第4回
エロオオカミと3匹のショタっ子


by 戸田采女

 『エロオオカミが学校帰りのショタっ子たちを狙って、駆け込み乗車をしようとしたところ、
「バシっ!」
と、扉に体を挟まれてしまいました。
「うぐぐぐ…」
普段ならすぐに開くはずの扉が、何故かなかなか開きません。
「僕らを狙って駆け込んで乗ろうとするからだよ」
紺の半ズボンをはき、ランドセルを背負った三匹のショタっ子たち。
行儀よくシートに腰掛け、ざまあみろとばかりにエロオオカミを眺めておりました。

 これに懲りて、エロオオカミは二度とショタっ子を狙ったり、駆け込み乗車をしなくなりましたとさ。

 「駆け込み乗車はやめましょう」』




 「な、なんですか…この寒風吹きすさぶような台本は」
「ああ、今度○○市交通局からCM撮影の依頼がきてな。ギャラははずむというさかい、うちが引き受けることにしたんや」
「で、監督。何で私にこれを見せるんですか?」
「…きまってるやないの」
「…な、なにがです」
「あんたに出てもらおうおもて」
「…な、何の役で?」
「何の役て…あんた、まさか半ズボンはく気でおるんか?」
「いや…半ズボンはともかくランドセルは…」
「そやろ? ほなあれしかないわな」
「や、やっぱり?」
「あたりまえやろ?」
「…と、東京へ帰らせてもらいます…」
「まあ、そう言わんと〜」
「何が悲しくて、オオカミの着ぐるみ着なあかんのです!人をバカにするにもほどが…っ」
「まあまあ、落ち着きなはれ」
「…そんな役、嶺次郎にでもやらせておけばいいでしょう?」
「ちっちっち。嶺次郎ではあかんのや。いかにもそれらしゅうて意外性がないやろ?」
「だからといって、何でこの私が!」
「…ただでとは言うてへんで」
「いーや、今回はお金ではつられませんよ、監督! こんなもんに出たら私のイメージダウンだ!」
「ええのか? そんなこと言うて?」
「ふん…」
「お礼に先だって裏出演の話、考えてやろう思たのに」
「えっ!」
「そうか…残念やったなあ。でもしゃあないな、あんたが乗り気やないんやったら、御破算にしまひょ」
「あ、ちょっと…」
「たしかにエロオオカミに天下の二枚目俳優、内藤帯刀ではぜいたくすぎるな。誰ぞそこらの若手にやらしとくさかい、気にせんとって」
「ちょ、ちょっと待った〜!」




 采女撮影所の時代劇セットの一角に、撮影用の屋内スタジオがある。
(太○映画村にもありましたよね、そういうの)

 今日は○○市交通局のCM撮影が入り午後から暇になった櫻田右近は、多数のギャラリーとともに撮影を見学していた。時代劇の中年二枚目俳優、内藤帯刀扮するエロオオカミが、乗客の皆さんに『駆け込み乗車はやめましょう』と呼びかける、まじ〜めな広告である。

 一方、3匹のショタっ子に起用されたのは、時代劇『下弦の月』の出演中の少年たちだ。そうはいっても皆、十代なかばなので、ランドセル姿には多少無理があるが、そこは読者の皆様の妄想力でおぎなっていただきたい。一応、小学校三年生くらい、よくある私学の紺の半ズボンに白いシャツ。でっかいランドセルを背負った姿なぞ、思い浮かべていただくとよい。

 しかし、実のところ人選は難航した。3匹のショタっ子のうちふたりはすぐに決まった。撮影所きってのかわい子ちゃん、三郎と藤若だ。しかし、問題は残るひとりだ。藩校のシーンのロケ中ならいくらでも候補はいたものの、今はあいにく若い子が少ない。仕方なく、三郎の乳兄弟役の源蔵が起用された。お笑いの殿堂、○○市の仕事なので、案外源蔵のようなデブキャラも受けるかもしれない。

 『カメラ、スタート!』

 次のシーンはオオカミが強引に駆け込み乗車を試みるところだ。

 ダッシュでやってきた着ぐるみ姿のなさけな〜い帯刀を、無情にも鋼鉄に見立てたドアが容赦なく挟んだ。

 挟まれた挙句、両側からぐりぐりと押され、エロオオカミは顔をしかめて呻いた。

 『僕達を狙って駆け込もうとするからだよ!! 』

 半ズボンからのぞく太腿もはちきれんばかり。
丸まると太った源蔵が、小学生らしい元気な声で叫んだ。

 「ほざくな源蔵! 誰が小太りのおまえなんぞを狙うか!」
電車のドアに挟まれながら、怒り心頭のエロオオカミが怒鳴り返した。

 カーット、カッと。

 「何すんねんなあ…帯刀はん。台本にそないなこと書いてへんで!」
「す、すみませんつい…」
「悪いけどな、これはお役所の仕事やさかい、アドリブはなしや」
「ごもっともです」
「何事も四角四面にきっちりいってや!」
監督に怒られ、大物俳優・内藤帯刀もかたなしだ。

 大道具の若僧ふたりが、バシッと親の仇のように閉じたドアを、そろそろと開けた。
自由の身になった帯刀が、着ぐるみの中からふたりをぎろりと睨み付けている。

 右近が笑いをかみ殺していると、背後でぶっと吹き出す声がした。
肩ごしに振り返れば、
「み、溝口くん…」
右近の背にふれそうなくらい近くに溝口誠司が立っていた。

 「内藤さん、何だってまたこんなもの引き受けたんだろうね?」
「はあ…」
目をハートにしながら、ぼんやりとうなずき返す右近。
秘かな片思いの相手、誠司からこんな至近距離で話しかけられ、舞い上がった右近は帯刀どころではない。
誠司はほんの少し首を傾けて、右近の瞳をじっと見つめたが、
「でも流石プロだよ」
セットのほうにむかって顎をしゃくった。

 帯刀はスタッフにNGを出したことを詫びながら、ふたたび配置についていた。
「あんな役でも手を抜かないね」
「ええ…」
確かに、カメラが回ると内藤帯刀は人格が変わるようだ。

 気を取り直してオオカミの頭の部分をかぶり直すと、カメラ目線で身構えた。
3匹のショタっ子を狙う、エロオオカミの気合いを全身で表現している。

 3匹のショタっ子たちも、ランドセルを背負ってスタンバイオッケーだ。
数合わせで加えられた源蔵は呑気に鼻をほじっているが、三郎と藤若はお互い微妙に火花をちらしながら、天使のような笑みを浮かべてシートに腰掛けている。

 (お〜こわっ)

 自分のことは棚にあげて、『受けの争いは醜いな…』と右近は腹の中で呟いた。

 後ろを気にしながら右近が撮影を注視していると、
「右近くん、ちょっと付き合わないか…」
誠司が軽く右近の肩をたたき、深いバリトンで耳もとにささやいた。
思わぬ誘いに右近の心臓がどきりと跳ねる。

(つ、付き合わないかって…い、一体何を?!)

 「いいから早く…」
狼狽する右近の肘をとって、誠司は鳶色の瞳を和ませて微笑んだ。そのままさっさとスタジオの外へ出ていこうとする。心臓をばくばくいわせながら、ひっぱられるままについていく右近。

(どどどどどこへ連れていく気だろう?

 え、まさか男子トイレで一緒に個室にはいろうとか?

 そ、それとも大道具の倉庫に連れ込まれて…あんなことやこんなことや…。

 あ、そ、そんな、まさか…)

 場所を移動する一、二分の間、右近は頬を染め、妄想の翼を空高くはばたかせた。





 「え、いいんですか、勝手に入っても?」
恐る恐る問いかける右近に、誠司はいたずらっぽく目を光らせた。
「いいんじゃない? 監督どうせ今撮影中だし」
「はあ…」
「誰も見てないから…」
誠司は遠慮なく引き戸を開けて中へ入った。

 連れてこられたのは、『監督詰め所』だった。

 (ま、まさかこんなとこで…? 監督が戻ってきたらどうする気…)

 「や、やっぱりいけないよ溝口くん」
「なんで?」
「か、監督の留守中に勝手に…」
もごもごと口ごもる右近に、
「心配性だなあ…右近くんは」
誠司がとっておきのあの声、腰砕けのバリトンでささやきかけた。

 (あ…だめっ)

 右近は思わずへなへなとソファに座り込んでしまった。

 (あ、なんてお誂え向きにソファが…)

 ソファに体重を預けながら、右近はすでに朦朧とした頭で考えた。

 このぼろいソファ。激しく動いたら、大人二人の体重を支えられるのだろうか。
ソファを壊して後で監督にバレたらどうしよう…。

 右近はかなり真剣に悩んだ。悩んだが目の前の誘惑に勝てそうもない。

 一方、誠司は部屋の隅にいって何やらしゃがみこんでいる。

 「み、溝口くん…」

 必死の勇気を振り絞って右近は誠司を呼んだ(誘ったとホントは言いたい)

 誠司は何かを持って立ち上がると、場違いなほど明るい声で言った。
「ほら、これを見せたかったんだ!」
「は…」
目が点になるとはこういう瞬間のことを言う。

 心臓ばくばく、ほとんど酸欠状態でソファに座っていた右近。
そんな右近の目の前。コーヒーテーブルの上に、誠司はハムスターのケージをそっと置いた。
「これが噂の『右近』と『誠之進』だ」
「はあ…」
からからと回し車が乾いた音をたてていた。



 天高く羽ばたいた右近の妄想も、堕ちた凧のように情けなく地面に横たわっていた。

 誠司は水を飲んでいた白っぽいハムスターをそっと両手で抱き上げた。
「ほら! こいつが『右近』だ」
「は、はい…」

 期待してひとり舞い上がった自分がばかみたいだ…。
溝口くんには三郎がいるじゃないか。私のことなんか…単なる共演者としか見ていないのに。

 右近はうなだれて生返事を返しながら、涙がじんわり浮かぶのを懸命に堪えていた。

 「ほら、白い毛にちょっとだけグレーのメッシュが入っててオシャレだろう?」
「ええ…」
「いっつも毛づくろいしてるんだぜ」
「そうですか…」
気のない返事を続ける右近に、誠之進が一瞬間を置いて呟いた。
「…綺麗だよな、こいつ」

 誠司は『右近』を両てのひらで包み込むようにすると、自分の顔の高さに持ち上げて、
(あ…っ)
あろうことかハムスターの耳のあたりに軽くキスした。
呆然と見つめる右近を前に、誠司は『右近』を膝の上におくと、やさしく眉間を撫でている。
『右近』もうっとりとされるがままになっていた。

 「ほら、こいつ、こうされるのが好きなんだ…」
誠司はじっと右近の目を見つめながら、『右近』を指先で撫ででいる。
「見てみろよ、この恍惚とした表情」
何やら自分が愛撫されているかのような錯覚に陥り、再び右近の心臓が騒がしく脈打ち始めた。

 「ん、そんなにいいか?」

 (ああ、頼むからそんな声で話しかけないでくれ!)

 「こいつ、俺のお気に入り」
誠司の指先が今度は『右近』の顎の下にもぐり、軽くなであげた。

 (あ、だめ、そんなふうにしたら…)

 右近は一瞬背筋に甘い震えが走ったが、つとめて平静を装って言った。
「そうですか…じゃあ、そっちの子は?」
右近は回し車で元気よく遊ぶ、普通の白と茶のぶち、ゴールデンハムスターを指差した。
「あ、そっち? そいつは『誠之進』だからな。普通に世話してる」
右近はくすりと笑い、
「私はこの子のほうが好きかもしれないな」
右近がひまわりの種を差し出すと、『誠之進』は嬉しそうに両手で持って食べ始めた。



「ほら、素直でかわいい」
「食い意地がはってるだけだよ」
「ううん…この食べっぷりが健康的で好きだな」
右近がにっこりと誠司に微笑むと、誠司が『右近』をケージに戻した。
二匹は仲良くひまわりの種を食べ、満足すると一緒におがくずの中に潜り込んだ。

 「夜行性だからな…ほんとは今、昼寝タイムなんだ」
「起こしちゃってかわいそうだったね」
誠司は苦笑してうなずいた。

 おがくずに身を埋めるようにして、二匹は丸くなって寄り添っている。
確かに監督が言うように、うらやましくなるくらい「めっちゃ仲良し」だった。

 「こんなに仲良しだけど、交尾はしないんですよね…」
ふと溜息とともに、独り言が零れでてしまった。
言ってしまってから、右近は顔から火が出る思いだった。
誠司は呆れ果てて返す言葉がなさそうだ。

 「それは、わからないぞ」

 真剣な面持ちで誠司が呟いた。

 右近は慌てて、
「や、やだなあ、溝口くん。冗談に決まってるじゃない?」
「え? 冗談だったの…」
「♂同士でそんなこと…」
「なんで…人間にはよくある話しじゃないか」
鳶色の熱っぽい瞳がまっすぐに右近を見つめてくる。
「現に右近くんだって…経験ありだろ?」
「み、溝口くん…?」

 ソファに座った誠司がわずかに右近との距離を詰めた。秀麗な顔が近付いてきたかと思うと、誠司はついと手を伸ばし、右近のこめかみのあたりに指先で触れた。そのまま右近の髪を二、三度梳いた。

 「溝口くん…」
右近は掠れた声で呟き、身をこわばらせていた。
「右近くんは…嫌なのか? こんな風にされるの…」
さっきハムスターの『右近』にしたように、誠司が指先で優しく軽やかに右近の髪をなでる。

 なななな何だろう、溝口くんはどういうつもりで…。

 いぶかりながらも、右近はいつしか魔法にかかったように、うっとりと目を閉じていた。

 胸が痛いほど、動悸が激しくなった。

 誠司の顔が近付いてくる気配がする。

 頬にわずかに誠司の息がかかり、長い指が右近の顎に…

                       

 ガラガラっ! 

 引き戸が勢いよく開く音に、誰かが手を打ちならす音が続いた。

 パンパンパンパンパン!

 「は〜い、御苦労さん! ハムスター観賞会はこれにて終了〜。皆さん解散ね!」

 惣一郎の声に右近は我に返り、弾かれたように誠司から身を離した。

 「結城さん…今日は東京に帰ってたんじゃないんですか?」
わずかに笑いを滲ませた声で、誠司が余裕たっぷりに応えた。
「用事をすませてとんぼ返りしてきたよ」
「…まめな人ですね」
「そっちこそ…」

 お互い、端正な顔に笑みを浮かべながらも、絶対零度の冷ややかな応酬が続いている。

 「溝口くん、さっきから三郎くんが君を探しているようだが…」
「あ、CM撮り、終わったんですか?」
「のようだね。内藤さんが疲れきった顔でシャワー室に入っていったよ」

 誠司はぶっと吹き出し、ソファから立ち上がった。
「じゃ、また」
誠司は惣一郎に会釈し、その後でちらりと右近に視線を投げた。

 唇の端をわずかに持ち上げて、右近にだけわかるように微笑んだ。

  右近はソファにちんまりと腰掛け、乱れた頭で誠司の微笑の意味を考えた。
指先で髪を梳かれた感触が、まだ生々しく残っている。
右近は去っていく誠司の後ろ姿を、熱く潤んだ瞳で見つめていた。




 「あ〜疲れた…」

 熱いシャワーを浴びた後、帯刀は脱力したように呟いた。

 撮影終了後、ここまで不毛な疲労を感じるのは滅多にないことだ。

 自分の出したNGとはいえ、数回電車のドアに挟まれ、自慢のボディに少し痣までできている。

 (なんと…柔な体になったもんだな。またジムで鍛えなおさにゃいかん…)

 帯刀はタオルで髪をふきふき、四十代にしてはかなり見られる裸体を、惜し気もなくシャワー室の鏡に写し出していた。ポーズをとって見蕩れているあたり、こいつも若干ナルシストの気がある。

 (ふむふむ。ここへ右近を連れ込んで、鏡の前で可愛がってやるのもまた一興…)

 帯刀は思わず武者震いした。
立ち直りの早いこの男、はやくも「CM出演」の見返りについて、具体的な希望をまとめ始めていた。

 (そうだ、采女監督に企画書を提出しよう…。「青嵐」の本編での裏出演が無理なら、番外でも「夏休みやおい祭り」の特番だってかまわん…)

 「ああ楽しいなったら、楽しいな…」

 帯刀はディズニーの『三匹の小ブタ』をデフォルメしたような、妙〜な旋律を唄いながら、自慢の豹柄のビキニブリーフに足を通す。ふたたび鏡で『盛り上がり具合』を確認し、満足げに薄く笑った。

 ま、一仕事終わったことだし、今夜も派手に遊ぶとするか…。

 エロオオカミは明日の活力を得るべく、愚弟や付き人を従えて、さっそうと夜の祇園にくり出すのだった。 

 ちゃんちゃん。


 采女監督:右近ちゃん、壊れるほどソファで何をするつもりだったんでしょおね♪


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