「あれっ?」
ふと、輝が青木の方に向けた視線を一点でとめる。
それはちょうど、交通事故のオペを終え、更衣室で着替えをしているときだった。
内臓損傷に足の複雑骨折という患者を、輝、四宮、青木に麻酔は韮崎というメンバーでオペを行ったのだ。
オペは成功し、和やかなムードで着替えをしていたのだが。
「どうかした?テル先生」
テルの視線に気がついた青木が振り返る。
「青木先生、鎖骨のトコ赤くなってるっスよ。虫刺されスか?」
無邪気なテルの問いに、一瞬にして更衣室内が凍りついた。
「この馬鹿・・・皆触れないようにしてたってのに・・・」
「え?何だよ四宮?」
青木が飛びつくようにしてロッカーの扉を開け、扉の裏についている鏡を見る。
「あ、青木センセ・・・?」
食い入るように鏡を見つめる青木に、恐る恐る韮崎が声を掛けると、振り返った青木は物凄い目で韮崎を睨み、無言で更衣室を出て行った。
「あ、青木先生っ!!」
慌てて韮崎がその後を追っていく。
テルは、何がなんだか分からずポカーンとその後姿を見送った。
「・・・キミってさ、ほんっっっっっとに、ガキだよね」
「な、何だよっ!!お前となんか歳だってひとつしか違わないし、顔だったらお前だって童顔だろ?!」
むっとして反論したテルに、四宮があきれた顔で腕を組んだ。
「ガキな上に馬鹿だね。誰も実年齢の話も顔の話もしてないじゃないか」
「な、なんだとーーっ?!」
「あれは虫刺されじゃなくてキスマークだよ」
「へ?きすま・・・」
きょとんとしたテルに、オペ着の上着を脱いだ四宮が冷たい視線を向けた。
「キミ、まさかキスマークを知らないとか言わないだろうね・・・」
「んなっ・・・バ、馬鹿にすんなっ!!俺だってキスマークくらい知ってる!!あの、強く吸うと鬱血して跡が残るってアレだろ?!」
「ふうん、知ってはいるんだ。でも、その割には一目でアレがキスマークだって分からなかったよね?もしかして、知ってるだけでつけた事はないとか?」
「な、そ、そんなわけないだろっ?!」
痛いところを突かれて、テルの声が裏返った。実はつけたことがないのだ。
別に童貞だというわけではないが、経験は多いほうではない自覚はある。
「へえ?じゃあ、やって見せてよ」
にっこり、と笑った四宮に、テルは墓穴を掘ったことに気がついた。
「な・・・だ、誰に?!」
「僕に。つけたことあるなら、出来るだろ?」
いやみな笑顔を浮かべている四宮は、明らかに実はテルが経験がないことを察している顔だ。
この際正直に白状するのもひとつの手だが、テルにだって見栄くらいはあるし、四宮に素直になるのも癪に障る。
「や、やってやろうじゃん!」
四宮に歩み寄って、肩に手をかける。
(こ、このへんかな?)
知識だけはあるがつけたこともつけられたこともないため、とりあえず知っている知識を総動員させるしかない。
先刻見た青木のキスマークは、鎖骨の下2cmくらいのところについていたはずだ。
意を決して、四宮の肌に唇を触れさせてからはたと重大なことに思い当たる。
(こ、コレってどのくらいの強さでどのくらいの時間吸えばいいんだ?!)
いくらなんでもそこまでは知識の中にはない。こればかりはもう勘に頼るしかない。
(あんまり強く吸ったら痛いかな・・・)
とりあえず跡が残ればいいはずだから、痛くない程度に赤くなるくらいで、というイメージで吸ってみることにした。
こんなもんかな、と思って口を離すと、四宮がため息をついた。
「下手クソ」
「なっ・・・」
「そんな強さじゃ跡なんか残らないよ。・・・キスマークってのは、こうやってつけるんだ」
言うが速いか、四宮はテルを引き寄せて首筋に唇を触れさせた。
「へっ?!おい、しのみ・・・痛っ・・・」
触れられた箇所に軽い痛みを覚え、テルは眉をひそめた。
(こ、こんなに強く吸うのか・・・)
考えてみれば、鬱血させて跡を残すのだから、キスマークというのは一種の痣なわけだ。痣になるほど強く吸うのだからこのくらい吸う必要があるのかもしれない。
(そ、それにしたって・・・)
自分がつける側のときは、半ばヤケだった分を差し引いてもそんなに恥ずかしくなかったのに、つけられる側だとたまらなく恥ずかしい。顔を寄せている四宮に、心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うほどどきどきしている。
吸うのをやめた四宮が、吸った場所に再度音を立てて軽くキスをした。その瞬間、ざわりとした快感が背筋を走り、テルは身じろいだ。
「感じちゃった?」
耳元で含み笑いで囁かれ、一瞬にして顔面に血が集まるのを感じる。
「な・・・ち、違うっ!!」
慌てて四宮を突き放そうとしても、両肩をしっかり掴まれているのでうまく突き放せない。
「まあ、これでつけ方は分かっただろ?」
「う・・・そ、それはそうだけどさ・・・」
「じゃあ、もう一回やってみなよ」
四宮の手がテルを引き寄せる。促されるままにテルは四宮の肩に手をかけて、再びその胸元に唇を寄せた。
(はあ・・・しっかし、なんか流れで変なことしちまったな〜)
四宮とキスマークの付け合いっこだなんて。その場はそれで終わって再び着替えを続行しているわけだが、何か気恥ずかしくて四宮の顔が見れない。
(ああもう!さっきのは事故だ!!忘れよう!!仕事だ仕事!!)
よし、と気合を入れなおしてロッカーの扉を閉める。振り返ると、背後にいた四宮と目が合った。
何か言いたそうに口を開いた四宮が、口を抑えて言葉を飲み込む。
「・・・なんだよ」
「・・・いや、なんでもないよ」
「なんだよ!!気になるだろ?!言えよ!!」
すると四宮が歩み寄ってきてテルのネクタイに手をかけた。
「テル先生、今日明日はきちんとネクタイ締めておいたほうがいいよ?」
「え・・・?」
四宮が人の悪い笑みを浮かべながら、テルのネクタイを直す。
「さっきのキスマーク、見えてる」
テルは再度、自分の顔が瞬間的に真っ赤になったのを感じた。
「て、テメーーーっ!!見えるところにつけやがったなーーーっ!!」
「ちゃんとネクタイ締めてるかKC着てれば見えないよ」
それから数日間、腕まくりは変わらないのに何故かネクタイだけはきっちり締めているテルに、皆が首を傾げたらしい。
四宮がキスマークが見えてることを指摘するかどうか迷ったのは、他のライバルに対していいけん制になるとか計算してたから。でも、けん制よりテルをからかう方が彼にとっては優先順位が高かったらしいです。
それにしても、襟を広げたくらいで見える位置のキスマークって、手術着着たら100%見えるんじゃ・・・?
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