目が覚めたら、見知らぬ部屋に居た。 
 今自分が寝そべっていたベッドしかり、見覚えのない観葉植物しかり。
 あっさり、というかシンプルと言う言葉が似合うようなこの部屋は、六畳半に物を詰め込めるだけ詰め込んだ自分の部屋とは大違いだった。
 そして、耳慣れない音が聞こえたと思い身体を起こそうとしたが、何かに阻まれた。
 嫌な予感がして手を動かしてみると、鎖で繋がれ、革で作られた手枷を嵌められた自分の手首があった。

「――――手枷って……俺何かしたのか」

 と、呟いてみたものの、前後の記憶がまったく無い自分にはため息しか出てこなかった。
 鎖自体はそれなりに長さもあるようだが、一つ一つの輪が大きく重い。引きずるには多分問題なさそうだが、持ち上げるのはかなり億劫だ。それが片手ずつどこかから繋がっている。
 何とか鎖をベッドまで引きずり、ちょうどいい長さになると、俺はゆっくり身体を起こした。
 そのとき、どこかで扉を開ける音が聞こえた。
 靴を脱ぐ音、そして足音。それが途切れたと思ったら、この部屋の扉が開いた。

「あ、目が覚めた?」

 ニコニコと笑うその姿に、見覚えはあった。
 梶尾 誠一。
 優しくて爽やかな王子様、なんていろんな人間から評されるほど学校では人気があり、俺もその姿を遠巻きに見たことはあった。
 だから、こんな目にあうような事はしていないと断言できるくらいに接点が無い。

「なんだよ、この状況は」
「監禁」
「俺に金銭的価値はねーぞ」
「ちがう、閉じ込める方の監禁」
「どのみち、俺がそんな目に合う様なことを仕出かした記憶はねーんだけど」

 と、梶尾に言いながら、俺は今までの記憶をさらってみた。
 けれどやはり思い当たる節もなく、友人からお墨付きをいただいた迫力の無い眼力で梶尾を睨みつけた。

「へぇ、本当に困ったような顔で睨むんだね、カワイイ」
「嬉しくねーよ。んで、王子様は何で俺を監禁してくれたわけ?」
「なんで、君も僕を王子って呼ぶのかな。誠一って呼んでよ」
「――――んじゃぁ誠一、何で俺を監禁した」
「好きだから」

 この少しのやり取りで、俺は一つ悟った事があった。
 コイツは多分ネジがいくつか外れている、しかも結構大事な部分の物が。
 でなければ、嬉しそうに笑いながらそんなことを言うわけない、というより、まず拘束して閉じ込めると言う手段を思いつかないと思う。

「あのな、いくら好きだからってこのやり方はねーよ」
「あれ、性別とかどうでもいいの?」
「一応聞いておくけど、それはlikeの好きか?」
「loveだね」
「気持ちだけ受け取っておく、その前に、どうやって俺をココまで連れこんだんだ」
「公園のベンチで酔いつぶれていたのをみて、風邪ひくと思ってココまで運んだんだけど……」
「手枷の必要性は?」
「千載一遇のチャンスを逃したら、勿体無いと思って」

 酔いつぶれ、という単語で霞がかっていた記憶が鮮明になってきた。

 ほんのついさっきまで、友人の一人から持ちかけられた『クリスマスロンリーナイト同士飲もうぜの会』というメールで集った男ばかりの集団でカラオケに篭っていた。
 オールで騒ごうという計画だったらしいのだが、ちょうど実家の用事が合った俺は早々に抜け出し、途中で気分が悪くなったところで公園を見つけてトイレに寄った。
 多分、胃を空にする勢いで戻した事で眩暈を起こしてベンチでぶっ倒れたところを、コイツが拾ったんだと思う。

「寒空の中、保護してくれたのには一応感謝する。ありがと」
「どういたしまして」
「でもな、手枷に関しては俺許してないからな」
「だって、僕が目を離した隙に居なくなるのは嫌だったし」
「さすがに俺だって、そんな薄情な人間じゃねーよ」
「わからないじゃないか。実際、僕だって君と話したのはこれが初めてだし」
「じゃぁ、そんな初対面の人間に、何でお前は好きだって言えるんだよ」
「好きだから」

 埒が明かない、と俺はため息をついた。
 同じ質問をしても、きっとコイツは同じことしか返さない。
 だったらまず、俺がすることは一つだった。

「わかった、じゃぁ俺が好きならこれ外せ」

 さっきから重くて仕方の無かった手枷を突き出して梶尾に見せる。
 しばらく俺の顔と手枷を交互に見ていたが、少し笑いながら「ちょっと待ってて」と部屋を後にした。
 梶尾の姿が完全になくなると、急にどっと疲れがでた。
 正直、性別がどうのの前に、半初対面の人間に告白されたということに驚いた――というより、ほぼ初対面の人間に告白するアイツに驚いた。
 自分の何がアイツの心にそんな感情を持たせてしまったのか、まったく分からない。
 理由の思い当たらない告白に、動揺と焦燥と僅かに残っていた酔いで頭が真っ白になった。

「わけわかんねぇ……」

 小さく呟いた声は、扉の開く音にかき消された。

「少し残念だけど、外すからジッとしてて」

 そう言って、梶尾は手に持った小さな鍵で俺の手枷を外した。
 少し手首に跡が残ったが、酷いものではなかったので直ぐに消えるだろうと俺は軽く手を握った。

「まったく、もうこんなことするなよ」
「しないから、返事教えてよ」
「――――関係なくないか?」

 どうやったら、俺を監禁しない、イコール告白の返事に繋がるのか分からない。
 そして、なんとなくだが嫌な予感もする。

「ちなみに、断ったら俺はどうなるんだ」
「好きになるまで閉じ込める」
「……物騒な考えを止めてもらえれば考える」

 案の定物騒な事を考えていたこいつに、俺は妥協案を答える。
 一応、複雑な顔をしながらも納得したのか、梶尾は俺に抱きついてきた。
 そして、手首が自由になったらコイツにやろうと思っていたことを思い出した。

「誠一、ちょっと離れてくれないか?」
「うん、いいよ」

 にこやかに俺の身体を離した誠一のキレイな顔目掛けて、俺は懇親の力で拳を入れた。

「――――っ、何……」
「言っとくけど、俺は黙って監禁されてやらねーから」

 と、二度とこんなことをさせないように、殴ったつもりだったんだけど。

「じゃぁ、今度は許可を得れば監禁させてくれるんだね」

 と、頬を紅く腫らせながらも嬉しそうに切り替えされてしまった。
 ふと、落ちていた携帯で時間を確認すると、クリスマスはとっくに終わっていた。


 とりあえず、今年のクリスマスは違う意味でロンリーではなかったが、納得いかなかった。








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受けの名前、クリスマスに絡めようとおもったけど、最後までナナシで進んだのでここで。
皆波 聖(みなみ ひじり)という名前でした。