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「青嵐」終了した頃。監督の気まぐれで、右近が『絵島・生島』の生島新治郎を演ずることに??
「浄夜」の撮影はかなりのんびりペースになると聞いていたが、蓋を明けてみれば本当にそうだった。監督からも、「今年の撮影は不定期。皆のスケジュールを拘束するわけにもいかんので、お呼びがかからん時は、めいめい別の仕事にも励むように」とお達しが出ている。
誠司くんと信明は、「浄夜」の撮りでこないだまで撮影所に缶詰めになっていた。越後が舞台の仲直り編なので、当然私の出番はなし。ちっ。はっきり言って京都にいても用なしだが、なぜか私だけは監督と独占契約を結ばされており、監督の許しがなければ他の仕事はできない。監督は「しばらくゆっくり休みや」と、衣食住は保証し、ご丁寧に平岡くんを家政夫としてつけてくれているが、悪く言えば飼い殺し状態である。
早晩、AVの仕事でも振ってくる気だろうと、半ばあきらめつつ、私は私で日々の楽しみを見い出していた。それは一一。他社の某映画村見学。
ちょうど年末の特番「忠臣蔵」の撮影中なのだ。大石内蔵之助はうちの里見主膳さま。そして何と、堀部安兵衛役は誠司くんなのだ・ くううううう、直球ど真ん中、何とも私の萌えを刺激するキャスティングだ。もちろん安兵衛の方がだよ。
「勉強させていただきます」と主膳さまに言い訳し、私は毎日のように通っている。撮影始めの頃、誠司くんは大石蔵之助を「太夫」と呼ばねばならないシーンで「父上」と口走り、数回NGを出していた。主膳さまも父上と呼ばれてまんざらでもないのか、鷹揚に笑って撮り直しに付き合っていた。
この先、討ち入りシーンや清水一学との対決シーンが待っている。誠司くんがどんな殺陣を見せてくれるのか、今からどきどきだ。ううむ、清水一学役の俳優さんがかなり羨ましい。自分がやりたかったな。
さてさて、誠司くん扮する安兵衛の男ぶりに感激しながら、いそいそと見学を続けていたある日、とうとう監督から呼び出しがかかった。
「右近ちゃん、どないや!元気しとるか?」
「はい、おかげさまで」
電話の向こう、監督の声は既にハイテンションだった。
「ところでな、DVDの仕事が入ってんけど」
「はあ…」
要は公共の電波に乗せられない代物なんだな。
これはもうAV決定かと、苦い覚悟をかみしめたところ、
「今度はな、『絵島生島』の生島新五郎役や」
「え…それはまた」
何と。
初めてまともな恋愛ものかと、私はほっとしたような、拍子抜けしたような気分だった。
しかし女性相手のお役もこなさねば、受け専門の俳優になってしまう。
それはやはりいかがなものかと、最近悩んでいたところだった。
生島役かあ…うん、結構いいかもしんない。
前向きになった私は、
「で、お相手の絵島役はどなたが?」
おもわず背筋をしゃんと伸ばして尋ねた。
ところが、
「絵島? そんなもんはおらへん」
「は、はあ?」
「話しはな、生島のその後や」
「その後って?」
「絵島と引裂かれ、島送りになった後や」
膨らみかけた更正への期待も、一瞬でぺたんこになった。
そうだよな、あの監督が、私と女の人を絡ませてくれるわけもないか(おいおい)
私は特大の溜息をつくと、
「ああ、もう見えましたよ、あなたの魂胆は」
「さよか」
電話の向こうでにまにま笑う、監督の気配が憎たらしい。
「タイトルも決まってへんけど、仮題は『過酷な受けライフ@離れ小島』やねん」
『総受けです』といわんばかりのタイトルに、私は思わず電話を切りかけた。
「ちょっと待ち!!」
気配を察した監督が慌てて叫んだ。
「まだ企画段階で台本もできてへんけどな…絡む相手の希望は聞かんでもないで」
一瞬、耳を疑ったが、
「ほ、ほんとですかっ!」
私は電話に噛み付かんばかりの勢いで答えた。
「嘘じゃないですねっ!」
「うそやない。言うてみい」
「そ、そりは…」
決まってるぢゃないか。
本編では封印されてしまった、私の悲願一一!
「ほんとに、相手は私の希望通りになるんですね」
「そや」
断言する監督に、
「それなら…」
私はおずおずと答えた。
「台本にはしのごの言わせんけどな」
監督の含み笑いが若干気になるが、まあいい。
相手役の希望さえ通るなら、どんな過酷な受けライフでも…ぶるっ。
そうだなあ、お相手の役柄は…悪者から私を守ってくれる流人仲間か、はたまた親切で絶倫な島の漁師か、いや、やはりここは新たな境地を開くための極悪代官でもいいぞ。す、少しくらい縛られたって平気だい。
回る回る妄想の風車状態のなか、私は遠くで監督の声をきいた。
「ほな明日の晩、打ち合わせするから、8時頃『五嶋亭』までおいで」
一度内藤さんに連れられて行ったことがある。
寺町のうまい近江牛を食べさせるすき焼き屋だ。
しわい監督がここの肉を食わせてくれるとは…随分はりこんだもんだ。
私は思わず舌なめずりをしながら、
「はい、必ずうかがいます」
しめしめと電話を切った。
すっかり調子にのった采女監督は、たまたま撮影で京都に滞在中のメンバーにメールを送った。
新企画:過酷な受けライフ@三○島
主演:櫻田右近(生島新五郎役)
相手役『複数』募集。
われこそはと思う方は、希望する役柄と簡単な設定を書いて、御応募ください。
いち早く返事が来たのは、映画『通天閣金融道』の撮影中の内藤帯刀。続いてTVドラマ『忠臣蔵』の出演者、大石役の里○主膳御大、堀部安兵衛役の溝口誠司、それと、監督がメールを送ったわけでもないのに、どこからか情報をゲットした、吉田忠佐衛門役の池田孫作。役者というよりほとんど右近の付き人の平岡健太も志願してきた。
田安の御前もグルメ番組の取材で京都にいたので、とりあえず声をかけてみると、明日、打ち合わせがてら、すき焼きを御馳走してくれるという。
結城惣一郎はまじ〜めな歴史番組でエジプト・ロケ中なので、今回は連絡を差し控えた。
『相手役の希望は聞かんでもないで』
右近に言った言葉は嘘ではなかったが、手回しのよい監督は、既に相手役候補を募っていた。
「まあ、いくら過酷な受けライフと言うても、せいぜい、4、5人までやろな…。収録時間は1時間15分くらいに押さえたいところやし…」
監督は候補者の顔を思い浮かべつつ、ひい、ふう、みいと指を折りながらほくそ笑んだ。
*
さて約束の日、われこそはと名乗りを上げた役者たちが、夕方から続々と「五嶋亭」に集結していた。今夜は新プロジェクト発足を祝い、一同おおいに盛り上がるつもりだった。
「ところで今夜の払いは…」
内心あてにしているのは内藤帯刀だが、采女監督はもみ手をしながら、上座の大御所連をずいっと見回した。
「それはもちろん、この私が」
室内でも派手なマフラーを巻いたまま、田安の御前が鷹揚にうなずいた。
「いや、今回は私が持たせてもらいます」
笑みを浮かべながら、里見主膳が田安の御前を前に一礼した。
「ほう…里見さん、どうしたね。今回はやけにやる気満々だね」
「私はいつでも撮影には全力で臨んでいますよ」
まじ〜めにかわした里見主膳に、
「忠臣蔵でお忙しいだろうに、スケジュールは大丈夫なのかね?」
御前は少し絡みモードらしい。
「ご心配には及びません」
里見主膳はあくまで礼を尽した。
さすがの内藤帯刀も大先輩ふたりの会話には割って入れず、目を血走らせながらも卓の前で黙って正座している。弟・嶺次郎には采女監督からメールがいかなかったのか、今日は単身この席に来ていた。
宴会用の長い卓を囲み、上座には大御所ふたり、田安の御前の隣には采女監督、里見主膳の隣は年長者ということで池田孫作が座っている。その隣に内藤帯刀と溝口誠司が向かい合わせで席につき、さらに下手に平岡健太ともうひとり、超場違いな人物が座っていた。
劇中、もっともまじ〜めな滝川彦四郎だ。
地味で寡黙な滝川は、撮影所ではいつも黙々と台本を読み、暇さえあれば殺陣の稽古をしている。
「滝川くん、今日の会の主旨はわかって参加したのかい?」
もしやこの友人が、何か大きな勘違いをしてないかと、溝口誠司が気づかいを示した。
すると滝川は真っ赤な顔でうなずいた。
「へえ…そうなんだ」
平岡健太がからかうような声音で、卓越しに滝川の顔を下から覗き込んだ。
「で、滝川。おまえはどんな役が希望だ?」
内藤帯刀も腕組みをしながら横からちゃちゃを入れた。
「そ、それは…」
耳まで紅に染め、滝川は大きな肩を丸めた。
内藤はふんと鼻を鳴らし、
「生娘じゃあるましし。そんなんで裏出演は無理だな」
「内藤さん…」
誠司が軽く睨んでたしなめたが、
「ろくな覚悟もなしに裏に出ようなんざ、10年早いんじゃ」
内藤はここぞとばかりに真面目な後輩をいたぶった。
誠司は血迷った友人をとりあえずかばった。
「まあまあ。滝川の希望は後でゆっくり聞きましょう。ところで内藤さんは?」
「わしか?」
「ええ、さぞ濃い役を考えてきたんでしょうね?」
「ふん、そんなに聞きたければ教えてやろう」
「はい、ぜひとも」
「三○島の代官だな。権力を傘に、ばこばこと○りまくるのよ」
「はあ〜〜」
平岡健太が掌を頬にばちんと当て、
「これだからおっさんの発想は…」
呆れたように卓の上に脱力した。
一方誠司は、
「内藤さんも代官希望なのか…」
にやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「俺と…かぶっちゃいますね」
「なにっ?!」
「これは…どちらがより説得力のあるプレゼンをするかですね」
「ぷ、ぷれぜん?」
誠司は余裕たっぷりに、バックから何やら書類の束を取り出した。
「俺、資料作ってきました。人数分、コピーも用意してあります」
急にリーマンのような声音になった誠司に、皆の視線が集中した。
誠司の資料が出席者全員の手に一部ずつ渡った。
ぱらぱらページをめくる音に続き、
「おおっ…」
「くううっ…」
「何と…リアルな…」
座敷のあちこちから、うなり声やらどよめきが洩れた。
卓の下、こっそり前を押さえているものもいる。
監督は十数枚綴りの資料を一旦閉じると、隣の誠司の顔をずいっと見上げた。
「誠ちゃん、これあんた書いたんか?」
「はい、拙いですが」
誠司は一応、謙虚に照れたような笑みを浮かべた。
誠司が配った資料は絵コンテだった。
あくまでプロトタイプの簡略版だが、カットごとの被写体の構図、動きなどが、十分あられもない姿で描かれている。
「溝口さんにこんな才能があったとは…」
うなる滝川彦四郎のすじ向かい、内藤帯刀は血走った目で資料を見つめている。
「で…、溝口君は自らこのシーンを演ずるつもりかね」
田安の御前のお尋ねに、
「はい、案を採用していただいたあかつきには、ぜひとも」
誠司は丁寧に頭をさげた。
里見主膳が絵コンテから目をあげ、ふうと溜息をついた。
「いやはや、こりゃ体力勝負だね。(堀部)安兵衛の立ち回りより疲れるんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。鍛えてますから」
誠司は『父上』ににっこり微笑むと、
「では監督、絵コンテもお配りしたことですし、僕から始めてよろしいですか?」
「そやな。食事の前に話してしまお」
監督の許しを得て、誠司は卓の前で居住まいを正した。
諸先輩方に目礼し、誠司は堂々たる口調でぷれぜんを始めた。
「まずは監督、新企画『過酷な受けライフ@三○島』にお誘い下さり、誠にありがとうございます」
隣の監督に一礼すると、
「なんのなんの」
監督はうなずきながら、コップを誠司の前に突き出した。
ビールをつげという合図だ。
誠司も慣れたもので、一流ホストのごとく、さりげなく監督の要求に応えた。
監督が満足そうにグラスを口に運ぶのを見届け、誠司は続けた。
「メンバー総掛かりで右近くんを悦ばせる企画とくれば、自然と熱も入ります。ね、内藤さん」
「お、おう…」
「そこで夕べ徹夜で考えたのがお手元の絵コンテです。それでは一ページ目をごらんください」
誠司の合図に一同改めて表紙をめくった。
「役は三○島の代官です。年の頃は30。政争に破れて左遷された旗本という設定。このままいけば一生を島で過ごし朽ち果てる運命。様々な負の感情を抱えて生きています。流人の生島をひと目みた瞬間、美しさに目を奪われますが、かの『絵島・生島事件』の片割れと聞き、代官の中で嗜虐的な感情が芽生えます…」
「そこで、まずはこの『長持プレイ@土蔵』なのじゃな?!」
枯れ木のような池田孫作が、声を弾ませて問いかけた。
「はい、2ページ以降はその絵コンテです。いかがです?監督」
「ふむ…土蔵で明かりは手燭のみ。…ええ効果が出るやろな」
乗り気な監督の様子に、誠司はふっと口元を綻ばせた。
「おまけに…結構えげつない言葉責めやな」
「それはもう、『過酷な受けライフ』ですから」
平岡健太も興味深げに絵コンテを読み進んでいる。
「カメラの位置もよく考えてますねえ…うわあ、これなんてっ!」
隣の内藤帯刀に問題のシーンを指差してみせた。
帯刀はごくりと喉を鳴らし、
「しかしこんなシーン…あいつが撮らせるかな?」
「確かに…」
思わず同意する平岡だったが、
「その心配は無用でしょう。相手が僕でしたら」
誠司は淡々と返した。
「ほう…」
上座から田安の御前が呟いた。
采女監督をのぞく一同、各々に絵コンテから映像を思い浮かべ、前を膨らませた。
「さて、後半のシーンは海辺の松林です」
「暗がりから一転して、今度は青○○かい?」
呑気に見上げる監督に、誠司はうなずいてみせた。
「過酷な受けライフに耐え切れず、生島が自害をはかろうとします」
「うう、かわいそうに‥」
滝川は先のページをくり、洟をすすりあげていた。
「松の木で首を吊ろうとした生島を、見つけた島の者が助けます。騒ぎになったところへ代官が駆け付け…」
「ううむ、これは酷いのう」
里見主膳がうなった。
「流人の分際で自害とは生意気なとばかりに、全裸の生島に縄を打ち、松の大枝に吊るします」
「縄の打ち方にも念が入っているな」
「ご丁寧に結び目つきの○縄だ…」
「地面に足がつきそうでつかない高さがまた…」
「そこへ代官が後ろから一一」
と、一同固唾を飲んで絵コンテ最終ページをめくると
to be continued
の文字に全員がっくりと肩を落とした。
誠司は満足げに座敷を見渡し、
「この先は『掲示板』では無理ですよ」
ふわりと目元を和ませた。
「というわけで監督。俺はざっと、こんな2シーンを考えてきましたが…」
「うんうん、ようでけとった。ご苦労さん」
うねめ監督が目を細めてぱちぱちと拍手した。
誠司は一礼すると、
「俺のぷれぜんはこれにて終了です。お次のかた、どうぞ」
一仕事終えた誠司は胡座をかき、ビールの瓶に手を伸ばした。
手酌は気の毒と、滝川が横からフォローした。
「ほな、次は? 里見はん、あんさんどんな役を御希望でっか?」
「私ですか?」
卓の向こうから、里見主膳がえびす顔で微笑んだ。
「島の大庄屋あたりを考えておりましたよ。ほっほっほ…」
「ありきたりですな」
代官役で誠司とかぶり、すっかり機嫌を損ねた内藤帯刀が小声で呟いた。
「それはまあ、先程の溝口君の趣向に比べれば…」
「内藤さん、失礼ですよ」
誠司がやんわりと制した。
だが瞳がさりげに挑戦的なのを、帯刀は敏感に感じ取っていた。
若僧めがと、極道目線で誠司をねめつけている。
一方主膳は『息子』の援護に気をよくしたか、
「しかし今回の主旨はよくわかっているつもりですよ」
目を細めてこくこくうなずいた。
「ほう」
「ひもじさに耐えかね無心にきた生島に、大庄屋が心よく米を分けてやります」
「おやさしいことで」
さも面白くなさそうに内藤が鼻を鳴らした。
「粗末な着物ではさぞ寒かろう、古着でよければ差し上げようと、生島を奥の部屋に案内します」
「で、そこに罠がしかけらているのですね」
平岡健太が目を輝かせて割り込んだ。
「さよう。福相をたたえた老人が、生島を各種道具でハードにおもてなし…ごほんっ、というのはいかがでしょう監督?」
少々照れながら、里見主膳が監督に笑いかけた。
「ふむふむ、いかにも人格者なあんさんがやると、意外性があってええかもしれんな」
監督がぼんと膝を叩いた。
この案も採用かと、他のメンバーも色めきたった。
遅れをとるまいと、次々に考えた役柄を言い立てる。
田安の御前は生島の贔屓筋、日本橋の豪商とか。
島送りになる前、奉行所に手を回して一晩だけ生島を牢から出す。
地獄を見る前に一夜の慰めをと、一席もうける。
絹布団で寝るのもこれが最後となるかもしれない生島。
御前が濃厚にサービスしてやるのだそうだ。
「ひとつ希望のシーンがあるのですが」
御前が顎をさすりながら切り出した。
「なんです?」
「散々喘がされた後、紅い絹布団の上、乱れた姿態を曝す生島。その白い肌の上に黄金の小判を散らしてみたい」
「なるほど」
あんたの趣味はいつもそんなんやな、と監督が苦笑いした。
『地獄の沙汰も金次第。少ないが持っていきなさい…』
「と、右近くんに言ってみたいのですよ」
御前が喉の奥からふっふっふと笑った。
はまり役と言えばそうなのだが、あまりにベタな筋書きに皆は少々あきれ顔だった。
誠司の絵コンテの迫力と、大御所ふたりのやる気満々な提案に気押され、他の者たちは少々戦意喪失気味だった。
「いやはや、若いひとたちにはかないませんな」
白髪眉を下げて池田孫作が苦笑した。
「池田さん、それは私のことも含めておいでですか?」
孫作老人より十歳ほど若い里見主膳が、何やら嬉しげな声をあげた。
池田孫作は曖昧に微笑むと、
「わ、私は右近さんの玉の肌を、間近で拝ませてもらうだけで…よしとします」
ハンカチで額をふきふきしながら答えた。
「なんや孫作はん、それでは本編と変わらんで。また着替えさせたり風呂へ入れたりか?」
「はあ…」
照れ笑いの孫作に、
「今回応募してきたんは、もっとその…チャレンジ精神があってのことやないのか?」
采女監督が詰め寄った。
「監督…」
老人を焚き付けて何しますねん、と、誠司が監督を軽く睨んだ。
監督はしばらく不満そうにぶつぶつ呟いていたが、
「ほな平岡に滝川、あんたらの案は?」
仕方なく若手に発言を求めた。
「僕はぴちぴちの島の漁師ってあたりで。皆さんみたいにマニアックじゃないから、シンプルに右近さんとできればそれで」
平岡健太がはきはきと答えた。
「右近さんに憧れて、やらせてくださいモードでいいですよ。若さには自信がありますから、長丁場の濡れ場にも十分耐えられます」
さりげに持続時間をアピールするコメントに、
「長丁場てなあ、おまえ。偉そうなこと言うて…前の小部屋でも線香花火やったやんけ?」
内藤帯刀の嫌味が炸裂した。
「ちょっと内藤さん、いくら先輩でもそれは一一」
♂にとっては最大の侮辱に、さすがに気のいい平岡健太も唇を震わせた。
内藤は♂の本能全開で、まずは弱い♂を『受け争奪戦』から振り落とそうとした。
「朝まで責め抜ける体力があるのは…」
一同をずいっと見渡した。
「見たところ俺だけやな」
し〜んと座が静まり返ったところへ、
「…バカいっちゃいけませんよ」
裏出演の回数では負けてない誠司が冷ややかに応じた。
「持続時間などほどほどで良いんです。この仕事、受けを泣かせて喜ばせてなんぼでしょう?」
卓を挟んで向かい合い、帯刀と誠司の間で火花が散った。
「おまえ、いちいちむかつくやっちゃな」
完全に目が座り、極道モードに入った帯刀に、
「内藤さんが今回の企画をわかってないからですよ」
「なんじゃと?」
「ただ責めりゃいいってもんじゃない。右近くんをめろめろにしなくては意味がないんです」
「たしかに…」
田安の御前がしみじみとうなずいた。
かくして座が静まったところへ、
「お連れさんがきやはりました〜」
女中さんの脳天着な声が響いた。
「こんばんは〜」
絶妙のタイミングで主役登場だった。
聞き慣れた涼やかなテノールに、座敷の面々が固まった。
「あれ」
当の右近も驚いたような声をあげる。
「皆さんお揃いとは…っ」
各々の脳内妄想が一瞬でセピアの静止画像と化し、皆が後ろめたさに身を強張らせた。
いち早く己を取り戻した采女監督だが、
「おお、よう来たな、右近ちゃん」
迎える声はかん高くひっくり返っていた。
何やら慌てた様子で女中さんを振り返る。
「ほな女中はん、そろそろ食事にしまひょか?」
「へい」
たんと軽い音とともに襖が閉まり、女中さんが去っていく足音が聞こえた。
右近が突っ立ったままでいると、
「さ、すき焼きはこれからやで」
もみ手をしながら采女監督が微笑んだ。
「右近くん、ここへおすわりよ」
誠司がさりげなく強引に滝川を退かせ、自分と監督の間に席をあけた。
「え、でも」
右近は遠慮がちに滝川の様子をうかがったが、
「いいから」
誠司が有無をいわせず右近を座らせた。
あらためて座敷を見渡せば、内藤帯刀に田安の御前‥何やら不穏な顔ぶれだ。
しかし池田孫作や滝川彦四郎が同席している。
(あのふたりがいるなら…安心かも)
『爺や』と『剣友』を信頼の眼差しで見れば、ふたりから、はにかんだような笑みが返ってきた。
それが右近を油断させた。
「右近くん」
腰にくるバリトンが右近の耳元へ囁いた。
くらりと右へ振り向けば、誠司がビールを注ごうとしていた。
「あ、ではいただきます・」
右近は胸ときめかせながらグラスを手に取り、誠司の酌を受けた。
(ところで打ち合わせは…まだなのかな)
皆さん妙に静かだし、物いいたげな視線が気になる。
(でも今回…相手役は僕の希望が通るはずだ一一)
ビールを一口飲み、ちらりと隣をうかがう。
誠司は今日も男前だ。
忠臣蔵の撮影後、シャワーを浴びたのかな。
至近距離でしかわからない、微かなグリーンノートのコロンが心地よい。
伏目がちに誠司の隣に座っているだけで、何やら胸が苦しくなる。
ふたたび目をあげれば、またもや皆の視線とぶつかった。
(なんだか…居心地悪いなあ)
右近は首をかしげるばかりだが、そうこうするうちに肉や野菜の皿が運びこまれ、女中さんが鍋に砂糖をまぶし肉を焼き始めた。台本や相手役のことが気になって仕方なかったが、鍋に割り下が注がれると一一。
じゅわ〜〜〜〜。
食欲中枢を直撃する香ばしさが座敷中に広がった。
焼ける肉の脂、しょうゆ、砂糖の三位一体!
些細な迷いや不安を蹴散らす、圧倒的なインパクトがあった。
(ああこの匂い…たまらん!)
もはや周知のことだが、『撮影所』の右近はかなり本能に忠実な生き物だ。
気持いいことと美味しい食い物に滅法弱い。
一度味をしめているだけに、右近の胃袋はぐうと大きな音をたてた。
「さあ、今日は私のおごりですからね。皆さんお腹いっぱい召し上がってください」
里見主膳が朗々とした声で告げた。
「ま、細かい話はあとや。いただこう」
仏頂面だった内藤帯刀も肉の焼ける匂いに誘われたか、隣の平岡健太にビールなどついでやっている。
すき焼きを前にして、とりあえず和やかな雰囲気が漂った。
(…ふむ。別に気にすることもないか)
さっさと気持ちを切り替えた右近は、肉をいただこうとしゃかしゃかと卵をとき始めた。
誠司がふっと笑いかけ、
「取ってあげるよ」
右近の手から器を受け取ると、ほどよく火が通った肉を入れてくれた。
「ありがとう」
憧れの誠司の隣、極上の近江牛を前にして、右近の楽しみは二倍になった。
「いただきます」
溶き卵を絡め、甘辛い肉をはぐはぐと頬張った。
舌の上でとろける霜降り。
口いっぱいに広がる旨味。
(うううっ…)
生きててよかったと思える瞬間だ。
右近は我知らず至福の笑みを浮かべていた。
*
『過酷な受けライフ@三○島』の出演者一同、さりげなく視線を外しつつ、肉を頬張りながらうっとりと目を細める右近の様子をうかがっていた。
『いたわしいのう。松の木に吊るされるとも知らずに…』
『縛られた挙句、長持の上であんな風に×されて…』
『ようやく念願が叶うのう。善人役ばかりではストレスがたまるわい…』
『江戸時代の各種道具って…またレプリカで特注かな』
『ま、過酷な撮影だ。今のうちしっかり肉でも食っときなさい』
『いよいよだね、右近くん…最高の舞台を用意してあげるよ』
出演者の様々な思惑が交錯するなか、近江牛の宴は嫌が上にも盛り上がるのだった。
おわり
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