飼い主さんが旅行にいくことになり、友人の家に預けられることになったパール・右近ちゃん。♂同士なら『増える心配』もないしと、安易に友人のハム、ゴールデン・誠之進と同じケージに放りこまれてしまいまいた。
哀れパールちゃん、びくびくどきどき隅のほうで様子をうかがっています。ゴールデン誠さんはパールちゃんより身体も大きく、ひまわりの種を豪快にむきながら、じっとパールちゃんのことを見つめています。
最初は睨まれているのかと思ったのですが、
「腹減ってるんだろう? ここへ来て一緒に食べれば」
顎をしゃくって促され(ほんまかいな)、パールちゃんは頬を染め、いそいそと餌箱の側へ…。
ゴールデン誠さんは男盛りの♂ハムです。ひまわりの種の食べ方も豪快なら、回し車で走る姿も体育会系です。かたやパールちゃん。こちらも成♂ハムではありますが、白い毛並みも美しく、少し長毛がかったところが優しげな雰囲気です。
さて、パールちゃん。ひまわりの種を分けてもらった後、回し車で元気に遊ぶゴールデン誠さんを、餌箱の横から潤んだ瞳で見つめています。
なんだか胸がどきどきしています。
やがて回し車が減速してき〜と止まり、
「おい、何見てんだよ」
「え、あの…その…」
お姿に見蕩れていましたとは、決して言えないシャイなパールちゃん。
いじいじと俯いていると、
「おまえもヤりたいのか?」
あまりにダイレクトな表現に驚いたパールちゃん。
キッと叫び声をあげ、床材のおがくずの中に潜り込んでしまいました。
「…変なやつ。せっかく回し車、かわってやろうと思ったのに」
ゴールデン誠さんはつまらなそうに呟き、しょんぼりと巣箱に戻ってしまいました。
飼い主さんが旅行にいって、丸一日が過ぎました。パールちゃんもぼちぼち居候生活に慣れて来たところです。ゴールデン誠さんは、キャベツの美味しいところをパールちゃんに分けてあげたり、身のしっかり詰まったひまわりの種を選り分けたり、何やらとっても親切です。パールちゃんが遠慮がちに小さな手で受け取って、はむはむする姿をじっと見つめています。
回し車もふたり交代で使います。パールちゃんがとっとこからから走っているとき、ゴールデン誠さんは毛づくろいをしながら、しきりにパールちゃんの様子をうかがっているのでした。
やがて遊び疲れたパールちゃんが給水器のところへやってきます。パールちゃんはお水の飲み方もどこか上品で、小さな舌でかちゃかちゃと音をたてて飲んでいます。雪のように真っ白で柔らかそうな毛に、思わず頬ずりしたい誠さんなのでした。
ハムスターは夜行性です。だから昼間がお休みタイム。ゴールデン誠さんは、いつものように巣箱で昼寝すっかと、枕を抱えて(嘘です)とっとこ入っていきました。寝心地のいいようにおがくずを整えて、さあ、これでよしと横になったのですが、
「あり? あいつはどこで寝てるんだ?」
そういえばパールちゃんの姿が見えません。
ゴールデン誠さんは再び起き上がって、巣箱から顔をのぞかせました。鼻をひくひくあたりを伺うと、回し車の下に何やら白い毛玉が見えます。
「あ、あんなとこに!」
車とおがくずの間に挟まって、パールちゃんが丸くなっていたのです。
「おい」
どこで寝ようとハムスターの勝手なのですが、誠さんはパールちゃんがひとりあんな所で寝ているのが気に入りません。
「おい!」
ききっと鳴き声をたてて呼ぶと、ようやくパールちゃんが気付いたようです。
「はふ…僕のこと、呼びました?」
回し車の下から、寝ぼけ眼のパールちゃんが顔をのぞかせます。
「何でそんなことにいるんだ?」
「え…だって適当に狭苦しくてよさげだったから…」
「立派な巣箱があるのに…おまえ、嫌味だぞ」
「そ、そんなつもりじゃあ!」
パールちゃんは慌てて回し車の下から出てきました。つぶらな瞳を潤ませ、懸命に首を横にふります。胸元で握りあわせた手がこれまた愛らしい。ゴールデン誠さんは、その姿に某所を直撃されたようです。何やら気分が昂っています。
(ごくり…)
思わず唾をのみ込むと、
「なら、こっちへ来い」
「え…でも、お邪魔じゃないですか?」
誠さんは仁王立ちになったまま、ぶんぶんと首を振り、
「ハムスターはみんなくっついて寝るもんだ。ペットショップでもそうだろ?」
「は、はあ」
「それが仁義ってもんだ」(こいつめちゃくちゃ…)
パールちゃんは一瞬考えたのち、
「わ、わかりました」
礼儀正しいパールちゃんは、『仁義』という言葉に反応しました。自分は何といっても居候。誠さんには一宿一飯の恩があります。
「そ、それでは巣箱に入れていただきます」
パールちゃんは心を決めて、とっとこ駆け寄ってきます。
(やった…)
何がやったのか、よくわかりませんが、こうしてゴールデン誠さんはパールちゃんを巣箱に引き入れることに成功しました。
「ま。ずずっと奥へはいりな」
ゴールデン誠さんは巣箱の入口でパールちゃんを促しました。
「はい、では遠慮なく」
パールちゃんは素直に奥へともぐりこみ、
「あ、気持よさそうな枕が!」
と、早速横になっておねんねです。
(なるほど、気持いいことに弱いタイプか…)
ゴールデン誠さんはきらりと目を光らせ、丸くなって目を閉じたパールちゃんの寝姿をじっとうかがっています。
(か、かわええ…)
天使のような寝顔に誠さんの胸も某所もきゅんきゅん痛みます。
『ハムスターはみんなくっついて寝るもんだ』
そうです、誠さんにはこんな大義名分もあるのです。
何をひるむことがあるでしょう。動物は本能に従って生きるものです。
ゴールデン誠さんは深呼吸をすると、巣箱にもぐりこみ、パールちゃんの背中にぴったり寄り添いました。
ふわふわで優しいパールちゃんの被毛に、誠さんは鼻先を埋めました。何やらとってもいい匂いがします。
思わずすりすりすると、
「あ、あのう…ちょっとくすぐったいんですけど…」
パールちゃんが遠慮がちに言いました。
しかし興奮してきた誠さんはもう止まりません。
鼻先だけでなく、腰もすりすりしてしまいます。
さすがに異変を感じたのか、
「あ、あのうっ!」
パールちゃんが小さく叫びました。
誠さんは後ろからパールちゃんを抱きかかえ、完全に乗りかかろうとしています。
「ちょ、ちょっと…何かあたってるんですけど?」
お尻のあたりの違和感に、パールちゃんが不安げに声をあげます。
「そうかい?」
ひとごとのように呟きながら、誠さんのぐりぐり攻撃は続きます。
「な、何するんですかっ…」
いよいよ危機を感じたパールちゃん、きっと叫んで激しくもがき始めました。
「何って…決まってるだろ」
低い声音で耳の奥を直撃され、パールちゃんはぶるんと身を震わせました。一瞬でかっと身体が熱くなり、恥ずかしいことに、さっきのぐりぐりをもっと…なんて恐ろしいことを考えてしまいます。
パールちゃんの抵抗が弱まったのをこれ幸いと、
「な…気持ちよくしてやるから」
白くてかわいい耳をあむあむしてみます。
パールちゃんはくすぐったそうに首をすくめますが、もう逃げようとはしません。
(よし…もらった!)
「おまえは客なんだから、俺に黙ってまかせてりゃいいんだ」
「は、はい…」
素直さゆえか、はたまた快楽に弱い体質か。
パールちゃんは誠さんの『もてなし』の前にめろめろです。
ゴールデン誠さんは摩訶不思議な発言をしながらも、ひたすらパールちゃんに奉仕しています。
巣箱の中でふたつの毛玉が絡み合ってうごめき、濃密な空気がたちこめます。
パールちゃんのせつない吐息に、いつしか白木の巣箱もほんのり桜色に染まるのでした。
「パールちゃん! 長い間ごめんね〜。いい子にしてた?」
一週間ぶりの飼い主さんの声に、餌を食べていたパールちゃんが二本足立ちで耳をすませました。一方、ゴールデン誠さんは回し車の上で固まっています。
(げっ…。何で帰ってくんねん…おばはん)
ゴールデン誠さんは警戒心もあらわにパールちゃんの飼い主、前川さんの奥さんを睨んでいます。誠さんの飼い主のうねめさんは、何やらにまにまと誠さんを眺めています。
「誠ちゃん、盛り上がってるところ悪いねんけど…パールちゃん、お迎えが来たで」
誠さんにとっては死刑宣告にも等しい、無情な飼い主の言葉でした。
(せっかく…らぶらぶやったのに。本編では考えられへんシナリオや。はむはむやから本能のまま、やり放題やったのに!)
前川さんの奥さんは、にこにことケージの側へやってきました。手にはかわいいピンクのキャリーを持っています。
(あれで右近を拉致するつもりかっ?!)
焦る誠さんの側で、パールちゃんはお目目を潤ませて飼い主さんを見つめています。
(あ…やっぱり飼い主が恋しかったんか?)
パールちゃんの身体が微かに震えていました。
その姿を見つめるゴールデン誠さんの瞳にも、じんわり熱いものが浮んできたのです。
(くそおっ…やっぱり俺より飼い主がいいんか?!)
初めて契ってから五日間、誠さんはパールちゃんと片時も離れず暮らしました。ひまわりの種は大きいのを剥いて分けてやり、キャベツだって美味しいところは先にパールちゃん食べさせました。仲良く回し車やはしごでで遊び、そしてお待ちかねのめくるめくお昼寝タイム…。
パールちゃんはもう自分にめろめろと、ゴールデン誠さんは自信に満ちていたのでした。そ、それが…。
回し車の上で仁王立ちになり、誠さんはを全身の毛を逆立てました。
「おっ…誠ちゃん、おこっているね」
面白そうに覗き込むうねめさんが、これまた勘に触ります。
「え…、なんかいかんかった?」
前川さんの奥さんも誠さんの様子が気になるようです。
「お宅は何も悪くないよ。この子、パールちゃんとお別れするのが淋しいねん」
「そんなに仲良くしてくれてたんや」
「うん、そりゃあもう〜〜〜濃かったで。のべつまくなし」
飼い主さんにここでの暮らしぶりを暴露され、パールちゃんは頬を染めて、しゅうんと丸くなってしまいました。
「ほほう…」
前川さんの奥さんが、意味ありげに目を輝かせました。
「パールちゃん、はむはむになってようやく本懐遂げたんやね」
「うん。呆気無いほどあっさりコマされてたよ」
しみじみうなずく飼い主ふたりでしたが、
がががががっ、がががががっ、
突然、地下鉄工事のような物音が鳴り響きました。
ゴールデン誠さんがケージに貼り付いて、自慢の白い歯で金属の柵を揺すっています。
「あかん!歯が折れるやないの!」
(右近を連れていくなっ!!)
必死の形相で飼い主に訴えるゴールデン誠さん。パールちゃんはおろおろと見つめるばかりです…。
「誠ちゃん、ええ加減にしいや!」
うねめさんがケージの前で叱っても、ゴールデン誠さんは歯で柵を揺すり続けています。
パールちゃんはいよいよ目を潤ませて、
「やめてくださいっ!ネズミは歯が命ですよ!」
一声かん高く叫び、誠さんにタックルをくらわました。
ふいをつかれた誠さんは、パールちゃんもろともおがくず(床材)の中へ転げ落ちました。
そこでふたりはくんずほぐれず、ではなく一一。
おかぐずまみれになりながら、短い手でひしと抱き合い、まばたきもせずに見つめあっています。
「あ、あかん…すっかり出来上がってる」
前川さんの奥さんの溜息が鈍く漂いました。
「うねめさ〜ん、どないしょう?」
「そうやねえ…。パールちゃんと別れたら、誠さん歯折って死ぬな」
飼い主ふたりはしみじみうなずき合いました。
「前川さんが誠さん連れていくか、パールちゃんがうちに残るか…」
うねめさんの呟きにゴールデン誠さんの耳がぴくりと立ちました。
パールちゃんも可憐な手で誠さんの二の腕をぎゅうと掴んでいます。
ふたりはむくりと起き上がり、正座して飼い主ふたりをじっと見つめました。
黒いお目目がよっつ。
うるうるうるとおばさんふたりを見つめるのです。
(たのむ、前川のおばはん、うんと言ってくれっ)
誠さんの祈りにも似た歯ぎしりが、飼い主のところまで伝わって来ます。
「パールちゃん…」
前川さんの奥さんは小さく名を呼ぶと、ケージのふたを開けました。
ゴールデン誠さん、ふたたび毛を逆立てて臨戦体勢です。
ケージに手をつっこむのは結構危険で、動物が気がたっていると噛まれる恐れもあります。
しかし前川さんの奥さんはひるまず、片手をパールちゃんにむかって差し伸べました。
(か、噛まないでくださいね)
まさに一発かましてやろうと思っていたときに、パールちゃんに目顔で頼まれ、誠さんはぐっと堪えるしかありませんでした。パールちゃんはとっとこ奥さんの手のひらに乗り、ケージの外へ。
誠さんはもはや手近な「かじり木」に食らい付いて、破壊活動に勤しむしかありません。木刀を振り回す暴走族のごとく、誠さん、かじり木で回し車や巣箱をどつき回しています。
それでも耳だけはダンボで、外の会話に耳をすませています。
「パールちゃん、こっちに残りたい?」
(え、えええっ?!)
飼い主さんの問いに、パールちゃんは身を震わせました。
(そんな恩知らずなこと…言えましぇん。言えましぇんけど…)
パールちゃんは前川さんの奥さんの手の上で、うつむいて考え込んでいます。ゴールデン誠さんはかじり木を離すと、ふたたび柵のきわで二本足立ちになって、成りゆきを見守ります。
「せっかく…両思いになれたんだものね」
前川さんも秘蔵のパールちゃんを手放すのは辛いのです。しかし、「下弦の月」から連載を読んでいるので、パールちゃんの執念はよ〜く知っています。
どうせはむはむは短い命。ここで恋するふたりを引裂いては一一。
「じゃあ、たのむわ」
前川さんの奥さんが決断されました。
「ま、隣やし。毎日遊びに来てやって」
うねめさんもにんまり笑って同意しています。
「世話が増えて大変やけど、よろしくお願いします」
まるで娘を嫁に出すかのように、前川さんの奥さんが頭を下げました。
(おおおお〜、前川のおばはん、最高やっ!! この恩は一生忘れへんで!)
ゴールデン誠さん、ふたたびケージに取り付き、今度は喜びの地下鉄工事です。
がががががっ、がががががっ。
派手な音が鳴り響くなか、前川さんの奥さんはそっとパールちゃんをケージの中へ戻しました。パールちゃんはまだ信じられない表情で、上目使いに奥さんを見つめています。
「また遊びに来るし」
前川さんの奥さんは涙目でにっこり微笑むと、うねめさんによろしくと挨拶し、空のキャリーを淋しげに下げて帰ってゆかれました。
「誠ちゃん…」
うねめさんの顏が大写しで近づいてきます。誠さんとパールちゃんはぴったりと寄り添い、うねめさんのアップに耐えています。
「…よかったな」
ふふふと意味ありげに笑い、うねめさんはふたたびパソコン部屋に帰っていきました。
残された二匹は速攻で巣箱に飛び込み一一。
あとは皆さんご想像の通りですが、ちょっとだけ覗いてみましょうか?
(あ、あの…ずっとここで暮らしていいんでしょうか?)
(あたりまえじゃないか)
(美味しすぎて、夢みたいです)
(ここは餌は悪くないからな。掃除も旦那が手伝うし、まあまあの住環境だ)
(ええ、前川さんもとってもよくしてくれましたけど、こちらも快適ですう…)
二匹は鼻をくっつけてひそひそ話を続けました。
(ずっと…一緒だからな)
(は、はいっ…)
胸が潰れんばかりの幸せに酔うパールちゃん。誠さんの首のあたりに、そっと鼻先を埋めました。
お話が終わると、しばらくの間、毛玉がふたつ、くっついたりはなれたりごにょごにょしていましたが、やがて静かになり、小さな小さな寝息だけが聞こえていました。
背中に寄り添う誠さんの温もりに、パールちゃんは二百年前の越後の海を思いだしていたのでせうか。
おわり