|
「ほら、いいお天気だろう?」
大きく伸びをしながら、誠司が朗らかに言った。
確かに絶好の初詣日和だ。
空気は冷たかったが、日向で感じる柔らかな陽射しがなんとも心地よい。
ふたりは並んでセットの江戸の町並みを歩きながら、監督詰め所へ向う。
「どう、右近くん。少しは気分よくなった?」
「う、うん。何だかすっきりしたよ」
冷たい空気を吸ったおかげで、右近の朦朧とした頭はかなり回復していた。
赤い橋のあたりまで来ると、誠司はふと立ち止まって欄干にもたれた。
「ところで右近くん。一度聞きたかったんだけど…」
「ん?」
「結城さんとはほんとに付き合ってるの?」
い、いきなり何をっ…。
右近は目を見開いたまま、橋のたもとで固まった。
「つ、付き合ってるってゆうか…」
まじで問われると、自分と結城惣一郎の関係をどう説明してよいのか、右近は戸惑った。
「好きなの?」
「え…そ、それはまあ。…嫌いじゃないよ」
「つれない言い方だね。結城さんは右近くんにめろめろのようだけど?」
う、うん、世間的には一応カップルなんだよね。
大学のOBで先輩俳優だった結城惣一郎。
誘われて、なし崩しに関係してしまったが、以来、確かに大切にしてもらっている。
だけど恋人なのかと言われたら…。
「誠司くんは…どうしてそんなこと聞くんだ?」
大真面目で尋ねる右近に、誠司は横を向いたままふっと鼻で笑った。
「役柄もだけど、地でも相当鈍いんだね、右近くん」
「に、鈍いって…どういう意味だよ」
「文字どおり、寄せられる好意に対して鈍感って意味だよ」
誠司がひたと視線を合わせてくる。
「なに、それ……あんまりじゃないか」
右近の声が掠れた。
心臓が期待に痛いほどに鳴っている。
だけど…。
右近はふるふると頭を振った。
今度もまた自分の勘違いに決まってる…。どうせまたいい所になったら、監督の『か〜っと!』の声がかかるんだ。夢は見るだけ損なんだから一一。
「わからないの? 俺はずっと君のことが…」
赤い欄干にもたれた長身の誠司が、右近をまっすぐに見つめていた。普段は穏やかな鳶色の瞳に燃えるような情熱を込めて、一心に…右近を見つめていた。
「せ、誠司くん…」
ああもうダメだ。勘違いでも何でも、誠司の胸に飛び込んでしまいたい。ええい、飛び込んでしまえばこっちのもの。好きならスッポンのように食らい付けと、ばあちゃんも言ってたっけ…。
瞳を潤ませ、右近が思わず足を踏み出すと、
「気になってたんだよ…」
甘い吐息とともに、誠司の声が羽毛のごとく右近の鼓膜をくすぐった。
「誠司くん…っ」
は、早く監督の部屋へいって、『ハムスター観賞会』の続きをしようっ!
「だって…あんまりじゃないか。マグロマグロってみんなでよってたかって…」
へっ?
誠司は欄干から離れると、右近の正面に歩みよって来た。
「大体なあ、濡れ場の演技がマグロだからって、縛りや陵辱シーンをこなしたところで色気が出るかってんだ、ばかやろう」
なんだよ誠司くん。自分も散々マグロって言ってるじゃないか。それに何か話の方向が…。
目を白黒させる右近の前に立ち、誠司が右近の両肩をぽんぽんと叩いた。
「要するに…結城さんが相手じゃ、今いち燃えないんだろう?」
「そ、そんなことは…ないよ」
右近は目を潤ませながら、ふるふると頭を振った。
いくら何でもここでうなずいては惣一郎に申し訳ない。
ただ、時々、実生活と演技の境目がわからなくなり、つい惰性に流されてしまうこともあった。
「じゃあ、内藤さんに縛られたら燃えるのか?」
「ま、まさか!」
「内藤兄弟の二○差し…」
「や、やめてえ〜〜!」
右近は両手で耳を押さえながら、本気で鳥肌をたてていた。
そこへすっと誠司が頬を寄せた。
「なら一度…俺で試してみないか?」
「せ、誠司くん…っ」
セットの橋のたもとで、誠司がふわりと右近を抱きしめた。
「ほら…相手が俺だったらどんな気持ち?」
あ、あぁぁぁぁぁ…。
この温もり。精悍な腕。ずっと夢に見ていたよ…。身も心も預けてしまいたくなるような…。
「少しは…どきどきするかい?」
指先で髪を優しくすかれ、右近はとろんとした眼差しでうなずいた。
本読みで初めて顔を合わせた時…ひとめ惚れだった。
誠司がどの役をやるのか、右近はまだ知らなかった。
だが稽古が始まってすぐ、右近が報われぬ片恋に身を焦がす『誠之進役』だとわかり…。
しかし撮影開始早々、誠司は映画の中でも恋人となる、信明(三郎)とすぐに出来上がってしまったのだ。自分には惣一郎がいたし、アタックする間もなかった。
『い、いいのかな、誠司くん。こんなことして…。信明くんは?』
右近にも良心の呵責があった。だが思わず呟きかけた言葉を、ぐっと腹の奥へと押し戻した。
こんな千歳一遇のチャンス、逃してなるものか…。
皆、僕のことを受け身なマグロって侮ってるけど…やるときはやるんだ…。
一方、結城惣一郎が内藤帯刀に絡まれている間に、新年会場から右近と誠司の姿が消えていた。
「やられたっ!」
惣一郎は一声叫ぶと、血相を変えて表へ飛び出していった。
「おら〜、何じゃあ、結城〜、先輩を放って何処へいきくさった〜〜!」
「ちょっと内藤さん、もう飲み過ぎですよお〜」
いつの間にか大虎と化した内藤帯刀は、手のつけられない状態になっていた。
「何や〜、内藤はん。酒は飲んでも飲まれんちゅうのが、あんたのポリシーやなかったんか?」
監督も呆れながら、帯刀の手から枡を取り上げた。
パンパンと手を叩き、後ろの若手脇役のテーブルを振り返った。
「嶺次郎はん、すまんけどそろそろ連れて帰ってんか?」
「す、すみませんね〜、皆さん」
米つきバッタのようにぺこぺこ周囲に頭を下げ、嶺次郎は帯刀のもとへやってきた。
「ほら兄さん、今日はそれくらいに。元旦に酔いつぶれるなんて野暮ですよ」
目玉はかなりどろんとしていたが、『野暮』という言葉に帯刀は敏感に反応した。
意外におとなしくうなずくと、弟の手を借りて席から立ち上がった。
「じゃ…監督っ…次回の『小部屋』、きっと私に声をかけてくださいよっ!」
「わかった。考えとこ」
「きっときっとよっ」
しつこく念をおすことだけは忘れず、監督と指きりげんまんして会場を後にした。
去っていく後ろ姿が何となく内股なのは、気のせいだろうか…。
「あかん…。帯刀はん、まだクリスマス企画のオネエが抜けきっとらんわ…」
「あの人、役作りに没頭しますからねえ…さすがです」
「あんたも精進しいや」
しみじみと手を取り合ってうなずく、監督と平岡健太だった。
「酒を飲んでくだを巻くとは、内藤くんはまだまだ若くて羨ましいのう…」
大御所テーブルから、里○主膳の『黄門様笑い』が高らかに響いた。
さてさて皆様。
赤い橋のたもとのふたりがその後どうなったか?
外へ飛び出した惣一郎が、間一髪でふたりのナニを阻止したのか?
今は御想像(御妄想)にお任せいたしますm(__)m
ただ、一月四日に新春第一回目の撮影があり、その日、ハムスターの掃除当番は加賀谷信明くんでした。つまり本人は現れず、代理に誠司がやってきたわけです。
動物好きの誠司は大して苦になっている様子もなく、淡々とケージの掃除を済ませ、きれいになったところで、お気に入りの『右近』を掌に乗せて遊んでいました。『右近』も誠司の匂いに安心するのか、掌の上でくしくしと毛づくろいに余念がありません。
ちょうどワンシーン撮り終えて、監督が戻ってきたようです…。
「誠ちゃん、いつもすまんな」
「いいえ、俺もこいつらと遊ぶのが楽しみで」
にっこり微笑む誠司に、監督がにやりと笑いかけた。
「ところでこないだの首尾は?」
誠司は目を細め、掌に乗せた『右近』の顎を優しくくすぐってやる。
「ま、滑り出しは上々ってとこです」
「ふううん」
監督の目が好奇心できらきら光っている。
「少しは『積極性』が出てきたか?」
「はい…でも監督の『お言い付け』は守ってますよ」
「よしよし。あんたの役者根性には敬服するで。きばってや」
満足そうにうなずく監督に、
「撮影終了まで…俺が責任を持って右近くんの面倒をみます」
「おお、たのもしいのう」
「右近くん、もう少しでひと皮剥けるでしょう…」
誠司が声に自信を滲ませた。
「よろしゅうたのんます」
監督が誠司に向い、指無し手袋の手を合わせて小さくうなずいた。
監督がかけだし俳優の誠司を、主役級の『誠之進』に起用したのには理由があった。
今どき少なくなった『男らしい男前』の容貌と抜群のプロポーションに加え、業界内でのある噂が監督の耳に入ったのだ。
この業界、ハンサムな役者ならいくらでもいるが、なぜか誠司と共演した女優はかならずめろめろになってしまうという。撮影中、さりげに相手役に労りや気づかいを見せるし、ラブシーンがうまいことで秘かに定評があった。
爽やかな好青年の顔と、床上手な夜の顔。監督が『これやっ!』と飛びついたのも無理はない。
この配役は見事にあたり、新人であっちも未経験だった信明も、もはや相手役の誠司とならどんなシーンでも撮ると意気込みを見せる。監督が宥めすかさずとも誠司に任せておけば、恥ずかしいシーンでも受けの役者がぐずることは滅多にない。
誠司は『右近』をケージに戻すと、自分の出番の備えて楽屋へ戻ろうとした。
詰め所の引き戸に手をかけたところ、後ろから監督の声がした。
「しかし誠ちゃん…」
「はい?」
肩ごしに振り返る。
「おぬしもワルじゃのう…」
「監督ほどでは」
「ふっふっふっふっふ……」
「はっはっはっ…」
代官と越後屋がどんな策をろうするのか…マグロな右近には知る由もなかった。

ぐふふ。惣一郎もこのまま黙っちゃおりませんで〜♪ 撮影所での攻め・攻め対決も佳境に入ってきました。本年もどうぞよろしゅうm(__)m
おわり
|