第一回
シロネコカブトは今日もいく



by 戸田采女


 注:このシリーズは時代考証まったく無視です。地元越後の人、どうか見ないでね、っていうくらいの嘘八百な代物です。

 明和三年。師走。

 雪深い越後では、冬場の街道を旅するものはほとんどいない。休業状態の宿場町は、雪に埋もれてひっそりと静まり返っていた。

 しかし、まばゆいような白一色の景色の中、荒井宿を過ぎ、黙々と高山城下を目指す飛脚の姿があった。かんじきを履き蓑と笠をつけ、完全武装でちと歩きにくそうではあったが、そこは見上げたぷろ根性。

 「全国津々浦々、何処へなりとも参りまする」が売り文句の、『しろねこかぶと』の飛脚便。今日も江戸からの大切な荷物を、高山城の若君に届けるべく、ひたすら雪をかきわけ進むのだった。


 ほとんど行き倒れ状態で城門に辿り着いた飛脚は、息も絶え絶えに門番に告げた。
「え、江戸の高山藩邸から、西の丸の三郎ぎみにお荷物でござりますう…」
「何?江戸からじゃと?」
「左様で…」
飛脚はごそごそと蓑の下から大福帳のようなものを取り出し、門番の前でぱらぱらとめくってみせた。
「ほれ、こちらに受け取りのハンコ…、できれば三郎ぎみ御自身の花押をいただきたいのですが…」
「なに、たかが荷物ひとつに三郎様御自身の花押と申すか?!」
「ですが、送り主は三郎ぎみの兄上、惣一郎様にござります。しかとご本人に、しかも内密にお届けするよう申し付けられておりますゆえ…」
「ともかく我らではようわからぬ。西の丸の側仕えのものを連れて参るゆえ、しばし待たれよ」

 受け取りのハンコひとつに大層なことだが、江戸の若殿さまからのお荷物と来れば、門番もあだやおろそかにはできまい。慌てて西の丸へ走り、側仕えの源蔵を連れてきた。

 惣一郎から三郎に荷物が届いたと聞いて、源蔵は目を丸くした。まだ一度も対面したことがないのに…と訝りながらも荷物を受け取った。お人好しの源蔵は疲れ果てた飛脚を捨ておくにしのびず、台所へ通すとぼたもちと茶をふるまってやった。

 飛脚に一息つかせてやっている間に、源蔵は三郎の居室へ荷物を運んでいった。荷物といっても、片手でも持てる程度の小さな桐の箱だ。

 「三郎ぎみ…」
襖の外側から声をかけると、「源蔵か?」と、三郎の声が返ってきた。
「江戸の…兄上様からお荷物が届いておりまする」
「え…、兄上から?!」
余程驚いたのか、三郎が立ち上がってやってくる足音が聞こえた。襖が勢いよく開き、源蔵の頭上から興奮した声が降ってきた。

「源蔵!…はよう見せてみよ」
「こちらの箱にござりまする」
源蔵が三郎の方に向き直り、押し頂くように箱を差し出した。

「何だろう…」
立派な桐の小箱に紫の紐がかかっていた。
三郎は源蔵の側に座ると、好奇心で目を輝かせながら紐を解き蓋をあけた。

 中にはこれまた紫の袱紗で包まれた、手のひらサイズの物体が入っている。
「茶道具か何かでござりましょうか?」
恐る恐る手元を覗きこむ源蔵。
三郎は慎重に包みを取り出して畳の上に置き、袱紗包みを拡げていった。

 「あ…?!」
三郎と源蔵はほぼ同時に声をあげ、まじまじと紫の袱紗の上、銀色に光る物体を眺めた。ちょうど掌に収まるくらいの、切り餅の角を落したような形だった。何やら片側に小さな角のようなものもついている。

 物体は金属のようだったが、手に持ってみると非常に軽い。銀にしては重量がなさすぎる。表面も大変滑らかだ。

 「源蔵…これはいったい…?」
三郎は物体を掌の上に載せて、いろいろな角度から眺めてみた。
「若、何やら二つ折りにしてあるような感じですぞ」
「なに?」
「ほれ、ここに蝶番もありまする…」
もしやぱかっと開くのではと、試しにやってみれば、
「おおお!」
折りたたみ式になっていた物体が開いた。蝶番を挟んで、窓のような部分と、いくつもの突起が整然と並んでいる部分とに分かれている…。

 「め、面妖な…」
三郎は思わずうめいた。




 「これはいったい…?」
増々混乱する三郎の側で、源蔵は箱の中に文でも入っていないか確かめている。
「…何もござりませぬ」
「うむ…」
「惣一郎様も一体どういうおつもりでこのような物を…」
二人は顔を見合わせて溜息をついた。

と、その時、

『るるるるる。るるるるる。るるるるる…』

 動物の声とも何とも形容しがたい音が、物体から洩れてきた。

 「げ、源蔵!」
「三郎ぎみ!」
二人は思わず物体から飛び離れた。部屋の隅で抱き合うようにして、袱紗の上に鎮座する銀色の物体を凝視した。

 物体は袱紗の上で執拗に鳴り続けている。

「だ、だめだ、我らの手には負えぬ。源蔵、誠之進を呼んで参れ!」
「誠之進様はただ今本丸のほうへお出かけです…」
「くそお…、では仕方ない。源蔵、あれを黙れせよ!」
「わ、私がですかあ…?」
「一発殴って大人しくさせるのじゃ」
「私は喧嘩が苦手です。三郎ぎみがなさって下さいよお〜」
「そなた、主の命が聞けぬと申すか?!」
「…こういう時に身分を持ち出すのは卑怯でござりますよ…」
「つべこべ言わすに早ういたせ」

 源蔵は情けなく眉を下げながら、渋々物体の側へとにじり寄っていった。物体は冷たい光を放ちながら、袱紗の上でなおも執拗に鳴り続けていた。


 源蔵は光る物体から半間(90cm)の距離にまで近付くと、腰の脇差を抜いた。
「ほれほれ…」
袱紗の上の『銀の切り餅』を、刃先でつんつんと突いてみる。

るるるるる…。るるるるる…。

 敵は動じた様子もなく、なおもかん高い声で鳴き続けていた。
源蔵は畳に這いつくばるようにして、横からも物体を観察している。
「源蔵!そいつはまだ泣き止まぬのか?!」
三郎が耳を塞ぎながら苛立った声で叫んだ。
源蔵はむっとした表情で振り返った。

 主従と言えども三郎と源蔵は同い年の乳兄弟。童子の頃から泥まみれになって遊んだ仲だ。気取らない性格の三郎は、普段からお福や源蔵を身内同然に思っている。源蔵もそれに慣れてしまったところがあり、時々思いだしたように三郎が主(あるじ)風を吹かせると、つい反発を感じてしまう。

 「それほど我慢ならぬなら、御自分で相手をなされませ!」
源蔵は脇へ退くと、丸顔の頬をさらに膨らませて三郎をきっと見上げた。

 「…あいわかった」
誠之進の前では滅多にみせない、不機嫌きわまりない顔で三郎がうなずいた。袱紗の側までにじり寄ると、黒目がちの瞳が挑むように泣叫ぶ物体を見据えた。

るるるるる…。るるるるる…。

 三郎の喉がごくりと鳴った。小紋の袖から覗く象牙色の手が、銀の物体の上に伸び、きゅっと上から鷲掴んだ。

 ピッ!

 物体は三郎の手の中で一声かん高く鳴くと、声を失った。ややあって、

 『おお、やっと出おったか?!』

 静まり返った部屋の中、男の声が聞こえた。
三郎と源蔵は思わず辺りを見回した。当然部屋の中にはふたりしかいない。一体、さっきの声はどこから聞こえてきたのだろう?
「さ、三郎ぎみ…」
さきほどの膨れ面は何処へやら。源蔵は思わず三郎の腕に取りすがっていた。

 『もしもし…、これ、そちらにおるのは誰ぞ?』
またもや響いた誰何の声に、ふたりは顔を不安げに見合わせた。

 幽霊や妖怪の類いには滅法弱い源蔵。この面妖な現象はもはや妖術使いの仕業に違いないと決め込み、恐怖で歯の根が合わなくなっている。
 一方勝ち気な三郎は、
「何者じゃ…、姿を見せぬとは卑怯なり!」
間者でも潜んでいると思ったのか、三郎は物体をつかんだまま立ち上がり、傲然と天井を睨み付けた。

 『おお、威勢がいいのお…』
誠之進に良く似た低めの美声に、三郎は一瞬聞き惚れた。(バリトンに弱いのよね…この子:采女)
『その声は…三郎だな? …贈り物は気に入ったか?』
今度ははっきりと自分の名を呼ばれ、三郎は驚きに目をみはった。
(これが、贈り物…まさか?!)
手の中の物体を自分の目の高さに持ち上げてみれば、
『三郎、それを耳元に近付けてみよ』
優しい声音で命じられ、三郎は自然と素直に従う気になった。自分を呼び捨てで呼んでいいのは、この世に何人もいない。将軍様、父上、そして…

 三郎は声の言うとおり、『銀の切り餅』を耳に押し当てる。
『どうじゃ、身供の声がよく聞こえるか?』
「も、もしや、…兄上なのですか?」
恐る恐る尋ねると、切り餅の中からうなずく気配がした。
『いかにも。そなたの兄、惣一郎じゃ。いきなり驚かせて悪かったが…』
くすくすと笑う声が続き、
『なかなか面白い品であろう? この季節、雪でおまえが退屈しておるのではと思うてな』
「…あ、兄上……」
呆れたような、安堵したような溜息が三郎の口から洩れた。
『それはな、『ケイタイデンワ』と申すものじゃ。
かの平賀源内先生にお願いして、特別に作っていただいたのだぞ…』
「平賀源内先生とは…あのエレキテルの…???」
『いかにも。この『デンワ』があれば、
江戸と越後に離れていても、こうして好きな時に話ができるのじゃ』
「そ、それはまことにござりますか? 夢のような話でまだ信じられませぬ…」
三郎は好奇心で目をきらきらと輝かせていた。




 源蔵は食い入るように三郎を見つめていた。

(惣一郎様の名をかたるとは、不届きな妖術使いめ…。
こ、こうしてはおられぬ。三郎ぎみをお助けせねば…。
すぐにもあの切り餅を取り上げて、火あぶりにせねばならぬ!)

 気持ははやるものの、ほとんど腰が抜けていた源蔵は立ち上がることもできない。

 三郎はすっかり打ち解けた様子で、『銀の切り餅』と歓談している。
「…兄上、ほんとうに兄上なのですね!ずっと御会いしとうござりました…」
「このようにお声が聞けるなど、夢のようです…」

 三郎はもはや完全に妖術使いの術中に落ちたらしい。目を潤ませて一生懸命語りかけている。源蔵の背中を冷たい汗が一筋流れた。

 (と、ともかく誠之進様にお知らせせねば…。)

 いざってでも本丸へ誠之進を迎えにいかねばならない。
されど、腰から下は鉛のように重く、一寸たりとも動かす事ができなかった。

 (く、くそお…これも妖術使いの仕業か…!)

 頬を染め、嬉々として『銀の切り餅』と語りあう三郎。
そんな主を前にして、青ざめた満月のごとく、源蔵の頬は恐怖にひきつっていた。



おわり






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