「絶対だぞ!!忘れんなよ!!」
「忘れないよ。君じゃあるまいし」
その発端は、明日北見先生の胃切オペビデオを持ってきて欲しい、とテル先生が言ったことだった。
僕が了承すると、テル先生はこう言った。
「じゃ、約束。」
そして、彼は小指を差し出した。
「・・・は?」
断っておくが、別に僕はイヤミで聞き返したわけじゃない。本当に、一瞬何がやりたいのか分からなかったのだ。
そんな僕に、テル先生はとびきりの笑顔でその意図を教えてくれた。
「指きり!!」
「はぁ?!」
もしかしてそれは、あの、『ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん ウ〜ソつ〜いた〜ら 針千本飲〜ます』ってやつか?!君は、それを僕に、しかもこの外科医局と言う場所でやれと言ってるのか?!
あまりのことに僕がイヤミすら言うのを忘れ、固まっていると、横から青木先生と韮崎先生が口を出した。
「いや〜テル先生・・・この歳んなってそれはないんじゃなかと・・・?」
「あ〜あ・・・四宮先生固まっちゃってるよ・・・」
こめかみを押さえて黙ってしまった僕を置いて、テル先生が青木先生と韮崎先生を振りかえる。
「え?!約束する時は普通するだろ?!」
「せんよ」
「しないよ」
韮崎先生ばかりか、人のいい青木先生にまでキッパリと否定され、テル先生が唇を尖らせた。
「え〜?!だって俺小児科行って戻ってくるとき、いつも『また来る約束』って指きりするぞ!!」
僕の隣の席で聞き耳を立てているらしい片岡先生が、カルテに顔を隠して肩を震わせている。
「それって、普通子供たちが相手だからするんじゃないの・・・?」
「テル先生、小児科の子供たちと同じレベルとね・・・」
いつもはフォロー役の青木先生にまで突っ込まれ、テル先生が悔しそうに反論した。
「そんなことねーよ!!するったらする!!」
「テル先生なら指きりしてても違和感無いけどね・・・」
「四宮先生に求めるのはあんまりじゃなかと〜?」
今度は沖先生の席の方からぶふっと吹き出す声が聞こえた。
が、ムキになったテル先生の耳には届いていない。
「なんだよ!!四宮とオレにそんなに違いねーだろ!?」
「あるよ」
「同じ所の方が断然少ないとね」
「なんだよ皆して〜〜っ!!」
「ああもう!!二人して面白がってこの単細胞を煽らないでくれよ!!止まらなくなるだけだろ?!」
黙っていられなくなって、ついに僕は口を挟んだ。
「そーだそーだ・・・って単細胞って俺の事かよ四宮っ!!」
「他に誰がいるのさ!?」
「なんだよ!!」
僕に食って掛かろうとしたテル先生の目の前に、僕は小指を差し出した。
「へ・・・?」
「すれば気が済むんだろ?!早くしろよ!!」
「あ、うん」
急激に怒りが収まったテル先生に大騒ぎになる前になんとか収まったと内心ホッとしつつ、テル先生が小指を絡めてくるのを眺める。
そして、その次の瞬間。
「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん ウ〜ソつ〜いた〜ら 針千本飲〜ます!!」






っっっこの、バカ!!
声がでかいんだよ!!
医局中に響き渡るような大声で、しかも調子っぱずれで例の歌を歌ったテル先生は、満足したように医局から出ていった。
僕に背中を向けるようにして笑いを堪えている青木先生と韮崎先生に腹が立ってくる。
「ま、まさか四宮先生が引きうけるとはね・・・」
(元はといえばお前等が煽るからこんなことになったんだろうが?!)
憮然としつつも、悪態はなんとか心の中だけにとどめた。僕が自分のデスクに突っ伏すると、片岡先生がカルテから顔を放して僕を見た。
笑いすぎて目には涙まで溜めている。
「お、お疲れ様、四宮先生・・・」
「今のはオペするよりよっぽど疲れましたよ・・・」
溜息をつきながらも、先刻テル先生と指をからめた手を見る。
考えてみれば、僕はいわゆる世間一般的な「友達と遊ぶ時間」というものを持ったことが無い。
さっきの「指きり」も、他人がやってるのを見るだけで自分がやったことは無かった気がする。
(初めての指きりがテル先生、ね・・・)
ハッとして、僕は心の中に浮かんだ言葉を急いで打ち消した。




何故だか、小指が熱いような気がした。


戻る