「岩永先生は俺のことからかったりしないって思ってたのに〜・・・」
あからさまに拗ねた態度で岩永に背を向けるテルに、岩永は内心苦笑した。
院長や森たちには大して怒らなかったところをみると、テルの中では自分の方がそういった意味で信頼されていたと言うことだろう。
そう言えば、テルが遊園地でデートすると言う話をうっかりばらしてしまったときも、テルはしばらく拗ねていた。
「ごめんてば、テル先生。この貰った賭け金で今日の夕飯おごるから許してよ」
「えっ・マジッスか?!それなら・・・」
ついさっきまでむくれていたテルが、「おごる」の一言でランランと目を輝かせて岩永を振り返った。
そのあまりの幼さに、知らず岩永も微笑んでしまう。
「許してくれる?」
「も、モチッス!!それに、大体一番悪いのは四宮だしっ・・」
ことの発端は、しばらくドジをしなかったテルが、次にドジをするのは何時か、という賭けを四宮が持ち出したことだった。
最初はナースたちと若手医師たちの間で行われた賭けだったらしいが、四宮がいろんなところに持ち込んだらしく、ヴァルハラ内のかなりの人間の間に広まっていた。
果ては理事長の皇まで参加していたというのだから驚きである。これもテルの人徳がなせる技なのだろう。これがテル以外の人物に対する賭けであれば、こんなにも広まりも盛り上がりもしなかったに違いない。
「テル先生のおかげで貰ったお金だからね、テル先生の好きなもの奢るよ」
「俺のおかげって言われても嬉しくないッスよ・・・ドジしたおかげなんて・・・」
がくっと肩を落としてしまったテルに苦笑しつつ、『テルのおかげ』と言う言葉で、もう一人この金で奢らなければならない人物がいたことに岩永は思い当った。
「ああ、そうだ。北見先生も誘わなきゃ」
「へ?!何でスか?」
不思議そうな顔で自分を見上げたテルに、岩永はしまった、と口を押さえた。このことについてテルに知られるのはまずい。
「ほら、えっと・・・今回北見先生を見習ったことで、テル先生も色々勉強になったんじゃない?こういう機会に、色々聞いてみても良いんじゃないかな?」
我ながら苦しい誤魔化しかただとも思ったが、テルは素直に誤魔化されてくれたようだ。
「そうっスね〜。・・・でもなぁ」
「何か、北見先生が一緒だと困ることあるの?」
妙に渋るテルに、ふと思った疑問をぶつけてみる。
「だって、北見がいると焼肉はないじゃないですか・・・」
「・・・テル先生・・・」
どうやらテルの頭の中では「岩永=焼肉」の図式が出来あがっているらしい。
「まず北見先生に焼肉でいいか聞いてみて、嫌だって言われたら他のものにしようよ。たまにはいいよね?」
「そうッスね!!俺も、患者さんに思い入れしてもいいんだ、って北見に言ってもらえて嬉しかったし!!」
心底嬉しそうな笑顔を浮かべたテルに、岩永も笑って頷く。
「ホント、北見先生って凄いよね・・・」
「やっぱ、凄いッスよね!!今日の褐色細胞種のオペも凄かったし・・・」
「えっ?ああ、うん。そうだね。・・・ところでテル先生、こんなにゆっくりしてたら回診の時間に間に合わないんじゃないの?」
「え?!あ、ホントだ!!じゃあお先失礼します!!」
ばたばたと廊下を走り去って行くテルの背中を、アレじゃきっとまた何かやるなあ、と思いながら見送る。
北見が「凄い」と言った言葉の意味を、テルはどうやら医師としての「凄い」と言う意味だと取ったようだが、岩永は違う意味で言っていた。
岩永が北見に奢らなければならない理由、そして北見を「凄い」と思った理由。その二つは同一のものであり、4日前、岩永が賭けに誘われたときのことに起因するのだった。
「岩永先生も一口乗りませんか?」
外科医局を訪ねた岩永に、四宮が声をかけてきた。
「何の話?」
「テル先生が最近ドジをしていないでしょう?だから、それがいつまで続くか賭けているんですよ」
横から沖が口を挟んだ。口ぶりから察するに、沖も賭けに参加しているらしい。
「どうせそう長いこと続くわけありませんからね」
そういう四宮は実に嬉しそうだ。
あまり他人と関わりあうことを好まないこの青年医師は、テルをからかうことのみに関しては自ら進んで関わろうとする。
嬉しそうにテルをからかうその姿は、周りから見れば好きな子を苛める子供のように見えることに本人は気づいているのかいないのか・・・。
「そんなことして、テル先生きっと怒るよ?」
苦笑しながらやんわり注意すれば。
「大丈夫ですよ、本人知ってますから。テル先生の目の前で始めた賭けですし」
しれっと返されて、なおさら苦笑が深くなる。
(そういうことね・・・)
要するに、四宮はテルが動揺を抑えるために感情を殺すのがつまらないのだ。
ちょっかいをかけても、反応しないようにしているテルが面白くないのだろう。
「もうちょっと素直になればいいのに・・・」
思わず口をついて出た感想に、四宮が形の良い眉を上げる。
「はい?」
「っとと・・・なんでもないよ。賭けのこと、もうちょと考えてもいい?」
「構いませんよ。でも、テル先生がドジする前に決めてくださいね」
「うん・・・て、あ!!」
四宮の背後に、この手の話題を知られるには一番よろしくない人物の姿を見止め、岩永は慌てて口をつぐんだ。
岩永の様子を見て振りかえった四宮も、ぎょっとして肩を竦める。
「あ、き、北見先生・・・」
「・・・何をやっているんだお前等は」
眉間に皺を寄せ、憮然とした表情で問う北見に、四宮と沖が逃げる体勢に入る。
「あ、あはは・・・ぼ、僕外来に行ってきます!」
「お、俺も回診に・・・」
そそくさと逃げ出してしまった二人の背中を見送ったあと、北見が大きな溜息をついた。
「全く・・・。アイツはドジをしてもしなくても騒ぎばかり起こす・・・」
「ドジをしないことで起きる騒ぎは、テル先生の責任じゃないんじゃないですか?」
岩永のフォローにも、北見は横に首を振る。
「普段ドジをしすぎなのが悪い。あそこまでドジじゃなければ賭けなんか成立しないだろう」
「それはまあ、確かに・・・」
口ではそんなことを言いつつも、北見がテルのことを可愛がってるのは岩永も充分知っていたので、それ以上余計な口を出すのはやめておくことにした。
「ところで、北見先生ならテル先生はいつドジをやると思います?」
こういった賭けなんかには参加しない人物だとは分かっていたが、北見がテルについてどう予想するのか純粋に興味があったので聞いてみた。
「やらないにこした事は無い」
真顔でキッパリと断じられる。
やっぱり聞かなきゃ良かったかな〜と岩永が考えていると、北見が再度口を開いた。
「・・・4日後の褐色細胞種のオペを、テルが助手するのは知っているだろう」
「え?ええ。さっき話しましたよね」
「褐色細胞種のオペは難しい。難しいオペを無事に終え、集中が途切れたときにやる。オペ着すら脱がないうちにカートでも倒すだろう」
その時、あまりにも北見がそれが当たり前だとでも言うように言いきったものだから、4日後に賭けてみようかと思ったのだ。別に当たるという確信があったわけではないのだが・・・。
(ドジをやる日付どころか、やるタイミングまでばっちしなんだもの・・・)
いくら北見がテルの指導医だとは言え、随分良く把握しているものだと思う。岩永も韮崎や水島の指導を行っているが、いくらなんでもそこまでは把握していない。
(北見先生って・・・テル先生本人よりも、テル先生のことよく知ってるんだな・・・)
感心するような、呆れるような。
苦笑いを浮かべながら、岩永は今日の夕食に誘うため、北見の元へ向かった。
北テルというか・・・北テルの岩テル風味四テル添え。(素直にテル総受けって言えばいいんじゃ・・・)
元ネタは18巻の「ゴッ輝でポン!」の4コマです。
当初の予定ではもっと北テル色が強くなる予定だったんですが・・・。
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