戦争があった
。
国を分ける、大きな戦争が。
多くの民が兵となり
たがいの国を潰しあい
陰謀、策略、打てる手は全て打ち
時間が、ただただ過ぎていき
王が変わっても、戦は続き
それを、何度もくりかえし――
気がついた時には、両国はすっかり疲弊していた。
――このままでは、いけない
――でも、どうしたらいいのか分からない
――そもそも、何が原因だったのかも分からない
兵が、民が、心に不安を抱き、両国全体に不穏な空気に包まれ始めた時、ようやく長い戦争が終わりを迎えた。
長き戦に疲れた臣下の一人が、王族を差し出したのだ。
勝者は、ジャニアル帝国。
敗者は、イプシル王国。
これにより、勝者は敗者の首を討ち、国は平穏をむかえた。
ただ、ジャニアルの皇帝は一つ、忘れていた。
四年に一度、呪力が一番強まる日が――あるという事を。
* * *
ところ代わり、ここは人形作成を生業とする職人の家。
頭だけ、腕だけ、足だけと並ぶ棚を余所に、一人の少女が寝台で惰眠を貪っていた。
彼女は職人ではないのだが、諸事情でここで留守番をしているのだ。
というのも、家の持ち主である職人が作る人形が、かなり特殊なのだ。
有体に言ってしまえば、等身大の自動人形なのだが、感触、見た目、動き、どれをとっても人間と殆ど変わらないのだ。
それは最早芸術の域にまで達しており、先の戦争により注目を集め、諸国から依頼が殺到するほどだった。
それは、家の主が留守の時でも変わらない。
「出来上がりが何年先でも待てるか」と伺いながら、彼女は顧客の要望を事細かく聞きだし、職人たちが帰ってきたときに困らないようメモを取っていた。
気がつけば、三人いる職人の机の上は、少女のメモがうず高く積みあがっていた。
それでも、最近は依頼も減ってきたので、忙しさは無い。
なので、太陽が高く昇りきった今起きても、誰にも咎められない。
人には、だが。
「マスター、そろそろ起きていただけませんか」
一人の青年が、眠る少女の肩を揺さぶる。
マスターと呼ばれた彼女は、薄く目を開けると、ゆっくりと身体を起こした。
大きく筋を伸ばすと同時に欠伸をすると、すかさず青年が、水の入った金属の桶と手ぬぐいを持ってきた。
それで簡単に顔を洗うと、少女は青年を見上げながら話かけた。
「おはようジュライ。今何時?」
「おはようございます。現在の時刻は、十三時半でございます」
「む、今日はいつもより早くない?」
「一般的には、遅い部類に入るのではないかと」
「でも、起こしに来たって事は……誰か来たの?」
「はい」
会話をしながら少女は、寝巻き代わりにしていたワンピースから、洗濯済みの接客用ドレスへと着替え、ジュライと呼んだ青年に、髪を結うのを手伝ってもらう。
あっという間に身支度を整えると、彼女は部屋を出る際ジュライへ振り返りながら尋ねた。
「ちなみに、師匠たちじゃ――」
「違います」
「だよね。じゃあお客さんか……どういう人?」
「大きな包みを持ち込まれております。特殊性癖か、何かしらの攻撃を仕掛ける可能性があります」
彼の言葉に少女は少し悩むと、一つ頷いた後、颯爽と歩き出した。
「いざとなれば、私が指示を出すわ。それまでは私の側で、適当な表情でいなさい」
その後を追いながら聞いていたジュライは、表情無く「はい」と頷きながら淡々と告げた
「では、最近フェブル様より教わりました、『かなり下衆な悪党の顔』の練習を」
「――――なんでその表情を仕込んだかな、あの人」
「お気に召しませんでしたか?」
「他に無いの?」
「では、ジャイル様より教わりました、『娘に付く悪い男を追い払いたい父親の顔』を」
「師匠は人形を売る気ないの?」
そんなやり取りをしながら、二人は客人を待たせていた応接間にたどり着いた。
扉を開けて、少女がまず思った事は――客人である男の容姿が、やけに整っているという事だった。
その上、衣服やそのほか身に付けているもの、そして何かを包んでいる布までもがかなり上質な物で、どうやら貴族か何かの使用人のようだ・
ただ、慣れない場所の為か、落ち着き無く辺りを見回している様が小心者のようで、少し残念に思えた。
それでも、彼女の顔を見て姿勢を正してみると、十分鑑賞に値する美形だ。
早速少女は、深く頭を下げて挨拶をした。
「遅くなりまして申し訳ございませんでした。ようこそ、ジャイル人形工房へ。生憎、工房主であるジャイルをはじめ、職人達が現在不在ですが、代わりに私、リプル・エルフィーがご用件をお伺いいたします」
少女、リプルが口上を終えると同時に、ジュライも頭を下げる。
そのまま彼女達がソファーに座ると、男が、少し慌てたように頭を下げながら口を開いた。
「あの、緊急なんです。至急なんです、本当に急ぎなんです。誰か自動人形を作る事の出来る方は――」
「先ほども申し上げましたが、現在この工房には、留守番である私と……彼しか居ません」
リプルがジュライへ手を向けると、彼は無表情のまま一礼した。
それを見た男は、絶望したように顔色を青くさせる。
「そんな……では、貴女は、貴女は人形を作る事は――」
「残念ですが、私は職人としてはまだ未熟なので、師匠であるジャイルより自動人形作成の認可を受けておりません。隣の彼も、同じです」
「何とか、何とか出来ませんか!? このままでは……あまりにも――」
感情が高ぶったのか、男は目尻に涙を浮かべた。
さすがにリプルも、これにはぎょっとしてしまい、困ったように眉を寄せた。
「本当に、申し訳ございません。ジャイルたち職人が戻り次第、順次作業に入りますので――それまでお待ちいただければ」
「それは何時ですか!」
「ハッキリした日にちは分かりません。ですので、早くても半年はお待ちいただけないでしょうか」
ここまで言うと、大概の客が折れて帰る事が多い。
時々、捨て台詞を吐くのも居たが、大体は大人しく帰路に着く。
男は、何度も包みを抱き締めたり、視線を外へ向けたりしながらぶつぶつと何事か呟いていたが、意を決したのかリプルの顔を仰ぎ見た。
「――分かりました、お待ちします。その代わり……一つだけ、お願いがございます」
彼は、ソファーの前にあったテーブルに包みを乗せ、その布を外した。
「この方に見合う身体を、お作りいただけますでしょうか」
包みから出てきたのは、青年の、生首だった。
思わぬものに驚きながらも、リプルはまじまじとそれを眺めた。
ざんばらに切られてはいるが、日の光りのように眩い金色の髪。
彫が深く、通った鼻筋と、淡い珊瑚色をした薄い唇。
目は閉じられている為見えないが、十分美形だ。
それも比類の無い、いや比べる物が何も無いほどの、だ。
これほどの顔立ちならば、職人達の腕もなるだろう。
リプルが、感嘆の溜息を漏らすと同時に、ジュライが無言でその頭部へと垂直にチョップを入れた。
思わぬ事に男とリプルが固まる中、彼は平然と言い放った。
「失礼いたしました。武器、暗殺兵器等仕込まれていないか確認させていただきましたが――こちらは……」
ジュライの言葉の途中で、どこからか呻き声が聞こえたと思った瞬間、リプルの前で生首の目が開かれた。
それは、青味の強い緑色の瞳をしており、ジャイルたちが保管しているガラスや宝石の瞳よりも美しいものだった。
思わず彼女が息をのむと、生首は顔を顰めながら口を開いた。
「――――ってー……。手も足も出ない奴に向かって、突然攻撃するのはどうなんだ?」
ああ――美形は、生首でも美声なのか。
そんなどうでもいい事を思い浮かべながら、彼女は顔を引きつらせている男へと向き直った。
「えーと……首だけになった自動人形の修繕依頼……という事でよろしいです――」
「で、殿下になんて事をなさるんですか!」
「――はい?」
リプルが首を傾げると、男は憤然と立ち上がり、二人に詰め寄った。
「なんて事をなさるのですか!この方は……この方こそ、わが国イプシル王国の第一王位継承者、エルフリール・イプシル様なんですよ!?」
彼の勢いとは反対に、生首の青年、エルフリールは苦笑しながら一つ、溜息をついた。
「こんな姿ですまないが、そうなんだ。少しだけ私達の話を聞いてもらえないか、人形師の見習いよ」
予想外の出来事に、リプルはジュライへと視線を向けるが、彼は相変わらずの無表情で真っ直ぐエルフリールを見ていた。
ただ、彼女の視線に気がつくと、こちらへ首だけで振り向いた。
「どうかいたしましたか?」
「――……いや、なんでもない」
彼女は小さく首を振ると、エルフリールへと視線を戻した。
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「あ、ごめんなさい。あの時渡した品物に、今度の舞台の台本が紛れていたみたいですね」
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「え、帰り道が分からないんですか? 困ったな……じゃあ、ちょっと待っててください」
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「お待たせしました、この森の地図です。これがあれば――あれ、あなた怪我していませんか?」
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「転んだときに、おかしな姿勢をとった……ああ、だからこんなに腫れているんですね。
――じゃあ、手当てするんで少し休んでいきませんか? お茶くらいなら出しますよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・。
「それでは―ーようこそ、黒ゴマどろっぷへ」
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エイプリルフール時の入り口にしようとしていたもの。
人物の名前を、英語の月読みをもじったものにしたり、一応全体の設定も考えていたのですが
更新が間に合わずお蔵入りしたもの。
絵の大きさの関係で、携帯からの人に優しくないと気付いたので絵無し版。
うん、頑張って描いても、潰れてたら意味無いしね。