「いやあ、二人で飲んでたはいいんだけど、テル先生が潰れちゃってさぁ」
「・・・だからって何故俺の家に連れてくるんです?片岡先生」
「だってほら、これからはまた北見先生がテル先生の指導医に戻るわけだしね。それに、僕テル先生の家の場所知らないから・・・」
「俺だって行ったことはありませんよ・・・」
「う゛ぅ゛〜・・・ぎだみぃ〜・・・」
「ほら、ね?飲んでる間も北見先生のことばっかり話してたし、北見先生の所に連れてくのがいいかなと思って。じゃっ、僕奥さんが帰りを首を長くして待ってるからかえるね〜」
「ちょ、ちょっと片岡先生?!コイツ置いていく気ですか?!」
「後は宜しく頼んだよ、北見先生〜」
酔いつぶれてほぼ意識のないテルを残し、片岡がそそくさと帰っていく。北見は腕にすがりついているテルを見下ろし、大きく溜息をついた。
(明日からまた俺が指導医に戻って、片岡先生から離れるから一緒に飲んでたってとこか・・・)
「う゛う゛ぅ゛〜〜・・・吐く・・・」
「な?!テメェ、今吐くんじゃねえぞっ?!」
とりあえずテルをリビングまで運び、ソファーに横たえる。全く、医者のくせに飲みすぎだ。
「ぎだみぃ〜・・・」
「ああ、わかったわかった。大人しく寝てろ」
グラスに水を注ぎ、テルの元に持っていってやる。
「水だ。飲めるか?」
「・・・う〜。」
伸ばしてきた手にグラスを渡してやる。テルは少しだけ身体を起こしてグラスに口をつけた。全く意識がないというほどではないらしい。
「う〜・・・」
空になったグラスをテルが差し出してくる。
「まだ飲むのか?」
「う〜う・・・」
「いいのか?」
「う〜・・・。」
「・・・人の言葉で喋れ」
とにかく水はもういいらしいことは解ったので、テルの隣に腰をおろした。テルは再びソファーに横たわり、寝息を立てはじめる。
「全く、片岡先生がついていながらこんなになるまで飲ませるとは・・・」
テルの前髪をかきあげて、顔色をのぞく。とりあえず、急性アルコール中毒になる心配はあまりなさそうだ。
「きたみぃ〜」
「なんだ」
「・・・のバカ〜・・・」
「・・・・・・。」
「・・・北見、・・・んか・・・大っ嫌いだぁ〜・・・」
「酔っ払いが・・・」
テルを置いていった片岡の言葉が、ふと頭をよぎる。
(・・・俺のことばっかり話してたって?)
自分は随分テルを気にかけているつもりだ。それはもう、指導医としての立場を超えているのではないかと、自分でも薄々感じる程に。
しかし、逆にコイツにそれほどしたわれていると感じたことはない。現に今だってテルの口をついて出るのは悪態ばかりだ。
(どうせ悪口ばかり言っていたんだろう・・・)
溜息をつきたい気分になって、ふっとテルから目を逸らす。テルがもぞもぞと寝返りをうったのが気配で分かった。
「・・・まには・・・誉めて・・・れたって・・・」
テルの呟いた寝言に驚いて視線を戻す。
「俺・・・って・・・頑張っ・・・」
閉じられたテルの瞳から、ぽろりと雫がこぼれ落ちる。
「・・んでいつも・・・意地悪・・っか・・・」
スンスン、とすすり上げはじめたテルに、戸惑いながら頬に触れる。テルの頬は赤ん坊の頬のように柔らかかった。
「別に意地悪で言っているわけではないんだが・・・」
あやす様に頬を撫でると、テルはうつろな目を薄くあけた。
「・・・起きたのか?」
「・・・・。」
テルがボーっとした目で北見を見上げる。と、急に何を思ったか、テルは北見の膝に頭を乗せた。
「お、おいっ?!」
「北見のバカ・・・」
「ああもうそれは分かった」
こんなに酔っ払っていてはまともな会話は成立しないだろうが・・・と思いながらも語り掛ける。
「今回の件で片岡先生に随分誉めてもらったんだろうが・・・?あの人は誉めて伸ばすタイプだからな・・・」
「・・・たみの、アホ・・・」
「・・・はいはい・・・」
ぐりぐり、と膝に頭を擦り付けてくるテルの頭に手を置く。そのままゆっくりと顔のラインをなぞって手を滑らせると、テルの手が北見の指をつかんだ。
「きたみに・・・誉めて・・・ほし・・・」
「・・・!」
掴んだ北見の手に、テルがぎゅうぎゅうと頬を押し付けてくる。
「指導・・・替わっ・・・他・・・センセに・・・迷惑かけ・・・からって・・・ゆったくせにぃ・・・んで・・・北見に・・・の方が・・・気楽ってゆ・・・怒るんだよぉ・・・」
「いやそれは・・・確かに四宮が指導医を換えてくれと言ってきた時はそう言ったが・・・問題はそこではなくてだな・・・」
酔いに任せて言いたい放題文句を言うテルに失笑が漏れる。シラフの状態だったならば、「それ以前にドジをするな!!」と叱り飛ばすところだが。
「まあ、たまにはいいか・・・」
どうせ明日目を覚ます頃には覚えていまい。ゆっくりと、何度もテルの頭を撫でてやる。
普段は絶対に北見に甘えたりなどしないテルが、こうして甘えてきている。そのことが嬉しかった。
「お前こそ、他の先生には素直に甘えるくせにな・・・」
「・・・たみ・・んかぁ、大っ・・嫌い・・・だぁ」
「大嫌いなのか、本当は甘えたいのかどっちなんだお前は?」
「バカァ・・・」
昔、うるさく付きまとってきた女に対して冷たくあしらったときに、「大嫌い!」といわれたことがあった。相手に対して、好意は欠片ほども持っていなかったが、それでも「大嫌い」という言葉には人を不愉快にさせるのに十分な威力がある、と思ったものだった。
「キライ、だぁ・・・」
それが、こんなにも嬉しいと思うとは。
「・・・ったく、仕方のない奴だな」
北見がうまく褒めてやることが出来ないのと同じように、テルもうまく北見に甘えられない。酒の力を借りなければならない程に。
(明日になればどうせ今日のことなど覚えていないだろうが・・・)
どうやら眠りに落ちてしまったらしいテルの前髪をかきあげる。
「お前が頑張っているのは、知っているさ・・・」
そう、他の誰よりも知っている。いつもお前を見ているのだから。
「お前は頑張ってるよ・・・」
ゆっくりと身体を倒す。無防備なテルの唇に、北見はそっと自らの唇を重ねた。
「どわぁぁぁぁぁぁ!!な、何で俺北見んちにいるんだ?!」
「うるさい、黙れ。昨日酔っ払って片岡先生と来たのを覚えてないのか?」
「そ、そう言えばそんなような気も・・・?」
「とにかくさっさとシャワー浴びて来い。置いていくぞ」
「ウ、ウッス!」
翌朝。風呂場に向かいながら、テルは肩越しにこっそり北見の様子をうかがう。
(やっぱアレって夢だよなぁ・・・)
北見に膝枕してもらいながら頭を撫でてもらう夢を見ただなんて。
北見には口が裂けても言えない。
(俺、そんなに北見に誉めてもらいたかったんかな・・・)
真実は天下の外科部長だけが知っている。
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