ガツンといい音がした。
 振り返ると、槌谷が鼻のあたりを押さえて、うずくまっていた。

「どうした?」
「――――イタいなり〜!」
 どうやら、二見が勢いよく開けた屋上の扉に顔をぶつけたらしい。よく見ると、額も少し赤くなっている。
「あ、悪い槌谷。だいじょぶ?」
「ひどいなり〜! 五寸釘を用意したまえ!」
「そんなことで呪わないでよ……って、あら、鼻血」
 二見の言葉に、俺はポケットを探ってティッシュを取り出した。
「ほら、使え」
 だが、槌谷はうなり声を上げるだけで、ティッシュを受け取ろうとしない。
 差し出し方が悪かったのかと、今度は槌谷の手に握らせてみたが、首を左右に振るだけで、使おうとしない。その間にも、槌谷の手を伝って、血がしたたっている。
「おい」
「やら!」
「やだ、じゃない。さっさと詰めろ」
「やら!!」
 頑なに拒否を続ける槌谷に、いいかげんイライラしてきた俺は、無理やり槌谷の腕を取り、適当にちぎったティッシュを鼻に突っ込んだ。
 となりで二見が、『鮮やかだねぇ』と呟いているのが聞こえたが、無視した。
 ちなみに槌谷は、鼻にティッシュを突っ込んだとたん、なにやら雄たけびを上げながら、うずくまってしまった。
「ジュリエに詰められた!」
「いつまでもごねてるからだ。ほら、横になってろ」
 鼻血の処置法を何となく思い出しながら、槌谷のとなりに座って地面を叩いた。
「いっつん、まくらがないと寝られないノン」
「んじゃぁ、俺の腕でもかしましょか?」
「女子が五寸釘もって追っかけて来た!!」
 どんだけ人気だ、二見のうで枕。そして、釘を持って追いかけるのか、女子。
 それより、またしても何だかんだと暴れる槌谷を見て、興奮させるのも良くないんだよな……と、ぼんやり思ったとたん、自分の太ももに軽い衝撃と、呆然とした槌谷の顔があった――無意識で槌谷のうでを引いていたみたいだ。
「じゅりえっと……?」
「何だよ」
「えと……ひざまくら?」
「文句あるか」
 瞬間、大きく見開いた槌谷の目が、うれしそうに大きく弓なりになった。
「へへ……いいだろふたみ〜!」
「うらやましいなぁ」
 自慢げに話す槌谷と、苦笑しながら肩をすくめる二見を見ながら、俺はフェンスにもたれかかった。
「昼休み終わったら、保健室行けよ」
「えぇ〜〜〜!」
「お前はどんだけ俺にひざまくらさせる気だ」
 ずっと! 言い切る槌谷に、俺と二見は顔を見合わせてため息をついた。
 ふと、二見が俺のとなりに座り、肩に頭を置いた。
「ねぇ、俺にもいつかひざまくら、してくれる?」
 いつもの二見とは違う、少し甘えた声に思わず首を縦にふっていた。
 うれしそうな二見の顔が目を伏せ、しばらくしたら寝息が聞こえてきた。下を見たら、槌谷もしまりのない顔をして寝ていた。何だこの状況。
 しかたなく俺は、昼休みいっぱいこいつらの枕になってやった。起こす時に、グーで殴ったのは愛嬌だ。






――――――――――――――――――
 鼻血話に見せかけた、ひざまくら話。
 首の後ろを軽く叩く処置は間違っているのでやめましょう。
 本当は、ひざまくらに興奮して、もうちょっとひどい出血になる予定でしたが、二見がなんだか出オチ気味だったので、主人公の肩で寝てもらいました。
 あ、ご飯食べてない。



戻る