「北見先生♪何してらっしゃるんですか?」
「理事長・・・」
パソコンにデータをうち込んでいた所に急に声をかけられ、北見は顔を上げた。
何時のまに入ってきたのか、そこにはヴァルハラの理事長、皇が立っていた。
仕事をしていることなど一目見れば分かるだろうに、何故わざわざ邪魔をするのか。
確かに財力もあるし政財界にも太いパイプを持っているし、ヴァルハラは何度もこの人物によって救われている。
だが北見はこの理事長の人間性がかなり苦手だった。嫌いというわけではないのだが・・・。
当の皇はペットロボット「ぽてち」を抱き上げて北見のノートパソコンをのぞき込んでいる。
「へぇ、北見先生いいパソコンをお使いですねぇ」
「今日は、どうかなさったんですか?」
苦手だと言ってもそう邪険にするわけにもいかない。北見はデータ整理をいったん終了して、椅子に座りなおした。
「いえね、ぽてち達のメンテナンスに来たんですよ。やっぱり一般家庭で使われるより、病院の方がハードですからね。こまめにメンテナンスしてあげないと」
「そうですか。しかし理事長自らいらっしゃるほどのことでもないと思いますが」
「ははは!まぁ他にもちょっと用事があったもんですからね。テル先生の顔も見たかったし・・・あ、北見先生、ちょっとパソコンお借りしても良いですか?」
「っえ、ええ、構いませんが」
テルの名を出され、内心動揺したのを無理矢理押し殺し、北見は立ちあがった。
現在この外科医局には北見と皇の二人しか居ない。当のテルも現在回診中である。
「コーヒーを入れますが、理事長もいかがですか?」
「ああ、僕は結構です。ありがとうございます」
給湯室に向かい、コーヒーのデキャンタを手に取りながら北見は溜息をついた。
普段は感情を押し殺しているが、今はあまりテルの話は聞きたくない。
マグカップをもって席に戻ると、皇はぽてちとノートパソコンをつないで何かを行っていた。恐らくそれが先ほど言っていたメンテナンスなのだろう。
物凄いスピードで指を動かしながら、皇がふと口を開いた。
「そう言えば北見先生」
「・・・なんですか?」
「テル先生に告白して振られたんですって?」
「!?ゲホゴホッ!!」
飲もうとしたコーヒーを、思いっきり気管に吸い込んでしまい北見は激しくむせ返った。
「大丈夫ですか?」
「っは・・・な・・・」
あまりのことに言葉が出てこない。何故それをこの人物が知っているのか。そのことを知っているのは、自分ともう一人をのぞいては誰も知らないはずなのだ。
どうやら北見の顔色から北見の言いたいことを察したのだろう、皇が笑顔で答えを告げる。
「テル先生から聞いたんですよ」
(あの・・・あの、馬鹿っ・・・)
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思っていなかった。
自分がどんな気持ちで想いを告げたと思っているのか。受け入れてもらえることはあまり期待していなかったが、それを言いふらすような奴だとは思わなかった。
可愛さあまって憎さ百倍、になりかけた、その時。
「なんてね。嘘ですよ」
「えっ・・」
皇が北見を見ながら苦笑している。
「本当は、聞いたのは僕じゃなくてぽてちなんですよね」
「は・・・?」
皇の真意を量り兼ねて問い返すと、皇は眼鏡を外して胸ポケットにしまった。
「ぽてち達には音声録音機能がついてるんですよ。その中にテル先生がぽてちに話した内容が入っていたんです」
「皇さん・・・それは盗聴では・・・」
「ほら、人には話せない悩みとかってあるじゃないですか。そう言うときに役に立つかと思ってつけたんですよ。勿論、こうやって管理者コードをうち込まなければデータを引き出せないようにしてありますから悪用される心配はないですよ」
「貴方がその話を知っていると言う時点で、既に悪用ではないんですか・・・?」
「あははは、北見先生は頭が固いなぁ。こうして役に立ってるんですから勘弁してくださいよ」
「役に・・・って一体何の役に立つと言うんです?!」
情けないことをろくでもない手段で知られたと言う苛立ちから、つい語気が荒くなる。が、皇は一向に意に介さない。
「ぽてちの録音機能は、涙に反応するんですよ」
「は・・・?」
「常に録音し続けると、音声データって重いからすぐに容量がいっぱいになっちゃうんですよね。だから、人が涙を流した場合のみデータを残しておいて、それ以外のデータは消してしまうようになっているんです」
「それが、何か・・・?」
「だからですね、そのデータが残っているということは・・・テル先生が泣きながらぽてちにその話をした、ってことなんですけど」
「!!」
動揺した北見を見て、皇がマウスをクリックした。
『ぽてちぃ・・・』
再生されたテルの声に驚いて、慌てて皇を止める。
「や・・・やめてください!!聞きたくありません!!」
「聞かないと後悔しますよ?」
皇の鋭い視線に制されて、思わず黙り込んでしまう。北見は罪悪感と不安に戸惑いながらも、再生される声に耳を傾けた。

『誰にも言うなよ?これは誰も知らないことなんだからな?北見にだって教えなかったんだから』
『アンッ!!』
『・・・北見に、さぁ・・・好き、って言われたんだ・・・』
『キュゥン』
『俺・・・嬉しかった・・・。俺も、ずっと北見のこと・・・。でも』
『キューン?』
『断ってきた・・・。ごめん、って・・・。俺だって、俺だって好きだけどッ!!』
『キュゥ・・・』
『でも、俺男だもん・・・。俺じゃ駄目なんだよ・・・。北見はエリートで、すっげー奴で、これからもきっとどんどん有名になっていくのに』
『キューン』
『・・・俺なんかが隣に居たら・・・絶対北見の迷惑にッ・・・』
『キューン、キューン』
『ふぇっ・・・ック・・・・うっ・・・』

皇がマウスを再びクリックする音が聞こえ、再生が停止される。
呆然としている北見の腕を、皇が軽く叩いた。
「どうです?やっぱり聞かないほうが良かったですか?」
「!い、いえ・・・」
「で、どうするんですか?テル先生の意思を尊重するんですか?」
「・・・皇さん」
「はい?」
北見は皇に心の底から深深と頭を下げると、外科医局を飛び出した。



「あ〜あ、僕も大概お節介かな?」
飛び出していった外科部長の背中を見送って、皇は苦笑した。
あの無言のお辞儀は、不器用な彼なりの最大限の謝辞なのだろう。
他にもテルを狙っている連中が居るのは知っているし、その連中に恨まれそうなことをしてしまったとは思うが。
「まぁ、テル先生に泣かれちゃね」
テルには何時でも笑顔で居て欲しいと思う。彼の笑顔には、他人の心の傷を一瞬にして癒してしまう、そんな力があるのだ。自分だって、そんな彼にどれ程癒され、力づけられてきたことか。
「僕だって妻子が居なきゃ放っておかないけど」
しかし自分は妻子を愛しているし、何よりテルには不倫とか浮気相手なんて言葉は似合わない。
だったらテルが一番幸せになれる相手と一緒に居て欲しいと思う。
だから、北見の背中を押すようなまねをした。
「まぁ・・・今度テル先生泣かせたら、次は僕も敵ですからね?北見先生♪」



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