| by 戸田采女 |
もうすぐ師走という秋の終わりの日。 いえ、決してナニに不満があるわけではありません。 気づいたのは一週間くらい前でしょうか。 『ぐりぐり』タイムの最中、誠さんのたくましい物がパールちゃんの中でお仕事をしているはずのとき、パールちゃんは右のお尻にあたりにも、異物があたっているように思えたのです。 一度目は気のせいかと思いましたが、二度、三度同じことが続くと、気になって仕方ありません。 今もこうして切なげな表情で誠さんを受け入れながら、 『今日こそは確かめなくちゃ』 と、固い決心をするパールちゃんなのでした。 ことが済んだ後、満足した誠さんは大の字にひっくり返り、すやすやと寝息をたてています。 パールちゃんは完全に眠りに落ちたのを確かめると、ひくひくと鼻を動かしながら、誠さんの股間へと顔を近づけました。 目を凝らして見つめると、 (これはっ…) なんということでしょう。 誠さんの右の足の付け根、小豆大の腫れができているではありませんか。 鼻先でつんつんと堅さを確かめます。 しっかりとした異物感の正体はこれでした。 パールちゃんは腫れをじっと見つめます。 何やらただならぬ物を感じ、不安から、かちかちと歯を鳴らし始めました。 すると誠さんが、 「ふああ?」 大あくびをして目を覚ましました。 自分の股間の覗き込むパールちゃんと目が合い、一瞬「ありっ」と首をかしげました。 (なんだ、もっとしたいのか? ) パールちゃんは涙目で股間を見つめたまま、歯を鳴らしています。 (こいつ…) 内心にまにまと、勝手に盛り上がった誠さんは、再びききっとパールちゃんに抱きつこうとしましたが、パールちゃんはするりと身をかわして巣箱から出ると、ケージの柵にとりついて、前歯で凄まじい音をたて始めました。 がががががっ、ががががっ (なんだなんだっ?) 誠さんは訳が分からず、巣箱から顔をのぞかせてパールちゃんの様子をうかがいます。 常ならぬ騒音に、書斎の戸が開き、飼い主のうねめさんがこちらへやってきました。 「なんや、今日はパールちゃんの方かいな、珍しいな」 ケージに顔を近づけて話しかけるうねめさんに、パールちゃんは鋭く鳴いて異変を知らせます。 (大変ですっ…誠さんを病院に連れていかなきゃ!) 若い獣医はゴールデン誠さんのチチやマタをさんざなで回した後、こともなげに言った。 「乳腺腫だな」 「んな、あほな」 うねめさんとパールちゃんの元飼い主、前川さんの奥さんは、声を揃えて呆れたように言った。 「それ、♂でっせ?」 「オスでも乳腺腫瘍ができる個体はいる。珍しいことじゃないぞ」 おばさんふたりは半信半疑で獣医の話を聞いているが、 「どうする。このハムスターはまだ若い。放置して腫瘍が大きくなれば、オペのリスクも高まる。早期の摘出手術をすすめるが?」 うねめさんはうなった。 「手術…でっか。それで命は助かるんですか?」 獣医は自信満々にうなずくと、 「良性なら再発することは少ない。今とっておけば、天寿をまっとうできるだろう」 「ほなら」 うねめさんと前川さんは顔を見合わせてうなずいた。 「で、いくらくらいかかるんですか?」 現実的なうねめさんは早速費用について尋ねたが、 「50万だ」 「は?」 おばさんふたりの目が点になった。 「ハムスターの手術に50万って…」 「ありえへん!」 うねめさんはぶんぶんと首を左右に振った。 「にいちゃん、あんたちょっと顔がええからって、えげつないこと言うたらあかんよ」 「どこがえげつない? 正当な報酬だ」 「よう言うわ。昔、大阪でウサギの脂肪腫とってもらった時、入院費込みで10万もかからんかったで」 食ってかかるうねめさんに、獣医は鼻で笑った。 「わからん人たちだな。ウサギとハムスターじゃ手術の難度は大違いだ」 「そうは言うても、50万は常識はずれな金額違います?」 イケメンに弱い前川さんの奥さんも、今日は珍しく食い下がった。 獣医は銀縁眼鏡の奥から、じっと前川さんを睨みつけた。 「ひとつ言い忘れていたが…」 言いながら、獣医は誠さんを診察台の上で再びひっくり返した。 人差し指の先で患部に触れると、 「こいつの腫瘍は足の付け根、大事なイチモツの近くだ」 眼鏡の奥、獣医の瞳がきらりと光った。 おばさんふたりはごくりと唾を飲んだ。 ついでに、今まで忘れ去られていた、キャリーケースの中のパールちゃんも、プラスチックの壁に両手の肉球を押しあて、不安そうに鼻をひくつかせている。 「いやなら他所へ行っても構わんが、もし腫瘍と勃起神経が癒着していたら厄介だぞ」 ふたりと一匹は一大事とばかりに、目を見開いた。 「ヘタな獣医が剥離に失敗したら、こいつの命は助かっても、ナニは一生使いものにならん」 獣医とパールちゃんの目が合った。 一瞬探るような視線が絡まったが、 「まあいい。今日は帰ってよし。ただしそう長くは待てないぞ。手術をするかどうか、一両日中に決めてくれ」 「はあ?」 リビングで番茶をすすりながら、うねめさんと前川さんは同時にため息をつきました。 再びケージに戻った誠さんとパールちゃんは、回し車の横で並んで丸くなっています。 「乳腺腫とはなあ…」 「オスなのに。しかも体育会系なのに」 前川さんは未だに信じられない面持ちです。 「誠さん。ショックやろうな」 「うん、番長・きよ○らが『乳がん』やて言われたようなもんや」 「気の毒すぎるわ…」 ふたりはがっくりとこたつに突っ伏しました。 飼い主ふたりが暗?く語りあうなか、当のはむはむ二匹も深刻な面持ちで見つめ合っています。 (俺は…手術なんかいやだ) (誠さん、何言ってるんですか?!) (失敗したら♂として終わってしまう…) (失敗なんてしませんよ! あの先生なら大丈夫) 誠さんはきっとパールちゃんをにらみ、 (何でそんなこと言えるんだ) (だってテレビで見ました) (は?) (あの先生、性格悪そうだけど、外科医としては超一流だそうです) (しかしなあ…おまえの言うとおり、腕を信じてあいつに頼むとしても) 誠さんは再び瞳をくもらせました。 (問題は金だ) パールちゃんは悲壮な面持ちで、しっかりとうなずいた。 (治療費のことなら任せてください。僕に考えがあります) (考えっておまえ…) 気持ちは嬉しいがと、誠さんは首を左右に振りました。 パールちゃんはそれでも諦めず、 (せっかく一緒になれたんですよ!) (うっ…) パールちゃんは小さなお手手で誠さんの手を取り、 (長生きしてくれなきゃだめです、誠さんなら大丈夫、絶対復活します!) うるうるお目目で力強く励ましました。 武家のお内儀のように凛として動じず、パールちゃんはこうして誠さんを、果たし合いの場(オペ)へと送り出したのです。 「で、あんたら決心はついたのか?」 相変わらずタカビーな物言いだが、うねめさんも怯まず、 「一応な。だがその前に一一」 いったん言葉を切ると、パールちゃんの入ったキャリーケースを、獣医の目の前につきつけた。 「この子があんたに話があるそうや」 「は?」 獣医は小馬鹿にしたようにケースの中を覗き込んだ。 「あんた、いつもテレビで偉そうに言うてるやんか」 「なんの話だ」 「『動物の声に耳を傾けろって』」 前川さんとうねめさんがユニゾンで応えた。 「ほな、私ら待合室におるよって」 呆れたように立ち尽くす獣医にパールちゃんを預け、飼い主ふたりは誠さんを連れて外へ出た。 「で、俺に話があるそうだな」 付き合いがいいのか、本当に動物の言葉がわかるのか。 椅子に腰掛けた獣医は、ケースを開けてパールちゃんを取り出し、掌にのせた。 パールちゃんは二本足で立つと軽く一礼した。 (先生。誠さんの治療費のことでご相談があります) 「それは飼い主が心配することだろう?」 (いえ、私にもできることがあると) 「ふん」 獣医は鼻を鳴らしながらも、パールちゃんの眉間を指先で撫でた。 意外に優しいタッチに驚いた。 パールちゃんはちょっと恥ずかしそうに、 (私を動物モデル事務所にご紹介いただけませんか?) 医師は銀縁眼鏡の奥で目を丸くしたが、 「なるほどその手があったか」 とりあず話にのってくれた。 (はい。何でもやりますからっ、お願いします) パールちゃんは再び丁寧に頭を下げた。 「ふん。そうか」 獣医は面白そうに呟くと、にやりと口の端で笑った。 何気にブラックな雰囲気が漂い始め、パールちゃんは一歩後ずさった。 「本当に何でもするんだな?」 (はい…) パールちゃん、不安がよぎったが、ここで負けてはいられない。 (はい) きっと顔を上げて獣医を見た。 「そうか…しかし50万は大金だ。ペット用品のCMに出たくらいじゃ、もらえないぞ」 (あっ…) 「その金額がほしければ」 (ほしければっ?) 「DVD出演しかないだろう」 (あのう…) そんな需要があるんでしょうかと、パールちゃんは呑気な顔で獣医を見上げた。 「そうだな、何ならエージェントになど任せず、俺が撮って売リ出してやってもいい」 (そんなにおっしゃるなら…) 意外に協力的な獣医の態度に、パールちゃんは望みをつないだ。 パールちゃんがこっくりうなずくと、医師はきらりと目を光らせ、 「ならば、クロハラハムスターの内藤兄弟との3Pはどうだ?」 恐ろしい提案を持ちかけた。 ところが当のパールちゃんは、口を半開きにして小首をかしげた。 (内藤兄弟って誰だっけ?) 皆さんに思い出していただきたい。 はむはむの脳みそは小さいのだ。 記憶の容量には限りがある。 右近がはむはむとして生まれ変わった時、都合の悪い存在はほぼ記憶から消し去った。 個体認識できるのは、誠さんと、母上、孫作ぐらいのものだろう。 どうやら3Pという言葉も知らないらしい。 (それで手術代が出るんなら…お任せしよう) 心を決めたパールちゃんは、ききっと鳴いて獣医を見上げた。 「おおそうか。本気なんだな」 獣医はパールちゃんののど元をこちょこちょとなでた。 パールちゃんが首をすくめると、 「なかなか感度も良好だ。よし、シーン1は…」 掌の上にパールちゃんを仰向けに転がした。 「回し車にくくりつけられて、内藤兄弟が両脇から乳首とおマタをごにょごにょだ」 獣医はそう言いながら、パールちゃんの足の付け根をくすぐった。 (あ、そんなことされたらっ…) 悲しいかな、ハムスターの神経回路は単純で、信号の伝達も矢のごとしだ。 掌の上でもだえるパールちゃんを、獣医は面白そうに眺めた。 「そうか、気持ちいいか。次はシーン2だ」 獣医はパールちゃんを再び四つん這いに戻すと、両脇の下に親指と中指を入れて持ち上げた。 「亀甲縛りでケージの天井から宙吊りだ。縄は…焼豚の紐くらいがよかろう」 足が宙に浮き、パールちゃんは危険を感じてばたばたともがいた。 「前は嶺次郎が××し、後ろから帯刀が…という構図はどうだ?」 どうだと言われても、所詮パールちゃんには亀甲縛りも、焼豚の紐も理解不能な語彙なのだ。 とにかく宙づりの状態から解放されたくて、パールちゃんは足をばたばた、歯をかちかち鳴らし続けた。 獣医はくっくとおかしそうに笑い、 「悪かったな、からかって」 と、パールちゃんを自分の掌の上に戻した。 さすがに温厚なパールちゃんも、これには腹をたてたらしく、毛を逆立てて歯を鳴らした。 「わかったわかった。お前の心意気に免じて…安くしてやるよ」 (え…? DVD出演はなしなんですか?) いぶかしげに見上げるパールちゃんには答えず、パールちゃんを掌にのせたまま、獣医は立ち上がると待合室へのドアを開けた。 「おい、話はついだぞ」 獣医はパールちゃんの喉を人差し指でごにょごにょ撫でながら、うねめさんたちに呼びかけた。 パールちゃんは顔をあおのかせて、ひくひくとひげを動かした。 (あいつっ、右近を!) 誠さんはキャリーケースの中で、思わず仁王立ちになった。 プラスチックの壁に両手をふんばると、激しく歯を鳴らしながら獣医を睨みつける。 (この悪徳獣医め、右近に何をする?!) 「ちょっと話をしただけだ。鎮まれ」 (嘘だ、右近の様子が何かへんだ。おまえ、やらしいことしたんだろうっ?!) 獣医は鼻をならし、わざと見せつけるように、パールちゃんの耳の後ろを優しくなでた。 これまた条件反射で、パールちゃんは目を細めた。 獣医は勝ち誇ったように誠さんを見た。 「人を自分と一緒にするな。ごちゃごちゃ抜かすと、ついでに去勢手術もするぞ」 誠さんの脳内では、去勢手術→切腹申し付け候と、変換された。 誠さんの顔から一瞬にして表情が消え、崩れるように膝をついた。 ケースの中で固まる誠さんを尻目に、獣医はパールちゃんを両手でくるみ、 「こいつの健気さに免じて、費用は10万にしてやるよ」 改めてうねめさんにそう告げた。 うねめさんはぽんと膝を叩いて立ち上がった。 「そういうことなら、お願いしますわ」 前川さんもほっとしたようにうなずき、獣医の手からパールちゃんを受け取った。 「パールちゃん、よくやったね!」 詳しいことは知らないが、パールちゃんのおかげで50万が10万になったのだ。 飼い主ふたりは万々歳だ。 獣医はにやりと笑い、 「交渉成立だな。では今から準備にかかる」 「よろしくお願いします」 ここに至ってはうねめさんも素直に頭を下げ、誠さんのキャリーを渡した。 やると決まれば獣医はてきぱきしたもので、大声で助手を呼びつけると、キャリー片手にオペ室に入った。 「なんや、えらい時間かかっとるやないか」 うねめさんが時計を見て苛ついた。 「もう30分もたってる」 『泌尿器がらみは難度が高い』と言われたものの、通常の腫瘍摘出は15分程度だそうな。 パールちゃんも落ちつかない様子で、ケースの中を動き回っている。 不信感に満ちた目で手術室をにらんでいると、ランプが消えてドアが開き、オペ着姿の獣医が現れた。 ふたりと一匹が固唾を飲んで見つめると、 「安心しろ。手術は成功だ」 (誠さんっ!) パールちゃんは嬉しげにケースの中を走り回った。 うねめさんと前川さんもほっと肩の力を抜いたが、 「泌尿器のほうは大丈夫なんか?」 うねめさんが上目使いに尋ねると、 「ああ、癒着はきれいにはがした。今まで通りの生活がおくれるはずだ」 獣医は力強くうなずいた。 パールちゃんは二本足で立つと、獣医を見上げ、うるうると瞳を潤ませた。 麻酔が切れても一晩はこちらで様子を見るからと、誠さんは病院に留め置かれた。翌朝、驚異的な回復力で、誠さんはペレットをもりもり食べ、エリザベスカラーをつけ退院となった。 番長・き○はらがフリフリ襟のブラウスを着ているような姿を、飼い主ふたりは結構おもしろがっていた。 (何とおいたわしい…) 同情していたのはパールちゃんだけだった。 支払いを受け、誠さん一行を送り出す時、獣医はキャリーケースに顔を近づけて、誠さんにだけ聞こえる声でいった。 「抜糸までは…自重するこったな。キズが開いても知らんぞ。わかってるだろうな」 誠さんはエリザベスカラーの下あたりを毛繕いしながら、獣医と目を合わせ、不敵に笑い返した。 さて無事マンションに戻った誠さんとパールちゃんですが、 「ほな、しばらくパールちゃんは前川さんのとこで預かってもらおか?」 「うちは全然かまわんよ♪」 前川さんの奥さんは、パールちゃんの久々の里帰りが嬉しいのです。 「よろしく頼みます」 うねめさんも丁寧に頭を下げ、前川さんを送り出しました。 誠さんは自分だけがケージに戻され、パールちゃんがキャリーで連れ去られるのを見て、 (なんでやっ!) 速攻でケージの柵にかじりつき、 がががががっ、ががががっ、と抗議の声を上げました。 「やかましいっ!」 ドスのきいた一喝のあと、うねめさんのドアップが目の前に迫ります。 「抜糸までは別居させるようにとの指示や」 (くっ…あの悪徳獣医、余計なことを) 誠さんは手術してもらった恩も忘れ、かちかちと歯を鳴らしました。 「高い金払うて手術したんやで。傷口開くようなアホなマネされたら困る」 誠さんはさらに激しく歯を鳴らします。 歯は鳴らしますが、否定はできません。 「図星やな…」 ハムスターは短い命。恋する二匹は一日だって無駄にできません。 「それでもな、誠さん、ここは我慢や」 うねめさんは真顔で諭します。 「それに、しばらく独り寝させといたほうが…」 (ほうが?) ひげをひくつかせ、誠さんがうねめさんの目を覗き込みました。 「再会した時、パールちゃん燃えるで」 (なるほどっ) 「楽しみは後にとっておき」 うねめさんは思わせぶりにふふんと笑いました。 簡単にひっかかった誠さんは、嬉しげにききっ鳴き、瞳を輝かせました。 あっさりと柵から離れ、とっとこ給水器の方へ向かっていきます。 かちゃん、かちゃん… 力強く舌を突き入れて水を飲みながら、小さな脳みその中は妄想で溢れかえっています。 パールちゃんのあられもない姿が次から次へと浮かんでは消え、 かちゃん、かちゃん、かちゃん、かちゃん… 給水器を鳴らす音は、増々激しさを加え、果てるともなく続くのでした。 某ドラマの獣医ドリト○先生、ご出演ありがとうございましたm(__)m |
|
Copyright © 2010 戸田采女 All rights reserved. |