすらままならず、帰ってきた。
「付き合ってる、なんて言ったって・・・片思いと変わらない・・・」
せめて輝の方でも少しは四宮に会おうと努力してくれたなら、会うくらい、ここまで難しいことではないはずだ。だが、これほどにまで会えないというのに、輝の側では会おうと努力している様子は見られない。
「仕方・・・ない、のは・・・分かってるけど、ね・・・」
どうしようもなく暗い気分になり、おもむろに携帯電話を手に取った。
せめて声位でもいいから聞きたい。
一瞬、電話でもしてみようかと思ったが、適当な理由をつけて今病院に電話をかけたところで、どうせ取り次いでは貰えないだろう。
再び溜息をつくと、手のひらの中の携帯電話が急に鳴り出した。
「ったく、こんな時間に誰だよ・・・」
もう夜中の1時を回っている時間である。画面表示を見ると、番号が表示されていなかった。
「HOTってわけでもないのか・・・」
病院からの電話なら電話番号が表示されるはず。HOTだったら病院に行って輝の顔が見れるのに、等と少し不謹慎なことを考えながら、四宮は通話ボタンを押した。
「はい、四宮・・・」
『あっ・・・』
不機嫌な声で電話に出ると、携帯電話の向こうから少し戸惑ったような、けれど今一番聞きたかった声が聞こえた。
『ごめん、・・・寝てたのか?』
「テル・・・先生?」
『あ、うん。俺』
「寝てなかったよ。けど、どうしたんだい?キミから僕に電話をくれるなんて・・・」
『なんだよ、俺からお前に電話かけちゃ悪いのか?』
あからさまにむくれた声を出した輝に、笑みがこぼれた。電話の向こうでどんな顔をしているか、容易に想像できる。
「悪いわけないだろ?ただ、ちょっと意外だったかな」
『・・・だって・・・』
「え?」
『だって最近、全然お前と話できなかったから・・・』
電話をくれただけでも意外だったのに、更に意外な言葉が飛び出して、四宮は息を飲んだ。
輝は、そんなこと欠片も気にしていないと思っていた。
「気づいてたのか。話してないって」
『あ、当たり前だろ?!』
「そうだね。でも、キミ今当直中だろ?」
『ああ・・・仮眠室に行くって言って、こっそり抜け出してきた。待合室の公衆電話から今かけてんだ』
「いいの?今日北見先生が一緒の当直だろ?ばれたら大目玉だよ」
電話をかけてきてくれたことが嬉しくてたまらないのに、いつもの癖でつい余計なことを言ってしまった。しかし、輝は特にそれを気にした様子は無い。
『・・・ま、そんなのイツモのことだし』
「まあ、確かにいつものことではあるね」
『肯定すんなよ!!』
「キミが言ったんだろ?」
たわいも無い会話、いつもの言い合いにたまらなく浮かれている自分がいる。
さっきまではただ声だけでもいいから聞きたいと思っていたが、声を聞いたらむしょうに輝の顔を見たくなった。
人間なんて貪欲な生き物だから、一つ欲望が満たされれば更にその先の欲望をすぐに見つけ出す。
自分で自分に苦笑すると、電話の向こうから不貞腐れた呟くような声が聞こえた。
『・・・いいんだよ俺がお前の声聞きたかったんだから・・・』
「・・・!」
にわかには信じがたい内容の言葉を聞いて思わず息を飲む。その沈黙をどう取ったのか、輝が怒鳴るように言葉を続けた。
『お前はっそんなことなかったかもしれないけどっっ・・・・』
「僕もキミの声が聞きたかったよ」
『!』
思った言葉が、素直に口から出てきた。
しばらく会えなかったせいか、顔が見えない電話と言う状況のせいか。普段ではとても言えそうもない、素直な言葉が言えた。
そしてそれは、「声が聞きたかった」なんて言い出した、電話の向こうの相手も同じなのかもしれない。
「声だけでも聞きたいと思ってたときに電話がきた。・・・でも、声を聞いたら声だけじゃなくて顔も見たくなったよ」
『四宮・・・』
「キミに会って抱き締めてキスして・・・服を脱がせて舐めて弄って喘がせて」
『わーーーーーーーーーーーっ!!!』
まだ言いたいことがあったのに途中で遮られてしまった。
『急に何言い出すんだ馬鹿四宮ッ!!』
「好きな人に会って触れたいと思うのは当然だろ?」
『そ、そりゃ・・・』
「キミは・・・声を聞くだけで満足なのかもしれないけど、僕は・・・」
『・・・四宮のアホ』
「なんだよ」
『俺だって・・・俺だって、お前に会いたい・・・』
寂しそうに呟かれたその声を聞いたら、居ても立っても居られなくなった。
携帯電話を耳に押し当てたまま、車のキーを掴んで部屋を飛び出す。
『どうかしたのか?なんかガタガタしてるみたいだけど・・・』
「いや、何でもないよ」
動き回っている音が電話の向こうにも聞こえるらしい。一度電話を切ればいいのかもしれないが、この小さな機械でのみ繋がっている今この時間を、自ら手放す気にはなれなかった。
愛車に乗り込み、繋がったままの携帯電話を運転しながらでも会話が可能な携帯ホルダーにセットする。慌ただしくキーを差し込んで、思いっきりアクセルを踏んだ。
「ねぇ、テル先生」
『なんだよ?』
「僕のことどう思ってる?」
『んなっ・・・』
通いなれた道を車を走らせながら、ずっと思っていたことを聞いてみる。
『何だよ急に?!』
「急・・・でもないよ。この一ヶ月ずっと考えてたし」
『どう言う意味だよ?』
「付き合ってるなんて言ったって・・・君からちゃんと気持ちを聞いたことないな、って」
『そ、それは・・・』
きっと、10分前の自分なら、この疑問を輝にぶつけようなどとは思わなかったに違いない。けれど、こうして輝の方から電話をかけてきてくれた今なら・・・その疑問を問いかけてみるのもそう分の悪い賭けではないと思える。
「付き合うことになったときだって、僕が押し切ったみたいなもんだったろ?ただ流されただけなんじゃないの?」
『お前っ・・・俺のこと、そんな風に思ってたのか・・・?!』
真剣な怒りを孕みはじめた輝の声色に、四宮は口の端が緩むのを感じた。
これを言われて怒ると言うことは、何よりそうではないという証。このまま本気で怒らせるのはまずいが、怒ってくれたことは嬉しかった。
「じゃあ教えてよ、君の気持ちを。君が言ってくれないから不安になったんだから、君の言葉で僕に信じさせてくれないか?」
『・・・・・・』
電話の向こうの輝は押し黙っている。さすがに先刻の発言はまずかっただろうか。
『・・・お前、ホントは俺が何て答えるか分かってて言ってるだろ!!』
そうきたか。
「ばれたか。意外と鋭いね」
『ばれたか、じゃないっての!!俺今本気で怒りそうになったんだからな!?』
「君が僕に何も言ってくれてないのは事実だろ?ついでに言えば、僕がずっと不安を感じていたのも事実」
『・・・っ』
話しているうちに、ヴァルハラに到着した。車を駐車場に滑り込ませ、携帯をホルダーから引きぬいて再度耳に押し当てる。
本来なら病院内は携帯電話は禁止だが、この時間の上に職員通用口から待合室までの短い距離だから、そう問題はあるまい。
「ねえ、テル先生。僕は君が好きだよ。君は?」
『あ・・・うーーー・・・』
「うーじゃなくてさ」
院内を早足で歩きながら、輝を促がす。音を立てないように待合室のドアを開けると、遠くの公衆電話の前に白衣を着た小さな背中が見えた。
「『そ、それはちゃんと面と向かったときに言うよっ!!』」
携帯からの声と、生の声サラウンドで聞こえた科白に、四宮は微笑んだ。
「じゃあ、聞かせてもらおうかな」
輝に生の声が届くよう、少し大きな声でそう言うと、前方の背中が振りかえる。
「へっ?!」
振りかえった輝が、受話器を握り締めて口を開けたまま、固まった。
携帯電話を耳から離して、輝に向かい歩み寄る。
「面と向かったら、聞かせてくれるんだろ?」
「んなっ・・・お前何でっ・・・」
「会いに来ちゃまずかった?」
「んなこと・・・ない、けど・・・」
「で、面と向かったら君の気持ち言ってくれるんじゃなかった?」
にっこりと笑いかけると、輝の顔が一瞬にして朱に染まった。
「そ、そ、それはそのっ・・・」
「まさか言い逃れはしないよね?」
退路を断ちながら、輝の手から受話器を取って公衆電話にかけると、気を取りなおしたらしい輝が強い眼差しで四宮を睨みつけてきた。
「大体お前なぁ!さっきの『流されて』ってなんだよッ!!」
「だってそれはそうだろ?」
もし、今現在輝が自分に好意を持っているとしても、それは自分が告白してから意識するようになって抱いた感情のはずだ。それ以前から輝が自分に好意を持っていたとは考えにくい。
「・・・あのなぁ!!いくら強引だったって言ったって、好きな奴からでもない限り男から告白されてOKなんかしないっての!!」
「・・・え?」
自分は今、物凄く間抜けな顔をしたのだろう。その顔を見た輝が吹き出した。
「・・・俺も、四宮のこと意識してたよ」
なんの計算もなく、そんなことを言われて、少しはにかんだように微笑みながら、上目遣いで見上げられたら。
目の前に居る人物には、一生敵わないだろうと、自覚するしかない。
「ねぇ、テル先生」
「ん?」
「さっき電話で言った、『君に会ってしたいコト』実行してもいいかい?」
「さっき電話で言った・・・って」
輝がん〜?と、記憶の糸を辿る。
「君を抱き締めて・・・ってヤツだよ」
次の瞬間、輝は耳まで赤くなった。
「だ、駄目だっ!!今は絶対駄目っ!!」
「ちょっとくらい別にいいだろ?」
「だ、だって・・・!俺今当直中だしっ・・・!いくらなんでもエッチなことはっ・・・」
そう言えば、とはたと思い当る。服を剥いて犯したいと言うようなことまで言ったのだった。
「じゃあ、抱き締めてキスする・・・まででいいよ」
ね?と顔を覗きこむと、輝は頬を赤く染めたまま、小さく頷いた。
ゆっくりと抱き寄せると、輝は俯いたまま身をすくませた。あからさまに緊張している様子に、思わず苦笑が漏れる。
「そんなに怖がらないでよ。別に取って食おうってわけじゃないんだから」
「べ、別に怖がってなんかっ・・・」
「まあ、そのうちじっくりベッドで食べさせてもらうけどね」
「ッ?!」
輝が思わず顔を上げたところを狙って、唇を重ねる。
「んっ・・・」
軽く唇を啄ばんでから、口唇内に舌を侵入させると、輝はたどたどしくそれに応えた。
ああ、何て可愛いんだろう・・・と感激しながら、何度も角度を変えて輝の唇を貪る。
・・・しかし、幸せな逢引の時間と言うのは、必ず終わりが来てしまうもので。
「そこで何をしている?!」
「!!」
「チッ・・・」
逢引の終わりを告げるその声の主は、外科医としては尊敬しているが、輝を巡っては憎きライバルである北見柊一その人だった。
「四宮、何故お前がここに居る?」
「テル先生に会いに着たんですよ」
「ちょ、ちょっとおい四宮っ・・・」
まだ腕の中にいる輝が戸惑った声をあげたが、この際それは放っておくことにする。
これまでは周囲の妨害に手を拱いていたが、輝の気持ちが自分にあると分かった以上、誰にも邪魔はさせない。
まずは最大の(それこそ南アルプス級の)壁であるこの人物である。
「テル、お前仮眠室に行くと言っただろうが!!」
「す、スンマセン!!」
怒鳴られて身を縮こまらせた輝をきつく抱き締めて、柔らかい頬にキスを一つ落とす。
「−−−!?」
四宮の取った行動に、輝が驚愕し、北見のこめかみに血管が浮いた。
「謝る必要ないと思うよ?テル先生。そもそも、僕らが会うのを妨害されなければ、こそこそ隠れて会う必要もなかったんだから。妨害の元凶に怒られる筋合いないじゃない」
「妨害・・・?」
輝が不思議そうな表情できょとんと四宮を見つめる。
まさか、こいつは。
「妨害って何だよ?単にタイミングが合わなくて会えなかっただけだろ?」
「・・・キミって本当に人を疑うことを知らないんだね・・・」
事実として起きていることは把握できるが、そこに介在する悪意については全くと言っていいほど気がつかない。それはある意味、この人物ならではの特異な能力といえないことも無いが、鈍感にも程がある。
普通なら輝はそれでいいのだ、と教えないところだが。
この場は、目の前のライバルのアキレス腱である輝に協力してもらうほうが、好都合だ。
「ただタイミングが合わなかったんじゃないよ?僕らのタイミングが合わないように、わざと時間をずらした調整をされてたんだ」
「ええっ?!な、何でそんなこと?!」
「四宮ッ!!」
慌てた声で北見が四宮を制する。まさか教えるとは思っていなかったのだろう。
が、それは気がつかなかったふりをして、にっこりと輝に笑いかけた。
「知りたい?」
「そりゃ・・・理由わかんないとやめてもらえねーもん」
輝の反応は予定どおりだ。後は、相手がどう出るか。
四宮は意味ありげに北見に視線を向けながら口を開いた。
「それはね・・・」
「分かった!!もういい、やめろ!!」
耐えかねた北見が制した瞬間に、勝負はついた。まあ、輝を盾にとった時点で初めから勝負になどなりはしなかっただろうが。
「シフトは元に戻すよう進言しておく!だからその馬鹿にこれ以上余計なことを教えるな!!」
「バ・・・馬鹿って俺のことかよ北見ッ!!」
「フン、他に誰がいると言うんだ」
「むぐぐ〜〜〜」
馬鹿と言われたくらいで反応して、簡単に話しを誤魔化されるから尚更馬鹿だと言われるのだが、輝の場合その方が扱い易いので放っておく。
むしろ、北見の言葉の中に違和感を感じる言葉があったことのほうが重要な問題だ。
「北見先生、『進言する』ってどう言う意味ですか・・・?」
「・・・言っておくが、あのシフトは俺が決めた物ではない。反対しなかったのは事実だが・・・」
てっきり北見がやったのだとばかり思っていたから、これについては多少拍子抜けした。
しかし確かに言われてみれば、あまり嫌がらせなどを主体的に行うような人物ではないような気がする。
「待ってください、じゃあ誰が作ったんですか?」
と言うことは敵は別に居るということだ。まあ、ライバルが多いのは承知していたが、ここまで激しく対立してくる人物が居るとは思っていなかった。
「院長と森先生と船場先生、それに市野沢先生だ・・・」
なるほど、喜んでやりそうなメンバーだ。
「しかし森先生たちは理由が分かりますが、院長は・・・?」
あの院長が輝に惚れているとは考えにくい。真偽を推し量りかねていると、北見が溜息をついた。
「原因は俺かもしれんな・・・」
「・・・!」
院長としては、北見と輝をくっつけたかったと言った所か。
まあ確かに北見と言う人間は、普段は何があっても全く動揺しないくせに、輝が絡むと激しく動揺するような部分がある。北見に目をかけている院長としては、輝とくっついてくれた方が安心してみていられると言う事だろう。
「・・・分かりました。その先生方には僕からも一言お願いしますよ」
いずれにせよ、どんな理由があったとしてもそんなものクソクラエだ。他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬのだと相場が決まっている。
「四宮ぁ?」
話について来れていない輝が不思議そうな表情をしている。
四宮は、今だ大人しく腕の中に収まっている輝の腰に手を回すと、にっこりと微笑みかけた。
「大丈夫、これからはもっとちゃんと会えるようになるよ」
「ん、うん・・・?」
何か質問したそうな輝を笑顔で封じて、さっさと話を変える。
「テル先生、もうそろそろ仮眠に行った方がいいんじゃない?」
「えっ、あ、うん・・・そうだな」
「寝不足で医療ミスなんて起こさないでよ?」
「おっ・・・おこさねーよっ!!」
やっぱりあっさり誤魔化される輝に、内心苦笑しながらゆっくりと手を解く。名残惜しいが、こればかりは仕方がない。
「じゃあ、僕もそろそろ帰るから。お休み、テル先生」
「お休み・・・」
何か言いたげな輝に、北見が声をかける。
「行くぞ、テル」
「あ、ウッス」
全く、北見さえいなければ最後にもう一回濃厚なキスでも出来たものを。
去っていく二人の背中を見送って、小さく溜息をつきながら四宮も帰るために踵を返した。
「四宮っ」
呼ばれて驚いて振りかえると、輝が走って戻ってきた。
「テル先生?どうし・・・っ」
どうした、と言い終わらないうちに、輝の唇が四宮の唇に押し当てられ、全ての言葉を紡ぐことは出来なかった。
「おおおおおお休みっ!!」
自分から仕掛けておいて、耳まで真っ赤になってしまった輝は、四宮の返事も聞かず走って戻っていってしまった。
指で自分の唇に触れ、その感触を反芻して、四宮も赤面する。
電話のことといい、今のキスといい。
全くもって、輝には敵わない。
「そんな可愛いことされちゃったら・・・僕だって全力でライバルを叩き潰そうって気になっちゃうよねぇ・・・?」



翌日の院長室。安田がガタガタと引出しをひっくり返したり戸棚の中を漁ったりしていた。
「あっれ〜〜?どこやった?」
たった一枚しか持っていない、大事な写真がどこにもないのだ。
「探し物は、これですか?」
突然声をかけられ振りかえると、ドアに持たれかかった四宮が、一枚のポラロイド写真を指に挟んでヒラヒラさせていた。
「おう、それそれ!悪ぃな四宮・・・」
写真を取ろうとすると、四宮はすんでのところで安田の手をかわした。そしてその写真をじっと見つめる。
「ちょっと、おい、四宮・・・?」
「へえ、これテル先生の子供の頃じゃないですか。今でも可愛いですけどこのくらいだとまた違った可愛さがありますね」
「おう、そうだな・・・ってか、お前それ返せって」
「この一緒に写ってるのは誰ですか?ちょっとテル先生に似てますね」
「そりゃあ似てるだろ。その人はテルの親父だ」
「じゃあ、この人が伝説のドクター・イーストですか。とてもそんな凄い人には見えないですけどね」
「いや、確かに童顔だけど腕は本当にスゲー人だったぞ。・・っていや、そうじゃなくて。それはいいから写真返せよ」
すると四宮は写真から目線を上げ、口元に笑みを浮かべながら冷たい視線で安田を見た。
「シフト表・・・」
「へ?」
「僕とテル先生のシフト表。といえば、院長なら僕が何を言いたいかお分かりでしょう?」
にっこり、と顔は笑顔であるのに、四宮の背後にはどす黒いオーラを漂っている。思い当る内容に、安田の全身からどっと冷や汗が吹き出した。
「し、四宮、それはあのな、悪気があったわけでは決してなく・・・」
「最初はこの写真燃やして差し上げようかとも思ったんですが」
そう言いながら、四宮はどこからともなく取り出したライターに火をつけた。
「ひぃっ・・・」
人質に写真を取られていては、無理矢理奪うことも出来ず、安田は声にならない悲鳴を上げた。
光介の写真が欲しいというだけならば、輝に頼めばなんとか入手できるだろうが、光介と安田が一緒に写っている写真は、世界にこの一枚しか残っていないのだ。
顔色を変えた安田に、四宮が満足そうにライターの火を消す。
「テル先生も一緒に写っているんじゃ、燃やしてしまうのは忍びないのでやめました」
ホッと安田が安堵の息を漏らしたのもつかの間。
四宮の手はあっという間にライターからはさみに持ちかえられていた。
「テル先生だけ切りぬいて、後は細切れにでもしようかと思います」
四宮は、顔は笑っているが目は笑っていない。
「・・・・っ!!わ・・・俺が悪かった!!俺が悪かったからっ・・・そ、それだけは勘弁してくれ〜〜〜〜〜ッ!!!」



この院長の悲鳴をかわきりに、ヴァルハラにはしばらくの間、怪事件が連続で発生した。
離れて暮らす息子から、泣きながら電話がきたとか。
脳外科に置いてあったベッドが、朝きたら真っ二つに割れていたとか。
ヒルのモンローとマドンナが消毒液の中で泳いでいたとか。
しかし被害者たちは一様に黙するばかりで犯人を探そうとはせず、事件は闇に葬られ。
四宮と輝のシフトは以前と元通りになったらしい。





なんか途中から「携帯電話」がテーマじゃなくなってマス。。。
はっきり言って北見登場あたりから蛇足の匂いがぷんぷんしてたんですが、
どうしてもダークプリンスなヨンヨンが書きたくてつけてしまいました。


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