第三回
リクルート大作戦


by 戸田采女


(時系列でいうと、下弦の月・「春雷」と「若紫」の間くらいでしょうか…)

 「三郎ぎみ…」
「うん…」
「三郎ぎみったら」
「う…ん」



 桜の季節も終りに近付いたある日、三郎は陽光差し込む縁側に腰掛け、友人の内藤弥一郎から借りた書を読んでいた。

 「伊勢物語」である。

 メジャーな古典なのだから、本丸の書庫にもきっとある。守役の誠之進の蔵書の中にもあるだろう。だが、せっかく友が勧めてくれたのだ。三郎は喜んで借りて帰った。

 今日は藩校も休み。天気が良いから野駈けでもと思いきや、肝心の誠之進は所用で外出している。

 ちょっとつまらない三郎だったが、読み始めた伊勢物語は存外面白く夢中で読み進んでしまった。しかし、さすがにこのぽかぽか陽気につられ、ついうたたねしていたらしい。

 ゆさゆさと揺すぶられて目が覚めた。

 思わず『せいのしん…』と甘い声がでかかったが、自分を見下ろす丸顔に気付くやいなや、三郎は思わず頬を引きしめた。

 「何じゃ、源蔵。ひとが気持ちよう寝ておったものを…」
憮然として胡座をかく。ぶっきらぼうな物言いは当然照れ隠しである。

 「おや。せっかく起こしてさしあげたのに」
源蔵はつんと横を向き、手に握ったものをひらひらとふりかざした。

 「おっ!」

 「…兄うえ様からお電話です」

 「なにッ。は、はようよこせ!」

 「礼くらい言ったらどうですか?」

 江戸の兄より、平賀源内先生作の携帯電話が届いたのが昨年末。はじめは妖術使いの仕業だなんだと、電話を火あぶりにしようとした源蔵だが、さすがに今では得心している。もちろん、当時『携帯電話』などという言葉はないので、西の丸の館では『銀の切り餅』と呼ばれている。

 「つべこべ言わずに早うよこせっ」
三郎は源蔵の手から、銀の切り餅をひったくるように奪った。

 「もしもしっ…兄うえにござりますか?!」
弾むような声音で三郎は呼びかけた。
源蔵は隣に胡座をかき、横目で三郎をじい〜っと睨んでいる。

 乳兄弟で大の仲良しには違いないが、源蔵は一応『家来の分』を守りながら三郎に接している。と同時に、冷徹な視線で主人を観察しているときもある。

 (何ですか…猫を二、三匹かぶったような声を出して…)

 ぢつは源蔵は三郎と誠之進の秘密を知っている。

 一月前、初めてふたりが口を吸いあっているのを見た時、胃の腑が口から飛び出るほど驚いた。犬も歩けば衆道にあたるこの時代、ではあるが、やはり身近なふたりの濡れ場を目撃したのは衝撃だった。

 しかし、何といっても「落花流水」はやおいサイト。まっとうな時代劇のふりして始まったものの、若君と守役とくれば、いずれデキてしまうのは当然のなりゆき。読者様も待ちに待ったその時がとうとう来たか…と母親のお福ともども感慨にひたるのだった。
 

 さて、三郎は相変わらず兄と歓談している。
『で、あれからどうじゃ、誠之進にそなたの想いは伝えたのか?』
三郎はみるみる頬を赤らめた。
三郎は源蔵にくるりと背を向け、銀の切り餅をぴったり耳に押し付けて声を落とした。

 「は…はい。伝えましてござります」
『ほう…。して、誠之進は何と』

 三郎は誠之進の父、溝口主膳が突然館を訪なった日を回想した。元服のあかつきには養子にいくのだと、にこやかな笑みを浮かべつつ、残酷なひとことを主膳ははなった。動揺する三郎を誠之進はやさしく抱きしめ…。(下弦の月「梅が枝」)

 「せ、誠之進も私を…いとしゅう思うていると」

 思い出しただけで身体が熱くなってしまった。

 ややあって、 向こう側で惣一郎がうなずく気配がした。
『そうか。…でかしたぞ、三郎』
深く、喜びに満ちあふれた声音だった。兄が心から祝福しているのがわかり、三郎は涙ぐんだ。

 (惣一郎が扇子片手に狂喜乱舞する映像は…皆様、各自ご想像ください)

 「あ、兄うえ…これも皆、兄うえのおかげにござります」
『何の、身供はそなたの背中を押しただけ。しかし…ほんにめでたいのう。祝着至極じゃ』
「あにうえ!」
『そなた、この兄を見事、助太刀したのだぞ!』

 「は…助太刀とは?」

 『え、そ、それは一』
「…?」
『お、弟の幸せは兄の幸せという意味じゃ』
「あ、…左様にござりますか」

 余人には意味不明である。

 『あはははは…』
「あはははは…」

 江戸と越後にわかれた兄弟は、おそろいの『切り餅』を手にしながら、良く似た照れ笑いを浮かべていた。呆れた源蔵は縁側に胡座をかいたまま、暇つぶしに鼻をほじっていた。


 『ところで三郎、過日そなたが話していた件、いかが相成った?』
「それが…はかばかしくござりませぬ」
急に声を落とした三郎を、源蔵が手をとめてみやった。

 過日の件とは、女中の補充についてだった。

 『伴天連祭り』の騒動で、西の丸の若い女中が大量に暇を出された。もっとも男ばかりのこの館、事実上『奥』はなく、ここでいう女中もほとんどは下働きの下女である。

 その後、三郎は高齢の男女ばかり雇ったものの、足腰が弱いものが多く十分な仕事をこなせない。最近、三郎の乳母兼女中頭のお福からクレームが出ていた。

 しかし伴天連祭りの狂乱ぶりに懲りた三郎は、若い娘を雇うことを断固拒否している。西の丸に奉公にあがりたい女は山ほどいるのだが、皆の目当てはわかっている。誠之進だ。

 皆がカツブシを前にした牝猫のように誠之進を狙っている。

 三郎はぎりりと奥歯をかんだ。

 「兄うえ…、いかがすればよろしいでしょう?」
とにかく年頃の美しい娘など、ぜったい近付けてはならない。

 『うむ…そうじゃなあ。お福が欲しいのは元気で体力のある使用人であろう?』
「はい」
『若くても、美しくなければよいではないか』
「そうでござりますね…」

 たしかに。誠之進は面食いのはず。

 『よし、身供が広告文を考えてやるゆえ、お福に命じて、それを口入れ屋に持っていかせるがよい』
「あ、ありがたき幸せにござります!」

 さすがは兄うえ。私が考えあぐねている事を、すいすい解決してくださる。行動も早い。

 電話の向こうで、何やらかちかちと叩く音が聞こえ、『仙之丞、メールで送っておけ』とおっしゃった。

 惣一郎は再び電話を手にとり、
『ところでそなたたち、思いを伝え合った後、しかと契ったのであろうな?』
「そ、それは…」
契ったといわれると微妙な段階だったのだ。
三郎は耳まで紅に染めて押し黙った。
『三郎…?』
「そ、それは…多分、まだにござります」
『何としたことじゃ?!』

 兄うえがお怒りだ!どうしよう…。

 『未だ契っておらぬとは…三郎、これはまだ安心できぬぞ』
「そんな…」
『心してかかれ。そなた、うかうかしておると、どこぞの牝猫に誠之進を奪われてしまうぞっ』

 「麗しい牡猫なら心あたりがござります!」
三郎は間髪を入れずに叫んだ。

 電話の向こうで惣一郎が息をのむ音が聞こえた。

 三郎の脳裡に美しい毛並みの『牡猫』の姿が浮かんだ。三郎を横目で見ながら、繊細な桃色の舌で優雅に毛づくろいをしている。切れ長の濡れた瞳が三郎に挑んでいるかのようだ。

 『そうか…その牡猫、ぜったいに誠之進に近付けてはならぬぞ』
「も、もちろんにござります!」
『よし、その意気じゃ。』
惣一郎は鼻息荒く三郎を激励した。
 
 『それより早う、誠之進と契ってしまえ』
「あ、あにうえ!」
『誠之進はそなたの愛らしさに、もはやクラクラのはずじゃ』
「左様でしょうか…」
『されど家来が主人を組み敷くのは、相当勇気のいることぞ』
「うっ…そ、それは」

 『下・克・上』
 「下・克・上」

 兄弟ははからずも同じ台詞を口にした。


   三郎は何やら下腹がむずむずしてきた。

 いつぞや内藤邸で見せられた枕絵が、色鮮やかに瞼の裏に浮かんだ。

 『そなたも男ならわかるであろう、察してやれ、三郎』




 またもや有益なアドバイスをして、御満悦の惣一郎であった。

 電話を切るなり大きく伸びをすると、
「さて、謡の稽古でもするかのう」
上機嫌で小姓達をひきつれて広間へ向かった。

 小姓頭の仙之丞も小さく首を左右に振りながら、主人のあとに従った。毎度のこととはいえ、惣一郎の三郎を焚き付ける才能には感心する。このお方、バカ殿のふりをして、もしや平賀源内級の天才ではないかと畏敬の念を抱くのだった。

 人気のなくなった惣一郎の居室で、パソのモニター画面だけが皓々と光っている。

 おお、先程の求人広告の文面、まだ皆様にお知らせしておらなんだ。


 『御城、西の丸御殿。下女数名求む。

 明朗快活、足腰強健でよく働く四十歳以上の老女求む。高給優遇。

 年増や若い娘の場合は、勇壮な体格の大女に限る。

 丸太のような腕、馬車馬のような太い足ならばさらに良し』




 後日、口入れ屋を通して、城下のみならず、近隣の村からもかなりの応募者が集まった。

 みな三郎の眼鏡にかなう良き百姓娘や婆たちで、惜しくも選考にもれたものたちは、三郎手ずから「お駕篭代」と菓子ひと包みを渡してひきとらせたという。


おわり



 お駕篭代って…お車代のつもり。うそ八百だけど(;^^)




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壁紙は『kigen』さんからお借りしています。


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