『「好き」の反対は「嫌い」じゃない。「無関心」なんだ』って言ったのは誰だったっけ。
それを聞いた時には「変なの」としか思わなかったけれど・・・。
(俺、北見のことも最初嫌いだったんだよな〜)
そりゃ、ドジばっかりしてた俺も悪いけど、北見も怒ってばかりでいつも見下したような態度ばかりで・・・
(いや、見下した態度は今も変わってないかも・・・)
嫌いなところが変わったと言うよりは、良いところを見つけたと言う方が正しいかもしれない。やな奴だとばかり思っていたのに、患者さんに対する真剣な態度とか、良い所を見つけたら急激に嫌いだと思う気持ちが萎えていった。
今は・・・北見に認められたいと思うし、「嫌い」より「好き」寄りだと思う。
好きでも嫌いでもなく、ただ会ったら遊ぶくらいの友達には、こんな風に大きく印象が変わったことは無い。
逆に、最初の印象はもう最悪もいいところで、大嫌いだったのに今は全然違う人間はもう一人いる。
四宮慧。
(最初の頃はあんなに嫌いだったのにな〜)
今だって顔を合わせればイヤミばかり言ってくるのに、そのたびにやな奴だとは思っているのに。
(嫌いじゃないもんな・・・)
ちらりと目線を四宮に向けると、目が合った。
「・・・何?」
「あ、いや・・・何でも無い・・・」
慌てて目を逸らして取り繕うと、四宮はあからさまに不機嫌そうな声色になった。
「何でも無くは無いだろ?さっきから僕の顔をちらちら見てるくせに」
「う・・・気づいてたんならもっと早く言えばいいだろ?!ホントお前性格悪ぃな・・・」
「元からこういう性分なんだよ。常に猪突猛進な君と一緒にしないで欲しいね」
「・・・」
イヤミを聞かなかったフリをして、カルテに目を落としたら、四宮はそれ以上つっこんでは来なかった。
(今日はこれから四宮と一緒に当直だしな)
今は既に殆どの医師が帰宅してしまっている時間。仮眠するにはまだ早いけど、外科医局にはもう今日の当直の四宮と俺しかいない。
顔を見ないで一晩寝ればすっかり忘れている自信はあるけど、当直のときは一晩中一緒にいなきゃいけないから気まずくなると困る。だから四宮が深く追求してこなかったのは正直ありがたかった。
(う〜ん・・・。北見のことは尊敬してるから好きなんだけど、俺なんで四宮のことは好きなんだろう・・・?)
自分でもそれについてはかなり謎だったりする。案外いい奴だと思うこともあるけど、どちらかと言うとやっぱりやな奴と思う回数の方が圧倒的に多いのに。
(ライバルだから・・・?いやでも嫌いだった時だって四宮に負けたくないって思ってたよな〜)
例えば・・・北見や院長は、外科医としての自分の目標で、尊敬しているから好き。片岡先生や岩永先生はその人柄の温かさが好き。森先生は医者としての信念が好きだと思う。
(じゃあ四宮は・・・)
性格・・・はムカツク。外科医として・・・は負けたくない相手。医者として・・・は、今は四宮も技術が全てとは思っていないみたいだけど、やはり自分とは対極にある人間だと思う。
(理由ないじゃん・・・)
一体なんでなんだ?ともう一度ちらりと四宮を見ると、再度ばっちり目が合ってしまった。
「また誤魔化す気じゃないだろうね?」
先刻誤魔化したのもしっかりばれている。もう誤魔化されてはくれなさそうだし、この際本人に聞いてみてもいいかもしれない。こんなことずっと気にしているのも嫌な気分だし。
「いや・・・俺、何で四宮のこと好きになったんだろうって思ってさ・・・」
「・・・は?」
いつもの四宮なら即イヤミで返してきそうなことを言ったと思うのに、四宮は目を丸くしているばかりで、イヤミは言ってこなかった。
「だからさ、例えば北見とか院長とかは外科医として尊敬してるからとか、片岡先生とか岩永先生は優しいからとか、好きになるのって何か理由あるじゃん?四宮は何が理由なんだろうって・・・」
そこで言葉を切ると、四宮が大ーーーきな溜息をついた。
「なんだ、そう言う意味・・・。まあ、君に情緒性なんてものは期待していなかったけどね・・・」
「な、なんだよ?!」
「何でも無いよ。それで君はどういう結論に達したの?」
「それが分かんねーんだよな。大体俺最初お前のこと大っ嫌いだったしさ〜。大体イヤミ言うわ付き合い悪いわ俺のこと馬鹿にするわ四宮って短所ばっかりじゃん」
「君・・・よくそれを僕本人に言う気になるね・・・?!」
ムッとしたらしい四宮を眺めつつ、デスクに肘をつく。
「ホントわかんねぇ・・・。大体俺のことを嫌ってる奴を俺は気に入ってるなんて不毛だ・・・」
そう、嫌われているはずなのだ。何せ四宮が顔さえ見ればイヤミを言う相手なんて自分一人なのだから。
相手は自分を嫌っているのに自分は相手が好きなのかと思うと、なんだか情けなくなってきた。ずるずると体勢を崩して、デスクに突っ伏して溜息をつく。
「・・・誰が誰を、嫌ってるって・・・?」
「四宮が、俺を。」
言わせるなよ、馬鹿。ますます情けない気分になる。本当に何で俺はこんな奴を気に入ってるんだ、と自問自答しながら突っ伏したまま四宮から顔を背けた。
空気がかなり気まずい感じになっているけど、これ以上何か言うのも情けなくなるから嫌だな、とか考えていると。
「・・・嫌いじゃないよ」
夜の二人きりの医局じゃなければ聞こえないような、小さな声で四宮が沈黙を破った。
顔を上げて四宮を見ると、いつもの小馬鹿にしたような笑顔ではなく、ごく真剣な表情をしていた。
「君ときたら馬鹿でドジで技術も無いし、騒ぎばかり起こすし患者に対しての思い入れは行き過ぎだし、三流大学出身だけど」
「テメェっ!!それ真剣な顔して言うことかよ?!」
あんまりな四宮の言い分にむっとして言い返すと、四宮が笑った。
(愛想笑いじゃない・・・な)
愛想笑いじゃない、四宮の本当の笑顔は好きだと思う。でも、笑うようになったとは言っても、四宮が心の底からの笑顔を浮かべていることは稀で、あまりしょっちゅう見れるものではない。
それが自分に向けられていると言うかなり珍しい状況に、なんだか毒気を抜かれて怒る気を無くしてしまった。
「僕は、君が好きだよ」
「四宮・・・?」
「僕とは正反対だからこそ、僕は君を好きになったんだと思う・・・」
四宮の笑顔を見て、胸につかえていたものがすっと解けて消えたのを感じた。
「そっかーーー!!俺友達だから好きなんだーーー!!」
ようやく納得できる答えを見つけた瞬間、四宮ががくっとデスクに突っ伏した。
「君ねぇ・・・」
「そっか、そうだよな〜!嫌われてる相手好きになるわけ無いもんな〜。嫌いだからじゃなくて、友達だからだよな〜」
「この馬鹿は・・・全く何で僕はこんな奴・・・」
「あ、お前さっきの俺と同じこと考えてるだろ〜?だから友達だからだって」
「うるさい!!黙れ!!」
急に不機嫌になってしまった四宮が立ちあがる。
「あ、どこ行くんだよ?!」
「・・・仮眠室」
「俺も行く!」
立ちあがって四宮の後を追いかけると、ドアの所で立ち止まっていた四宮が急に振りかえった。
「え?」
肩を捕まれて、いきなり壁に押し付けられる。
(な、何だ?)
そう思っている間に、四宮の顔が近づいて来た。影がかかるほど近づいたところで、止まる。
何がなんだか分からなくて四宮を見つめると、四宮が苦笑した。
「・・・まぁ、いいよ。そのうちゆっくり教えてあげるから」
「何がだよ?!」
「君みたいなコドモに説明しても仕方のないことだよ」
「俺は子供じゃなーいっ!!お前と歳なんか一つしか違わないだろ?!」
「精神年齢の問題だよ。君の頭の中は小学生並だからね」
そう言うと、四宮はぱっと身体を離してドアを開けた。子供扱いされたのが悔しくて、四宮の背中に文句をぶつける。
「なんだよ四宮のアホーッ!!お前なんかやっぱり大ッ嫌いだっ!!」
肩越しに振りかえった四宮は、余裕の笑顔を浮かべていた。
「大変結構だね。どうでもいいって言われるより嫌われているほうが全然良いよ」
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