
| by 戸田采女 |
注:このシリーズは時代考証まったく無視です。地元越後の人、どうか見ないでね、っていうくらいの嘘八百な代物です。 「これはいったい…?」 増々混乱する三郎の側で、源蔵は箱の中に文でも入っていないか確かめている。 「…何もござりませぬ」 「うむ…」 「惣一郎様も一体どういうおつもりでこのような物を…」 二人は顔を見合わせて溜息をついた。 と、その時、 『るるるるる。るるるるる。るるるるる…』 動物の声とも何とも形容しがたい音が、物体から洩れてきた。 「げ、源蔵!」 「三郎ぎみ!」 二人は思わず物体から飛び離れた。部屋の隅で抱き合うようにして、袱紗の上に鎮座する銀色の物体を凝視した。 物体は袱紗の上で執拗に鳴り続けている。 「だ、だめだ、我らの手には負えぬ。源蔵、誠之進を呼んで参れ!」 「誠之進様はただ今本丸のほうへお出かけです…」 「くそお…、では仕方ない。源蔵、あれを黙れせよ!」 「わ、私がですかあ…?」 「一発殴って大人しくさせるのじゃ」 「私は喧嘩が苦手です。三郎ぎみがなさって下さいよお〜」 「そなた、主の命が聞けぬと申すか?!」 「…こういう時に身分を持ち出すのは卑怯でござりますよ…」 「つべこべ言わすに早ういたせ」 源蔵は情けなく眉を下げながら、渋々物体の側へとにじり寄っていった。物体は冷たい光を放ちながら、袱紗の上でなおも執拗に鳴り続けていた。 源蔵は光る物体から半間(90cm)の距離にまで近付くと、腰の脇差を抜いた。 「ほれほれ…」 袱紗の上の『銀の切り餅』を、刃先でつんつんと突いてみる。 るるるるる…。るるるるる…。 敵は動じた様子もなく、なおもかん高い声で鳴き続けていた。 源蔵は畳に這いつくばるようにして、横からも物体を観察している。 「源蔵!そいつはまだ泣き止まぬのか?!」 三郎が耳を塞ぎながら苛立った声で叫んだ。 源蔵はむっとした表情で振り返った。 主従と言えども三郎と源蔵は同い年の乳兄弟。童子の頃から泥まみれになって遊んだ仲だ。気取らない性格の三郎は、普段からお福や源蔵を身内同然に思っている。源蔵もそれに慣れてしまったところがあり、時々思いだしたように三郎が主(あるじ)風を吹かせると、つい反発を感じてしまう。 「それほど我慢ならぬなら、御自分で相手をなされませ!」 源蔵は脇へ退くと、丸顔の頬をさらに膨らませて三郎をきっと見上げた。 「…あいわかった」 誠之進の前では滅多にみせない、不機嫌きわまりない顔で三郎がうなずいた。袱紗の側までにじり寄ると、黒目がちの瞳が挑むように泣叫ぶ物体を見据えた。 るるるるる…。るるるるる…。 三郎の喉がごくりと鳴った。小紋の袖から覗く象牙色の手が、銀の物体の上に伸び、きゅっと上から鷲掴んだ。 ピッ! 物体は三郎の手の中で一声かん高く鳴くと、声を失った。ややあって、 『おお、やっと出おったか?!』 静まり返った部屋の中、男の声が聞こえた。 三郎と源蔵は思わず辺りを見回した。当然部屋の中にはふたりしかいない。一体、さっきの声はどこから聞こえてきたのだろう? 「さ、三郎ぎみ…」 さきほどの膨れ面は何処へやら。源蔵は思わず三郎の腕に取りすがっていた。 『もしもし…、これ、そちらにおるのは誰ぞ?』 またもや響いた誰何の声に、ふたりは顔を不安げに見合わせた。 幽霊や妖怪の類いには滅法弱い源蔵。この面妖な現象はもはや妖術使いの仕業に違いないと決め込み、恐怖で歯の根が合わなくなっている。 一方勝ち気な三郎は、 「何者じゃ…、姿を見せぬとは卑怯なり!」 間者でも潜んでいると思ったのか、三郎は物体をつかんだまま立ち上がり、傲然と天井を睨み付けた。 『おお、威勢がいいのお…』 誠之進に良く似た低めの美声に、三郎は一瞬聞き惚れた。(バリトンに弱いのよね…この子:采女) 『その声は…三郎だな? …贈り物は気に入ったか?』 今度ははっきりと自分の名を呼ばれ、三郎は驚きに目をみはった。 (これが、贈り物…まさか?!) 手の中の物体を自分の目の高さに持ち上げてみれば、 『三郎、それを耳元に近付けてみよ』 優しい声音で命じられ、三郎は自然と素直に従う気になった。自分を呼び捨てで呼んでいいのは、この世に何人もいない。将軍様、父上、そして… 三郎は声の言うとおり、『銀の切り餅』を耳に押し当てる。 『どうじゃ、身供の声がよく聞こえるか?』 「も、もしや、…兄上なのですか?」 恐る恐る尋ねると、切り餅の中からうなずく気配がした。 『いかにも。そなたの兄、惣一郎じゃ。いきなり驚かせて悪かったが…』 くすくすと笑う声が続き、 『なかなか面白い品であろう? この季節、雪でおまえが退屈しておるのではと思うてな』 「…あ、兄上……」 呆れたような、安堵したような溜息が三郎の口から洩れた。 『それはな、『ケイタイデンワ』と申すものじゃ。 かの平賀源内先生にお願いして、特別に作っていただいたのだぞ…』 「平賀源内先生とは…あのエレキテルの…???」 『いかにも。この『デンワ』があれば、 江戸と越後に離れていても、こうして好きな時に話ができるのじゃ』 「そ、それはまことにござりますか? 夢のような話でまだ信じられませぬ…」 三郎は好奇心で目をきらきらと輝かせていた。 源蔵は食い入るように三郎を見つめていた。 (惣一郎様の名をかたるとは、不届きな妖術使いめ…。 こ、こうしてはおられぬ。三郎ぎみをお助けせねば…。 すぐにもあの切り餅を取り上げて、火あぶりにせねばならぬ!) 気持ははやるものの、ほとんど腰が抜けていた源蔵は立ち上がることもできない。 三郎はすっかり打ち解けた様子で、『銀の切り餅』と歓談している。 「…兄上、ほんとうに兄上なのですね!ずっと御会いしとうござりました…」 「このようにお声が聞けるなど、夢のようです…」 三郎はもはや完全に妖術使いの術中に落ちたらしい。目を潤ませて一生懸命語りかけている。源蔵の背中を冷たい汗が一筋流れた。 (と、ともかく誠之進様にお知らせせねば…。) いざってでも本丸へ誠之進を迎えにいかねばならない。 されど、腰から下は鉛のように重く、一寸たりとも動かす事ができなかった。 (く、くそお…これも妖術使いの仕業か…!) 頬を染め、嬉々として『銀の切り餅』と語りあう三郎。 そんな主を前にして、青ざめた満月のごとく、源蔵の頬は恐怖にひきつっていた。 |
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