「お前、この雨の中わざわざそのためだけにきたのか?」
「あ、はぁ・・・」
北見もテルも休日の雨の日。
北見が学会に使うオペビデオを持って来いと先日言ったら、テルは休日にわざわざ北見の自宅に持ってきたのだ。
「明日でも構わなかったんだが・・・」
「早い方がいいと思ったんで・・・」
ぼそぼそと喋るテルは、普段とは少し様子が違う。
雨足も強まるばかりで、一向に弱まる気配はない。この雨の中を徒歩で帰すのも気が引けた。
「雨が弱まるまであがって行け」
「へ?いいんスか?」
「こんな大雨の中を帰すほど鬼じゃない。さっさとあがれ」
「えっと・・・そんじゃ、お邪魔します・・・」
リビングに通すと、テルは居心地悪そうにきょろきょろと辺りを見回した。
「ソファーにでも座れ。・・・何か飲むか?」
「シュガーミルクストロベリー」
一瞬、んなもんあるか!!と言いかけたが、ふと思い出して床下収納をあける。
以前、テル本人によって山ほど贈られたものが、まだこの中に残っていたはずだ。
多少古いが、開けていないし賞味期限も切れていない。特に問題はないだろう。
さすがに冷えてはいないので、グラスに注いで、氷を入れてやる。
「ほら」
グラスを差し出すと、テルが目を丸くした。
「嘘、マジであると思わなかった」
「・・・貴様」
こぶしを握り固めると、テルがあわててグラスを受け取った。
「わ、嘘嘘!冗談ッス!!いただきます」
「・・・それはお前が前に俺の机に山ほど置いていったやつだ」
「え、ええー!?あれって大分前じゃないッスか?!まだ残ってるんスか?!」
「こんなもん好んで飲むようなお前と一緒にするな」
北見の知るかぎり、これを喜んで飲む人間は目の前にいる人物ただ一人しかいない。
「なんだよ、せっかく俺がプレゼントしたのに〜」
テルがぶつぶつ言いながらグラスに口をつける。それを横目で見ながら、北見は窓辺へ歩み寄った。
そろそろ夕暮れになろうという時間、土砂降りの雨が降っているともなれば外はかなり暗い。
時計を見ればまだ多少時間は早いが、カーテンを閉めてしまってもいいかもしれない。
北見は照明をつけて、カーテンに手を掛けた。
空を見上げると、一瞬強烈な光が走った。続いて、激しい雷鳴が轟く。
「雷か・・・」
かなり近いな、と思った瞬間、背後でがちゃーんと聞きなれてしまった音がした。
「テル!!」
「す、すいまっ・・・」
振り返ると、案の定テルがグラスをひっくり返していた。
「あ、俺片付けますっ」
「いらん!お前は何もするな!!」
ドジをした直後のテルに何かをさせれば、さらにドジをして傷口を広げることはいい加減北見にも分かっている。
幸いにしてグラスをひっくり返しただけで、グラスは割れていない。
片づけをさせてさらにグラスまで割られてはたまらない。
グラスと氷を拾いながら、ふと目に入ったテルの手が小刻みに震えているのが目に入った。
「す、すんません・・・」
怒られるとでも思っているのだろうか。
「お前のドジなんぞ今更だ」
物をひっくり返した程度では、もう怒ろうとすら思わない。
暗にそういう意味を含ませて言うと、テルは小さく笑った。
「ひっでぇなぁ・・・」
「何だ、怒られたいのか?」
「そういうわけじゃ・・・ないッスけど・・・」
怒らない、と言ってやっても、テルの震えは収まる気配はない。
考えてみれば訪ねてきたときも少し様子がおかしかった。
もしかして何かあったのか?と不審に思っていると、再度部屋に光が走った。
「ヒッ・・・」
その瞬間、テルが小さな悲鳴を上げて身を竦める。
「テル・・・?」
いぶかしんで声を掛けると、テルがはっとして顔を上げた。
「あ、い、いや!!なんでもないス!!」
言っている傍から再度激しい光と、雷鳴が轟いた。
「ぎゃああ!!」
頭を抱えて蹲ってしまったテルに、北見は確信を持って問いかけた。
「お前、雷が駄目なんだな・・・」
「う、う・・・ど、どうせガキだって思ってるんだろ?!」
見上げたテルは涙目になっている。そういう顔をするからガキだと言われるんだ、と思いながらも、北見はため息をついた。
「誰だって苦手なもののひとつや二つはあるだろう・・・」
テルの場合ひとつや二つではきかない気もするが。
カーテンを閉める途中でテルがグラスをひっくり返したため、カーテンが半開きになっている。
北見は再度窓に近寄り、カーテンに手を掛けた。
「それにしても近いな・・・」
暗雲立ち込める空を見上げていると、後ろから引っ張られた。
振り返ると、テルが北見のシャツのすそを掴んで引っ張っている。
「・・・何をしている」
「う・・・。だ、だって・・・」
こういう行動はまるで子供だ。テルの手を取ってシャツを放させると、その直後再び大きな雷鳴が鳴った。
その光と音にあわせ、部屋の中のすべての明かりが消える。
「!!停電か?!」
「ギャーーーーッ!!」
音と光に怯えたテルが、北見の腕の中に飛び込んできた。
「ちょっ・・・おい、テル!!」
無理矢理引き剥がそうかと一瞬考えたが、ひどく怯えている様子のテルが忍びなく、北見はテルの肩を抱いた。
窓の外を見れば、周囲の建物には灯りが点っている。停電になったのは北見のマンションのみらしかった。
それならばヴァルハラが停電になっている心配は殆どない。無理に病院に向かう必要もないだろう。
「テル、落ち着け」
諭そうとする北見の声に被さるように再度大きな雷がなり、テルが北見にしがみつく手になおさら力がこめられた。
(駄目だな、これは・・・)
テルにしがみ付かせたまま、抱き上げてソファーに運ぶ。
抱えたままソファーに座り、テルをきつく抱きしめた。
「テル・・・」
名を呼ぶと、テルの腕が北見の首に回された。
「きた・・・み・・・」
掠れた声で名を呼ばれた瞬間、自分の心臓が跳ねたような感覚を覚えた。
(な、何だ?!)
テルなんか、生意気で、ドジばかりで、迷惑ばかり掛けられて。コイツの指導医になったせいで、どれほど恥をかかされたか分かったもんじゃない。
常に目で追ってしまうのは、放っておくと必ず何かやるからだと思っていた。
なのに何故。
今こんなにも、腕の中にある小さな温もりが愛おしいのか。
・・・こんな感情を表現する単語は、ひとつしか知らなかった。
「テル」
抱きしめる腕に更に力をこめ、後ろ頭を撫でてやる。
音のしない闇の中、まるで、時間が止まってしまったかのような気さえしていた。
急に明るくなり、北見は照明を見上げた。
「復旧したか・・・」
雷鳴も随分遠のいている。
そろそろ大丈夫かと思い、北見はテルの肩を揺さぶった。
「おい、テル」
すると目お閉じていたテルがぱっと目を開いて、北見の顔を見上げた。
一瞬の間の後、みるみる頬を朱に染めていく。
「うわああああっ!!」
耳まで赤くなったテルは、北見の膝の上から飛びのいた。
「す、す、スンマセン!!お、お、俺っ・・・」
「いや・・・」
謝られても困るのだ。
テルは真っ赤になって床に正座している。北見はどう対応したものかと思案した。
「テル。飯でも食っていくか?」
「へっ?え、えっと・・・いいんすか?」
「ああ・・・」
とりあえず、話を逸らしてしまう。ソファーから立ち上がりながら腕時計を見て、北見は目を見張った。
随分長い時間抱き合っていた気がしたのに、殆ど時間がたっていない。
停電していたのは1分かそこらの間だったのだ。
「北見・・・先生?どうかしたんスか?」
止まってしまった北見を、不思議そうにテルが覗き込む。
「・・・何でもない」
手を伸ばしてテルの頭をクシャッと撫でてやると、テルは一瞬にして再び赤くなった。
闇の中で過ごした長いようで短かった一分間が、これからの自分たちの関係を劇的に変化させてしまう。
そんな予感が、した。
テーマが・・・使い切れてません・・・
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