「あっ、テル先生!!いたいた!!」
「青木先生に韮崎先生。どうかしたんスか?」
叔母の朱鷺子の付き添いで泊り込んでいた四瑛会から、暫くぶりにヴァルハラに戻り、皆の大歓迎もようやく一段落した頃。
テルは青木と韮崎に呼び止められた。
「テル先生に見せてあげたいものがあるとよ」
韮崎が人懐っこい笑顔を浮かべながら、手の中の小さなものを差し出した。
「デジカメ?」
韮崎の手の中にあったのは、割と新しい型のデジタルカメラ。
「うん。テル先生、いない間こっちであったこと気になるんじゃないかと思ったからさ」
「二人で、退院した患者さんとか、いろんな先生たちとか写真に撮っておいたけん」
「えっ?!マジで?!」
それは、かなり有難い贈り物だった。テルの担当していた患者も数人退院してしまっていた。
退院したということは、もちろん回復したということであるのは間違いないのだが、気にならないと言えば嘘になる。
「・・・って言っても、患者さんはともかく、先生方にはちょっと言い出せなくて皆隠し撮りなんだけどねー」
韮崎がデジカメの電源を入れて、メモリーに保存されている画像を表示した。
テルが担当していたり、関わりあいのあった外科の患者たちが、次々表示されていく。
「鈴木さん、顔色良くなったな〜・・・武本さん、松葉杖で歩けるようになったんだ!がんばってるなぁ」
退院の瞬間に立ち会えなかったとは言え、やはり患者が元気になって退院していく姿は嬉しい。
テルが目を細めて画面を眺めていると、白衣の人物が画面に表示された。
「あ、ここから先生たちとナースだね」
一緒になって覗いていた青木が解説する。
「なんか皆暗い顔してねー?」
「そりゃ、皆テル先生のこと心配してたけんね・・・」
「ホント、写真撮っておくなんて言い出せる雰囲気じゃなかったからねぇ」
「そっか・・・」
唯でさえ自分が抜けて仕事が大変だっただろうと言うのに、その上心配まで掛けていたと思うと心苦しい。
その分これからがんばろう、と内心決心していると、画面に見慣れた人物が表示された。
「あ、四宮・・・」
「この写真が今となっては一番面白いけん」
「ちょ、ちょっと韮先生・・・」
苦笑した青木と韮崎の顔を見比べる。
「何で?四宮の写真なんて別に・・・」
そこまで言って、テルはふとあることに気がついた。
「・・・四宮、すげー顔色悪くねぇ?」
他の医師たちも写真で分かるほど暗い顔をしていたが、四宮は一際顔色が悪かった。
「四宮先生、一番心配してたたい」
「ええ?!だってあいつ静かで良かったとか言ってたじゃん!!」
「うん、まあだから笑っちゃったと言うか・・・テル先生がいなくて静かって言うのもあったとしたって、四宮先生もこんなに喋らない人だったっけって言うくらい喋らなかったよねぇ」
「なのにテル先生が戻ってきたとたんにアレやったけん。ホント素直じゃない人やと、青木先生と笑っとった」
素直じゃない・・・ということより、テルは単純に四宮の気持ちが嬉しかった。
四瑛会の実情を知ったときに、テルが四宮のことを想ったのと同じように、四宮が自分のことについて想っていてくれた。
そのことが何故かたまらなく嬉しくて、知らず、頬が緩む。
「なあ、この写真欲しいんだけど」
「えっ?欲しいの?そりゃ、プリントアウトすればできるけど・・・」
「まあ、テル先生のために撮ってた写真たい。いいじゃろ」



韮崎にプリントアウトしてもらった写真を手に、上機嫌で廊下を歩いていると、余所見していたせいで誰かにぶつかった。
「あっ・・・」
「痛っ!!どこ見て歩いてんだよ?!」
四宮だった。
ぶつかった衝撃で、テルの手から写真がひらりと舞い落ちる。床に写真が落ちきる前に、四宮がその写真を捕まえた。
ひらり、と写真を表に返した四宮の動きが止まる。
「・・・君、コレ・・・?」
「わぁっ!!返せよ!!」
慌ててひったくる様に四宮から写真を取り返す。
「何で僕の写真なんか持ってるんだよ?」
不審そうに問う四宮に、テルは写真をかばうように抱えて早口で答えた。
「俺がいなかった間のこっちの病院の様子の写真もらったんだよ!!」
「君がいなかった間・・・って!!」
言葉を反芻した後、その意味に気がついた四宮の顔が一瞬にして赤く染まった。
四宮が取り乱すなんて珍しい・・・と思ったのもつかの間、写真を奪われそうになってテルは慌てて身をかわした。
「よこせ!!その写真!!」
「嫌だね!!コレは俺が貰ったんだ!!」
「隠し撮りだなんて趣味の悪い・・・!肖像権侵害で訴えるぞ?!」
「渡さないったら渡さないーーー!!」
くるりと背を向けて走り出すと、四宮も走って追いかけてきた。
「待て!!」
「嫌だ!!」
危うくつかまりそうになったのをすんでのところで身をかわし、手近なドアに飛び込むと、今は使用されていない病室だった。
やばい、行き止まりだと思う間もなく四宮が入ってきて、病室のドアを閉め、腕を掴まれる。
慌てて振りほどいた瞬間、思いっきりバランスを崩し、テルは思いっきり転んでしまった。
すかさず四宮がテルに馬乗りになり、両手首を上から押さえつける。
「さあ、観念してもらおうか?!」
「あう〜〜〜〜っ!!」
じたばたともがいても、四宮の拘束は外れそうにない。
仕方なく、テルはそのままの体勢で食って掛かった。
「何でそこまで嫌がるんだよ!?いいじゃん写真の一枚くらい!!」
「普通の写真だったらな!!隠し撮りが嫌だって言ってるんだよ!!」
「何だよ!!四宮なんか本当は俺のことスキなくせに!!」
「・・・!!」
絶句した四宮に、してやったり、の気分になる。
が、次の瞬間、押さえつけられた手首を拘束する力がさらに強まり、テルは痛みに眉をひそめた。
「キ・・・ミ・・・は・・・っ!!そういうことを言うのはこの口か?!」
言うが早いか、四宮の唇がテルの唇を塞ぐ。
「んむぅっ?!」
あまりに突然のことに、驚いて抵抗することすら忘れ呆然となすがままになる。
存分に自分の口の中を荒らしまわった後、ゆっくりと離れていく四宮の濡れた唇を、ただ眺めるしか出来なかった。
「・・・な・・・っ、な、な、何っ・・・」
「人の弱みをつく気なら、もうちょっと自分の置かれている状況くらい考慮に入れたほうがいいんじゃないの?キミが僕の弱みを突こうなんて100年早いよ」
「よ、弱みとか思ってねーよッ!!」
「そう?じゃあ、期待してたの?この体勢で、僕がキミを好きだって言ったらやることは決まってるだろ」
「え・・・!!っんぅ」
再び、四宮の唇がテルの唇を塞ぐ。多少戸惑ったが、別段嫌な気分にもならなかったので、テルはゆっくりと目を閉じた。
(にしても、何でこんなことになったんだっけ?四宮が俺のことスキ、って、えーっと・・・あれ?)
ふとあることに思い当たって目を開けると、四宮の顔が離れていった。
「あ、あれっ?!じゃあ、お前の俺が好きっていうの「好き」って・・・そういう意味?!」
「・・・・・・・。分かってなかったのか・・・」
「え、え、だって、だって!!」
ため息混じりに四宮がテルの上からどける。壁に背中を預け、膝を立てて床に座り込んだその手には、いつの間にか先刻の写真が握られていた。
「兎に角、この写真は回収させてもらうよ?」
「ああ!!写真!!いつの間に?!」
「キミがキスにうっとりしてる間にね」
「うっと・・・してない!!」
「してたよ」
むっとして起き上がり、四宮を睨むと、四宮はいつもどおりの人を小馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。
「ま、これ以上さっきみたいなことをされたくないなら、この写真は諦めるんだね」
四宮はテルから遠いほうの手で写真を持って、ひらひらさせている。
「か〜〜〜え〜〜〜せ〜〜〜よ〜〜〜!!」
膝立ちのまま、四宮の膝越しに身を乗り出して写真を取ろうとすると、四宮がテルの肩を掴んだ。
「君、人の話聞いてないだろ?!」
「何だよ?!」
「キスされたくなかったら写真は諦めろって言ってるだろ?!」
「してもいいから写真返せ!!」
「なっ・・・何でそんなにこの写真に拘るんだよ!!」
「好きな奴に好かれてるって分かる写真が欲しくないわけないじゃん!!」
掛け合いのような口げんかの中で、自分でも意識していなかった言葉がぽろりとこぼれて、テルは目が点になった。四宮の目も大きく見開かれている。
「え・・・あれっ!?俺、今なんて・・・?!」
「・・・僕に訊くなよ」
なんだか全身から力が抜けてしまって、テルはぺたりと床に座り込んだ。
「・・・テル先生」
「え?!な、何?!」
「この写真は、本当に情けない顔してるから勘弁してくれない?他の写真だったら、いくらでもあげるから」
「え、えっと・・・うん、分かった・・・」
恥ずかしくて逸らしていた目線を、ちらりと四宮に向けると、四宮は優しい表情で微笑んでいた。
「なぁ、じゃあさ」
「何?」
「二人で写ってる写真が欲しいかな」
「二人・・って」
「お前と、俺」
「・・・」
「・・・駄目か?」
すると四宮は身を乗り出して、テルの顔を覗き込んできた。
「君の、お望みのままに」
そっと、唇が重なった。





裏テーマは「テルに馬乗りになって上から押さえつけてキスする四宮」。
そのまんまやん!!
誰かそのシーンの挿絵描いてくれないかなぁ・・・
実は結構お気に入りなんです。


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