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「青嵐」の二の巻が始まった時期ですね…。監督は「春はあけぼの」第6回の打ち合わせのつもりのようです。
三月某日。
時ならぬ大雪に見まわれ、京都・采女撮影所では、急遽スケジュールを変更して、屋内での撮りを数カット行うことになった。予定なら今日は屋外ロケだったのだ。
午後には身体があいてしまった右近だが、案の定、ひさしぶりの共演となる結城惣一郎が、「はやくホテルへ戻って、『次回の撮りに備えて』稽古に励もう」とうるさくて仕方ない。研究熱心なのは結構だが、その度に無理な○位を強いられて、痛い思いをするのだから叶わない。
星回りが悪いのだろうか? 最近、何となく不遇な気がする。
監督にもちくちくと嫌味を言われる。
『新人の三郎くんは、文句もいわずにどんなシーンにもチャレンジするのに、あーたときたら、ちょっと売れてるからと思って…最近わがままが過ぎないかしらん?』
半年ほど前、『陵辱・緊縛お断り』を食らわせたことを、いまだに根にもっているらしい。
三郎が『どんなシーンも文句を言わずに〜』と監督は言うが、あれは相手が溝口くんだからだ。
わ、私だって相手が溝口くんなら、ど、どんなことだって…もごもごもご。
今日もスタッフに挨拶をして引き上げようと思ったら、
「右近ちゃん…ちょっと」
どてらを着込み、指無し手袋をはめた監督が、事務所の中から手招きしている。
(ちっ…)
嫌なタイミングでつかまった。
結城惣一郎は手回しよくタクシーを呼んで待っていたようだ。
「右近、車がきたぞ?」
撮影所の門のところで手を振っている。
事務所と門の間、ちょうど監督と惣一郎に挟まれるような形で、私は立ち尽くしていた。
しかし、いくらなんでも監督に呼ばれているのを無視して帰るわけにはいくまい。
「監督に呼ばれてるんだ。…先、帰ってて…」
私は門のところで「オーマイガッ」と天をあおぐ惣一郎を残し、渋々事務所へ引き返した。
監督は『まあ、そこへおかけ』と促し、出がらしの番茶をだしてきた。
「右近ちゃん、秋からでずっぱりで大変だね。年末年始も御苦労さま」
「い、いえ…」
監督が猫撫で声のときは、きっと何かある。私は薄い番茶をすすりながら身構えた。
監督はつと立ち上がり、戸棚からどら焼きを出してきた。
「まあ、おあがり」
「は、はあ…」
どっかの神社からお供えを盗んできたのか?
と思う程、見事にひからびていた。
「ところで右近ちゃん、次回の裏出演の話なんだけど…」
「ま、またあるんですか?」
どうせまた相手は惣一郎? っと喉まででかかっていた。
「あたりまえじゃない。皆さんお待ちだったんだから」
「はあ…」
気乗りのしない私を前に、監督は指無し手袋をはめた両手を、胸の前で握りしめた。
「どお? 野外ロケ!?」
「…まだ寒いから嫌です」
冗談じゃない。小雪ちらつく嵐山で『アオ○ン』など論外だ。肺炎になってしまう。
すげなく断ったつもりが、監督はきらりというより、ぎらりと目を輝かせて続けた。
「じゃあ、あったかければいいのね!」
「はあ?」
監督はどこに隠し持っていたのか、旅行社のパンフレットを取り出した。
『雅びの宿』と題されたゴージャスなパンフだ。
「修善寺温泉、露天風呂付き、一泊十万円の離れよ!」
「結構なお話ですねええ…」
適当に話を合わせながら、私はどうやって逃げ出そうか、懸命に考えを巡らせていた。
「ね、ね、素敵でしょお? アワビのしゃぶしゃぶも出るそうよ」
監督はうっとりと目を閉じた。
「監督が御主人といらしたらどうです?」
「あら、うちはいいの。民宿・カニ食べ放題で結構よ」
くり出したジャブをすんなりかわされ、私はちっと舌打ちした。
「そろそろ露天風呂Hくらいこなしてくれなきゃあ、お客さんも黙っていないわよ」
「そ、そんな…。表だけで帰るひともたくさんいらっしゃるでしょう!」
「裏だって作品が少ない割には、カウンターが回ってるのよ!」(ほんまか…)
「で、でも…」
「ああただって、いつも『屋敷の寝所』『マンションの和室』じゃマンネリでしょ?」
「私はいっこうに…」
きいいっと監督は髪の毛を逆立てた。
「なによ…また断るつもり?」
監督の瞳が凶悪な光りを帯びた。
「あっ…」
「人が下手に出てればいい気になって…。あんたがこれを断ればどうなるかわかってるの」
監督の顔が大写しで近付いてきた。
「修善寺温泉の裏企画がボツになれば、溝口くんたちにフォローしてもらうしかないわね」
「げっっ…」
「うんと濃厚なやつで」
監督は干からびたどら焼きをちぎると、ゆっくりと私の口に押し込んだ。
「…うぐぐぐ」
やはり監督は鬼畜だった。私の弱点を知り尽し、これでもかと攻めてくる。
涙目で監督を睨みながら、マンネリが悪いというなら、おまえこそカップリングを変えてみたらどうだっ、と私は腹の中で毒づいた。
「なるほど…それもいいわね」
驚愕のあまり、どら焼きを一気にのみ込んでしまった。
「が、がんとくっ!」
な、何でわかったんですかと言いかけたところ、
「内藤さんが以前から乗り気でねえ…。ギャラは安くていいから出してくれってうるさかったの。この前は、『悪代官と町娘(ならぬ商家の手代)』なんていう、かびの生えたようなプロット提案するもんだから、即却下したんだけど…」
「か、監督!」
「なによ」
「…しゅ、修善寺温泉で結構です」
「…そお?」
「はい…アワビのしゃぶしゃぶ、喜んでごちそうになりますっ」
「最初から素直にそう言えばいいのよ…」
悔し涙にくれる私に監督は、
「どら焼きもう一個食べるかえ?」
と、不敵に笑いかけた。
おわり
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