少女は、途方に暮れていた。

背丈は、大きくないものの小さくも無い。肩までの黒い髪を揺らし、同じ色をした大きな目が、健康的に焼けた肌と相俟って、溌剌とした印象を与える。その中で、フード付きのえんじ色のコートからのぞくクリーム色のレースは、少女に良く似合っていた。

そんな彼女が、うな垂れながら根城にしていた宿屋の前で、銅貨が二枚入った財布を振る。

「路銀、尽きてたよ……」 

あと五日もすれば、延泊料金を宿に入れなければならない。

一応、流しではあるが、家具屋を生業としているため、宿賃の大半は壊れた家具の修繕で賄ってきた。

だが、二日前に最後の一軒をやり終え、この界隈の家々は全てやり終えてしまったところだ。新しく顧客を得ようとも、早々簡単にタンスや食器棚が全損するような事は無い。

もちろん、こだわらなければどんな仕事にだってありつけるだろう。それに、穏やかでのんびりとした景色のこの街を、少女自身、気に入ってはいた。

とはいえ、ある事情から余り長い期間同じ街に留まる事も出来ない。

「そろそろ潮時かなー」

 溜息をつき、少女は荷物を取りに宿屋の扉を押した。

 すこし油の切れかかったそれは、軋む音をたてる。また、ロウを塗り足そうかと思ったところで、彼女は視線を近くの掲示板に向けた。

 雑多な情報が並ぶ中、比較的新しい張り紙が増えており、思わず少女の目がそれに止まる。

『勇気あるもの、腕に覚えのある者は城へ』

 瞬間、まるで雷に打たれたかのように少女は衝撃を受けた。

その短い文章が、天啓のように思えたのだ。

「そうだ、その手があった!」

 すぐさま彼女は、階段を駆け上ると、部屋にあった荷物をまとめ、その足で真っ直ぐに王城へと向かっていった。

 

*  *  *

 

 少女が城に着く頃には、すでに大勢の者が集っており、その大半は屈強な男たちだった。

武器と防具で完全武装している彼らの中で、一人軽装な上、トランクだけ抱えた少女は、傍から見ても明らかに浮いている。 

 時折、物珍しげに視線を寄越したり、嘲笑混じりに囁きあう声を聞きながらも、彼女はそ知らぬ態度で衛兵の説明を受けていた。

「君は、一人での申し出なのか?」

「そうですけど」

「――まあ、いいか」

 兵士は、少女を頭からつま先まで見た後、一つ頷きながらリストに枠を書き足した。

「君、名前は?」

「トーラです」

 少女こと、トーラが名乗ると同時に、彼は増やした枠内へと彼女の名を追加した。

 その後、集った人々と共にしばらく大部屋で待たされた後、先ほどの衛兵より玉座の間まで案内された。

 道中、彼女はさりげなく視線を巡らし、壁に走るヒビの具合や、部屋を仕切る扉などで仕事が出来そうな物がないかを探る。専門外だが、絵画や兵士達の武器に至るまで、余す所なくトーラは観察した。

 やがて荘厳なつくりの扉が現れ、その装飾の細かさに、トーラは感嘆の息を零す。内側に向かい、大きく開いた事を勿体無いと思うほど、彼女には魅力的にみえたのだ。

 次に彼女が視線を向けたのは、立派な造りをした椅子だった。

 一目でそれが玉座だと分かり、覇気なく俯く男性には失礼とは思いつつも、じっくり観察したい衝動に駆られた。

 だから、そこへ座る男性こと、国王が話す内容の三分の一も、彼女の耳には入っていかなかった。

「――どんな手を使っても構わん。必ずや魔王を倒し、我が息子を救い出してくれ……!」

 王の懇願に、トーラを除いた人々は、意気揚々と頷いて見せた。

「ご安心ください」

「必ずや、我等が殿下をお救いいたします!」

「頼んだぞ、皆の者」

 その言葉を合図に、彼らは頷き、衛兵達に連れ立たれ戦の準備に向かう。

 波のように戦士たちが去ると、その場にはトーラだけが残る。

 これには、王や側近、衛兵たちも驚いた。

「――娘。お前は、行かなくてよいのか?」

「私は討伐ではなく、この城に仕事を請いに参りました。家具の補修、修繕、作成を生業としているのですが……雇っていただけませんか?」

 てっきり彼女も討伐隊志願だと思い込んでいた王は、思っても見なかった申し出に目を丸くさせ、先ほどの憂いを忘れさせるように豪快に笑った。

「そうか、お主は家具屋だったのか。だが今のところ、この城内にあるもので、お主の言う条件にあう物はないん。すまないな」

「いえ、無いのでしたらいいんです」

 そう言うと、少女は小さく頭を下げ、衛士達に挟まれて玉座の間を後にした。

そのまま城門まで見送られる直前、王の側近の中にいた青年の一人が、息を切らせて彼女の元へ駆け寄ってきた。

「君は、修繕だけでなく、作成も行っていると言っていましたね。一つ頼みたい物があるのですが、時間は取れますか?」

「構いません」

 頷いたトーラに、青年はどこか嬉しそうに顔を綻ばせた。

「では、ぜひとも頼みたい物があるのです。付いてきてください」

 

 

 

「いやー、助かりました。ちょうど置き場に困っていたんですよ」

 王の側近を勤めているラファルは、出来上がった本棚を見て嬉しそうに溜息を吐く。

 新品でありながら、すでに何年も前に作られたような渋い色合いと、どんなに分厚い本を詰めても壊れない頑健さは、まさに彼の理想そのものだった。ひとしきり眺めて満足すると、改めてトーラの顔を見た。

「本当にありがとう、まさに私の理想そのものだ。礼をしたい、何がいい?」

 彼の言葉に、彼女は少し考えた後でこう答えた。

「では金貨を一枚と、建築と装飾に関する本を一冊ずつ下さい」

 ラファルはすこし驚きながら、彼女の顔と本棚を見比べた。

「それだけでいいのかい?」

「はい。多くあっても邪魔ですし」

 当たり前のように言ってのけるトーラに、彼は一つ溜息をついて小さく笑った。

「わかった、すぐに用意させよう。ところで、この後はどうするんです?」

「このあと……ですか?」

「ええ。仕事を探しに来たというのであれば、陛下の言うように、私個人の案件は終わったわけですし、よろしければ、街の方で人での足りない所を紹介しますが」

 ラファルの申し出はありがたいのだが、しばらく寝泊りに困らない金額さえ間に合えば、トーラはすぐにでも旅立つ予定だった。

とはいえ、次の目的地も決まっていない今、彼の言葉に甘えてもいいかもしれないと考える。

その時、ふとある事が頭に引っかかった。

「あの、魔王の城ってここから近いんですか?」

「凄く近い……って訳でもないけど……どうして?」

「私も、魔王の城に行きたいからです」

 突然の彼女の言葉に、彼は目を剥いた。

「あの、君は討伐に行くわけではないと、先ほど陛下の前で言いませんでしたか?」

「気が変わりました。地図をいただければ、すぐにでもそっちに向かいますよ」

 

 



*        *        *  

 

 

【今後のあらすじ(?)】     

*魔王城にて求職中!     

*トラブルは、あってなんぼ  

*魔王様の正体        

*何でか捕まったよ      

*『心を捉える呪文』     

 

……多分続かないよ! 







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