「そうねぇ、テル先生だったら、苺かしらねやっぱり」
「苺って言うよりイチゴミルクって感じだけどね」
ナースステーションから聞こえてきた自分の名前に、テルはふと足を止めた。
「何々、何の話し?」
黙って通りすぎることが出来ず、輪の中に入っていくと、綾乃があらテル先生、と応じた。
「先生方をね、果物に例えたら何かしら、って話をしていたんですよ」
「院長だったらマンゴーかしらね、とかね」
微笑をたたえて綾乃に続いた主任の言葉に、テルはう〜ん、と首を傾げる。
「院長を果物に例えたら?マンゴーかぁ・・・まあ、分からなくも無いけど・・・院長ならどっちかって言うとマンゴーよりドリアンじゃないっスか?」
「プッ!!テル先生、それはちょっと言い過ぎよ〜!!」
「でも確かに!!果物の王様って言うしね!!」
「ねえねえ、じゃあテル先生、北見先生は何だと思う?!」
「北見ッスかぁ?!・・・う〜ん・・・」
「北見先生は最高級マスクメロンよ!!ブランドなの!!」
目を輝かせてのたまう北見ファンのナースに、テルはそれはない、と手を振った。
「ブランドっぽいのは見とめますけど、アイツそんなに甘くないっすよ〜」
「それってテル先生がドジばっかりするからテル先生には甘くないってだけじゃないの〜?」
「うぐっ・・・」
痛い所を突かれて押し黙るとナース達がきゃははははと笑った。否定の余地が無いところが悔しい。
「ねえテル先生、じゃあ四宮先生は何だと思います?!」
「四宮?四宮ねぇ」
「四宮センセもちょっと果物には例えにくいわね〜。片岡先生とか、岩永先生とかならともかく・・・」
「そうっすねぇ〜。・・・でもまぁ・・・四宮は、レモンかな・・・」
「レモン?何でまた?」
納得できないといった風で佐野が問い返す。テルは首をかしげながら理由を言った。
「すっぱいから。」
「はぁ?」
「ああ、って言うかほら。こう、ジュースとかお菓子とかだと、レモン味って甘くて美味いじゃないッスか。でも、本物のレモンってすっげーすっぱいっしょ?四宮も、外面の作りモンの愛想笑いはうまいけど、実は本性はメチャクチャ・・・」
「ちょ、ちょっとテル先生!!」
調子に乗って理由を言っていたら、横から綾乃に突っつかれた。
「何スか・・・ってぎゃあ!!四宮?!」
「ぎゃあ、とはご挨拶だね。で、僕はメチャクチャ何だって?」
「い、いやそのっ・・・」
話に夢中になっていて、四宮が近くに来ていたことに気がつかなかった。
「め、メチャクチャって言うか・・・す、少し、ちょっとだけ意地が悪いかなぁ・・・って・・・」
「メチャクチャ性格が悪い、って言おうとしてたってわけだ」
「い、いやえっと・・・」
しどろもどろになってしまったテルに、四宮が意地の悪い笑顔をにっこりと浮かべる。
「そんなに嬉しそうに意地が悪いって言うなんて、君よっぽど僕に苛められたいんだね?」
「ち、違う〜〜〜っ」



結局四宮に散々苛めぬかれ、テルはほうほうの体でナースステーションから逃げ出していった。
その様子を見ていたナース達がくすくす笑っている。
「テル先生って、墓穴を掘るって言うより、自分で掘った墓穴のなかに更に自分から飛び込んでいく感じよね」
「どっちかと言うと「飛んで火に入る夏の虫」って言った方が近いかしら」
「それで結局、何の話をしていたんですか?」
振りかえった四宮に、佐野が呆れた顔をした。
「何を話してたか知らないでテル先生苛めてたの?」
「誉めてたわけじゃないのは確かなんだから別に問題ないだろ?」
話していた内容を聞いて、四宮が少し考え込むように首を傾げた。
「テル先生が苺だって言うのは同感だけどね。僕がレモンねぇ」



「あ〜クソ、酷い目にあった・・・」
中庭のベンチに独り座って、テルはがっくりと肩を落とした。
「別に悪く言う気じゃなかったんだよな〜・・・」
四宮のイメージと言うと。
顔は良くて金持ってて医者としての腕も良い。表面的には人当たりも悪くない。
でも素になると口が悪くて、慣れた人間には情け容赦がなくて。
けどそれだけじゃなくて、本当は優しい所もあって、でもそれを人に見られるのを嫌がるような奴。
だからレモンだと思ったのだ。お菓子のレモン味は甘くて、本物のレモンはすっぱくて、でもそのなかにはビタミンが沢山入ってるレモン。
「・・・なのにアイツすっげー悪いタイミングで入ってくるんだもん」
おかげで散々苛められた。口ではどうやったって四宮には敵わないのだ。
「ああ、もう!!ビタミン入ってるってのは取り消しだ取り消し!!」
両腕を思いっきり振り上げると、いきなり上からなにかが降ってきた。
「うわ?!」
「・・・何独りでブツブツ言ってんのさ」
「し、四宮?!」
どうやら振ってきた物体は、テルの背後に立った四宮がテルの頭に載せたものらしい。手にとって、それが何であるかを確かめる。
「・・・飴の袋?」
それも、「レモン30個分のビタミンCが入っている」とか言うキャッチフレーズのレモンキャンディーだ。
「・・・やるよ、それ」
「へ?」
もしかして、さっきのことをまだ根に持っているのだろうか。しかし、それでは飴をくれると言うのは何かおかしい。
あからさまに訝しんだ表情をしたテルに、四宮が肩を竦めた。
「君はレモンをすっぱいって言ってたみたいだけど、レモンには多量のビタミンが含まれているんだからね?」
「し、知ってるよ!それくらい!!」
「そう?そりゃ良かった」
「そう思ったから俺レモンだって言ったんだからなっ?!」
「え?」
目を丸くした四宮に、テルは先刻から思っていた不満を思いっきりぶつけた。
「すっごい酸っぱいけどそれだけじゃなくて、ビタミンが沢山入ってるから四宮だって良いところあるって言うのと同じだと思って、だから四宮はレモンだって言おうと思ったのに!!お前人の話なんか全然聞かないで文句ばっかり言いやがって・・・」
そこまで言ってテルは言葉を切った。
テルは思いっきり怒っているというのに、何故四宮は嬉しそうに笑っているのだろうか。
「・・・四宮?」
呼ばれてハッとしたらしい四宮が、慌てて緩んだ口元を引き締めて顔を押さえた。
「わ、悪かったよちゃんと話を聞かなくて」
「へ?う、うん」
こんなにあっさり謝られると思っていなかったから、何か拍子抜けしてしまった。
「それは、お詫びとでも思ってくれればいいから」
「え?ああ・・・そうだ、一緒に食べようぜ?」
「・・・まあ、そういうのもたまにはいいかな」
微笑を浮かべた四宮がテルの隣に座る。どうも、理由は分からないが四宮の機嫌が良いらしいことはテルにも分かった。
兎に角悪口を言ったという誤解は完璧に解けたようなので、テルの気分も少し上昇する。
「俺さあ、レモン味って結構好きなんだよなぁ」
キャンディーの袋を開けながら四宮に話しかけると、四宮は笑って空を振り仰いだ。
「僕も好きになりそうだよ。レモン味と苺味はね」




これはラブストーリーと言っていいのでしょうか。。。
そこはかとないLoveを感じていただけるといいのですが。


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