「・・・ッウ・・・」
「おい・・・」
「父さッ・・・」
「おい!!」
強く揺すぶられてテルが目を開けると、薄明かりのなかで四宮がのぞき込んでいた。
「四・・・宮・・・?」
「魘されてたよ。悪い夢でも見たのか?」
「あ、ああ・・・」
嫌な汗でべっとりと額に張り付いた前髪を掻きあげ、テルは上半身を起こした。
今日は四宮と一緒の当直だったのだ。
「悪い、煩かったか?」
「いや、構わないけどね」
悪い夢からはもう目覚めたと言うのに、手の震えが止まらない。
無理矢理震えを止めようと、手で手を握り締める。
「もう、大丈夫だからさ。ホント、ごめん」
笑顔を作って四宮に向けると、四宮は真剣な表情でテルを見つめていた。
「・・・顔色が悪いな」
嘘を見透かすような四宮の視線に居たたまれなくなって、目を逸らす。
「だ、大丈夫だって」
「ホント君って嘘がつけないよね」
「う・・・」
痛いところを指摘されて、そっぽを向いていると、四宮が溜息をつく音が聞こえた。
「って、うわ?!なんだよ四宮?!」
「黙ってろ」
突然、四宮がテルのベッドに入ってきて、テルは焦った。慌てるテルを、四宮の腕が抱き寄せる。
四宮の胸に耳を押し当てるように抱き寄せられて、テルは目を見開いた。
(あ・・・)
四宮の鼓動の音が聞こえる。
トクン、トクンと一定したリズムで聞こえてくるその音に、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
(そう言えばこの前綾乃さんにもこんな風にしてもらったっけ・・・)
人の心音には、心を落ち着ける力があるのかもしれない。その音に誘われるように、テルはゆっくりと目を閉じた。
「・・・あったかい」
「・・・そりゃ、生きてるからね」
視界を遮断すれば、尚更感覚は鋭くなって、薄手のパジャマ越しに伝わってくる四宮の体温がよりはっきりと感じられる。
ふわりと香った石鹸の香りと、触れ合った部分から伝わる温もり、聞こえてくる鼓動に身を任せていると、自然と震えは収まっていった。
「少しは落ち着いた?」
「・・・うん」
ゆっくりとテルが目を開けると、四宮は右手でテルの肩を抱き寄せたまま、左手でテルの頬に触れた。
四宮の胸から伝わってくる温度は温かいのに、触れた手のひらはひやりと冷たくて、それがまた心地よい。
頬に触れられた手の上に、自分の手を重ねる。
「・・・そう言えば、お前が前に怪我したのって左手だっけ?」
「え?ああ、・・・そうだけど」
前に四宮が落ち込んでいたときは、自分は何も出来なかった。何もしてやれなかった。
自分は今、こうして四宮に支えてもらっているのに。
(この辺・・・だったかな?)
四宮の左手を掴んで、引き寄せる。骨折したあたりに唇を触れさせ、動物が怪我を癒す時のように舌を這わせると、四宮がビクリと反応した。
「キミね・・・」
「ん?」
四宮の右手が急激にテルを引き離した。
「あんまり無防備に男にそういうことすると、襲われるよ?」
一瞬、言われた意味が分からなくて戸惑う。
・・・男に、襲われる?
「んなっ・・・!何言ってんだよ!!俺男だぞ?!」
ようやく言われた意味が分かって反論すると、四宮はふーーーーっと大きな溜息をついた。
「・・・そうだね。『襲われる』じゃない」
四宮の左手が、テルの顎を捉えて持ち上げる。四宮は真面目な顔をしていた。
「襲うよ?」
そのまま、四宮の唇がテルの唇に重なった。
「ッ?!」
あまりにも突然のことに、突き飛ばすのも忘れ、驚いて目を見張る。
しかし、重なった唇が伝えてくる感覚は不快ではなかった。
(・・・気持ちいいかも)
ゆっくりと再び目を閉じて、キスに応じる。
初めは啄ばむように、それから舌先を触れ合わせ、次第に深く。
何度か接吻を繰り返した後、額を会わせて互いに少し笑った。
四宮の首に手を触れさせると、指先に先刻聞いた鼓動より少し速い脈が感じ取れた。
「ドキドキいってる」
「・・・キミね・・・何でもうちょっと色気のある行動がとれないのさ・・・。普通この場合そこで脈は計らないだろ?」
「なんだよ?!」
「ま、良いけどね。僕も医者だし、気持ちは分からないでもない。・・・けど」
今度は、四宮の指がテルの首に触れた。
「ドキドキいってるのは、キミの方だってだろ?」
テルの肩に回されたままだった四宮の手が、再度テルを抱き寄せる。
「・・・眠れそうかい?」
「うん」
「じゃ、そろそろ寝ようか」
そのままテルを抱き締めて一緒に布団に入ろうとした四宮に、テルは慌てて抗議した。
「ちょ、ちょっと待て!!お前一緒に寝る気かよ?!」
「そうだよ」
「んなっ・・・誰か来たらどうすんだよ!!」
「来ないよ。HOTだったら普通コールで呼び出されるだろ」
「で、でもっ・・・もし来たら・・・」
「その時は「テル先生が怖い夢見て眠れないって言うから一緒に寝てやった」って言うから大丈夫」
「な・・・お、お前なぁ!!」
「冗談だって、本気にするなよ。どうせ誰も来ないさ」
「うー」
四宮がテルを抱き寄せる腕に力を込めた。また四宮の胸の中に収まったことで、再び四宮の鼓動が聞こえてくる。
「・・・テル先生」
「ん?」
「僕と・・・付き合わない?」
「・・・なんだよ、急に」
「こんなに放って置けない奴初めて見た」
胸に抱き込まれているから、四宮の表情は見えない。声色もいつもと同じで、憎まれ口を言っているのに。
聞こえてくる鼓動が、四宮の気持ちをはっきりと教えてくれた。
ドキドキと高鳴って、早鐘を打つ鼓動は、緊張の証。
「いいよ」
「・・・ホントに?」
「ああ」
テルを抱き締める四宮の腕に、痛いほど力が込められて、テルはもがいた。
「ちょ、ちょっと四宮!!苦しいって!!」
「っ、ごめん」
四宮の腕が少しだけ緩められる。
伝わってくる四宮のドキドキが心地よい。
聞こえてくる鼓動と同じように、自分の心臓もドキドキいっている。
自分も四宮の背中に腕を回すと、お互いのドキドキが、混ざり合って重なった気がした。
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