第3回
マッチョな攻めはいらんかえ?


by 戸田采女

「撮影所たより」2の二か月後…。

 当初の予定に反して、撮影が長期化してしまった「下弦の月」。
ドラマにバラエティにとひっぱりだこの私は、のぞみの回数券を買って、東京と京都・采女撮影所を往復する日々である。

 私、内藤帯刀は押しも押されぬ大物俳優。本来、仕事など選びまくれるはずだが、超多忙なスケジュールをやりくりして京都に出向くには理由がある。

 『櫻田右近をいつの日かモノにすること』

 櫻田右近はデビュー三年目の新進気鋭の俳優だ。今どき珍しい正統派の美形で、間違いなく今の日本でもっとも美しい男だろう。若手の美男俳優とくれば、鼻持ちならない性格の奴が多いが、この右近、どこかぼーっとした人の好いところがあり、からかうと面白い反応を返してくれる。

 濡れ場の演技もほとんどマグロ。「おのれ、それで出演料もらう気か!」と、普通なら監督の激が飛ぶだろうに、相手役の結城惣一郎のフォローが絶妙で、映像的にはなかなか美味しいシーンに仕上がっている。視聴者の評判も上々らしい。

 最初は撮影の間の退屈しのぎ、いいおもちゃだと思ったが、右近にちょっかい出しているうちに、どうやら私のほうが本気になってしまった。

 パートナーの結城惣一郎が東京にいる間、寿司や近江牛のすき焼きで釣り上げ、なんとか落とそうと試みたが、ああ見えてかなりガードが固い。

 これまで数多の女優と浮き名を流してきた私だが、四十を超えてふと迷いこんだ「芸(ゲイ)の道」にすっかりはまりそうな気配だ。

 それもこれも、皆この撮影所のせいだ。
監督の好みで美味しそうな青年や少年がてんこもり。おまけに皆それぞれに素晴らしい役者根性を持ち、絡みのシーンにかける意気込みときたら凄まじいものがある。

 時間外でも楽屋で「稽古」に励むものだから、「やおい」要員でない他の共演者はあてられっぱなし。山崎翁や池田孫作は枯れきっているからよいとして、まだまだ男として現役の堀や私などは結構辛いものがある。

 おまけに今回、息子の弥一郎までもが陰間茶屋デビューを果たした。
最初の予定ではそんなシーンはなかったはずなのに、監督の気紛れで弥一郎はいい目をみたわけだ。

 先月も『ギャラは安くていいからぜひ私にも濡れ場を。どんなハードな絡みもオッケーよ』と申し出たのに、いまだ監督から具体的なオファーはない。やはりここはもう一度、監督の御機嫌をとっておかねばなるまい。右近との濡れ場を実現するためなら、肩揉みや足の裏の指圧くらい屁でもない。

 私はスタッフから集めた情報をもとに、監督の好物を用意して、詰め所を訪ねることにした。


 『監督詰め所』はセットの外れにあった。
釆女監督は撮影開始以来、ほとんどここで寝泊まりしている。撮影が休みのときだけ大阪の自宅に帰っているらしい。

 『詰め所』の建物も、元はセットの一部だったのだろう。昭和四十年代のさびれたうどん屋といった風情だ。入口横には、我らの世代には懐かしい「ボンカレー」の色褪せた看板がかかっている。

 一応「監督」と一声かけて、がたつく引戸を開けると、
「誰や、ノックもせんと失礼やな」
中から不機嫌な声がとんだ。
引戸でノックも何もないもんだと思ったが、
「おお。これは失敬。着替え中でしたか?」
戸の外にたったまま、軽く頭を下げた。
「いま、取り込み中や…っ」
「は…」
切羽詰まった声音に、何事かと身構えた。
「もうちょっとで終わるさかい、邪魔せんとってや」
「は、はあ…」
「こらっ、じっとしとき! 動いたら痛い目にあうねんで!」

 どすの聞いた声で監督は誰かを叱っていた。
若手俳優でもつれこんで、緊縛シーンの稽古をさせているのだろうか…。
私は好奇心に勝てず、引戸の隙間から中をのぞいてみた。
監督はこちらに背を向けて椅子に座っているが、何やら前屈みで丸くなっている。
床の上に誰か転がされていないか、目を凝らしてみたが人の姿はない。

 すると、ぱちりと小さく固い音がして、
「さ〜でけた!」
監督は嬉しそうに叫ぶと椅子から立ち上がり、何やら大事そうに両手で抱えて部屋の隅に移動した。

 「ほら、おかえり」

 監督の手からこぼれでた物体は、ケージに戻されるやいなや、からからと元気よく回し車を回している。

 なんだ‥『とっとこ』か。

 思いきり脱力した私は間延びした声で、
「監督〜入りますよ〜」
呼びかけながら引戸を開けて中へ入った。
監督は意外に上機嫌で、
「すまんかったな、帯刀はん。爪切りは気合いで一気に片付けてしまわんとあかんのや」
「なるほど…気合いですか」
苦笑する私に、
「まあ、おかけ」
監督はにこにこと、部屋の中央にあるぼろっちいソファを指し示した。

 最近、監督が♂のハムスターを二匹飼い始めたと聞いたが、見るのは今日が初めてだった。爪切りから戻ったやつは回し車で遊び、もう一匹は気づくろいに余念がない。

 「で、今日はどないしたんや? 夏場のスケジュールやったら、昨日マネージャーに話しといたけど?」
監督はいつものように出がらしの番茶を用意しようとしたが、
「監督、さっき楽屋でいれさせたコーヒーをお持ちしました」
私はすかさず魔法瓶をどんとテーブルの上においた。
「いれさせたって、誰にや?」
「ほら、うちの新しい付き人です」
「ああ藤若か。ほな頂戴しよか」
監督はにんまり笑うと、マグカップをふたつ持ってやってきた。

 「今日は監督のお好きなものを色々とお持ちしたんですよ」
「ん?」
「まずは『○杉』の御影石チョコレート」
「お!」
「白と黒、両方あります」
監督の目が少女のようにきらめいた。
ざっくりした食感にビターなチョコレートがなかなかにいけるのだ。
「ほな遠慮なく」
私が包みを開けてやると、ほんとうに遠慮なくむしゃむしゃやりはじめた。
早速、カップにコーヒーを注いでやる。いたれりつくせりだ。
「うんうん、これにはブラックがあうな」
「でしょう?」
「某店のスモークサーモン、鯖の薫製も買ってありますからね」
「ほんま?! 帯刀はん、いつの間に神戸にいったんや?」
「こないだの日曜、神戸大丸でサイン会があったんですよ。その時買ってきました」
「ふ〜ん、忙しいのにわざわざすまんかったなあ」
「何の何の、いつもお世話になっている監督さんですから…」
私は思わず相好を崩し、揉み手で応えてしまった。

 監督はハムスターのように両手でカップを抱え、うまそうにコーヒーをすすりながら、上目使いに見上げた。
「で、今日は? 何のお話かいな?」
おまえがただでこんな物を持ってくるわけがない、といわんばかりの目線だった。


 確かに、下心はおおありだ。お見通しならそれで結構。
私は不敵に笑って切り出した。
「先月にもお話した裏の件…考えていただけましたか?」
「ああ、あれか」
監督はふたたび御影石チョコに手を伸ばした。
ホワイトとビター、おおぶりの欠片をひとつずつ口に放り込む。一度に両方食う奴がいるか…?

 私は呆れがならもあくまでにこやかな笑みを浮かべて、監督の返事を待った。
やがて監督は幾分くぐもった声で、
 「ギャラの件は問題ないんやけど…、右近は乗り気やないで」
「え…」
「鳥肌たてとったわ…」
そ、そんなにはっきり言わなくても…。
柄にもなく肩を落とした私に、
「共演、どうしても右近やないとあかんの?」
「それは…」

 監督は右の頬にビターチョコ、左の頬にホワイトチョコを溜め込んだまま、沈思に落ちていた…。



 監督にとってはあまたの濡れ場のひとつだろうが、私にとっては記念すべき裏デビューなのだ。相手にも当然こだわりがある。
「やはり譲れませんねえ…」
気弱になりかけた己を叱咤して、私は偉そうにソファにふんぞり返ってみせた。
やがて監督は小さく首をふって溜息をついた。
「…あの子もなかなか頑固やから」
チョコを飲み下したのか、監督の声がすっきりしていた。

 「野外ロケもやっとこさでオッケーとったんよ」
「ほお…また相手は結城くん?」
監督はこっくりうなずいた。が、どこか不満そうでもある。
「…ここだけの話やけどな」
「なんでしょう…」
私は身を乗り出して監督と鼻を突き合わせた。

 「右近ちゃん、このままでは役者として大成せーへんよ」
「そ、それはどういう…?」
「あんたほどのお人でもわからんか?」
謎めいた問いかけであった。

 監督は私の目をじっとみたまま、人差し指を細かく左右に振った。
「まずい演技でも、結城ちゃんがいちいちフォローしすぎ」
「た、確かに…おっしゃる通りですね」
「な、あんたもそう思うやろ?」
何やら風向きがうまい具合に変わってきたか?
私が大袈裟にうなずいてみせると、
「一度くらい、相手を押し倒すくらいの気魄を見せなあかん。芝居が消極的すぎるのや」
「気魄ですか…」
「そや、いつまでもマグロではな。いくら顔が綺麗でもお客さんは納得せんで」
「おっしゃる通りです。さすがは監督」
私は片手で顎をさすりながら提案した。
「右近くんもそろそろ新境地を開くべきですね」
「そうやねん!」
「右近くんは結城くんにひたすら求められ、愛されるシーンばかりでしたからね。甘えてるんですよ」
「まったくなあ…何が不満やといいたいくらい」
私はさあこい、もう一息とばかりに、
「今までにない魅力を引き出すなら、激しく揉み合った末、力尽きて手ごめにされてしまうシーンなんかどうです?」

 なんの、鳥肌で結構。手ごめシーンならそれもまた一興…。

 「着物を引裂かれ、裾を割られ、白い腿もあらわに畳に押さえ込まれる右近。こりゃあ…お茶の間の腐女子の皆さん、生唾ものですよ。視聴率もうなぎ上り、スポンサーもほくほくってなもんで…」
そういうシーンなら、ほらここに、ぴったりのマッチョな攻めがおりますよと、私は鼻息荒くアピールした。

 ねっとり濃厚な濡れ場ならおまかせ。だてに中年やってるわけではない。後輩の結城惣一郎などまだまだ若僧よ…。
 「いかがです、監督?!」
「う〜ん」
監督は頬つえをついて、首をひねった。
すぐにも目を輝かせて乗ってくるかと思ったのに、監督はこれみよがしに深い溜息をついた。

 な、なぜだ? ねっとり濃厚ジャージー牛乳のどこがいかん?

 うつろな監督の視線の先を追えば、部屋の隅、ハムスターのケージが目に入ってきた。
「やっぱりなあ…相手が溝口くんやないと燃えんのかなあ…」


 「も、もしもし?」
監督と私の会話が微妙にすれ違っている。
「どこかで一回、本懐を遂げさせてやらんと…。右近ちゃん、一生マグロで終わってしまうのやろうか?」
「あ、あのお…」
話がころころと妙な方向に転がっている。
「しかしなあ…そないなことしたら、三郎ちゃんが泣きわめいて大変や…」
「いや、だから溝口くんではなく、マッチョな攻めならここに…」

 懸命に監督の目を見て訴えたが、監督はひたと二匹のハムスターを見つめ、私のことなど眼中にはない様子だ。

 「右近ちゃんの気持ちも考えて、ハムスターの命名したのに」
「命名?」
「さっき爪切ってやったのが誠之進。で、相方が右近。めっちゃ仲良しやで」
満面の笑みで監督がケージを指し示した。
「かわいいやろ…帯刀はん」
二匹は交代に回し車で遊び、仲良く餌をわけあっている。
「夜はハウスでくっついて眠るくせに、不思議と交尾だけはせえへんなあ…」

 す、するわけがないだろう(:^^)

 「あのふたり、やっぱりどこまでいっても清い仲なんかな…」

 畜生、何のために神戸くんだりまで行って、菓子や酒の肴を仕入れてきたのか。

 真剣に首をかしげる監督に、もはや私は話しかける気力をなくしていた。


 数日後。若いスタッフがこんな会話を交わしていた。

 「おーい、今日のハムスターの掃除、誰の当番だったっけ?」
「三郎くんじゃないの?」
「え、三郎くんは絶対いやだってごねてたよ」
「何、ねずみ嫌いなの?」
「違うよ、名前がいやなんだって」
「ああ〜、『誠之進と右近』?」
「随分と焼きもちやきだね。別に交尾するわけじゃなし」
「そうだよね、『誠之進』と『右近』が交尾なんかするわけないじゃん…」

 風薫る五月晴れの午後。撮影所内には『誠之進』『右近』『交尾なんかしねえよなあ』の三語がエコーのようにこだまし、明るい笑いが満ちていた。

 当の溝口誠司は苦笑し、それなら自分が三郎のかわりにとケージの掃除を買ってでた。
『監督詰め所』前で新聞をひろげ、誠司はあっけらかんと作業をしている。誠司を手伝いたいものの、皆にひやかされるのが嫌で、右近はいつものように物陰から様子をうかがっている。

 掃除がすんでハムスターたちをケージに戻す際、誠司は一匹ずつ大切に両手でくるみ、順番にケージに戻した。あとから白っぽいほうを抱き上げたとき、
「おまえが右近か」
鳶色の瞳を優しく和ませて、ハムスターの目をのぞきこんだ。
「誠之進と仲良くな」
ほんの一瞬軽く頬ずりすると、誠司は「右近」をケージに戻した。


 物陰から感極まった表情で見つめる右近を、爺や役の池田孫作が気の毒そうに見守っていた。


おわり



右近ちゃんが夢見る
正しい『下弦の月』のカップリング




帯刀さん、さすが大物俳優なんで相手によってしゃべり方ががらっとかわります。
「撮影所」1ではおネエがかってましたが、今回は「マッチョな攻め」で売るつもりですから男言葉です。
しかし、なぜか監督も今回はこてこての関西弁に!?

ハムのイラスト・アイコンは「はむーる」様よりお借りしています。


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